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第3話

ほんの数分前、目の前でナズナちゃんは死んだ。

ルーズベルの攻撃を真正面から受けて、原型も留めぬ姿で崩れ落ちた。

そのはずだった。


けれど今、彼女は笑いながらアーベルと話している。

まるで何事もなかったかのように。


状況が理解できないまま、私は教室の中を見回した。

ざわめき、揺れるカーテン。

――ここは、確かに“最初の”教室だ。


そのとき、ナズナちゃんと目が合った。

彼女の笑顔が凍りつく。

そして次の瞬間――


「きゃぁぁあああ!!!!!!!! 人殺しぃぃぃーーーーー!!!!!!!!!!」


耳をつんざくような叫び声が、教室中に響いた。


一瞬で、すべてを理解した。


――この物語は、巻き戻された。

私はあの時の記憶を持ったまま、“最初”に戻ってきた。

そしてナズナちゃんも同じく、“覚えている”。


彼女の恐怖に染まった視線が、それを物語っていた。

……また、殺されると思ったんだろう。


まるで地獄の続きを見るかのように、彼女の瞳は震えていた。

……ん?いや、待てよ…。

私、ナズナちゃん殺してなくね?

直接手を下したのはルーズベル。私はただ見てただけ!!

……なのに、ナズナちゃんの叫びには私の罪が刻まれているかのようだった。


でも正直、安堵してしまった。

このままメインヒロインが死んだままの世界が続くわけじゃないんだ――

それが分かって、心の底からホッとした。


……けれど、次の瞬間、胸の奥から再び怒りが湧き上がる。


「ーーっだぁからぁ!!!! お前ごときクソヲタクが作品の流れを変えてんじゃねぇよ!!!」


叫びながら、私は感情のままにナズナちゃんの髪を掴んだ。

青髪のふわふわ、さらさらした髪が、ブチブチと音を立てて指に絡む。

そのたびに、花のようなヒロインの香りが鼻をくすぐる。


私はそのまま、自分の席の方へナズナちゃんを無理やり引きずっていく。

見た目はナズナちゃん、でも中身はただの愚かな転生者のヲタク。

こいつが私の愛した物語をぶっ壊そうとしてるなんて……許せない。


教室の中で、私たちはまるで猿のように、無様で、醜い喧嘩を繰り広げていた。

けれど夢中になりすぎて、気づけなかった。


物語の始まり――ルーズベルの攻撃が、また始まっていたことに。


白い光が教室を切り裂くように走り、

次の瞬間には、私とナズナの頭を真っ直ぐに貫いていた。


「あ、やべ」


そんな一言を漏らす暇もなく、私たちは再び――“戻された”。


ふぅ、と一息つくと、またしても背後から聞こえてくる、聞き慣れた怒声。


「アンタ、一体何がしたいの!!!!」


振り向くと同時にパチン!と私の頬を叩く。


「はぁーー?! お前が言うな!!!!」


怒りに任せてナズナの首根っこを掴む。

ヒロインらしい、ふわふわの髪がまたもや私の手に絡まって抜ける。


「ちょ、髪の毛引っ張らないでよ!!!」

ナズナが半泣きになりながら、ぐしゃぐしゃになった髪を抑える。


「ねぇ、なんで3回も私のこと殺すの!?」

教室のど真ん中で、彼女の声が反響する。


「どうして何回も教室に戻されるのよ!!意味わかんない!!どうなってるの!?アンタの仕業!?」


「……お前、頭悪いのか?」

私は盛大にため息をついた。


「“死に戻り”って知らない? なろう読んで出直せ。もう常識じゃん。」


「はぁ!?!? 意味わかんないんだけど!?!?」


「てかさ、そもそも殺してるのはルーズベルだからね?私は直接手出してませ~ん、 セーフで~す!(笑)」


「アンタ……!!私が何したって言うの!?ただアーベルを助けたかっただけなのに……!!!」


「それが“罪”なんだよ!!!!!」

私は机を蹴った。教室中に重い音が響く。


「作品の流れを壊すやつは、何度でもループさせられて当然でしょ!?バグったメインヒロインなんか存在価値ないの、分かる!!??」


「うっ……!」


ナズナは言葉を詰まらせ、机の陰にしゃがみこむように身を縮める。


「はは!そんなに縮こまっちゃって可〜愛い〜」


今度はタイミングを見計らって――

また、ルーズベルの攻撃の軌道にナズナちゃんを無理やり“誘導する”。

その瞬間、また教室の窓が白く光った。


「ひっ……! やだ、来ないで来ないで来ないで来ないでっ!!」


ドォン!


