EP3
「やべぇ、これからどうしよう」
青い髪に興奮していた俺は、しかし差し迫った現実に頭を悩ませていた。
何をするにも金はいる。
ズマランから請け負う仕事は、圧倒的に割が良かった。
あとしばらく続けられていたら、ちょっとした小金持ちにもなれただろう。
まぁ、そんなことにはまるで興味がないんだが。
帝都の端、半ばスラム化しはじめてきている通りは、かつて連邦制度を支持する大学生たちのたまり場だった。今でも当時のビラだったり看板が、あちこちに朽ちてある。
ゴミの腐敗した匂いが、滞留して肩やら脚やらに重くのしかかる。
ここは嫌いだ。
走る気力ごとそがれていくような気がする。
それでも家に帰るためには仕方ない。
あちこちで、人が地面に座り混んでいる。
生きる気力も、動く気力すらない人間たち。
もうすぐ家に着くというその時、
「よぉ、ユーネ。久しぶりだなぁ」
粘りつくような、陰湿な声だ。
「、、、なんだ、お前。あれ、ほんとになんだっけ、お前」
「ローグだよ、ローグ!元同級生だろう?」
「あぁ、そうだった」
帝国が仮初にも設置した一般臣民向けの学校。
だが内実、それはウーシア適合者を漏れなく探すためだけの制度で、教育機関としての信頼は、今のところ薄いと聞く。
俺も数年だけ通った。
「で、何の用だよ、こんなところまで、お前ここ嫌いだったろ」
「ああ、嫌いさ、反帝国主義を掲げる、逆賊たちの巣窟なんてな」
「ここに居たらお前もそう思われるぞ」
ああ、面倒くさい。
心底面倒くさい。
金の工面も考えなくちゃいけないのに、次から次へと。
「お前にひとつ、お願いがあるんだ」
「なんだよ、金もねぇし、食い物も持ってねぇよ」
「そんな物乞いのようなことするかよ。簡単なことだよ、何も持ってない逆賊にもできることだ」
「さっさと言えよ。もったいぶるな。さっきからしょんべん我慢してんだよ。なんならお前にかけてやろうか?あ?」
「___お前の妹、学校辞めさせろよ」
「は?」
「皇帝陛下が造ってくださった学校に、国家転覆を狙う輩がいるなんて、許せなくてね」
ああ、なんだそういうことか。
本当につまらない、退屈なことだ。
「皇帝閣下が、そんなちっぽけなことに目くじらを立てる方だって言ってんだなお前は。お前こそ不敬罪で捕まるぞ」
「お、俺はそんなこと言ってない!とにかくだ、あいつがいるだけで、俺らまでお仲間だと思われるだろう?」
「妹はまだ10歳だ」
「そんなのは関係ないね。亡くなったお父様から英才教育を受けてるんだろう?反国家的な、な」
「____お前、いい加減黙れよ」
これも全部、親父のせいだ。
こんな吹き溜まりに住まなくちゃいけないのも、金がないのも、こんなくだらない奴に絡まれるのも。
「言葉で聞いてくれないなら、陛下に代わって俺が粛清してやるよ」
「随分な正義感だな、お前!」
喧嘩は苦手だ。
昔から、親父は暴力を振るうことを強く否定していた。
あの温和な父が、妹を叩いたりすると、恐ろしいほど怒って部屋に閉じ込められた。
それ以来、手を出そうとすると、一瞬だけ体が固まっちまう。
ローグの顔面を殴ろうと振りかぶった腕が、どうにも前に出てくれない。
「がぁっ、、、、!」
当然、無防備になった俺の顔に、ローグの拳が入る。
それから、名前も覚えていない、彼の同級生たちどもの蹴りやら、殴打。
血が口内に滲む。
俺は地面に蹲りながら見る。
路地の浮浪者たちは、こちらの方に顔を向けすらしない。
俺も、奴らと同じなのだろうか。
ここから動き出せず、こうして蹲って、よく分からない理由で制裁を受ける。
そんなのは嫌だ。
こんな場所から、煩わしいことから、ゼンブゼンブ、逃げ出してどこまでも行きたい。
守り切れなかった腹を蹴られ、胃液が口から噴き出す。
「あーあ、きったねぇ。まぁお前らは帝国のゴミなんだからよ、お似合いだな」
そう言ってローグは俺の顔を靴底でぐりぐりと踏んだ。
意識が遠のく気配がして、あぁ、もういいや、めんどくせぇ、とこちらからそれを手放した。