12 続く日常
放課後の学園、窓から射す光は黄金色に変わり、長い廊下を染め上げていた。
エドワード・フォン・グランツは友人ルイス・フォン・アルスターと並んで歩いていた。
「それで、またクラウディア嬢に突撃されたのか?」
ルイスがくつくつと笑う。
「お前が冷静に断っても、あの勢いじゃ意味がないだろう」
「……困ったものだ」
エドワードは首を振る。
「だが放っておけば、彼女の評判に傷がつく。注意はしなければならない」
「ふむ、注意ねえ……。それでお前自身はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「彼女に“突撃”されて、嬉しくないのか?」
「……」
エドワードは答えず、歩き出した。
ルイスはからかうように笑いながらも、その沈黙が否定になりきらないことを見逃さなかった。
そんな折――
「エドワード様!」
廊下の端から弾む声が響いた。
二人が同時に顔を上げると、マリアベル・ド・クラウディアが小走りに駆けてくる。
両手に本を抱え、目を輝かせてまっすぐこちらへ。
「……噂をすれば、だな」
ルイスが小声で呟く。
マリアベルは勢いそのままに近づき――
「きゃっ!」
バランスを崩し、身体が前に傾く。
「……っ!」
反射的に、エドワードが手を伸ばした。
彼女の肩を支え、倒れる寸前で抱きとめる。
「……ご、ごめんなさい!」
マリアベルは慌てて顔を上げ、真っ赤になって叫んだ。
「ありがとうございます!」
エドワードは息を吐き、低く告げる。
「気をつけなさい」
その光景に、ルイスは目を丸くし――やがて口元を歪めた。
「おお、これは見事だな。侯爵家の御曹司が、廊下で令嬢を抱きとめる。
……舞踏会の練習でもしていたのか?」
「茶化すな、ルイス」
エドワードは鋭く言ったが、その声音に普段の冷徹さはなかった。
マリアベルは本を胸に抱き、恥ずかしそうに笑った。
ルイスがにやりと笑う。
「ほら見ろ、本人も笑っている。お前もまんざらじゃないんだろう?」
エドワードは黙り込み、視線を逸らした。
廊下に夕陽が差し込み、三人の影が重なって長く伸びていた。