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EP2

俺にできることは、ただ走ることだった。

父が大学を追い出されるまで通っていた学校でもそうだった。

同年代の奴らが楽しんでいることが、何一つ面白いと思えなかった。


それは神様が与えてくれた、唯一の娯楽だった。


風が抜けていく、景色が変わる、息が上がる。

それ以外が余計なことだと思わせてくれる、純粋な行為。


「おっせぇーんだよ、ばーか!!」


追いかけてくる警備兵の姿が、みるみる内に小さくなっていく。

ただ、そんなことは関心の外だった。

街を抜け、帝都を、それから帝国を縦断するように流れるエクーニャ川沿いに出る。

それまで一度も立ち止まらず、ただ前方を見続けた。


「なんだよ、つまんねーな」


もっと精神がヒリヒリするような競争を求めていた。

何も考えなくて済むような、そんなものを。


「ほらよ、次はもっと重くてもいいぜ」


俺は顔を隠す寡婦(かふ)用の黒いヴェールを脱ぎ去って、荷を差し出す。

ズマランは白髪の混じった髭をむしゃむしゃと手で鷲掴みながら、


「お前、わざと警備兵に見つかるような、そんな馬鹿なことはしてねぇよな?」


「、、、、、、するわけねぇだろ、そんなこと。あるはずねぇ、絶対ねぇ、絶対だ」


「お前、嘘というか、そもそも会話が下手だな」


ズマランは雑紙に包まれたその荷物を広げ、中に入っていた鉱物を慎重に取り出し、計量器に乗せる。


「まぁ、荷物を中抜きしないとこだけは、運び屋として評価する」


「ったりめぇだ。そんな危ないモノ」


「お前の仕事も十分危ないんだがな」


「これは遊びだよ、遊び。ほら、おいかけっこしましょーよ、ってガキがガキに虫でも投げつけて誘うのと一緒だ」


馬鹿な俺にしては、随分、上手い例えがでたなと思った。

帝国の最東、そこに聳える仰嵐山脈(ぎょうらんさんみゃく)からは違法な鉱石が採掘される。

その鉱物からは違法薬物が精製できる。

その鉱物を俺みたいな運び屋たちが東から西へ受け渡し、運んでいく。

その最終到達点が、川沿いの掘っ立て小屋に住む、このズマランという大男という訳だ。

そして精製された薬物を、購入者へと届ける。

つまりはこの鉱石と違法薬物が、俺にとっての投げつける虫だ。


実に、直線的な仕事で性に合う。

それなのに、


「遊ぶのは結構だが、もうここには来るな。次の仕事は別な奴に頼んだ」


「は?なんでだよ!おい!いきなりじゃねぇか」


「いきなりじゃねぇよ、警備兵と追いかけっこしたいだけなら、奴らの大事な軍服のズボンでも下げちまえ、血眼で追ってくるぞ」


「いやだよ、だっせぇな。それに金が入ってこねぇだろうが」


「だったら働け、まっとうに」


「_____無理だろうが、勝手に死に腐った親父のせいで、どこも雇ってなんてくれねぇ」


俺はいつの間にか床を見ていた。

そこには青い粉塵が様々な模様を描いている。

これだから嫌なんだ、走ること以外は、人と会話することすら。

考えたくもないことを、考えなくちゃいけない。


「とにかくだ、お前、自分の髪見てみろ、どうせ家に鏡なんてないんだろ」


そう言ってズマランは手鏡を差し出す。

普段、ズマランがその潤沢に蓄えた髭を整えるときに使っているものだ。


「髪?なんで、、、、、おぉ、、、ちょっと青い」


「この薬物はな、摂取するとまず最初に髪に物質が凝縮するんだ」


「俺、抜いてなんかねぇよ!」


「分かってる。だけどな、俺のやつはそこらのより、かなり細かく精製されてるんだ。どんなに丁寧に包んでも、運ぶときに少量づつ入っちまったんだろう。ま、謝らないがな」


「____________かっけぇ」


「おい」


「なんだよこれ!めっちゃかっけぇじゃん、空みてぇで」


「空?」


「俺はよ、走るのが好きだ。でも、いつか空を飛びてぇって思ってたんだ。きっと走るよりもっと、何倍も、ぜってぇ気持ちいいんだぜ!」


胸糞悪いことこの上ないが、いつか親父が教えてくれた。


『渡り鳥という鳥がいるんだよ、ユーネ。その鳥はね、このユイセル大陸を縦断して、それから分霊海(ぶんれいかい)も渡って、南のファー大陸まで行くんだ。すごくすごく、頑張り屋の鳥なんだ』


『頑張る、、、?違うよ、きっと楽しいから行くんだよ、お父さん。空を飛ぶのも楽しくて、海を見るのも楽しくて、そのふぁーたいりく?にも、きっとすごくすごく楽しいことが待ってるんだよ』


『そうか、そうだな、お父さんが間違っていたよ。きっと楽しいから飛ぶんだね。ユーネはすごいなぁ』


『そうだよ、お父さん。だって僕にも気持ちが分かるから』



俺は鏡を手放さず、青く染まりはじめた髪をああだこうだと飽くまで眺めていた。



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