第10話
何度目かの物語序盤がスタートする。
前回はロッカーに隠れたが、今回は大人しくルーズベルの攻撃に当たってあげる。
それこそ原作に忠実にモブらしく動いた。正直この動きが正しいのかなんて、原作者にしか分からない。
私の憶測ではあるけれど、モブってこんな感じだよね?みたいな動きをする。
傍から見たら完璧な原作再現だ。
ここの空間に転生者という異物が2個もあるとは思えないだろう!
心の中で、フフン!とドヤる。
……でもさぁ。
正直、そろそろ飽きてきたんだよね、このシーン。
あまりに何度もこの“はじまりの教室”を繰り返しすぎて、机の配置とか窓の汚れの位置まで暗記しちゃってるレベルなんだけど。
モブとして死ぬことにもすっかり慣れすぎて、最近はテンション上がるどころか、
「あ〜はいはいこの展開ね」
みたいなノリで対処してる。
そりゃ何度も死んでんだから当たり前だけどさぁ、こっちは観察者でもあるんだよ?飽きるの、当然じゃん?
でもでも、今回もナズナちゃんはちゃんと動いてくれてるし……上手く進めれるのでは?
ただ、私が死んでる時って視界が暗いから、見れないのが少し残念……
ルーズベルの神々しいお姿を拝めないって、拷問ですか??
せめてモブ役でもいいから生き延びて顔を見たいのに、それすら許されないとは。
もういっそ、物陰からそっと推しを盗み見して鼻血を出す役とかで良くない???採用してくんない????
軽くはぁ。とため息をつきながら、ルーズベルの攻撃は私の頭に直撃した。
4度目?5度目?何度目だよ……
とイライラさせつつも、
何回も繰り返してるけど、やっぱりルーズベルの初めての攻撃に直接当たるモブって嬉しすぎるんだが?!
初めてを何回も貰っちゃうだなんて……!
と意識だけでも推し活を楽しむ。
ちなみにさっきから頭に思い浮かべてる“原作通り”の立ち位置も、“完璧なタイミングでの死亡”も、完全に私の独断と偏見である。
誰も答え合わせなんてしてくれない。
でも正解が分からないからこそ、私の動きが“たぶん正しいっぽいモブ”に見えるんだよね。
うん、モブとしての才能、100万点。
すると見ることは出来ないが、ルーズベルがこちらに近づいている事に気がつく。
この状態だと、視覚以外が研ぎ澄まされているようだ。
見てはいないが感じる。圧倒的神の存在に…!
はぁ〜見たいよ見たいよ〜!貴方が吐く二酸化炭素すら感じ取りたいよ〜!!
死んではいるが、精神はルーズベルにチュッチュと熱烈なラブコールをしている。
「僕、"ナズナから離れろ"って、言ったんだけどなぁ。」
はぁい!来ました!
ルーズベルの1位2位を争う名セリフ!「僕、"ナズナから離れろ"って、言ったんだけどなぁ。」いただきましたよォ!!!!
はぁー愛おしい!その独占欲どうやって育ったんだい?って幼少期から神のように育てられたから、ねじ曲がった性格になったんだった!ガハハ!
推しの狂気は芸術。狂信者の私は心の中で爆拍手。
このセリフを何度聴いても、興奮が冷めることは無いだろう。
語尾の抜き方も声のトーンも全部原作のまんま!はぁ〜永久保存版〜!!
と、調子に乗ってると、いつの間にか愛しのルーズベルの動きが変わっていた。
周囲の空気が僅かにざわめいたのが分かった。あの完璧な微笑が、ふと揺れる。
まるで違和感を察したかのように、ルーズベルはゆっくりと、動かない“死体”に視線を落とした。
「……? この死体……生きている……?」
冷静なその声には、確かに“違和感”が滲んでいた。
疑念。
興味。
そして、警戒。
……おいおいおい!また原作から外れているぞ!!
なんで?!私はちゃんと死んだはずなんだけど!?
