EP5
雨は弱まる気配を見せない。
俺は水溜まりをばしゃりばしゃりと踏みながら、それが浮浪者にかかるのも構わず走った。
どれだけ脚の回転を速めても、いつものように頭に渦巻くあれこれが流れ去っていかない。
まるで降り落ちた雨がそこに溜まるように、頭の中のあちこちに不快な淀みができている。
「はぁ、、、、はぁ、、、、はぁ、、、、」
体の痛みが限界を迎え、膝に手をつく。
気づけば帝都の重要土地開発区画へとたどり着いていた。
これまで連邦政府議会があった首都から、わずかな移動ではるが、ここに都の中心が移ってくるらしい。
すでにいくつかの大企業の店舗が通り沿いにできていた。
俺の家の家賃が上がってるのも、これが原因だ。
締め出しをくらうのも、もう時間の問題ということである。
煌びやかな明かりと、ご立派な服を着た紳士淑女が、俺を見下すようにしている。
間違わずに生きてきた奴らが、こうして夜でも暗闇に怯えることなく、堂々と歩くことができる。
その内の1人の女が、俺に声をかけた。
「坊や、大丈夫?ひどい怪我、、、ご両親はどちら?」
夫なのか恋人なのか分からない男が、やめなさい、と言いながら、蔑みの目で俺を見る。
彼女の首に煌びやかに光る宝石が、目に眩しい。
お袋は、まず最初に婚約指輪を売り払った。
誰よりも、輝く宝石が似合っていた、自慢のお袋だった。
周りからは綺麗なお母様ね、と言われて鼻が高かった。
生まれた妹も、母の素養を引き継いで、俺なんかよその子じゃないかと思うほどだった。
悪いのは、親父だけだ。
なんでお袋が、あんな、痛々しい、、、
「_____寄こせよ」
「え?」
「お前なんかより、よっぽど、お袋の方が___」
と、その女の首元に手が伸びた時だった。
「甘いねぇ、半端すぎるっしょ、そんなんじゃ。やるならド派手にいかないと」
いつの間にか、女と俺の間にぼろぼろの軍服を着た人物がいた。
長い赤髪は、食いちぎったように乱雑にあちこち跳ね上がっている。
彼女は俺の伸ばしかけた手を掴んでいた。
「シャーリスの言った通りだな」
知らない女が、知らない名前を言う。
「おい!放せよ!!」
輝くネックレスをした女は、連れの男に連れられて去っていく。
それを赤髪の女は、「じゃぁねぇ、夜道に気をつけなさいよぉ」と言いつつ、手をひらひらと振る。
「お前、なんなんだよ」
俺がもう片方の腕を振り上げると、その女は姿を消す。
掴まれていた腕が解放される。
「____は?」
背中に衝撃が走り、俺は石畳の道に前から突っ込むように転んだ。
背を蹴られたのだ、と気づくのに数秒かかった。
「ムカついてんだろう?だったらちまちましたことすんなよな、男なら大きく行こうぜ、大きくよぉ」
そう言って、女は俺を無理くり立たせ、腕を引っ張っていく。
「走る準備はできてんのか?」
「なんだよ、おい放せよ!誰だよてめぇ!!」
女は振り返って、唇の片方だけくいっと持ち上げて宣言した。
「___青の晩餐。会員番号3、リコルテ・レオン・ハイラット、リコって呼びなさい」
そう言って、また彼女は俺の腕を引っ張っていく。
雨は、いつの間にか弱まり始めていた。