生徒会の準備
十日以上間を開けてすみませんでした……
今回はちょっと雰囲気違います。
夏休みが終わり――実力テストが終わり――生徒達が心待ちにしているものがある。
文化祭。終わるのは早々と終わるのに、準備はそれなりにかかる。
まあそれはどこの祭りだって同じだろうし、異能者としての力を使ってもなかなか進まないのが常である。
で、そんな文化祭準備は、個々クラスだけの問題ではないのだ。
「全く……ここまで張り切らなくたっていいのに」
放課後の生徒会室にて、キリナはため息をついた。
手に持っているのはサイン待ちの資料やら何やらである。勿論、内容は文化祭関連だ。
「しゃあねぇだろ」
雪彦は手に紙の束を持って顔をしかめた。
「これも生徒会の仕事だ。黙ってやれ」
「でもよ、先生」
硝哉はソファーの鷹雄に目をやった。
鷹雄は白目を剥いている。はっきり言って怖い。
「え……死体?」
「生きてるっての」
硝哉は顔の前で右手を振った。
「資料見てるうちにオーバーヒートしたらしくてな」
「え、それだけで?」
雪彦はあきれて鷹雄を見下ろした。
「……なぁ、何か耳から煙出てんだけど」
「え、マジもん? 漫画的表現かと」
「いやリアルリアル。え、てか煙マジで……えぇ!?」
雪彦と硝哉は鷹雄の耳から登り立つ煙を二度見した。
「あ、面白いと思ったから脳から出した」
「何やってんだキリナてめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
雪彦は絶叫した。
十数分後、ようやく半分に減った資料の中に、硝哉は妙なものが混じってるのに気付いた。
「ん? 何だ、これ……」
紙は部活の出し物に対する許可証だ。これにキリナがサインをすることにより許可がおりることになるのだが――
「能力同好会なんてあったか?」
書記として、部活や同好会のことに関して書かれた資料に目を通すことが多い硝哉だが、こんな同好会聞いたこと無い。
そもそも能力同好会って何してんだ。
「どうしたの?」
と、後ろから炎神が顔を出した。
「……いつ来たんですか」
「今。ごめん、日直の仕事長引いちゃってさ」
「いえ。あ、炎神さんあの」
「おー、どうした?」
……こいつは空気を読むというスキルは無いのか。
炎神と同じく後ろから顔を出した鷹雄を、硝哉は睨んだ。
「来んな、びびり」
「誰がびびりだよ!」
「じゃお荷物。生徒会のお荷物が」
「お、お荷物ってっ……」
「まぁまぁ。で、硝哉君どうしたの?」
炎神は仲裁に入って二人をなだめにかかった。
飛びかかりそうな鷹雄を抑え、炎神は首を傾げる。
硝哉はそれを受け、手の資料を渡した。
「……能力同好会? 聞いたこと無いなぁ」
「炎神さんもですか」
「俺も無ぇなぁ」
「おまえには最初から期待してない」
炎神には丁寧に、鷹雄には手酷く返し、硝哉は顔をしかめた。
「えっと……こういうのって普通の学校だったら大概超能力を研究するためだけど」
「研究も何も授業に組み込まれてますからね」
研究するまでもない。
第一この学園のほとんどの人間が超能力を持ってるのにわざわざ研究する必要が無い。
『ファースト』のみの人間でも、研究しようと思う人間はいないだろう。
でも、だとしたらこれは何なのだろうか。
「研究じゃないとすると……異能研鑽のため?」
「でも、それだったら異能に合った部活に入るのが普通だろ。わざわざ同好会作るか?」
炎神が眉をひそめると、鷹雄も何なだろうな、と顔をしかめた。
「……春樹先生に言った方がいいかな?」
「いえ。忙しそうだから言わない方がいいかと」
主にキリナのせいで。キリナによって。
「だよね……じゃ、俺達だけで行こうか」
炎神の言葉に、硝哉と鷹雄は頷いた。
―――
調べて見ると、高等部校舎の隅に同好会の部屋があるようだった。
この学園は何しろ広い。使われていない部屋など無数にある。どうやら同好会はその一つを使っているようだった。
「能力同好会? 俺も聞いたこと無いな」
道案内を買ってくれた時雨は首を傾げた。
「確かに……部活リストは一通り見たけどそんなの無かったよね」
茉莉も顔をしかめている。炎神ほどでないにしろ、学園のことをよく知っている茉莉すら知らないとなると、いよいよ持って怪しい。
