生徒会の夏季合宿!―最終日―<前編>
雪彦はげっそりやつれていた。
たった一日で、人はここまで疲れさせられるということを身をもって知った瞬間である。
「つぅか能力使い過ぎた……動けねぇ」
「お、俺もぉ」
隣のベッドで同じく半死状態の邦久が声を上げた。
あの地獄の肝試しから一時間後、恐怖で削られた体力を更に削ってホテルの支配人に頭を下げたのである。朝食どころか休息を取る時間もなかった。
もう時間は昼前だ。昼食を食べに行きたいが、疲れきった身体がそれを許さない。
「今日が合宿最終日でほんっとよかった。こんなのがあと一日でも続けば、俺ら確実昇天してるって」
「昇天どころか魂そのものを消耗してる気が……」
うつぶせのまま動かない、否、動けない雪彦と邦久。
本当は喋るのも苦痛なのだが、喋るのをやめれば何かが終わる気がした(何がだ)。
と。
「春樹先生、います?」
「兄貴、大丈夫かぁ?」
控えめなノックの後、そんな声がかかった。
「あ゛ー。開いてるぜ、ドア」
雪彦の言葉に「不用心ですよ」と声をかけたのは炎神だ。その後、時雨が「うわぁ」と声を上げた。
「凄い……空気がよどんでる、っつぅか入れ替え! 空気の!」
トトト、と窓まで近付き、からりと開ける。上階であるためか、風がさわやかだ。
夏なのだが。というか、夏だからこそか?
「冷房は身体に悪いけどよ……これは温度高過ぎ! 三十五度設定って」
「いいんだよ。昨日の騒動の涼しさっつうか寒さでプラマイゼロだ」
「先生、意味解んないです」
時雨と炎神両方に責められ、雪彦は呻く。もう体力が限界に近いというのもあるが。
「……で、二人は何でここに?」
邦久が顔を上げた。妹の声で少し元気になってきたようだ。
「あ、そうそう。朝食と昼食、両方持ってきたんだ。喰う?」
時雨は手に持ったコンビニ袋を振った。
「どうせ食べに来る体力無いだろうなと思って、二人で買いに行ったんです」
炎神の言葉に、雪彦は感謝の声を上げる。
「マジサンキュー……その読み当たり」
「んー、読みというか」
炎神はぽりぽりと頬をかき、時雨は微苦笑した。
「鷹雄が同じ様子なんですよ」
「高等部の方も薙切が……」
副会長コンビはため息をついた。
「だいたいさー」
買ってきてもらったパンにがっつきながら、雪彦は不平不満を口にする。
「何であんなことすんだよ。つうかどうしてああいう人間が存在できんだか」
喋りながらも食べる手は止めない。空腹が限界に近いのだ。
「何だ? 育ちか? 育ちが原因なのか?」
「育ち、ですか」
炎神は首を傾げる。
「そういえばキリナさんの家は凄い金持ちでしたね。でも、それだけでああなるとは」
「三つ子の魂百までっていうじゃねぇか」
時雨が自身の髪に指をからめながら肩をすくめた。
「物心つく前に性格決定付けることがあったんじゃねーの?」
「性格といえば」
パックに入った牛乳を飲みながら、邦久は顔をしかめた。
「秋人もなんであんなリアル暴君なのか……。同じ学校に二人も人間として疑問に持たれる生徒がいる状況って……」
教師二人はうなだれた。というか、うなだれるしかない。
「友達には優しいんですけどね。主に芽衣とか芽衣とか芽衣とか」
「おい……それ陽崎しかいないんじゃ」
時雨は炎神の言い様にあきれ顔になった。
「秋人は友達っていうか、よく話す奴はいるんだけどな、生徒会以外に。だからその点、黒鳥より愛想がいいっていうか」
「まずキリナさんと十間先輩を比べちゃ駄目っていうか」
「黒鳥と秋人の暴君は性質が違うというか」
「結局キリナと秋人は同族嫌悪ってことだろ」
時雨、秋人、邦久、雪彦はため息をついた。
―――
「夏祭り?」
キリナは咀嚼しながら首を傾げた。
「そそ。これ見て見て!」
芽衣は一枚の紙を机の上に置く。それをキリナ、そして茉莉が覗き込んだ。
三人がいるのはホテル内のレストランである。
昨日の騒動でめちゃくちゃになってしまったレストランだが、生徒会メンバー(キリナと秋人除く)が朝すぐに直したのである。
能力を使ったのですぐ直ったが、やはり朝早かったために皆ついさっきまで寝ていた。
で、たまたまキリナ、芽衣、茉莉の寝起きが一緒だったため、共に昼食を取っているのである。
芽衣は笑顔で「行こうよ、みんなで!」と提案した。
「最後なんだしさ、みんなでこういうとこ行くってありじゃん」
「芽衣の頼みなら断れないけどさぁ」
キリナは少しだけ表情を苦くした。あまり乗り気ではない、と言いたげである。
「高等部の会長も一緒だろ。ならボクは行きたくないなぁ」
「なーんーでー!」
「嫌いだから、あの馬鹿暴君」
言った。はっきりと。
