生徒会の夏期合宿!―三日目―
「ねぇねぇ君、暇?」
街を歩いていた時雨は、声をかけられ振り返った。
合宿三日目の会議を終え、午後が暇になったので一人でウィンドウショッピングでもしようと思ったのである。
なので、いきなり声をかけられてびっくりした。
しかも相手は四人。
(数、明らか多くねぇか?)
時雨は内心あきれつつ、少しだけ頭を下げた。
「すみませんがお断りします」
いつもの調子に喋るわけにはいかないので、敬語で断る。だが、向こうは引かなかった。
「いいじゃん別に、ちょっとぐらい」
「俺らとお茶しようぜ」
「近くにあるから、ほら」
「ちょっ……」
いきなり腕を掴まれ、時雨は目を見開いた。
いきなり何なんだ、断ったろうに。
もっとも、断ってすぐ引き下がる輩とは思ってなかったが。
(こいつら……いっそのこと、腹に一発入れてやろうか)
これ以上強引に来るならそうしようと、拳を握った時だった。
バキィッ
時雨の腕を男がいきなり吹っ飛んだ。
地面に突っ伏して気絶してる男の頬には、赤い拳の跡が残っている。
時雨はまだ手を出していない。ということは。
「何やってんだ、てめえ」
「し、秋人」
時雨は目を丸くした。自分の背後から知り合いが現れたら、誰だって驚くだろう。
「何でここに?」
「それは……」
「俺と用事被っちゃったんですよ」
秋人の後ろから炎神が顔を出した。背がやたらでかい秋人の陰に隠れてしまってたらしい。
「被った? 何と?」
「本屋ですよ。秋人さんと俺が欲しい本の発売日が今日で。俺は漫画なんですけどね」
炎神は頬をかき、呆然としている男達を見上げた。
「この人、俺達の知り合いなんです。見逃してもらえませんか?」
炎神の言葉に我に返った男達は、全員顔を歪めた。
「俺達に命令すんじゃねぇよ、餓鬼!」
「痛い目見たいか、チビが!」
あ、ヤベ。思わずそう思った時雨と秋人である。
それは、炎神にとっては禁句だ。
「ふぅん……痛い目見たいのはそっちか」
「は……何言ってヘブゥッ!」
腹に拳の一撃を喰らった男の一人がうずくまった。
周りの見物人がシィ……ンとなる。まさか小柄な炎神が反撃をするとは思ってもなかったのだろう。
「おい」
「ん?」
額を押さえていた時雨は、秋人の声に上げた。
「今の内に言いわけ考えとけ」
「……了解」
時雨はハァとため息をついた。
―――
雪彦はホテルの廊下を歩いていると、窓の外をじっと見ているキリナに会った。
外はまだ明るく、時間もまだ五時になったばかりだ。
「何してんだ?」
声をかけると、キリナは振り返り、「あれ」と指差した。
「あれ? 外に何かいるのか?」
「うん、変な男共が」
よく見ると、なるほど男達がたむろってる。四階からはよく見えないが、あまり柄はよさそうに見えない。
雪彦が顔をしかめていると、キリナは舌なめずりして微笑した。
「ね、あいつら粛正しちゃ駄目?」
「駄目に決まってるだろ!!」
雪彦が言ってる内にも、キリナはからからと窓を開ける。
「な、何を……って、矢ぁ!?」
雪彦は窓の外を見て目を見開いた。
窓の外に、ずらりと並んだ『それ』。
無数の、矢だった。
「行け!」
キリナは鋭く、顔には楽しそうな笑みを浮かべて命令を下した。
とたん、ぴたりと浮かんでいた矢達は、掴まれた手から離れたようにどさどさと落ちていった。
『っぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
とたん聞こえてくる叫び声。
青ざめる雪彦は、隣でけらけら笑うキリナの声を聞いた。
「ん?」
自動販売機に小銭を入れようとしていた時雨は、ふと顔を上げた。
「どうしたの、時雨?」
茉莉は不思議そうに缶を揺らしている。
「んっ……何でもねぇ……」
(聞き覚えのある叫び声が……気のせいだよな)
時雨は頬をかきながらも、イチゴみるくのボタンを押した。
―――
雪彦と邦久は思わず口の中で「げっ」と呟いた。
それは無理もない。
いきなり周りを不良に取り囲まれたのだから。
ホテルのすぐ傍の街道である。キリナが粛正(という名の一方的暴力)によって倒れた奴らを救出しにきて、彼らと鉢合わせしたのである。
「おいおいおいおい。俺ら何かしたか? 不良にからまれる覚えは無いぞ」
雪彦は顔をしかめた。その後、「あっ」と声を上げる。
「いや、一つだけあるけど……でも、覚えのある不良はいないな」
「何したんだよ……。数は、二十か三十ぐらいか」
邦久はあきれ顔を浮かべつつも、ざっと不良達を見渡した。
「おい、一体何が目的なんだ?」
雪彦が問うと、男の顔が歪んだ。右頬にはガーゼが当てられており、腕にも幾つかバンソウコウが貼られている。
「ざけんな! てめぇらんとこの連れに恨みがあんだよっ」
「連れ?」
「目の大きい小さい餓鬼! 目付きの悪いでかい男! 髪の短い女! いたろうが!!」
そんな特徴を持つ連れといえば……
