生徒会の夏期合宿!―四日目―<後半>
「こういう時さ、炎使いでよかったと思うんだよね」
拳に炎をまといながら炎神は言った。
手が燃えてるわけではなく、手を媒体にして炎を出しているのである。普通の人間がみたらびっくりするだろうが。
「そうですね。俺もこういう時、透視能力があってよかったと思います」
硝哉は壁を見つめながら言った。
「それにしてもさー、男二人でお化け屋敷っていうのもあれだよね」
「はあ……」
別段怖がっていない炎神に、硝哉はあいまいな返事をする。
正直女子に興味が無い硝哉は、男子と歩いていようと問題は無い。かといって、男子に興味があるわけじゃないが。
それに隣にいるのは仕えるべき主である。興味のあり無しの問題ではなかった。
(にしても、さっきから襲ってくるあのわけの解らない化物は何だ?)
ゾンビという概念が無い硝哉である。
と。
「あれ? 月陰に風間」
正面から誰かが近付いてきた。
「……あ。霧崎先輩に赤井先輩」
茉莉と薙切だった。
「おいおい、赤井先輩。顔凄いことになってんぞ?」
硝哉は顔をしかめた。
薙切がビビリなのは知っていたが、まさかここまでとは。
青ざめた顔をしている。しかもただ青ざめているだけでなく、額から汗が吹き出している。頭から水を被ったのかと思うぐらいだ。
しかもさっきから歯ががちがちいってるし。
「ああもう! 暑苦しいっ、離れろ!!」
茉莉が蹴り飛ばしても離れない。むしろ余計くっついてる。
「ここまで怖がりな人、俺鷹雄以外で初めて見たよ」
「右に同じくです……」
炎神と硝哉はもうあきれるしかない。
「大丈夫ですか、赤井先輩」
「む、むむむむむむ無理。ね、出口どこ? 出口どこおぉぉぉぉぉ!?」
「叫ぶなっ。うるさいな」
茉莉はもう、とんでもなく冷たい。ここまでくると、さすがに同情しないだろうか。
「そうだ。二人共、どれくらい進みました?」
話題を変えるために炎神が話をふっかけた。
「あんまり進んでないよ……でも、法則性は解った」
「法則性?」
炎神は首を傾げた。
「ここ、等間隔にゾンビが現れるんだ。他の怪物は不規則みたいだけどね」
「そういえば……」
炎神はふむ、と納得したような顔をした。
「確かに、ある一定の距離でゾンビが現れてましたね」
「ハァ……ゲームだったら全然平気なのに、何で……何でえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ええい、うるさい!」
今度こそ蹴り飛ばされた。
茉莉の蹴りの威力はあなどれないものだったらしく、薙切は壁にめり込んでしまう。
「うわ……痛そう」
「いや、痛いどころじゃないと思いますけど」
硝哉は炎神にツッコんだ。
「……ま、ともかく。出会ったんだし、しばらく一緒に行動しようか」
茉莉の提案に、炎神と硝哉は頷いた。
―――
その光景を見た瞬間、時雨はこう叫んだ。
「どうしてこうなった!?」
おそらくホテル内のレストランとおぼしき部屋。
一応原型をとどめているその部屋は、今はめちゃくちゃになっていた。
「な、何があったって言うんだよ……」
「……ポルターガイスト?」
秋人の返答に、時雨は顔をしかめる。
「馬鹿。それは異能者の力の暴走だろ。俺達生徒会は全員能力のコントロールができて……」
言いかけ、時雨は口をつぐんだ。
見慣れた人物が倒れていたからである。
「わー! 兄貴!?」
「何!? 鮫島先生!?」
さすがの秋人も、時雨のこの叫びには驚いた。
ただ時雨の兄、邦久がいただけならまだいい。だが普段は声を荒げることはあっても基本は落ち着いている時雨が叫ぶことはめったに無いのだ。
秋人が時雨の目線を追うと、確かに邦久はいた。
……ボロボロの状態で倒れているが。
「兄貴!? しっかりしてぇ!」
「おい時雨……そんなに揺さぶったら起きるどころか吐くぞ」
兄の肩をこれでもかというぐらいに振り回す時雨に、秋人はツッコミをいれた。
「うぅっ……時雨、秋人か……」
