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1-3 決意

前話を読んで下さった方に感謝です

今話も、温かい目で目を通していただけると嬉しいです

 「来ていただきたい場所があるのです。 足元に気を付けて、ゆっくり付いてきてください」 言われるままに明美はあづちの後を付いて歩く。

 心が落ち着き、周りを見渡すゆとりができたのか、彼の服装に目が留まる。

 パリッとしわ一つない白衣に、紫色の袴。

 袴には白い紋が幾つもあり、くっきり浮き出ているように見える。

 石段をゆっくりと上りきり、朱塗りの橋が見えてきたところで、 「この橋は玉橋、そして向こうの橋は千鳥橋という名前が付いているのですよ」 とあづちが振り返って説明を加える。

 「ここからの海の眺めは爽快でしょう。 海岸線の果てまで見渡せますよ」 心地良い初夏の海風に髪をなびかせながら、あづちの言葉を (うんうん! ホント、その通りだよ! 海は広いなぁ) とうなずきながら、明美は()()()いる。

 ほどなくして、朝くぐった朱色の門、その脇にある建物の前で、あづちは立ち止まる。

 「ここは社務所です。 さあ、どうぞ」 導かれるままに明美は足を踏み入れる。

 (数え切れないくらい通った道なのに……ここは全く目に入ってなかったなぁー) よほど今まで一心不乱にお参りしてたのだろう、今更ながら、周りが見えていなかったんだと明美は痛感する。


 そこには一人、いい子にして大人しく遊んでいる少女がいる。

 「この子のことについて、なのですが……どうか最後まで話を聴いていただきたいのです。 途中から()()()()()()()になるかもしれないのですが……」 あづちは真剣な表情で明美に向き合い、 「今度は私がしっかり話を聴きます」 と明美は傾聴する態勢に入る。

 「この子は()()()という名前の、2才になったばかりの女の子です。 この子が生まれて間もない頃、母親が()()()()()()()、この子はここに残され……話はここからなのです」 

 あづちの表情は硬く、語気は強くなっていく。

 「私はどうしても、この子の母親のことを思い出せないのです。 顔も、名前も。 それどころか、先ほど、()()()()と申しましたが、それすらも事実なのか自信がありません。 何らかの事情があって遠方に出張するので、この子を預かってほしい、とお願いされたのかもしれない。 そこの記憶が霧のように曖昧になっていて、ごっそり抜け落ちてしまったかのようなのです」 あづちは明美から視線をそらせ、ややうつむき加減になる。

 (あづちさん、どう見ても物忘れしそうな人には見えないよね。 しかも、そんな大切なことを……普通じゃないよね) そう思案を巡らせつつ、明美は話の続きを待つ。

 「この子の戸籍を調べたことがあるのですが、父親の名前も、母親の名前も、それどころか住所までもが空欄になっていたのです。 そんな事があり得るでしょうか」 冷静なたたずまいを見せる初老の男性が投げかけるにはそぐわないような質問に、明美は思考が停止する。

 「それを知った私は、戸籍はそのままにして、この状況を取り敢えず受け入れ、この子をずっと育ててきました。 ただ、子育て経験の無い私では至らないところも多く……そんな折、ひたむきにお参りする貴女の姿を度々見掛けるようになったのです」 あづちは顔を上げ、視線を明美に向ける。

 「貴女のその強い気持ち……どうか、この子を育てる()()()をしてはいただけないでしょうか」


 (話があまりに突拍子が無いし、私も子育ての経験無いし……すんなり『はい』なんて、とても言えない……) 一通りあづちの話を聴いた明美は、自分の理解を超える話の展開に、混沌とした思考で頭が過熱してしまっている。 

 「初めてお話しさせていただいた貴女に、やぶからぼうな提案をしてしまい、無礼が過ぎました。 今の話は忘れてくだ」

 「いえ、少しだけ時間をください! 頭の中を整理したいの!」 明美はあづちの言葉に返事をかぶせる。

 あづちは驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着いて明美の言葉を待つ。

 (……たしかに私は、子供を授かることにずっと憧れてた。 でも、彼との子供以外なんて考えた事もなかった。 当然だよね。 彼と別れた後もお参りを毎日続けていくうちに、私は彼との子供を授かりたいというより、純粋に愛しく思える子供を授かりたいと、願いがすり替わっていたのかな……とすれば、これは神様の思し召しじゃないのかな。 あづちさんに諭されて、胸のつっかえが取れたよね、私。 私、前を向いて歩きたい! 光射す未来に進みたい!! )

 「あづちさん!!」 沈黙からの明美の叫び声に、冷静のあづちは飛び跳ねるほど驚く。

 「私、この子を育てたい!! 私の手で、私の愛情で、この子を立派に育てたい!! この子を私に預からせてくれませんか 丘の上の家で温かい家庭を作るところを、亡くなった両親に天から見てもらいたい!!」

 「明美さん……今朝、貴女に初めてお声掛けさせてもらった時とは、目の輝きが全く違って見えます。 今日、こういう話ができたのは、神様の思し召しかもしれません。 貴女の望みを叶えさせてください。 養子手続や、資金面の援助など、惜しみない協力をさせていただきたい」

 「この子にはいつも、いい子にしていればママは帰ってくるから、と言い聞かせております。 まだ小さいので、深い意味は理解していないでしょう。 今なら時間が私との記憶を洗い流してくれるでしょう」 あづちはひむかに向き直って、頭をひとなでする。


 「ひむか~、ママ、帰ってきたよ~。」 嘘とはいえ、愛情のこもった言葉が自然と口から出てきて、明美は自分のことながら驚く。

 「長い間、ひとりにしてごめんね。 ママ、ひむかのこと、大好きだよー」 小さな体を優しく抱きかかえ、おでこ同士を擦り付けると、 「まーまー まーまー! ひみゅか ひみゅかー!」 と満面の笑みを浮かべて一生懸命に答える。


 「今日はありがとうございました。 ひむかを大切に、大切に育てていきます、何があっても。 この御恩、一生忘れません!」 ひむかをおんぶして、参道の階段をゆっくり上る明美。

 振り返り、いつまでも手を振って見送っているあづちに、軽くおじぎをする。

 もう、後ろは振り返らないと誓いながら。

主人公が登場するまでのプロローグとして、第一章を何とか書き終えました。

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