春の球技大会!―試合編―2
男子の決勝戦が始まった。
戦うのは炎神達のクラスと、陸達のクラスである。
陸達はキリナが発するプレッシャーにより、絶対勝たねばという考えで統治されていた。
そういう意味では、炎神達は随分気楽だ。それが腹立たしかったのだろう。三年側の一人がぽつりと一言。
「何であんなチビが副会長なんだ?」
炎神の耳がぴくりと動いた。チームのメンバー、特に硝哉と鷹雄は「あ、ヤベ」という顔になる。
炎神は背が低い。特別小さいわけではないが、同年代の中では小柄な方だ。
年上の女性からは可愛いと評価されていることは炎神の知らないことだが、しかしである。
「……」
炎神の肩がぷるぷる震えた。
はたからは泣いてるように見えるが、クラスメイトからすればそれは絶対にありえない。
「硝哉君、鷹雄」
「は、はい」
「お、おぉ?」
硝哉と鷹雄は頬をひきつらせた。
「上げたボール、全部俺にちょうだい」
「な、何でだよ」
「何で?」
鷹雄の問いに、炎神はぐるりと振り返った。
「三年、潰すぞ」
二年の男子は凍りついた。
男子陣だけでなく、女子陣も固まってしまう。
それも当然で……炎神の目が、ブリザードの如く冷たくなっていた。
「おやおやぁ?」
体育館の隅でやりとりを見つめていたキリナはにやっと笑った。
「キリリン楽しそうだねぇ」
芽衣が少々あきれぎみに言った。
「当然でしょ。ボク、普段の彼よりあの彼の方が好き」
キリナは含み笑いを浮かべ、唇を人差し指でなぞった。
「でもまさか、三年の人達が禁句言っちゃうなんてね~。ああなったエンちゃんは凄いよぉ」
芽衣はついっと肩をすくめた。
去年の冬のことである。
一年の時、炎神と芽衣は同じクラスだった。
隣の席だったこともあり、二人はすぐ友達になったのだが、それを妬んだ男子が、炎神に言ったのだ。
「チビのクセに生意気」
その後の炎神の反応は、とんでもなかった。
なんとその男子に足払いをかけ、拳を振り下ろしたのである。
無論寸止めであったが、男子は炎神の変貌に泡を喰らうし、クラスメイトは固まるしで、今でも同学年の語り種になっている。
キリナはその話を聞き、炎神を副会長に任命したのであった。
「久々だよね、黒炎神。二ヶ月前の今は亡き馬鹿の件以来、ボク見てないよ」
「いや、キリリン……その人、生きてるよ」
雪彦がコート近くにいるため、芽衣がツッコむしかなかった。
「負けるのはしょうがないけど、黒炎神にボコボコにされる男子達が見れるのはいいよね、うふふ♪」
「……」
そんなんだから、陸先輩みたいなのにモテるんだよ。
そう言いかけ、芽衣は黙っておいた。
それらを撃退するのも好きなのだ……彼女は。
試合が始まった。
先手は三年。ボールがカーブを描いて二年のコートに入る。
鷹雄がそれを取り、硝哉がそれを上げる。そして。
バシィィィィンッ
一瞬何が起きたか、一部の人間を除き、解らなかった。
ただボールは三年コートに叩き込まれ、飛び上がった炎神が床に着地した事実のみ、認識される。
「……え」
男子の一人が間抜けな声を出した。
「あぁ~……床、へっこんじゃいましたよ」
陸だけがのんびり、しかし顔をひきつらせて呟いた。
三年男子全員が、床を見る。次いで絶句した。
ボールが、めり込んでいる。
ワックスで磨かれた木の床に、ボールが喰い込んでいるのだ。
もっと簡単に言うと、ボールが床をぶち抜いていた。
「お、おいおい! ちょ、待てよ。これ『ファースト』か『セカンド』使ってんじゃ」
「使ってませんよ」
答えた声に、全員血の気の無い顔で振り返った。
「よかったですね、ルールがあって。『一応』無事でいられますよ」
炎神の顔には、先程までの優しさなどかけらも残ってなかった。
なんというか……笑顔が黒い。
「二度と、人のことをチビって言えないようにしてくれるわ!」
……口調も変わってた。
『っぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
体育館に絶叫が響き渡った。
が、リーダーの陸はというと。
「あんなの、いくら僕でも一人じゃ相手できませんよー……」
「うぉ!? てめっ、いつの間に!」
戦線離脱して雪彦の隣に移動してた。
そんなこんなで――
三年男子、決勝にて完全敗北。
―――
「みんな、勝ったね!」
炎神はさわやかに笑った。
彼の裏の顔を見てしまったクラスメイトは、唇を動かす気も起きなかったが。
「少々手加減された方がよかったのでは?」
唯一、硝哉がそう進言したぐらいである。
「……まぁ、俺もやり過ぎたかな」
さすがに悪いと思ったのか、炎神は頭をかいてコートを見つめた。
三年側のコートだった方の床が、穴ぼこだらけである。
なにせ、相手を自失からよみがえらせる前にボールを放ったから、誰も止められなかったのだ。
いや、あの床さえぶち抜く殺人サーブを、能力を発動せずに受け止めるのは無理だろうが。
雪彦はあきれつつも、冷静に考えていた。
(とりあえず、誰も禁句を言わないよう言っておかなければ)
頭を振り、女子のコートを見る。
本当は男子と同じコートを使うつもりだったが、あのありさまである。絶対無理だ。
「さぁて。ようやくボクの出番だねぇ」
キリナはにやっと笑った。
今の笑いは、相手を叩きのめすつもりの笑い(多分)だ。親友のチームでも容赦が無い。
「こっちだって負けないんだから!」
芽衣も負けじと胸を張って自分を誇示した。本人には悪いが、胸が小さいため、あまり効果は無いが。
「後悔するなよな」
「キリリンこそ!」
キリナが不敵に笑い、芽衣が髪を後ろに払う。
まるで頂上決戦だが、忘れてはならない。
炎神の時も圧倒的で、まるで弱者の挑戦を受けた戦士状態だが、忘れてはならない。
この試合が、ただのバレーボールであることを。
……ともあれ。
中等部生徒会長と、生徒会計の勝負が今、始まった。