いや、普段からこれ以上にはっきり言ってるんだけども。
「誰が馬鹿暴君だ?」
が、間が悪いことに、その場にその言葉の対象が来てしまった。
「君以外に誰がいるの? 三流異能者」
しかし悪びれもせず、キリナは顎をついっと上げて嘲笑った。
「はっ。少しは口の聞き方に気を付けるんだな、サンピン異能者」
しかし秋人も負けてはいない。嘲笑には嘲笑で返した。
「サンピンはそっちだろ。全く口しか誇るべきものが無い奴は哀しいねぇ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。口先だけで思い通りになると思うな」
「そう思ってんのはそっちだろ。あーあ、阿呆の相手してると疲れるー。レベル合わせなきゃいけないから疲れるー」
「こっちは泣きたくなるぜ。低レベルな頭の奴のお守りしなきゃなんねぇ俺の身になれよ、餓鬼」
交わされる口撃戦は完全に小学校レベルである。
この程度で傷付くほど繊細な心などお互い持ち合わせてなかったし、それはお互い解っていた。
こんなもの……ただの前哨戦である。
「……」
「……」
二人は無言になり、武器を構えた。
キリナは長い刀、秋人は手一杯のビーズである。
芽衣と茉莉は戦慄した。
二人共、会長達を止められるほどの実力は持ち合わせていない。芽衣は戦闘が得意ではないし、茉莉の異能も――戦闘向きではないのだ。
この二人を止めることは――
「何やってやがる!」
――できた。一人だけ。
というか、キリナと秋人の頭を鉄製のハリセンではたけるのは一人しかいない。
時雨である。
「ったく。昼飯喰いに来たら何やってやがんだ、この馬鹿コンビ!」
時雨はギロッとキリナと秋人を睨んだ。二人共、痛みをこらえて頭を押さえているが。
「顔会わせるたびにこれだったら、おちおち目を離してられませんね」
時雨の後から入ってきた炎神はため息をついた。
そういえば彼も止めるまではいかないまでも、注意ぐらいはできた。
さすがにこの二人がそろっていては何もしないだろう。事実、キリナと秋人は不満げな顔ながら何も言わなかった。
「全く。今度は何が原因なの?」
炎神が顔をしかめると、芽衣はと無意識に握り絞めていたポスターを渡した。
「……夏祭り?」
ポスターを広げた炎神は大きな目を丸くする。
「何で、また」
「いや、夏の最後はやっぱこれかなー、と思って」
「そうじゃなくて、何でこれが喧嘩の原因になるのさ」
始まろうとしたのは、喧嘩などという可愛いものではないが。
「どうせみんなで行こうって言ったのを、黒鳥と秋人が拒否ったんだろ」
時雨、満点正解。
「でも、夏祭りかぁ。いいと思うけど、負傷者(?)いるし」 炎神が困り顔になると、後ろから「行ける! 俺は!」という声がした。
振り返ると、見覚えのある少年が入口のところで挙手していた。
「……やっぱり夏祭り無理かぁ」
「無視!?」
芽衣にスルーされた少年――鷹雄は、酷く傷付いた顔をした。
「え……鷹雄、大丈夫なの?」
「大丈夫!」
「なわけねーだろ」
後ろから鷹雄の頭をどやしつけた者がいた。
「あ、硝哉君」
「どうも、炎神さん」
あいさつをこなした後、硝哉は鷹雄の腹をこづいた。
「こいつ昨日あんまり寝れてないんですよ。って、炎神さんは知ってますが」
「うん」
「それで今だってふらふらのくせに」
硝哉は鷹雄の背中に不意打ちを喰らわせた。
勿論避けられるわけがなく。
ビッターンッ
顔面から地面に倒れ込んだ。
「うっわ、いったそ」
芽衣は顔をひきつらせた。
「~~! 何すんだよコラ!!」
「鼻血ふけよ」
硝哉は自分でやったくせに二、三歩引いた。
「でも、それはやっぱり不安だね」
炎神は微苦笑を浮かべた。唇が少しひきつってる気もするけど。
「いーくー! 祭りなんてめったに行けないしっ」
「凄い熱意……キリリンが絡んだだけでこういく?」
「……言っとくけどボク、行くなんて一っ言も言ってないからね」
しかしすぐさま平常に戻し、考え込む素振りをする。
「え? 行く気になった?」
「んー。条件付きなら」
ぴっ、と人差し指を立てるキリナ。また無理難題か、と身構えた一同に、意外なほど安易な条件を出した。
「春樹先生が来るならボクも行くよ」
「ふえ? 春樹先生?」
芽衣が拍子抜けしたような声を上げた。彼女だけでなく、他の面々も似たような反応である。
「夕方には動けるようになるって言ってたから大丈夫だと思いますけどなぜ?」
炎神は不思議そうな顔をした。
「ふふっ……愚問だな、副会長」
キリナはキラリと瞳を光らせた。
「いじめたいからに決まってるじゃないか♪」
『……』