限界だった。
死体のまま、アユミは叫んだ。
裂けた喉から泡のように声が漏れ、喉が破れ、頬が裂け、声が血をまとった。
「なんでですかーーーーもう!」
絶叫と同時に、“それ”は崩れた。
べしゃり、と音を立てて、死体が泥水に溶け崩れる。
骨の軋みも、内臓の音も、全てが混ざり合い、床に広がったのは“命の残骸”そのものだった。
血も肉も、骨も髪も、肌の一片までもがぐちゃぐちゃに潰れた混沌と化し、
それはすぐさま、何かを求めるように蠢いた。
半壊してる教室の中。
床を覆うどす黒い液体が、ゆっくりと波打つ。
それは重力を拒絶するように静かに、しかし確実に、盛り上がっていった。
ぐちゃり、ぬるり、と音を立てながら、泥の中から指が、腕が、脚が、頭が、
逆再生のように組み上がっていく。
血も痛みも苦しみも“なかった”かのように。
完全なる再構築。
否、“誕生”と呼ぶべき現象だった。
その中心に立っていたのは、一人の少女。
まばたきもせず、無表情で、ただ静かに目を開ける。
彼女の服には血の一滴もなく、肌には汚れ一つなかった。
それどころか、つい先ほどまでの悲惨な死の痕跡は、微塵も残っていない。
むしろ――最初からそこに存在していた“完璧な造形”のようにすら見える。
その少女――セラは、あまりにも静かに、まるで空気のように立ち上がる。
「マユ、今の所で変わったのはある?」
血なまぐさい空間に響いたのは、あまりにも澄んだ声だった。
揺れも、迷いもない。
ただ“確認”のためだけに発された、純粋な疑問。
その口調は日常の延長線にあるようで、しかし、今の状況とはあまりにもかけ離れていた。
静まり返った空間に、わずかに空気が動く。
黒板に張られた掲示物が揺れ、天井の蛍光灯が鈍く唸る。
だが誰も、その異常な静けさを破ろうとはしなかった。
ルーズベルも、アーベルも。
意識が途切れかけている者、ただの名もない登場人物も。
“彼女”の発した問いに、すぐには返事ができなかった。
だがその少女――セラの姿は、確かに人間に見えた。
だがその輪郭には、人ならざる“何か”の気配がまとわりついていた。
目線、呼吸、立ち方。
ほんのわずかに人と違う。
命を“なぞった”ような、模造品のような。
それでも不気味さより先に、言いようのない威圧感があった。
そんな空気をものともせず、ナズナは一歩前に出る。
彼女だけは平然としていた。
いや、“人形”として動いているようだった。
「変わった事は特に。ただ、前回と同様に貴方から赤いオーラが溢れているのを見ました。」
ナズナの声が終わると、すぐに続いたのは、場違いなほど間の抜けた叫び声だった。
「なんっでだよ!!見たかったのを我慢して、大人しく死んであげたじゃんか〜〜!」
セラだった。
空気の重さにも、他の者の沈黙にも、全く遠慮がない。
その表情には苛立ちと悪ふざけが混ざっていたが、その態度も、ナズナは当然のように受け止めていた。
彼女はそういう存在であり、それ以上でも以下でもない。
――だがその瞬間、空気が切り裂かれた。
破裂音。
乾いていて、鋭くて、重くて、何より“異質”な音。
拳銃の発砲に近いが、それよりもずっと不快な破裂。
耳を突くほどの“異常”だった。
音の中心は、ルーズベル。
その手が――セラの右腕を“ただ持ち上げた”瞬間だった。
ナズナの目が見開かれる。
一拍遅れて、セラ自身が腕に視線を向ける。
……そこには、何もなかった。
袖だけが、風に揺れている。
そこにあったはずの“中身”は綺麗に、完璧に、消えていた。
断面すらない。
血の一滴も流れていない。
まるで、最初から“腕”など存在しなかったように。
その異常な状況に、誰もが凍りつく中――
「……あれ? え、ないじゃん?」
あまりにも無邪気な声でセラが言った。
笑ってすらいた。
苦笑のようで、呆れたようで、怒っているようで――
どこか、嬉しそうにすら見えた。
まるで“面白い現象に出会った”子供のようなその顔。
痛みも、焦りも、恐怖もない。
ただ、理解が狂っている。
……いや、理解はしているのだ。
追いついている。だが、“正しく受け止めていない”。
ルーズベルの手には、何の力みもなかった。
握っただけ。触れただけ。
だが、それだけで彼女の腕は消失した。
“パァン”という音を最後に、彼女の腕は世界から消えたのだ。
マユの背筋に、ぞわりと冷たいものが這い上がる。
言葉も出ない。
理解しようとするたびに、思考が深淵に落ちていくようだった。
だが、当のアユミは――
一瞬の事で驚いたけど……まぁ、痛みは無い。意識的に、腕が欲しいと思えば、潰された腕をもう1回生成できると思う。
と、事の異様さに気づかなかった。
「君、ナズナと馴れ馴れしいよ。」
ルーズベルがぽつりと呟いた直後、視界がグルンと回転した。
――えっ?