3発目。

ルーズベルの攻撃がナズナを捉えた瞬間、また私は世界の“スタート”へ引き戻される。


カタン。と物音を鳴らし、ナズナは一歩後ろに下がった。

その目は涙で潤みながらも、瞳の奥に怒りと困惑が宿っていた。


「も、もう…なにが望みなの…?!私がメインヒロインに転生した事が許せないの?!」

愛らしい声なのに、聞いていてイラつくのはなぜだろう。

その一言が、どこか“自分に酔ってる”ように聞こえたからかもしれない。


私はゆっくりと息を吸い込む。

ここでまた殺したところで、話は終わらない。

だからこそ、今は言葉でぶつけるしかないと、心を決めた。


「いい?まず先に勘違いして欲しくないんだけど、私がメインヒロインに転生出来なかったことへの怒りじゃないの。そんな事、死ぬほどどうっでもいい。」


教室の空気が変わる。

周囲のクラスメイトが「え…?」「何これ…」とざわつくのを、私は無視した。

この対話に第三者の反応なんて必要ない。


「私はただ、原作通りの動きをしないお前に怒ってるの。どうせアーベルが将来的に死ぬから守ろうとでもしてんでしょ?(笑)」


ナズナの肩がビクッと震えた。

目を逸らすことなく、私を睨むように見返してくる。


「えぇ、そうよ。私はアーベルが大好きなの!最推しなの!だから死んで欲しくないの。同じヲタクなら分かるよね?!」


強い。

でも、その強さがどこかズレている。

“救いたい”という優しさが、“原作”という容れ物を壊している事実に気付いていない。


「わっかんない。なんで?作者が決めた終わりをどうして素直に受け入れないの?それって作品のアーベルが好きとかじゃなくて、お前の頭の中のアーベルが好きなだけでしょ?妄想の中の彼が好きなの。」


私の声が、少しだけ震えた。

心の底からの怒りと哀しみが混じっていた。


「そん、なわけ…!あなたはアーベルのこと好きじゃないの?!」


ナズナが詰め寄る。

教室の真ん中で、私達はまるで舞台に立たされた役者のように対峙していた。


「好きよ!大ッ好きに決まってる!推しだよ推し!彼が目の前で動いてる事実にまだ信じきれてないよ!!それぐらい大好きだからこそ、彼の選択や終わりを尊重したいの。彼が私達、ただのヲタクのせいで、既に完璧な選択を間違えてしまう事が許せないの。」


そう言い切った瞬間、喉がヒリついた。

涙が出そうになるのを必死に堪える。


「意味がわからない…好きなのに、死んでもいいって言うの?!」


ナズナの声が、悲鳴のように震えていた。


「好きだから!!原作通りに死んでって言ってるの!!!」


響き渡ったその声に、クラス中が沈黙した。

その中心で、私とナズナだけが息を切らし、燃えるような視線をぶつけ合っていた。


ーーそして、その渦中にいた当の本人。

“アーベル”は、

好きだの

死ぬだの

救うだの

原作だの

聞きたくない単語のオンパレードで

頭の中をショートさせていた。


私達は言い合いに集中しすぎて、ルーズベルの攻撃に気が付かなかった。

魔力の揺らぎを感じて、ふと窓側に目を向けた瞬間。

空間が軋むような音とともに、白い光が一直線に私の胸元を貫いた。


「ッ——」


目を見開くよりも早く、身体が吹き飛んだ。視界が大きくぐるぐると回転し、床が近づいてくる感覚の中で、自分の身体から何かが流れ出しているのをぼんやりと感じる。


おいおい、このモブ。ルーズベルの魔法を直接当たってるんか。可哀想に。


そう、なぜか心の奥は妙に冷静だった。「これ、前にもあった」って、確信のような記憶が浮かび上がる。


……あれだ。体育館の時。あの時も、瓦礫に潰されたはずなのに寝てる感覚で、「起きてみようかな〜」って思ったら普通に起きれた。しかも、辺り一面が泥だらけなのに髪や制服、身体は綺麗なままだった。


あの時も、今も変だ。

どうして私、頭が潰れてるはずなのに意識があるんだろう?