どこであろうとキリナ節は変わらなかった。
―――
「キリナさんって、やっぱ春樹先生好きなのかなー……」
部屋に戻ると、突然鷹雄が言い出した。夕方の夏祭りの用意をしに来たのに、何の脈絡も無い。
哀愁漂う後ろ姿は、正直声をかけずらい。だが、鷹雄に対して遠慮をしないのが硝哉だった。
「そりゃ好きだろ。見てりゃ解る。おまえきっと勝目ないぞ」
超強力豪速球。鷹雄は打ち返すどころかそれによって貫かれた。
「ーっ……おまえに思いやりは無いのか!」
「おまえに対しては一切無い!」
言い切った。
「で、でも、キリナさんの一方的な恋心かもしれないし、まだ望みはあるんじゃない?」
炎神は潰えた鷹雄に対し、フォローを入れた。
「……キリナさんが春樹先生のこと好きって、確定したみたいな言い方だな」
恨めしそうな鷹雄の顔。炎神は「あ……うん」と遠慮がちに肯定した。
「だって普通気付くよ? 教師に対しては必要以上に関わらないキリナさんが、いくら担任で顧問だからってああも絡まないだろうし」
「た、確かに」
教師のことはどこか冷めた目で見ているキリナである。雪彦に対する時と、随分違う。
「うぅ……だとしたら、キリナさんは先生のどこに惚れたんだよぉ」
「うざっ」
気遣いゼロの硝哉をなだめつつ、炎神は首を捻る。
「んー……顔ではないよね」
「イケメンは基本ないがしろにしてますからね」
硝哉も同意した。なら、一体どうしてだろうか。
考えても理由は浮かんでこない。女子、というかキリナの思考回路は理解不能だった。
そんなふうに唸り合っていると、ドアがノックされた。
「ねぇ、もう準備できた?」
キリナの声だ。
「は~い! いっつでもオーケーですよぉ!」
鷹雄が復活した。ゾンビもびっくりの蘇生力である。
「そう。こっちもできたからここ開けて」
「はいはーい!」
鷹雄は考えもせずあっさり開けた。
が、しかしそれは正解だろう。もしそのまま放っておけば、キリナはドアを蹴破るなりなんなりしたろうから。
「っな」
と、急に鷹雄がのけぞった。
単にドアを開けただけであり、別に攻撃を受けたわけでもない。なのに背中を僅かにそらしている。
「何だ、そのキモい体勢」
「こらこら。鷹雄、どうしたの?」
炎神は鷹雄の横からドアの外を覗き込んだ。そして、のけぞり――はしなかったものの、目を見開く。
「二人共、どうしたの? その浴衣」
そう。キリナ、そして芽衣は、浴衣を着ていたのである。
しかもホテルの備え付けの浴衣ではない。綺麗な模様や花が描かれた、それこそ祭りに行くための浴衣だった。
「ふっふーん。私の能力忘れちゃ困るな」
「あ……『創造女王』の能力を使ったんですね」
炎神は納得したように頷いた。
しかしよく似合っている。
芽衣は薄いピンク地に青色の花が裾や袖に散りばめられた浴衣を着ており、花の色と同じ帯をしている。帯留めは薄紅色の桜だ。
キリナは薄紫の浴衣である。桜が上品に描かれており、帯留めには紫色の石が付いていた。
二人共揃いの髪飾りを着けている。花を付けた小枝を模したものだ。
いつもの印象と違って見える。炎神でさえドキッとしたぐらいだ。
ましてや鷹雄は……
「俺……一生分の運使い果たした気がする……キリナさんの浴衣姿……」
感激のあまり泣いていた。
そんな彼をうざったそうに横目で見ながら、硝哉はキリナと芽衣をまじまじと見つめた。
「ふうん……馬子にも衣装だな」
「何だって?」
「し、ショウちゃんの馬鹿ぁ!」
「落ち着いて、二人共。硝哉も素直に誉めればいいのに」
炎神はため息まじりに注意した。
「でも、服まで作れるんですね」
炎神が言うと、キリナは「当然」と胸を張った。
「元々持ってた服を元にしたからね。能力切れしても大丈夫だし」
「あ……途中で能力が消えたら大変ですからね」
炎神は苦笑いするしかなかった。
「で? 本当に用意できたの?」
キリナは部屋を覗いた。
「はい。俺達は財布を取るだけなんで」
「ふぅん。男って服とか気にしないよな」
炎神の言葉に肩をすくめ、キリナは踵を返した。
「先に外に出とくよ。高校生組もいるんじゃない?」
キリナと芽衣の後ろ姿を見送った後、炎神はふぅっと息をついた。
「せっかちだなぁ、キリナさん」
だが無理も無いかもしれない。全寮制にいる以上、外でのイベントにはなかなか参加できないのだから。
炎神もまた、期待に胸を膨らませて財布をズボンのポケットに滑り込ませた。
書いてみたらあまりにも長くなってしまったので、今回も前後編です。
やっと夏休み編が終わる……現実の方はもう冬。季節が間逆です……
ともあれ、気を抜かずに頑張ります。更新最近遅れ気味だし……(汗)