9.
地下室に静寂が戻る。
階段の足音が遠ざかり、話し声が完全に消えた後も、私の心臓はまだ激しく鼓動していた。
テオドア様の腕の中で、息を潜めるように縮こまっていた私は、ようやく体を動かした。
「もう…大丈夫ですか?」
声が震えてしまう。
テオドア様の胸のぬくもりが、さっきの恐怖と安心が入り混じって混乱してしまう。
テオドア様はゆっくりと私を離し、壁のくぼみから一歩踏み出した。真剣な黒い眼差しは、なおも階段の入り口を警戒している。
「ひとまず、先ほどの者たちは去ったようです」
彼の声は低く、落ち着いていたが、どこか張り詰めた響きがあった。
「けれど、ここに長居するのは危険だ。ハル様、早く調べ物を済ませましょう」
私はコクコクと頷き、祭壇の方へ目をやる。
気になることが沢山ある。
あの「計画」という言葉、聞き覚えのある声、そして空っぽの棺。この場所がただの地下室ではないことは明らかだった。
先ほどの者たちは、ここで何をしているのか。その正体が気になるけれど、今は目の前のことに集中しよう。
祭壇の机に戻り、古びた本に視線を落とす。革の表紙は擦り切れ、ページの端は黄ばんでいる。表紙には、杯と同じ紋章が刻まれていた。
指でそっとその紋章をなぞると、召喚された時のまぶしい光と、耳に響いた低いうなり声のような音が脳裏に蘇る。
あの時、確かにこの紋章を見た気がする。でも、なぜ? どうしてここに?
「テオドア様、この本…何か知っていることありますか?」
私は本を手に持ち、彼の方を振り返る。
テオドア様は一つの棺の側に立ち、蓋の内側をじっと見つめていた。
そこには何か彫られた模様があるようだった。彼は私の声に反応し、こちらを向いたが、すぐに視線を本に戻した。
「その紋章は……古い神殿のものだ。聖女召喚の儀式に関わるものだが、この場所のものは少し異なる……」
彼の声には、いつもの冷静さに加え、ほのかな迷いのようなものが混じっていた。
「ハル様が召喚された時の祭壇にも、同じ紋章があったのを覚えていますか?」
私は息をのんだ。
「やっぱり……!あの光の中で見たんです。でも、こんな場所にどうして……」
私が見たのに間違いはなかったんだ!
興奮気味に話す私を見て、テオドア様は一瞬、言葉を選ぶように沈黙した。
「聖女の召喚は、昔は神殿で行われていました。いつからか、城で行われるようになりました。この地下室は、恐らく正式な神殿のものではない。」
「聖女の召喚は、かつて神殿で執り行われていました。だが、いつの頃からか、その儀式は城へと移された。この地下室は、正式な神殿のものではない。だが、誰かが意図的にこの祭壇を作った。そしてこの棺……」
彼は再び棺の蓋に触れ、彫られた模様を指でなぞった。