邦久が目を覚ました。顔が青い気がするが。
「兄貴! 一体誰にやられたんだっ」
時雨が邦久ににじり寄った。秋人も近くまで歩み寄り、片膝をついて邦久と視線を合わす。
邦久は途切れ途切れに言葉を発した。
「ゆ、雄一が……」
「雄一が?」
「俺を化物と間違えて……攻撃を……」
「……はぁ?」
そうあきれた声を上げたのは秋人である。
何て馬鹿らしい。教師でありながら、生徒の攻撃も避けられないとは。
「ね、念動力で四方八方囲まれて……」
前言撤回。それでは避けられないのも無理は無い。
「それで部屋がこんな風に……」
時雨が納得したように頷いた。
「でも、何で兄貴と化物を間違えて……?」
「雄一の奴、他の場所でゾンビを見たとたん、一人で逃げたんだ……。それを追いかけてここに入ったら……」
「袋叩きってわけか」
秋人は立ち上がって腕組みをした。
全く弱々しい。ゾンビごときで逃げるとは。自分などゾンビと普通の人間と違って見えないぞ。
かなり問題ある考えを頭の中で浮かべていると、時雨が立ち上がった。
「とりあえず、雄一がどこか探さないと。多分、この中にいるんだろうけど……」
少し不安そうな時雨。その顔が、秋人は気に入らなかった。
「てめぇ、何でそんなに雄一を気にかけてんだ」
「だってあいつ、生徒会の中で一番臆病だろ? パニクった時、一番危なっかしいのは雄一だし……注意して見てやらないと」
副会長としてもっともな意見だ。しかし、秋人にとってはやはり気に入らない。
「てめぇな。いくらなんでも八方美人過ぎるぞ」
「はあ? 何でそうなるんだ。俺は周りに愛想振りまいたりしないぜ」
そもそもこの口調で愛想も何も無い、と主張する時雨。
秋人はますます苛立ちをつのらせた。
「俺が言いたいのはなあ」
言葉を重ねようとして、止める。
時雨も、こちらを睨み付けていた瞳を後ろに向けた。
「……雄一の混乱最高潮?」
時雨の台詞と共に大量の皿やナイフ、フォークなどが降ってきた。
―――
雪彦はようやくゾンビを振り切り、安堵のため息をついた。
「おーい、鷹雄。生きてるかー」
後ろを振り返り、ほとんど腰にすがりついてる鷹雄を見下ろす。
「……」
もう声も出ないらしかった。
それにしても……
「ここ、どこだ……?」
めちゃくちゃに走ったため、おおよその現在位置すら解らなくなってしまった。
どうしようか逡巡していると、ふと物音を耳に捉えた。
またゾンビかとビクッと身体を震わせたが、これは少し違う?
「これって、戦闘音か?」
「へ……?」
鷹雄が顔を上げた。涙と鼻水でぐしょぐしょである。
「今何かかちゃかちゃって音しなかったか?」
「さ、さささささささささあ?」
もうここまで来ると逆に面白く見えるな、うん。
雪彦は自分に言い聞かせ、音の方へおっかなびっくり近付いた。
両開きの、大きな扉の中から聞こえる。
「誰かが戦ってるよなこれ。確実に」
雪彦は扉をそぉっと開けてみた。
――とたん、皿が飛んできた。
「うおおぅ!?」
雪彦は後ろに倒れ込む。慌てていたため、鷹雄を下敷きにしてしまった。
「な、なななな……」
言葉が出てこないでいると、見慣れた二つの後ろ姿を扉の隙間から垣間見た。
「って、十間と時雨ちゃん!」
「え、あ!」
先に時雨がこちらを向いた。同時に飛んできたフォークを受け止め、能力で形を変える。
よそ見しながらよくそんなことができるものだ。いや、それより。
「何でフォークやナイフが飛んでんだ! リアルに危ないだろっ」
キリナの奴、いたずらにもほどがある! 雪彦が憤っていると、秋人が扉の近くまで後退してきた。
「雄一の野郎がパニクって能力暴走させてやがるんだよ!」
「は!? ってことは、これはあいつの『セカンド』能力かっ」
キリナと同じ念動力。一番便利だと思われがちなこの『セカンド』能力だが、ひとたび暴走すれば本人ですら制御不能になる。
キリナでさえ使う時には注意するのだ。とんでもなく危険状態だ。
……そういえば、一緒にいた邦久は?