何が起きたかも分からないまま、重力の方向が急に変わった気がした。
頭を掴まれた――そう理解した瞬間には、 グチッという嫌な感触と共に、私の頭は胴体からズルリと引きちぎられていた。
生ぬるい何かが、頬を流れていく。髪の先を伝ってポタポタと床に滴るそれは、血。 骨と筋肉が裂ける音が、どこか遠くで聞こえたような気がした。遠くて、夢の中みたいにぼやけてる。
「それに、君の存在がすごく気持ち悪い。」
彼はそう言って、私の頭と胴体をぐちゃりと床に叩きつけ、 まるで腐った肉に触れたかのように、手のひらを払った。
ぐしゃっ、ぬちゃっ、と水気を帯びた音が耳元にこびりついて離れない。
首の断面が床に触れ、視界が横向きに固定される。
私ってそんなに、気持ち悪いのかなぁ……?
ぽろぽろと涙のフリをしながら、笑みを浮かべて、彼の後ろ姿を見送る。
まぁ、私自身モブだし…モブに構ってるルーズベルとか想像したくない……
口角がひくりと吊り上がる。
首が無くなったことよりも、“原作の流れを壊しちゃった”ことの方が気になる。
愛しの原作が私の前で、私のせいでドロドロに崩れかけてるのが耐えられない。
セラの胴体と頭がちぎれた光景を見た、ナズナとアーベルの顔色が変わる。
吐き気を堪えきれず、ナズナは口を押さえ、アーベルは背を向けて嘔吐する音を立てた。
ふーん……やっぱりこの光景、君達にはキツいか。
でも……私は死んでいない。
頭も、胴体も、動かそうと思えば動く。
痛みは全く無い。
それよりも、やっと分かった。
原作がズレた理由が……今すぐ試したいけど、それよりもルーズベルの貴重な登場シーンだもん!
見るしかないよね!
視界は低いままだけど、音と気配で、ルーズベルが静かに踵を返すのが分かる。
だが、そんなルーズベルは私を見下ろすこともせず、興味を失ったかのように背を向けた。
でもさ、もう既に原作の流れは狂っちゃってるし、ルーズベルとアーベルに……ちょっかい出したくなっちゃった。
マユにはあれだけ「原作通りにしろ」って執拗に脅しておいて、自分が真っ先に改変しに行くなんて、ね?
……うん、やっぱ私って、心底どうかしてるわ。
まぁ、あれもこれも、ぜ〜んぶマユがさっさとリセットしないのが悪いもんね?
脳漿を垂れ流しながら、私はころころと生首のままマユの足元へと転がる。
どろりと溢れた眼球が、彼女の顔を捉えた。
「マユ〜、ねぇねぇ、知ってるよね?今、原作からめっちゃズレてるよ〜?アーベル……もうすぐ、死ぬんじゃなーい?」
そう脅すと、ルーズベルが私の“言葉をなぞるように”アーベルの胸に手を当てた。
その瞬間、場の空気がビキッと張り詰めた。
誰もが直感する。
ああ、もうダメだって。
アーベルの体内で何かが泡立ち、内臓が熱を持ち始める。
骨が軋み、皮膚が弾け、血管が――破裂する。
ドン!
