5-7 巫女舞の出張講義
前話を読んで下さった方に感謝です
今話も引き続き温かい目で目を通していただけると嬉しいです
火曜日、学校から家に帰ってくるなり、日向は明美に呼び止められる。
「ひむか、昼頃、月宮神社の巫女さんから電話があって、今日、お勤めが終わった後に、お邪魔してもいいかって訊かれたんだけど……確か、ちかねさん、だったかな。 何か心当たり、ある?」
「えっ、ちかねさんから電話? うーーん……」 日向は少し考えてから、 「おととい、巫女さんの衣装の着付けを神社で教えてもらったんだけど……舞を教えてもらう前に、終わりの時間が来ちゃって。 舞を教えてくれるのかなあ……で、ちかねさん、家に来る事になったの?」 と、思い当たる。
「うん。 ま、話し方がはきはきしてて誠実そうだったし、神社の巫女さんなら信用できるかな、って思ってオッケーしたの。 何か大切な用事があるみたいだったしね」
それから1時間近く経った頃、呼び鈴が鳴る。
「こんにちはーー。 月宮神社で巫女をしております、ちかねと申します。 ひむかちゃんは御在宅でしょうか」
「はーーい、ひむかです。 ちかねさん、わざわざ家を訪ねてくださって、ありがとうございます」
日向が明美を伴って玄関を開けると、ちかねは私服姿で、手には採物を持って立っていた。
「あ、お母様、先程は突然電話を差し上げて、すいませんでした。 電話番号は宮司から聞きました。 お母様と宮司とは昔からの知り合いなんですね」
まずは明美に声を掛け、昼間の件を詫びる茅金。
「ああ、誰からかと思ったら、あづちさんから聞いたんですね。 昔、人生相談に乗ってもらった事があってね。 わざわざ遠くまで訪ねてこられて、お疲れでしょう」
それを聞いた茅金は、明美に軽く会釈を交わし、次いで顔を日向に向ける。
「ひむかちゃん、ごめんね、急に家にまで押しかけたりして」
「いえ、こちらこそすいません。 ちかねさん、もしかして、私に舞を教えるために?」
「そうそう。 だって、もう時間がないんだよ。 あれから、私の方が気が気でなくて……」
「あらあら、色々と事情がありそうですね。 ここでは何ですから、どうぞ、上がってください」 明美は茅金をリビングへ導こうとするが、 「でもお母さん、舞の練習をするんだったら、ある程度広いスペースが必要だよ……家の中は何処も狭いし……」 と、日向が制止する。
茅金は暫く考えた後、 「それなら、庭はどうかな? さっき見させてもらったけど、十分に広いし、風が吹き抜けて心地良いんじゃないかな。 それに、今は私、ワイドパンツを穿いてるから、裾を気にしなくて良いしね」 と、提案する。
「ちかねさんが良いなら、私は庭で全然構わないよ」 日向は同意する。
「月宮神社の舞台も、四方は壁が無いから屋外のようなものだし、違和感はないわ」
「じゃぁ、よろしくお願いします」 と、日向が頭を下げると、 「お母さんも見学してて良いかな?」 と、明美が茅金に尋ねる。
「はい、どうぞ。 ひむかちゃんにはプレッシャーかな、あはは。 でも、神様に奉納するものとはいえ、舞は見られてるって意識すると、励みになるものだから。 じゃ、よろしくね」
日向は茅金と相対する。
「衣装は、この前教えた通りに着れてるものとして、始めるね。 鈴は私物だから、この前の鉾先鈴とは違って一般的な神楽鈴だけど、我慢してね。 本来は演奏に合わせて舞うんだけど、今日は私の掛け声で代用させてね」
「はい、分かりました」
「最初は扇を持って舞うの。 この前説明したけど、持ち方はこうで、開き方はこうね。 じゃぁ、まずは私が舞の手本を見せるわ。 いち……に……さん……し……いち……に……さん……し……」
茅金はゆったりとカウントしながら、流れるような動きで、扇を自在に操って舞う。
「わぁ~~、凄く優雅で綺麗な動きだなぁ。 こうして、こうして……」
日向は見よう見まねで、茅金の動きの後にエアーで舞う。
