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生徒会の女王様  作者: 沙伊
中等部生徒会
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生徒会長・黒鳥 キリナ




 血生臭い臭いの中で、春樹雪彦(ハルキ ユキヒコ)は動けないでいた。

 目の前に積み上げられた、ボコボコにされた高校生達。息はあるが、病院行きは確実だろう。

 そして、その上にいるのは。

「大したことないね」

 小さな呻き声を上げる男達の上に小さなヒップを乗せ、その少女はつまらなそうに言った。

 漆黒の髪を短く切り、つり上がったアメジストの瞳をしている。顔立ちは幼さを残しているものの、将来は相当な美人になるだろうことが見てとれた。

 雪彦はごくっと唾を飲み込んだ。

 今年で二十三になる男が、きっと情けない顔をしてるのだろう。

「……あっけないな」

 少女の言葉に、雪彦はびくっと肩を震わせた。

 無論、少女の言葉は雪彦に向けられたのではない。

 だが、解っていても、少女の底冷えした声に必要以上に怯えていた。

「これじゃ、準備運動にもならないよ。ねぇ……先生」

 少女はにこりともせず、雪彦に囁いた。


   ―――


 墨原学園。

 入学式から一週間が経ち、一年生は少しだが学園の雰囲気に慣れてきた。

 ようやく、いつもの学園の様子を取り戻してきたのだが……


「ねぇ、またやったって!」


 生徒の声に、雪彦は振り返った。

 赤茶色の癖のある髪に垂れ気味の鳶色の瞳、顔立ちはモデルのように整っている青年は、生徒の言葉に眉をひそめる。

 声を発した女子生徒をじっと見つめ、次の言葉を待った。

 話相手の方は、首を傾げて女子生徒に尋ねる。

「またやったって……誰が、何を?」

「誰って……黒鳥(クロトリ)会長に決まってるじゃん!」

 雪彦はその言葉に顔をしかめた。

 雪彦の存在に気付いてない生徒は、興奮気味に話を続ける。

「学園の不良グループを一掃したって! さすが女王よね……って、あっ」

 こちらに気付いた生徒は、小さく声を上げた。

「は、春樹先生……」

「おまえら、その話広めるなよ。絶対に!」

 雪彦は力強く言うと、廊下を早足に歩き出した。

 と、後ろから黄色い声が。

「ね、今の反応! やっぱあの噂マジ?」

「春樹先生と黒鳥会長が付き合ってるって話よね!」


 付き合ってねぇよ!