あれって偶然だったの?それとも……。


ぼやけた視界の端で、ナズナちゃんが立ちすくみ、必死に叫んでいた。

ルーズベルの前で土下座し、震える声で懇願する。


「ルーズベル!知ってるよ、私の事が好きなんでしょ?!だからアーベルを狙うんでしょ?!なんでも言うこと聞くから、だから…アーベルだけは狙わないで、殺さないで!!」


なに、コイツ……。

なんっと愚かしい…。


私はゆっくりと起き上がった。

骨が戻り、肉が這い、皮膚が張り付いていく音が、まるでスピーカー越しに聞こえてくるように鮮明だ。


足元が不安定なまま、私はフラフラとナズナちゃんの背後に立つ。

そして、彼女の耳元に口を寄せて、ささやいた。


「お前さ、それでもこの作品を愛してるの?」


その瞬間。

ナズナちゃんはピタリと動きを止めた。

心音が耳に届くほどの沈黙の中で、彼女の全身が細かく震え出す。


「アンタ…!さっきルーズベルの魔法で死んだんじゃ…!」


ナズナの顔は蒼白で、目は涙で濡れていた。

“死者”が話しかけてきたという事実に、脳が恐怖で処理しきれていない。


「は?さっきの質問に答えろよ。」


「それ以前に、お前はキャラクターへの理解度が低すぎる!ルーズベルは確かにナズナちゃんが好き。だけどその愛は異常なんだよ!!」


私は思わず、前のめりになる。勢いに任せて指を突き出し、まるで壇上の演説者みたいに語気を強める。

ルーズベルのセリフや仕草、過去のエピソードが脳内で駆け巡り、胸が高鳴っていた。


「…は、はぁ?今そんな状況じゃ」


ナズナの言いかけを、私は即座に遮った。目が据わっていた。熱がこもりすぎて、自分でも引きそうなほどだった。


「彼は付き合えるだけで満足できるような薄っぺらい愛を持ってない。ナズナちゃんの周りの人間全員を殺し、居場所を自分の所だけに追いやり、精神的に壊してずっとずっとずっと隣にいて欲しい。独り占めしたいんだよ……!!!!」