という音と共に、アーベルは目の前で爆ぜた。
赤い雨が降るように、マユの頬を伝った。
頬に、唇に、まぶたに。
アーベルの「欠片」がねっとりと貼りついた。
「アハハハハハ!!!!ねぇねぇマユ〜、なーに黙っちゃってんの?顔、引きつってるよ?アーベルが、爆発したから?ブシャアッってさ、血と肉と骨と、いろんなもの飛び散っちゃったもんね〜!」
私は生首の状態で床をコロコロ転がりながら、ゲラゲラと笑う。
血に濡れた床はぬるぬると滑りやすくなっていて、赤黒い液体を跳ね上げながら、私はおもちゃのように転がる。
視界がグルグル回るたびに、教室の天井とマユの怯えた横顔が交互に映る。
たまらない、最高の構図。
「ねぇ、見た?あの瞬間。アーベルの右目がね、ポーンッ!って飛んでさ、マユの胸にベチャッて貼り付いたの!気づいてた?ねぇ、見つめ返してあげなよ?それ、アーベルの最後の視線なんだけど〜!」
指差す代わりに、私は首だけを跳ねさせて彼女の方へにじり寄る。
床の血がぬるりとまとわりつき、髪を伝って首元に垂れていく。
マユは顔を背けた。
その動きすらも、私を笑わせる燃料にしかならない。
「ほらほらほらぁ〜〜!!無視しないでよぉ〜!!あはっ、ごめんね?私が変なこと言ってる?でもさ、変なのお前だからね!?“原作を変えるな”って、私いつも言ってたよね!?自分の責任感、わっかんないの〜!?」
私はずっと喋り続ける。
声帯がもう限界を迎えそうなほどに。
喉を潰される前に、この憎悪と皮肉と愛を、全身全霊で叫ぶ。
「可哀想なのは誰!?お前か?私か?違うよね!?アーベルだよ、マユ!!お前が、物語ぶっ壊したせいで、推しの命すら守れなかったんだよ!アハハハハハ!!!!“推しの死に顔”って一番エグいお土産じゃない!?一生、脳に焼き付けて生きなよ!!」
教室の壁に飛び散った血と肉片が、天井からゆっくりと落ちてくる。
そのうちのひとつ――アーベルの小指の先が、マユの足元に転がってきた。
彼女は震える指で耳を塞ぐ。
でも、聞こえてる。
私の声は、もう外からじゃなくて頭の中でこだましてるんだから。
「さぁ、どうする?次はルーズベルが死ぬ?それとも、また別の誰かが肉になる?ねぇねぇ、原作の尊さ、どんどん崩れてくね〜?苦しい?悲しい?うん、そうやって死にたくなってくれたら、私の勝ちだね!」
……あ、ちょっと煽りすぎたかも。
気づけばルーズベルがいつの間にか私の生首を持ち上げていた。
その手は冷たくも熱くもなく、ただ“無関心な圧力”だけを持っていた。
そして無言のまま、喉をグシャリと潰した。
まるで悪戯を叱るような、淡々とした動作で。
喉の奥が潰れ、声がガクガクと漏れる。
空気が入っていかない。
血と唾液が混ざって、ぐつぐつと喉の奥で泡立つ感覚。
でも、それでも、私は笑ってる。
「っが、ふぅっ、くっ……マユ〜、ほらほら〜……お前、また、守れなかったねぇ……ああ、ほんと、つっかえない、ガチで死んじゃえよ、いっそ……はははは……」
声というよりは、喉の奥で泡が弾ける音に近い。
それでも、言葉は伝わっていた。
最後の音が潰れたとき、マユの心はとっくに壊れていた。
“取り返しがつかないこと”を、見せたんだから。
マユは一言も発さず、破れたガラス窓に向かって歩き出す。
ガラスの欠片がまだ鋭く突き立っているその縁をすり抜けながら。
血と硝煙の匂いがまだ空気に残っていた。
焼け焦げた内臓の匂い、血液の鉄の香り。
そのなかを、まるで風に乗るみたいに、彼女は迷いなく――飛び降りた。
それが、何度目の死だったか、もう覚えてない。
でも――マユの意思は違った。
着地の音が響く前に彼女は、
心の奥深くでアユミに対しての憎悪と、
アーベルを絶対に守る。という意志を強めていた。
そしてまた、物語は――あの“はじまり”に戻る。
憎しみと狂気の記憶を、黒く染みつかせたまま。
今度こそ───




