3-9 カヌー体験Ⅱ
前話を読んで下さった方に感謝です
今話も引き続き温かい目で目を通していただけると嬉しいです
翌日曜日。
今度はひむか一人で棗海岸へ向かう。
「おはようございます! 今日は指導、大丈夫でしょうか」 みづるの姿を見付け、頃合いを見計らって挨拶する。
「あ、おはよう、ひむか。 そうだなぁ……1時間くらいなら大丈夫。 折角ここまで来てくれたんだから、期待に応えないとな」
(自分の訓練もしないといけないのに、私の為に時間を割いてくれて)
「ありがとうございます! よろしくお願いします」 感謝の気持ちを込めて、お礼を言う。
「じゃ、私が準備してる間に、しっかり準備運動しといて。 あと、この救命胴衣も忘れずに、はい」 指示を出し、みづるはその場を離れる。
「準備はオッケー? じゃぁ、こっちに」 みづるが戻ってきて、ひむかを誘導する。
「では、先週乗ってもらったカヌーを使って、今日は漕いでもらうわ。 補助の練習をしようか」 二人がカヌーの前に着いた時、 「ひむか、一つ質問だけど」 みづるは人差し指を立てる。
「カヌーって、前に乗る人と後ろに乗る人、どっちの方が難しいと思う?」
ひむかはじっくり考えた後、 「……前の人、かな。 進行方向とか決めないといけなそうだから……」 と、少し自信なさげに答える。
そんなひむかに、 「ううん、逆。 両者に力量の差がある場合、前に初心者を置いて、ひたすら漕いで推進力を生んでもらい、後ろを漕ぐ人が、パドル操作でカヌーの方向をコントロールする方が上手くいくわ」 と、分かりやすく説明してくれる。
「そうなんですか~~、逆だと思ってました」
「なので、ひむかは向こう側に座って。 あっ、この前は私一人で漕いだから、向かい合って私が真ん中に座ったけど、今日は二人で漕ぐから、両端に進行方向に向いて座らないと。 進行方向もこの前とは逆になるわね」 みづるはてきぱきと、説明しながら指示を出す。
「さぁ、これを持って。 パドルよ」 シングルブレード……カヌー用のものだ。
「ひむかはカヌーの左側を漕いで。 私は右側を漕ぐわ。 その場合、持ち方はパドルの上方を右手で、ブレードの側を左手で持って。 漕ぎ方は、ブレードが水面に対して垂直になるように。 初心者は難しいテクニックは使わず、それだけでいいわ」
(あわわ、もうちょっとゆっくり説明して欲しいよぉ……) そう思いながらも、言われた事をしっかり頭で理解して、腕を動かしてみる。
「ちなみに、曲がる時は、私がラダー漕ぎっていうテクニックを使うわ。 漕いだ後、ブレードをカヌーから離れる方向にちょっと跳ねると……」 と説明されるが、ひむかは自分の事で精いっぱい。
「じゃぁ、漕いでみようか」
先週と同じくらいの距離まで漕ぎ出る。
難しいテクニックは全てみづるがこなしてくれるので、ひむかはひたすら素直に漕ぐだけ。
それでも…… 「やっぱり……体力が……必要……ですね……」 息を切らせながらひむかが話し掛けると、 「ちょっと息が上がってるわね。 よし、ここで休憩しようか。 初めてにしては良く頑張ったわね」 と、みづるはケロっとした表情で、そう提案する。
「海の真ん中に浮かんでる……潮風が心地良くて、日差しは優しくて……凄く気持ちいいです」
「これがマリンスポーツの醍醐味、ってところ。 自然の中に身を委ねて、心も身体も癒してもらえるわ」 ひむかが和んでいる様子を見て、みづるも満足そうだ。
「楽しんでくれてるみたいね」
「はい! 息が上がったり、身体が疲れたり……運動音痴なのが悔しいです」
「上手くなりたい! って気持ちがあれば、その思いに押されて身体を動かすようになって、体力も付いてくるわよ」
「ところで、カヌーで行ってはいけない所、ってあるんですか?」
「この海岸は漁港ではないし、航路にもあたってないから、その意味での禁止区域は無いわね。 岸から1kmが目安にはなってるわ。 あと、夏は海水浴場のエリアには立ち入れないわね」
「そうなんですね。 結構遠くまで出られるんですね」
そう聞いて、 (という事は……あの島はギリギリの距離、ってところかな) と、密かに目算する。
1時間とはいえ、しっかり日光を浴び、ひむかはほんのり日焼けしたのだった。
更に翌日曜日。
前回の復習を兼ねて、再び海に漕ぎ出す、みづるとひむか。
(今日はあの島に近付いてみたいな……) 秘めた思いを抱きながら、漕ぐ。
「ひむかの漕ぎ方、先週より要領が良くなったみたいだし、今日はもっと沖に向かってみようか」
(あの島の側まで近付いてくれますように) 気持ちが高ぶっていく。
「ここら辺りが目安の1km、かな。 絶対ここまでじゃないといけない、って訳じゃないけど」 そう言って、カヌーを停泊させる。
(うわぁ~~、島がもう目の前だよ)
島にも波打ち際に砂浜が広がってはいるが、砂利がごろごろ転がっていて荒れている。
その奥は道らしき道は無く、鬱蒼とした森が山肌を覆っている。
視線をふと、砂浜と森の境目付近に向けると、7体の石像のようなものが、こちらを向いた状態で建てられている。
(何だろう、あれ……何か、ゾクゾクする……違和感があるというか。 まるで、私を呼んでるような……。 目の前まで来たけど……) ひむかはここに来て迷っている。
島に近付けば、制止を振り切ってでも上陸するつもりだった。
みづるに悟られないように、手荷物は何も持ってきていない。
(もし、この島がウサギのぬいぐるみのように幻だったら……やっぱり止め……)
((今更、それは出来ないよ。 さぁ、こっちへ来るのよ)) ひむかの思考が、心の奥底から響いてくる声で遮られる。
「ここまで来ると、海岸線が凄く遠くになって。 こっちから見る景色も絶景よね」 みづるは海岸の方を見やりながら、ひむかに話し掛けている……その視線は、ひむかに向いていない。
「はい、どこまでも続く砂浜……綺麗です」 ひむかはみづると反対の方向を見やりながら、そう答えると、突然立ち上がり、沖に向かってダイビングを敢行する。
「えっ?! えーーっ!! おい! ひむか!! 何をしてるんだ!! 早まるなーー!!」 みづるは慌てて、備え付けのロープを海に投げ入れる。
「早くこれに捕まるんだ! 早く!!」
しかし、ひむかは救命胴衣を着たまま、沖へ向かって更に泳いていく。
「ば、馬鹿!! そっちは海が深いし、渦が巻いてるんだぞ!! 早く捕まれーー!!」 必死にひむかの愚行を止めようと叫ぶ!
50mほど泳ぎ、島に到達……したはずだった。
しかし、ひむかの思いは虚しく、身体は島をすり抜ける。
(あ……私……これじゃ、入水……だよ…)
遥か遠くから聞こえてくる、みづるの叫び声……更に声は遠くなっていく。
何かに取り憑かれたかのように導かれ、ひむかは大渦に飲み込まれていく……。
(おかあ……さん……ごめ……)
6月17日、ひむかは渦の中へと身を投げた。
((今回の立ち振る舞いも失敗よ、日向))
今話をもって、前半終了です。
ここまでで約4万文字……目標の半分まで来ました。
ここまでの物語の流れを生かし、次話より後半に入ります。