 雪彦は内心で絶叫しながらも、無言で足を進めた。



「キリナ、いるか!?」

 雪彦は生徒会室のドアを開けた。

 この学園の中等部棟内で一番豪奢かつ広い部屋にある執務机には、一人の少女が座っていた。

 女性としては短めの艶やかな黒髪、アメジストのような大きな紫の目はつり上がっている。幼さを残す顔は、妖艶ささえ漂わせる美しさを持っていた。

 華奢でしなやかな肢体に着てるのは、紺色の凝ったデザインの墨原学園中等部の制服だ。

 ただ他の生徒と違い、右肩に二本の金色の紐がかかっている。

 書類に目を通していた少女――黒鳥キリナは顔を上げ、不快そうに歪めた。

「何? 先生。ボク、忙しいんだけど」

 キリナの言葉に、雪彦はこめかみを押さえる。

「何? じゃぁねぇよ! 昨日不良を半殺しにしたこと、もう一般生徒にばれてるぞっ」

「半殺しとは失礼な。粛清と言いなよ」

 キリナは憮然とした表情で言い返した。

 しかし、肝心なところからずれてるため、雪彦はもう一度注意する。

「だから! あんまし暴力沙汰は起こすなっつってんの。おまえは中等部生徒の代表なんだぞ!」

 雪彦の怒鳴りにも、キリナは反応無し。

 雪彦は更に声を張り上げた。

「聞いてんのか! 黒鳥キリナ中等部生徒会長……っ」

 雪彦は言葉を途切らせた。いや、正確には途切れさせられた。


 目の前に光る、白刃によって。


「うるさい」

 刃は、キリナの手に握られていた。

 一メートルはありそうな長剣で、よく斬れそうだ。試し斬りにはされたくないが。

「仕事の邪魔だ。いくら生徒会顧問とはいえ、ボクにとってはただの邪魔者」

 キリナは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「斬ることに、ためらいは無い」

「っ……てめぇ、『創造女王(クリエイト・クイーン)』の能力使うなぁ!」

 雪彦は再び怒鳴るが、キリナには何の効果も無かった。

「ボクの能力(チカラ)に叶うわけないだろ」

 キリナはせせら笑った。


 墨原学園。ここは、ただの学校ではない。

 異能者と呼ばれる者達を集め、能力の向上、制御を学ぶ場所なのだ。

 幼等部、初等部、中等部、高等部とわけられ、雪彦は中等部の国語担当教師をしており、同時に中等部生徒会の顧問でもある。

 そして目の前に居る少女、中等部三年の黒鳥キリナが、生徒会の会長なのだ。


 ……それはともかく。


「おまえ、生徒会長になってから、幾つ不良グループ潰したと思ってんだ?」

「死んだ格下のことなんて、覚えちゃいないな」

「いや、死んでねーし!」

 雪彦はツッコミを入れた。

 何だか頭痛がしてくる。

 キリナが生徒会長になってから、まだ一週間しかたっていない。

 だというのに、雪彦はキリナがどういう人物かよく解った。


 一言で言えば、唯我独尊。


 常に己一人で我が道を突き進み、ありえないことも、難なくこなしてしまう。

 そもそも、彼女の能力事態があり得ないのだ。

 彼女の能力は、『創造女王』と呼ばれる。

 自分のイメージから様々な物を創り出す能力だ。

 例えば今みたいに剣を出すことも可能で、大きさも数も無制限である。

 その能力があるからこそ生徒会長に選ばれたのだが。


 雪彦は眉間を押さえた。

「……とにかく、それを向けるのは止めてくれ」

 雪彦が言うと、キリナはあっさり手を引っ込めてくれた。

「ともかく、相手が不良だからって暴れまくるのは止めろ。いいな」

「善処するよ」

 こちらを見ずに、書類に視線を注ぐキリナ。善処すると言うが、恐らく聞かないだろう。

 雪彦はため息をついた。

 まだ、この言動はいつもよりマシな方だ。

 ここからだ、黒鳥キリナの真骨頂は。

「……ん?」

 キリナの声に、雪彦は顔を上げた。

「どうした?」

「……空手部」

 キリナはじぃぃっと書類を見つめた。

 空手部、と聞いて雪彦は顔をしかめる。

 空手部は、あまりいい噂は聞かない。

 他生徒から金を巻き上げてるだの、麻薬を使ってるだの、教師陣もいずれ処置を施さねばならないと思っている。

 雪彦は嫌な予感がして、キリナの顔を盗み見た。

「……」

 キリナは人形のように整った顔に妖しい笑みを浮かべていた。


 これはマズイ!


