1.
「ハル様、大丈夫ですか?」
メイド達がいない部屋。
太陽が沈み、月明かりが照らす中、床に座り込む私を、テオドア様は膝を床について心配そうな目で見つめている。
「テオドア様……。もう耐えられない...。華やかなドレスも、豪華な暮らしも、私の心を満たさない。私が望む物は、この世界にはない……」
私は数ヶ月前に、この世界に国を繁栄へと導く聖女として召喚された。
派手な外国人のような見た目の私を囲む男性達。
見慣れない場所に戸惑う私を、落ち着かせてくれたのはテオドア様だった。
聖女として召喚されたことを告げる皇帝。元の世界に帰りたいと願う私に、皇帝は聖女としての役目を果たしたら帰すと約束した。
その言葉を信じて、私は今まで頑張ってきた。だけど……、もう限界だ。
私がこうしている間にも、姉は私を探しているかもしれない。
「早くお姉ちゃんに会いたい……」
私の切実な願いが込められた呟きは、叶うことなく部屋へと消えていく。
両親を早くに亡くして、残された私達姉妹は手を取り合って、支え合いながら生きてきた。
姉であり、友達、母のような姉。
そんな姉がもう少しで結婚する、そんなある日。私は異世界に召喚された。
お姉ちゃんの結婚式を見届けたい。私が消えたせいで、もしかしたら結婚が……。
不安と焦りで押しつぶられそうなのを無視して、今まで頑張ってきた。
だけど、もう頑張れそうにない……。
もうこれ以上、強くなれない自分に気づいた。
肩を震わせて、自分を抱きしめるように泣く。
そんな私を沈痛な面持ちで見ていたテオドア様は、私の肩に触れて言った。
「私が何とかします」
「……テオドア様に何が出来るのですか?」
信じても叶うことのない願いに、もう何を信じたらいいのか分からない。
私の言葉に、苦しげに顔を歪めた。
テオドア様はこの帝国で唯一の公爵家の小公爵であり、騎士団長だ。
だけど、皇帝でさえ叶えられない願いをどうやって?
テオドア様はしばらく沈黙したまま指輪を見つめ、ゆっくりと薬指から外し始める。
指輪が外れる澄んだ金属音が、静かな部屋に響く。
一瞬、彼の目に迷いの影が浮かんだが、やがて強い決意に変わり、静かに私の手に握らせた。
「公爵家の名にかけて、ハル様の願いを叶えて見せます……」