10.
「この模様……見てください、ハル様。」
テオドアの声に促され、私は彼のそばに近づき、棺の蓋の内側を覗き込む。そこには、複雑に絡み合った紋章が彫られていた。蔓のように絡み合う線と、中心に刻まれた奇妙な記号。
それは、聖女召喚の時に見た紋章と似ているけれど、どこか歪で不気味な雰囲気を漂わせていた。
「これ、聖女の紋章と似ていますけど……何か違う気がします」
私の言葉に、テオドアは頷き、眉間に深い皺を寄せた。
「この模様……何か意味があるんですか?」
私の声は、地下室の冷たい空気に吸い込まれるように小さく響いた。
テオドア様は一瞬、目を細め、まるで私の質問を予想していたかのように静かに答えた。
「これらは遺体を入れるためではなく、何かを『封じる』ためのものかもしれない」
「封じる?」
私は目を丸くする。
「何を…?」
テオドア様は答えず、代わりに祭壇の机に近づいてきた。古びた本を手に取り、ページをめくる。そこには、見たこともない文字と、複雑な図形が描かれていた。
円形の紋章を中心に、まるで星座のように点と線が繋がっている。テオドア様の目が一瞬鋭く光った。
「これは…召喚の逆、か」
彼がつぶやく。
「召喚の逆? どういうことですか?」
テオドア様は私の視線に気づき、ふっと小さく息を吐いた。
「ハル様、聖女の召喚は、ただの儀式ではない。この世界の均衡を保つために行われるものだが、同時に、大きな力を呼び込む危険な行為でもある。召喚の力を制御し、誤った存在がこの世界に入り込むのを防ぐために、こうした封印の術式が存在する」
「誤った存在……?」
私の背筋に冷たいものが走った。
頭の中で、召喚された時の光景を思い出す。眩い光と、低い地響きのようなうなり声が響き合う何か。あの時、私をこの世界に引きずり込んだ力。
あの光の中で感じた『何か』が、今も私の心の奥で蠢いている気がした。
テオドア様は私の表情を見て、わずかに眉を寄せた。
「今はまだ、詳しく分かりません。ですが、この地下室がただの秘密の部屋でないことは確かです。誰かがここで、聖女の召喚に似た儀式を行おうとしていた……。あるいは、すでに試みたのかもしれません」
彼の言葉に、私は思わず祭壇の上の本を強く握りしめた。革の表紙が手のひらに食い込む。
「じゃあ、この本も……その儀式に関係してるんですか?」
テオドア様はゆっくりと頷き、棺から離れて私の側に歩み寄った。彼の手が本の表紙に触れ、紋章の部分を指で軽く叩く。
「この本は、恐らく儀式の記録、あるいは術式そのものが書かれているようです。ですが、開くのは危険かもしれない。何をしているのか分からないこの場所で、迂闊に触れると何が起こるか……」
彼の声が途中で止まり、突然、地下室の奥からかすかな音が響いた。
——ガサッ。
私とテオドア様は同時に音のした方向を振り返った。暗闇の中、祭壇のさらに奥、壁に隠されたような狭い通路の入り口が見える。
そこから、まるで誰かが這うような、かすかな擦れる音が聞こえてくる。
「テオドア様……!」
私は思わず彼の腕にしがみつく。心臓が再び激しく鼓動し始める。
テオドア様は静かに手を上げ、私に「静かに」と合図を送ると、腰の剣の柄に手を置いた。
彼の目は鋭く、まるで闇を切り裂くように通路の奥を見つめている。
「ハル様、本を手に持ったまま、すぐ私の後ろにいてください」
彼の声は低く、はっきりと響いた。
私はと頷き、本を抱えたまま彼の背中に身を寄せてくっついた。
冷や汗が背中を伝う。さっきの者たちが戻ってきたのか? それとも、別の何か……?