 雪彦はキリナの肩を掴んだ。

「おいキリナ! この件は俺達教師が何とかするから、おまえはへぶっ」

 キリナの裏拳が雪彦の鼻頭にクリーンヒットした。

 雪彦は鼻を抑えてよろめく。その間にキリナは生徒会室を出ていった。

「な! おい、待てよキリナっ」

 雪彦はふらつきながらもキリナの後を追いかけた。


   ―――


 空手部。

 そこに所属する部員は、ほんとんど『ファースト』の人間である。


 異能者の能力には、三段階ある。

『ファースト』、『セカンド』、そして『サード』である。

『ファースト』は身体能力や記憶力が常人からかけ離れており、逆に言えばそれ以外に大した力を持たない。

『セカンド』は、俗に言う超能力者である。透視やサイコキネシスなどの超次元的な力を持つ。

 そして――『サード』。彼らこそが、異能者のあるべき姿と言っていい。

 彼らは前述した力だけでなく、個々の能力を持ち、それは攻撃的なものであったり、ある意味武力より恐ろしい力を持つ者もいる。

 彼らを言葉で説明するのは難しい。

 なぜなら、彼らの能力は未だ解明されていない点があるからだ。

 そして黒鳥 キリナは、その数少ない『サード』の一人だった。


「空手部は空手をするための場であって、煙草を吸う場所では無いんだけど」

 キリナの言葉に、道場内でたむろっていた不良達は振り返った。

 彼らの指には、紫煙を上げる煙草が挟まれている。

 墨原学園は全寮制だ。おまけに学園の完全統括に置かれた学園都市である。

 煙草など手に入るわけないのだが、まぁどんなところにも抜け道はあるだろう。

「……誰だ、おまえ」

 不良の一人の発言に、キリナは不快げに眉をひそめた。

「ボクのこと知らないの? 愚か、馬鹿、阿呆、クズのカスとはいえ?」

 ズバズバと悪口を吐くと、不良達は目を吊り上げた。

「んだとてめぇ! 女のくせして生意気だぞっ」

「犯されてぇか!? あ゛ぁ?」

 いきりたつ不良達に、キリナはやれやれと首を振る。

「まったく、自分が馬鹿だと気付けないカスは救いようがない」

 キリナは不良達をじろっと睨んだ。

「ねぇ、馬鹿共。この中で生徒会の演説聞いた愚か度が多少マシな奴、いる?」

「ハァ? あんなもん行くかボケ!」

 不良の一人が叫べば、他の輩も口々に肯定と罵声をキリナに浴びせた。

 キリナは枯葉を見るような目で不良達を見つめる。

「そう、いないんだ。じゃ、あんた達はミジンコに決定」

「ミジッ……」

「あ、ミジンコに失礼か。やっぱりウジ虫かな」

「ウッ……」

「いや生き物に例えるほどの奴らじゃないか。うん、埃に決定」



 また始まった……


 送れて来た雪彦は顔をひきつらせた。

 これこそ、キリナの『口撃』である。

 完全見下し発言。これを受けて、心に傷を負った人間は数知れず。

 キリナ自身は、別に相手を傷付けようとしてるわけじゃない。

 ただ、思ったことを口にしているだけである。

 ……それが一番タチが悪いのだが。

「で、埃の親玉はどこ? 掃除しなきゃ」

 キリナは不良達の顔を見渡した。

「さっきから聞いてりゃぁ、このアマ……」

 一人が立ち上がった。

 不良達の中では、一番ゴツい。横幅も縦幅も雪彦よりある。

立島(タテジマ)……空手部の部長……)