その瞬間、まるで一時停止ボタンでも押されたかのように場が静まり返った。


アーベルの目がまんまるになる。ナズナは口を半開きにしたまま固まり、ルーズベルでさえも少し引いたような顔をしていた。

誰もが理解が追いつかないといった顔で、ただ私を見ていた。

その視線に、ふと自分が“モブ”であることを思い出す。


……え、なにこの空気。


「はぁ……ガチ面倒臭い。」


胸の内に燃え上がっていた炎が、急激に冷えていく。

私は近くに転がっていた、血と埃にまみれた椅子にドサリと腰を下ろし、息を整えるように目を閉じた。


「じゃあこうしよう!」


再び声を上げた時、さっきまでのテンションが嘘のように、妙に冷静で、静かな声だった。


そう言って近くに散らばっているガラスの破片を手に取り、鋭い刃を彼女に向ける。

私の指先は震えていない。呼吸も穏やか。まるで朝食を選ぶみたいに、何の感情もない。


「お前が原作通りに動かなかったら殺す。何度でも殺す。私の方が作品への愛はあるみたいだし?」


その言葉を口にした瞬間、ナズナの中の“人間”が軋む音がした。

目の奥にあった自我の光が、ピシリと細くひび割れていく。

けれど私はその壊れかけた表情を、じっと楽しむように眺めていた。


彼女の脳裏には、何度もルーズベルに殺された記憶が蘇っているのだろう。

死の恐怖が心をじわじわと壊していく。

もう、彼女はまともな思考ができていない。目の焦点は時折外れ、涙に濡れた唇は意味のない音を漏らしている。


涙と恐怖で顔をぐちゃぐちゃにして、どうにか抗おうとしてたけど、無駄。

私は容赦なく彼女の肩を床に押さえつけた。ひとつひとつの動きが冷たく、淡々としている。

正しく、原作通りに、私は彼女を「ヒロインの立ち位置」に戻さなければならない。


私に押さえつけられて、原作通りヒロインらしく従うべきなの。


「私はナズナちゃん"が"大好きなの〜」


その言葉には、もはや感情が乗っていなかった。

まるで壊れたスピーカーが録音した音声を流しているように、空虚な笑みだけがそこにある。

目はナズナの表情だけをじっと観察している。泣き顔すらも、一種の芸術のように。


「"本物の"ナズナちゃんだったら優しくしたのになぁ〜」


その一言が、ナズナの最後の砦を貫いた。

彼女の瞳が少しづつ小さくなり、焦点がブレ始める。口元はかすかに震えているが、もう言葉は出ない。

自分が“代替品”だと突きつけられたその痛みは、ルーズベルの魔法よりも残酷だった。


「だからさぁ……お前いらないんだよね」


その瞬間、かひゅっと彼女から声が聞こえた。

もはや悲鳴でも、言葉でもない。魂が震え、壊れていく音だった。


アーベルは咄嗟に「おい!お前!」と割に入り、血まみれで震えるナズナの傍へと駆け寄ろうとした。

その眼差しは焦りと怒りに滲んでいて、ナズナの手を取ろうとしたその瞬間――


「僕の許可なく、ナズナに近づくな。」


ルーズベルの声音は落ち着いていたけれど、そこには圧倒的な怒気が潜んでいた。

そして、彼の手元に浮かんだのは、無数の白く冷たい魔力の粒。

言葉が終わるより早く、それらが鋭利な刃となってアーベルの脚に向けて放たれた。


ズバッ――!!


乾いた音と同時に、アーベルの片脚が膝からごっそりと吹き飛んだ。

血飛沫が舞い、ナズナの頬にも赤が飛ぶ。彼は叫びもせず、ただ、信じられないという目でルーズベルを見た。

ナズナはその惨状に顔を背け、喉の奥でえづく。


私はナズナを押さえつけたまま、ひたすら冷静にルーズベルの動向を見ていた。

さすがルーズベル…と感心しているのも束の間。


次の瞬間、彼の瞳が私を捉え、唇が僅かに動いた。


「君もさっきからナズナに近いよ。」


その瞬間、世界が光に包まれた。

思考が追いつくよりも速く、白い閃光が私の身体を貫いた。

肉が裂け、骨が砕け、視界が一気に真っ赤に染まる。


もちろんただのモブである私が、彼の攻撃を避ける!なんて出来ない為、仕方がなく攻撃を直に当たる。


だけど、ごめんねルーズベル。

私、死んでないんだ!(笑)