「多目的教室の一つを使ってるのは珍しくないが……そもそもうちに同好会あったか?」
時雨の疑問はもっともだ。
部と表記されるのが基本なのに、なぜ同好会なのだろう。
「……ところで、その同好会って何やる許可申請してるの?」
茉莉の質問に、硝哉は紙を確認した。
「えっと……劇だと」
「ふーん。で、許可場所は?」
「……学園広場」
「……申請場所は特に怪しくないな。でも、劇は演劇部を除いて一年につき、許可できるのは最大三つ。それについてはすでにくじ引きで決まってるはずだが」
時雨は顎に手をやりながら、ある部屋の前で止まった。
「ここが、その同好会とやらの部屋だ」
「……そういえば、この紙高等部に来てませんでしたか?」
炎神は首を傾げて尋ねた。
「……書記は薙切だから詳しくは解らないが、少なくとも俺達は見てねぇな」
時雨は肩をすくめ、茉莉と一緒に踵を返した。
「俺達は自分の仕事に戻るから。何かあったらこっちにも連絡回してくれ」
「あ、はい」
時雨と茉莉を見送った後、三人はドアを見つめた。
『……』
顔を見合わせる三人。
しばらくして、炎神がドアノブに手をかけた。
「失礼しまーす……」
中に入ってみるが、返事は無い。
というか暗い。電気がついてないんだろうか。
「暗いですね……」
硝哉の声が低まった。
「スイッチどこだー?」
鷹雄が入ると、ドアから入ってきていた光が遮られ、よけいに暗くなった。
と――
「来た来た来た来た、待ちくたびれたわ」
部屋の奥から声がした。
何なんだろう。その待ち伏せていたという言い方は。
その、来るのを予想していたかのような口調は、何なんだ。
「あれ? 副会長、書記、庶務だけ? 会長狙いだったのに……」
「……? どういうことですか? それに、一体誰……?」
炎神は眉をひそめて目をこらした。
が、当然何も見えない。まだ目が闇に慣れていない。
「あー、うん。名乗るべきか」
声は気だるそうに言った。
女――いや、少女の声だ。
女子生徒――か。
「ま、名乗ります。中等部三年Z組、能力同好会会長、フィリシア・フェリセア」
「Z組? フィリシア・フェリセア?」
そんな組は、無い。
そんな名前の生徒も、いない。
まずそこまでクラスは無いし、そしてここには外国人の生徒はいない。
「ふざけてるんですか」
「いいえ。まぁ知らなくても無理は無い。Z組は新設されたばかりのクラスだし、私も入学したて。転入って方が正しいか」
「……そうですか。とりあえずフェリセアさん。ここがどういう同好会か教えてくれませんか?」
炎神は自然と硝哉と背中合わせになった。そのすぐ横に、鷹雄が付く。
「あぁ……そうね。ここはZ組全員が所属してる同好会でね、目的は……下克上」
ダンッ
目の前に何かが落ちてきた。
目をやると、なぜかバスケットボールが落ちている。
「つまりさ……生徒会転覆狙ってるわけよっ」
そのボールが炎神の腹めがけてぶつかってきた。
投げられたわけでも、跳ね返ったわけでもない。
何にも触れられず、何の前触れも無く。
いきなり、急に――!
「まずはあんた達を潰してあげるわ」
楽しげな声。しかし、炎神は慌てない。
炎神だけでなく、硝哉も鷹雄も慌てなかった。
慌てる必要が、無い。
「……反政府ならぬ反生徒会ですか。面白くも何ともない」
炎神はため息をついた。
そんな彼の手には、燃え盛るボールがある。
先程、突っ込んできたボールである。
炎神の腹に炸裂することなく、炎神に捕まり、彼の異能で焼かれたのだ。
「俺は平和主義者なんですよ。平和に日常を過ごしたい。だから」
炎神が捨てた頃には、ボールは原型もとどめずぼろ炭となっていた。
「平和を乱すものは元から断つ」
炎神の右手に炎が宿った。
「副会長、なめんなよ」
―――
「炎神どこ行ったんだろうなぁ」
「さぁね」
「仕事あんのに硝哉と鷹雄連れて何してんだろうなぁ」
「さぁね」
「おまえは何してんだろうなぁ」
「さぁね」
「さぁねじゃねぇよ!」
雪彦は逃げながら振り返った。
「いい加減そのマシンガンこっちに向けるのやめろーっっっ」
放たれ続ける銃弾の雨を避けながら。
「あははははは」
「笑うなー! マジ怖ぇから! ちょ、マジやめ、ぎゃー!!」
――その日、夕方の学園内をマシンガンを両手に構えた生徒会長と、彼女から逃げ回る涙目の男性教師が多くの人間に目撃されたとか。