 雪彦は前に出ようとした。

 が、しかし。

「……!」

 突然キリナと雪彦の身体が浮いた。

 雪彦は一瞬目を見開いたが、立島の能力が『セカンド』のことを思い出して冷静さを取り戻す。

 おそらくこれは、立島の念動力だろう。

「あ゛? よく見りゃセンコーもいるじゃんかよ」

 立島はにぃっと唇の端を持ち上げた。

「センコーをやりゃあ、教師陣も何も言えなくなるわな」

 短絡な考えに、雪彦はあきれた。

 教師陣はそんなに甘くない。何より、自分も『セカンド』ごときにやられる気は無い。

「キリナじゃねぇが……馬鹿にもほどがあるぜ」

 雪彦はスーツの袖から何かを出した。


 ヒュヒュヒュンッ


 風切り音が不良達の間に鳴り響く。

 それはキラッと一瞬光り、不良達に巻き付いた。

「! 何だ、これっ」

「い、糸か!?」

 腕や足に絡み付いた鋼線を見て、不良達は目を剥く。

 慌て過ぎたのか、バタバタ倒れたり、隣にぶつかったりする者も出てきた。

「先生、邪魔をしないでもらおうか」

 キリナが紺のスカートを抑えながら睨んできた。

「暴走する前に止めたんだよ! 俺の『操り糸(ストリングプレイヤー)』なら、相手を傷付け無いから」

 雪彦の弁解をキリナには気に入らなかったようで、回し蹴りを喰らわされた。

 空中に浮かんだままだというのに、とんでもない威力だ。雪彦の息が一瞬止まる。

「っ……ゲホゲホ! お、おまえなぁ」

「黙って見てなよ」

 キリナはすうっと目を閉じた。

 次第にピシピシと、辺りに亀裂が走るような音が響く。

「このボクに逆らった罪」

 キリナはカッと目を開いた。


「思い知るがいい!」


 建物が破壊されたような、そんな爆発音を立てて、キリナと雪彦の身体が自由になった。

 軽やかに降り立ったキリナとは対称的に、雪彦はドシャッとばかりに床と激突する。

「情けない」

 そんな雪彦を一瞥した後、キリナは右手を横に垂直にした。

「昨日は鉄拳制裁だったから……」

 いつの間にかキリナの手には、黒く長い鞭が握られていた。

(な、何のプレイだよ)

 起き上がりかけていた雪彦の顔がひきつる。

「今回はお仕置きでいこうか」


 ビシイィィィィィィッ


 鞭が空を斬り、不良達をまとめて数人薙ぎ倒した。

「さぁ……せいぜい泣き叫べよ。助けてあげないから♪」

 キリナはにっこりと笑った。

(出た! 黒笑顔!!)

 雪彦の顔のひきつりが強くなった。

「な、何者なんだよ、おまえは!」

 自分の能力を弾き消されたことがよほどショックだったのか、立島は後ずさった。

「ボク? ボクはね」

 キリナの笑みが深くなった。

「墨原学園中等部生徒会会長、黒鳥 キリナだ。みんな、生徒会の女王って呼んでる」

 キリナは今度は鞭で床を叩いた。不良達が大げさなほど震える。

「さぁて……行くよ!」

 かくして――


 空手部道場に悲鳴が響き渡った。


   ―――


 翌朝、早くも空手部のことは知れ渡っていた。


「空手部全員シメたってさ!」

「何か意識不明の人とかもいるって」

「トラウマになった人もいるみたいっ」


 雪彦は頭を抱えたくなった。

 閉鎖的な学園であるためか、こういう噂は広がりやすい。

 一昨日のも早かったし、全く嫌になる。

 雪彦は生徒会室に向かう足を早めた。



「キリナ! ふぶっ」

 ドアを開けたとたん顔面に飛んできた分厚い本のせいで、雪彦は後ろに倒れ込んだ。

「毎回うるさいよ」

 キリナは生徒会室から静かに出てきた。

「だ、だからって……本を投げなくても……」

 雪彦は鼻を押さえながら起き上がった。

 何だか昨日も鼻に攻撃を喰らった気がするのだが。

「ったく。とんだじゃじゃ馬だよな、おまえ」

「今更」

 キリナは鼻で笑った。

「それより今日、書き仕事多いんだよね」

 キリナは生徒会室の中に目を向けた。

 なるほど、確かに書類が山積みになっている。

「昨日の始末書もあるんだ。全くめんどくさい」

「百パーセントおまえが悪いぞ」

 雪彦のツッコミをスルーし、キリナは微笑を浮かべた。

「手伝ってもらうよ、先生」

「……ったく。まぁいいか」

 自分も、キリナを止められなかった。非は自分にもあるだろう。

「わぁった。手伝うよ」

「三分の二、やってね」

「何言ってんだ! 半分だ、はんぶんっ」

 雪彦の怒鳴り声が廊下に響き渡った。


 生徒会の女王に、雪彦はまだまだ振り回されそうだった。







 こんにちは、沙伊といいます。

「生徒会の女王様」を読んでいただき、ありがとうございます!

 これ以外に二つ、二次創作とファンタジーを書いてるのですが、どちらもシリアスな話なのでこれは思いっきり楽しく書こうと思ってます。

 気に入っていただけたら幸いです。感想などお待ちしております!!



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