地面にぶちまけられた私の肉体は、もはや人の形を留めていなかった。

肉と泥の区別がつかないその塊から、私はぐにゃ、と首だけを持ち上げて、

震えるナズナへと視線を送る。

人間とは思えないミンチ状の肉塊の状態で、彼女に話しかける。


「あれ?まだ生きてるの?この世界線でどうやってアーベル守るつもり?」


血塗れの地面に倒れ込むナズナを見ながら、私は笑った。

肉片の中から徐々に、グジュ…グチュ…と音を立てて、私の身体は再構築されていく。

骨が砕けたまま伸び、皮膚がズルズルと這い寄り、内臓の断片が勝手にその位置へ戻っていく。


彼女はアーベルを守りたい一心で行動してる。だからこそ手の平で転がしやすい。


「アーベルの足……ぶっ飛んで血だらけだけど、どうすんの?(笑)」


笑った瞬間、破けた頬の裂け目から、ズルリと血が垂れる。

私はそんな状態のまま起き上がった。骨がジャキジャキと音を立てて収まり、筋肉がぴくぴくと動く様子を、彼女はただ呆然と見つめることしかできない。


私の視界に映るのは、立つのもやっとな状態の彼女。

その顔には疲労と絶望、そして明らかな思考の破綻が滲んでいた。


震える手で自分の頭を抱えながら、ナズナの視野はどんどん狭まっていく。

空間が歪むように暗くなり、鼓膜に触れる音すら曖昧になる。

耳鳴りと鼓動だけが残り、目の前には――


そう、ガラスの破片だ。


唯一、光を反射して“美しく”映るそれだけが、彼女の視界のすべてだった。

キラリ。キラリ。キラリ。

まるでそれが救いであるかのように。


彼女は私の手からガラスの破片を取る。


壊れたような声で「ア……アーベル………」と彼女は呟き


私は優しく微笑む。

嗚呼、なんて綺麗な顔。さすがメインヒロイン、お人形みたいに可愛い。


「おー、アーベルを守りたいんだよね〜?」


ナズナちゃんのふわふわ可愛い髪の毛をかきあげ、耳元に唇を寄せる。

彼女の首筋に、未だ乾かぬ汗と血のにおいが混じって香る。


「ほら、頑張って?」


そして、彼女はブルブルと震える手を押さえながら、自身の首を掻っ切った。


キィッというガラスの刃が肉に喰い込む音。

皮膚が割れ、筋が断ち切られ、喉の奥から泡立った血が噴き出す。


目の前で噴水のように吹き出る赤い水に少し驚きを隠せなかったが、

転生前の私じゃ想像できないくらいに、生を実感した。

私はその血を浴びながら、うっとりと目を細める。


─────


再び、物語序盤。

ああ、もう何度目だろうね、ここに座ってるの。


変わらぬ背景。

変わらぬセリフ。

……変わってしまったメインヒロイン。


スッとナズナに視線を向ける。

それだけで彼女はガタガタと震え始めた。

かわいいね、4回も殺されればそりゃ覚えるよね、自分がどれだけ無力かってこと。


でも、それだけじゃダメなんだよ。


じっと、じーっと見つめていたら彼女がこちらを向き、

「やめて……」と言いたげに、首を軽く横に振った。


――ああ、コイツは何回私を落胆させるんだろう。


……なに?次のセリフが分かってないの?

こんな大事な、推しの初対面シーンを忘れる?このヲタク、推しの顔面と声だけで生きてるの?

物語を愛してない。キャラを理解してない。全部、自分の承認欲求のためだけの“推し活”。


そんなもん、推しとは言えない。


すぐ殺してしまうのもつまらないし、

何より、“原作”をなぞれない登場人物なんて、背景より価値ないんだよ?


はぁ、仕方ないなあ……

私は、俳優の代役みたいな気分でセリフを続ける。


「はぁ、『アーベル!ルーズベルよ!久しぶりに会えて嬉しいわね!』っていいながらグラウンドに立ってるルーズベルに指差すの。」


その瞬間――

アーベルが、こちらを見て戸惑った顔をする。


その表情に、胸がキュッと痛む。

でも違うんだよ。

その反応、今じゃないの。

お願い、ちゃんと流れをなぞってよ。


「違うよ?アーベル、次のセリフは『ルーズベルなのか?なぜ……使用人はどうしたんだ』でしょ?君はそう言って窓に張り付く。そして続けてこういうの。」


私は、堪えきれない喜びに頬を綻ばせる。


不敵に、ニヤリと。


『ナズナ!しゃがめ!!!』


叫ぶと同時に、空間が歪む。

空気が裂け、原作通りにルーズベルの攻撃が走る。


そして――私は吹き飛ばされた。


何度目でも、この瞬間は格別。

身体が焼けようと、肉が裂けようと、内臓が潰れようと、

これが、推しが“生きてる”証だから。


と、そんなことしてる場合じゃない。


私はすぐさま地面から転がるように起き上がる。

肋骨、折れてるかも。でもそれすらも祝福。

その余韻を胸に抱えながら、私はアーベルを指さして告げた。


「そしてアーベル、あなたは血だらけの教室を見てこう思うの。『ルーズベル……なのか?』それもそうよね。昔見た弟はまるで天使のように愛らしかったんだもの。」


……けれど。


「き、君は何を言ってるんだ!この状況でまだそんなこと言ってるのか?!」


アーベルが怒鳴った。

信じられないものを見るような目で、私に向かって。


――その言葉、その選択、その反応。


全部、全部、全部……!!!


全て愛おしい!!!!!!