「あぁ、先生の野郎ならここに」
秋人が横から引っ張り出して来たのは。
「っぎゃああ! 邦久の死体!」
「馬鹿か! 生きてるっ」
秋人はツッコみながら飛んできたスプーンを撃ち落とした。
「つうか雄一本人はどうしたんだよ!」
「奥にいるらしいんだけどっ」
時雨も下がってきて、ナイフから造り出した剣を構え直した。
「でも近寄れなくて……どうしよ」
眉尻を下げる時雨に、雪彦もど答えていいか解らない。
というか、腰にはまだ鷹雄が張り付いていた。
「いい加減離れろよ!」
「ポポポポポポポルターガイストォォォォォォォォォォォォ!」
「いい加減落ち着けぇ!!」
雪彦の絶叫に秋人と時雨が気を取られている内に、食器の大群が落ちてくる。
「しまっ……」
秋人が幾つか撃ち落とすも、間に合わない!
ブオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
炎が食器全てを焼き尽くした。
空気が一気に熱を上げ、肌がチリッと焼ける音がする。
「熱っ! つか、この炎ってまさか……」
雪彦はバッと振り返った。
「えっと、とりあえず説明してくれませんか?」
炎をまとった少年は首を傾げた。
「状況、いまいち飲み込めないんで」
「炎神!」
雪彦は安堵の声を上げた。
「マジ助かったー。実はさ……」
「あ、ついでに言うと、手短にお願いします」
声を遮り、炎神は自分が通ってきた通路をひきつった顔で見つめた。
「とんでもない大群から追われてる最中なもんで」
「は……?」
今度は雪彦が首を傾げる番だった。そして、近付いてくる音に目を見開く。
ズドドド……などという音は、どんどん大きくなっていく。
見えたのは――
ゾンビの大群だった。
それらに追いかけられていた金髪の少年は、炎神の傍まで走り寄ると頭を下げた。
「申しわけございません! あまりの多さに俺達だけでは対応できず……」
疲れた顔の茉莉と、顔を汗まみれ涙まみれにした薙切が後から来る。
その後ろに全体を幕か何かで覆いたいぐらいの量のゾンビ。
「……っ!」
「ご、ごめんなさい。助けどころか困難持ってきちゃいました」
炎神の軽口も、もはや雪彦には聞こえてない。
「こりゃ時間かかるな」
ただ、秋人の少しのんき過ぎる声だけが耳に届く。
「これ……肝試しじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
雪彦の絶叫が暗い空間に響き渡った。
―――
「あっははははははははははは! もう最高!!」
キリナはモニターに映る光景に腹を抱えて笑っていた。
「人間が右往左往する姿って、馬鹿馬鹿しくて素敵。うふふふふふふふふ」
「ねぇ、キリリン」
隣に座った芽衣は唇をひきつらせた。
「私キリリンのこと好きだし、嫌いになること無いって言いきれるけどさ」
「あははっ、はははははははははっ。おなか痛ぁ!」
「これ見て笑ってるのは正直引く……って、聞こえてないか」
芽衣の言う通り、キリナの耳に声は聞こえていなかった。
このホテル全体を巻き込んだ肝試しは、夜明けまで続いたとか。
一ヶ月近くもほったらかしにしてすみませんでしたぁ!!
何か更新してない記録更新したような気がします。小説の更新全くせずに(汗)
もっとペース上げれるよう努力します! 読んでいただきありがとうございました!!