「えっ?! 動きに違和感ない……凄く自然だわ。 姿勢はスラっと伸びてるし、腕の動きも大きくて肘の使い方も良いし、手首も反ってないし、脚運びもスムーズ……ゆったりしたリズムに、焦る事無く動けてるところも……もしかしてひむかちゃん、舞の経験あるんじゃないの? 日舞とか」
踊りながら脇目で日向の動きを追っていた茅金が、驚きを隠せない。
「そんなに褒めてもらえるなんて……。 舞うのはホント、初めてなんです。 動きを見ただけで、スッと頭がそれを理解して、身体を動かせるって言うのか……上手く言えないけど、デジャブのような不思議な感覚があって……」
「じゃぁ、扇から鈴に持ち替えるよ。 そこの動作もよく見ててね」
日向は茅金の動きを真似る。
「立位や正座からの跪居もぐらついてないし、退く起座への連携も申し分ないわ。 ひむかちゃん、才能、あるよ」
日向の呑み込みの早さに、茅金はまたもや驚きを隠せない。
「自分でも不思議なくらい、ぐらつかないよ。 もしかすると、きゆりちゃんから教わったスプリットスクワット、毎日やってるから、それが効いてるのかも」
「ここからは鈴を持って舞うよ。 鈴の持ち方と鳴らし方、鈴緒の持ち方はこの前教えた通りね。 じゃ、いち……に……さん……し……」
茅金は再びゆったりとカウントしながら、流れるような動きで、鈴を自在に操って舞う。
日向も再び見よう見まねで、茅金の動きの後にエアーで舞う。
「一回見ただけで、動きの特徴を捉えてるわ。 鈴の鳴らすタイミングもカウントにしっかり合ってエアーできてるし……これは上達が早そうね」
踊りながら脇目で日向の動きを追っていた茅金は、もう驚くのもほどほどになっている。
明美は日向の隠れた才能を知り、ただただ我を忘れて見入っているのであった。
一通り舞ったところで、 「ちかねさんのカウントのお陰で、ゆったりしたテンポを掴むのは出来たけど、演奏が無いのは辛いなぁ。 舞の順番を覚えるのに、演奏があるのとないのとでは……どうやって覚えたらいいんだろう」 と、日向が悩んでるのを見て、 「本番では演奏が無いっぽいから、それに慣れるのも必要だろうけど、覚え切るまではねぇ……例えば、自分で、舞の動きに合わせてストーリーを作って順番を覚えてみる、っていうのはどうかな? ほら、覚えにくい単語を語呂合わせで覚えるみたいな感覚で。 ま、それこそ難しいかもしれないけど」 と、茅金が提案する。
「ストーリーを作って順番を覚える、かぁ。 なるほど、やってみようかな、それ。 私、自作小説を書いた経験があるから、ストーリー作りなら楽しんで出来るかも」 日向の表情がパッと明るくなる。
「へぇ~~、小説を書くの? ひむかちゃんには、そんな一面があるんだね。 自作小説、良かったら読ませて」
「あはは、恥ずかしいよぉ。 でも、今日のお礼に、一冊、ノートをお貸ししますね。 後で私の勉強部屋から持ってくるよ」
「ありがとう、楽しみ~~」
この後、舞を4回通して練習し、気付いた時には辺りが暗くなり始めていた。
「あっ、また家にお邪魔してもいいかな? 例えば、土曜日、文房具店への納品を終えた後とか」 と、提案する茅金に、 「はい、土曜日は学校、半日で終わるから、私はオッケーです」 と、日向はオッケーサインを右手で示して答える。
「あと、ここに来る前に宮司と話し合ったんだけど……再来週の日曜日、一日巫女体験してみる気、ない?」
「えっ?! 巫女体験ですか? はい、喜んで! 夢みたい~~」 思い掛けない茅金の提案に、日向は心底喜んでいるようだ。
「その時には、宮司や私が教えた事がしっかり身に付いてるか、チェックさせてもらうわ。 大祓詞のお唱え、衣装の着付け、そして、浦安舞。 丁度神社のイベントがあるからね」
「わわ、知らない人たちの前で舞うの? それはプレッシャーだなぁ」
「でも、それくらいのプレッシャーが無いと、切羽詰まらないでしょ? ひむかちゃん、おっとりしてるもん」
「あはは……その通りかも」 日向は頭を掻く。
こうして日向は、茅金の巫女舞の出張講義を無事にこなすのであった。
巫女舞の、ゆったりした動きを見てると、心の中の小さな迷いが晴れるような気になれます。