頬を伝う汗の粒。

震える声。

瞳孔がブレて、私を“ヤバい奴”として見てる。

あぁ、……アーベル…。


そんな君も、尊いの。


その姿も、セリフも、表情も、体温も。

すべて私の大好きな“アーベル”なんだよ。


私は、喜びを抑えきれず、身体を小さくよじる。

こみ上げる嗚咽と笑いがせめぎ合って、喉が震える。

でも、これは“違う”の。


私は俯き、唇を噛み締めて囁く。


「はぁ…、その選択も愛おしいよ…アーベル。」


でもね、でも……

その選択は、原作じゃないの。


私たちが狂ったように“原作”をねじ曲げて、

“物語の中にまで入り込んで”しまった、その影響で、

君はそんな風に“ブレた”んだよ。


それは、罪なんだよ。


大好きなのに。

心から愛してるのに。

そう思ってるのに……その選択肢は、受け入れられない。


ねえ、アーベル。

君を“本当に”愛するって、こういうことなんだよ。


私は、未だに棒のように突っ立ってるナズナちゃんに視線を向ける。

その顔はもう無表情を通り越して“無の境地”。

自分がどんな立場か、何を間違えたのか、分からないんだろうね。


だけど、私が教えてあげる。


……いいや、教えてやる。


「ナズナちゃん……いや、お前。今から原作の流れ、セリフを全て教えてあげる。」


この世界の真理を。

正しい愛を。

推しが“推し”で在り続けるための、唯一の方法を。


もう一度、最初から――“本物”を作り直してあげるよ。


スキル【創造】の力は便利だ。

私の“記憶”や"知識"がそのまま形になる。


私は両手を掲げ、脳裏の中に焼き付いて離れない“ソレ”を再現した。

私は出来上がった"ソレ"を、無造作にナズナちゃんへ投げつける。

だらんとした手に触れた瞬間、彼女の表情がこわばった。

一方で、アーベルは“ソレ”が床に落ちるのを目にして、

おそるおそる手を伸ばした。

その手は震えていた。

何かに導かれるように"ソレ"を拾い上げ、中身を見た瞬間。

アーベルの顔が青ざめ、目を見開く。


「こ、これは……俺…?」


空気が一瞬で変わる。

湿った空気が部屋を満たし、誰もが息をひそめる。

ナズナは何も言わず、ただ硬直していた。

それを見た私は、ゆっくりと、彼女の方へ向き直る。

「これから、“全部”教えてあげる。」


その“全部”が何を意味するのか、誰にもわからなかった。

ただひとつだけ、確かなことがあった。


――“ソレ”が、この世界の理に背く“異物”であるということを。






─────


ここは……どこなの?


ひとりぼっち。

声もない。温度もない。

彼女は、ただ、黒く冷たい空間のなかに立ち尽くしていた。


「あ……スキル、使えるかな……?」


ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。

閉じた瞼の裏に浮かべたのは――無数の記憶。

絶望、執念、そして、祈りのような決意。


「スキル――【創造】」


ふっと、世界に“揺らぎ”が生まれた。


彼女の目の前に現れたのは、ぽつんと浮かぶワンルームサイズの空間。

ほんの少しだけ、温もりのある、懐かしい空間だった。

記憶のどこかにあるような、それでいて、まだ見ぬ未来のような。


「……!」


手を伸ばす。だが――触れられない。

まるで見えない膜に遮られたように、手のひらは虚空を彷徨う。


「どうして……。まさか、失敗……?」


不安が胸をかき乱した、そのとき。


ふわり、と。

彼女の周りに浮かび上がる、小さな白い発光体。

それはまるで、誰かの“想い”が形を持ったように、優しく瞬いていた。


「……これは……もしかして……」


恐る恐る指先を伸ばす。

触れた瞬間、胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。


「……ユベル。着いてきてくれたの……?」


発光体は、くるん、と回る。

肯定のしるし。


彼女は小さく笑い、目を伏せる。


「ありがとう。お願い……少しだけでいい、何が起こってるのか教えて……。手伝ってくれる?」


答えは、言葉じゃない。

光は、嬉しそうに彼女のまわりを踊るように飛びまわった。


「まだ、使えるのかな……?」


「ううん、まだ使えるはず。」


静かに、彼女はグッと目に力を入れる。

その瞳は、次第に金色へと染っていく。

スゥっと息を吸い




「スキル――」






――【神聖】。

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