「炎神と十間、それにキリナか……」
雪彦は長いため息をついた。
そういえば、お昼頃に時雨からナンパにあった話を聞いた。その時、秋人と炎神が手を出したと。
もっとも秋人は一人を殴り飛ばしただけで、主に炎神のせいなのだが。
そして先程のキリナの攻撃。そういえば何人か倒れてる。一応、死んではいないようだが。
「奴らを出せ! 俺らはここいらじゃ最強のチームなんだよ。やられっぱなしじゃ示しがつかねぇ!」
「……くだらな過ぎる」
邦久がぼそっと呟いた。
「ただ数が多いだけだろうに。それだけで最強か」
「邦久ツッコミどころ違う」
雪彦は親友にあきれの言葉をかけ、不良達を見つめた。
「悪いが生徒を売る気は無いんだ。退いてくれねぇか?」
「はぁ? 素人が。暴力には暴力で返すのが主流だろ」
不良の一人がハッと鼻を鳴らした。
「めんどくせぇ。こいつら二人もやっちまえ!」
『おぉ!!』
不良達がいっせいに雪彦と邦久に持っていた鉄棒やら金属バットを振りかざした。
「ハァ……餓鬼共が」
邦久は近くの街灯に触れた。
次の瞬間。
ドガガガガガガァァッ
不良達の身体が吹っ飛んだ。
木の葉のような気安さで、でかい図体が地面に伏す。
「誰が素人だって?」
邦久の手には、剣が握られていた。
どこから取り出したのか解らない、鞘の無い剣だ。その代わり、刃はよく見れば斬れないよう丸まってる。
ただ、柄の先から切っ先までが長い。操れるのが不思議なぐらいの長さだ。
そう、さっき邦久が触っていた街灯と同じ長さ。
「あーあ。おまえ『銀の聖騎士』使うなよ」
雪彦があきれたように言うと、邦久は片目をつむった。
「大丈夫。大した怪我じゃない」
「そういう意味じゃねぇよ」
雪彦はため息をつくしかない。
『銀の聖騎士』。それが邦久の能力だ。
あらゆるもの、例えば木や土などからでも剣を作り出すことができる。性質としては妹の時雨と似ているが、あらゆるものから作り出せる反面、剣しか作れないという不便さは違う。
兄弟姉妹が似た能力を持つことは多々ある。しかし決して同一ではない。それが異能だ。
同じものは無く、皆違う。
違うものを、身体に秘めている。
キリナ達も、秋人達も、当然雪彦と邦久もだ。
「いっそのこと、完膚無きまでに叩きのめしたほうがいいだろ。こういうやつらは折れない限り、しつこいぞ。まさか合宿中、ずっと追い回されるわけにもいかないしな」
「ま、な……」
一理ある。こういう輩は実力差が解るまで引き下がらない。ならば向かってくる勇気(?)を刈ってやればいい。
「わぁったよ。俺も乗っかる」
雪彦は心底面倒そうに前に出た。
残った不良達や、地面に転がってる不良達は、そろいもそろって目を見開いている。
「い、今の……もしかして異能!?」
驚愕する不良共に、雪彦はふっと、何度目か解らないため息をついた。
「気付くのが遅ぇよ、アホ」
服の袖からワイヤーを出し、邦久に目配せする。
互いに頷き合い、走り出した。
『墨原学園生徒会顧問、なめんなよ!』
叫び声を響かせ――
自称・最強チームは全滅した。
―――
雪彦と邦久は墨原学園の卒業生だった。
学生時代は若気のいたりで、よくいたずらをしたものである。なにしろ、雪彦の能力はいたずらにはもってこいなのだ。
しかし今は――
「おい、キリナ……」
ずぶ濡れになった雪彦はぶるぶると身体を震わせた。
寒さのせいではない。むしろ炎天下のホテルの庭では、返って気持ちいいぐらいだ。
しかしなぜずぶ濡れになってるかと言うと、いきなり噴水に落とされたからである。
「おまえ……手に何を持ってる?」
震えているのは、怒りゆえだ。
「何って……電磁銃」
「俺を殺す気かアホオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
目の前ででかい銃を構えるキリナに、雪彦は全力でツッコんだ。
「ちょ、しかも! 電磁銃じゃないだろ。俺モデルガンで見たことあるぞ。確かデザートイーグルだよなぁ」
「あ、バレちゃった♪」
「おまえマジで俺を亡き者にしたいの!?」
ぎゃあぎゃあ叫ぶ雪彦に対してもキリナはどこ吹く風で、ジャコッと銃を構えた。
放たれる鋭い弾丸。
「ッギャアァァ! マジ、マジやめ……かすったあぁ!」
濡れた身体のまま、雪彦は走り出す。それをキリナは、高笑いしながら追いかけた。
……凄惨な光景である。
「あーあ。雪彦また標的にされてる」
昔は、標的にする立場だったのに。
たまたま近くを通りがかった邦久は、やれやれと首を振ったのだった。
随分遅くなってしまいました。すみません(汗)
邦久先生の能力&先生コンビの過去をちょろっとだけ出しました。
のちのち話に関わっていく予定なので、もっと出すつもりです。
次は……もっと夏らしいものにします。夏休み合宿というシチュエーションを扱いきれてないので……
では、感想・評価お待ちしております! 読んでいただきありがとうございました!!