そして
そして家族で帰宅する。
和也はさすがに疲労困憊で夕食を取ったら最後、そのまま寝てしまった。
そして翌朝、いつものように目覚める。
6畳の居間はいつもと同じだ。和也はむっくり起きる。
はて、何かが違う気がする。ボーとする頭でそれを考えるも何が変わっているのかがよくわからない。時計を見ると8時になっていた。やばい、学校に行かないと。
いそいで支度をして、いつものように昨日買ってきたパンを食べようとするが、パンがない。しまった買い忘れたか、まあ、いいかと冷蔵庫の牛乳を飲んでいると父が起きてくる。今日は夜勤なのでもう少し遅く起きてもいいのだが、欠伸をしながら和也の前に座った。
「カズ、昨日は疲れたろ」
「うん、ちょっとだけ」
「愛奈って言ったか女の子」
「うん」
「夜、あの子の母親から電話があった」
愛奈の母親から電話、ひょっとすると賞金の話がばれたか。
「賞金が出たんだってな」
やっぱりそうだ。なぜあんな大金を人にあげたのか非難される。和也はどきどきしながら父の話を待つ。
「300万か」親父はぼんやりと天井を見る。和也に言うことは無い。「俺は良いと思ったよ」
「え」
「母親が涙声でありがとうございましたって繰り返すんだ。これで娘と一緒にいる時間が増えるって」
「そうなんだ」
「うちも貧乏だからほんとはそんな余裕はないけど、心まで貧乏にはなりたくないからな。和也がそうしたかったらそうすればいい。俺はカズを誇らしく思うぞ」
和也の中から熱いものがこみ上げる。
「うん、ありがとう」
「カズの昨日の試合を見てたらな。俺も頑張ろうかなって思えたよ」
そういって父が笑顔をみせた。
父が少しでも元気になってくれたら、それこそうれしいことだ。ただ、和也は気になっていることがあった。
「それで父さん、今日、何か気になることは無い?」
「気になること?何のことだ」
「何か違ってるっていうか、大事なものが無いっていうか」
父は少し考えてから話す。
「いや、特に思いつかないな」
やはり何もないのか。
和也は学校に行く。歩いているとやはり違和感がある。何か大事なものを忘れたような気がするのだ。でもそれが何か思い出せない。そしてそれがとても苦しくて悲しい。
そう思いながら歩いていると、どうしようもなく悲しくなってきた。和也は涙を止めどなく流す。
なんでこんなに悲しいんだろう。昨日はフルコンタクトの大会でイーゴリを破って優勝し、愛奈に賞金の300万円を渡した。それと上田さんたち道場の人にも褒められた。報道陣から取材を受けたし、サイバーダンクの社長さんから賞金とお食事券10万円分をもらった。
色々、思い出そうとするが肝心なところが思い出せない。
ずっともやもやして河原の道を歩いていると、ふと思い出す。そうだ。あの時金メダルをもらったんだ。確か首に掛けてもらった覚えがある。ただ、家には無かった。どこにやったのだろう。
ぼんやりと多摩川の河川敷を見ると、驚くべきものを見つける。なんとあのビニールハウスが復活しているではないか。
和也は急いで土手を下っていく。はたしてあの浮浪者が戻って来たのだろうか。
転がるようにビニールハウスまでたどり着く。
和也がハウス内に侵入する。「おじさん!」
「わあ、なんだ」
和也は涙を流さんばかりに浮浪者に抱きつく。「おじさん、生きてた」
あの浮浪者がいた。
「こら、離れろ、びっくりするじゃないか」
和也は浮浪者に確かめるように言う。「生きてたんだ」
浮浪者は相変わらず、ひげは伸び放題でどんよりとした目をしていた。
「ああ、あの洪水のことか、いや、まいったよ。死ぬかと思った」
「逃げられたんだ」
「なんか放送で避難指示が出たんだよな。めんどくさいから聞き流していたら、どんどん水嵩が増してきて、気が付いたら水浸しだよ。そしたら一気に洪水が来て家ごと流された」
「よく生きてたね」
「ああ、日ごろの行いが良いからな」
和也は思い出したように言う。「そうだ。おじさんは神様なんだろ?」
「はあ、何の話だ」
「だって僕にデコピンしただろ?」
「デコピン?」
「僕が強くなりたいって言ったら、おでこに指パンチしただろ。その後、ありえないほど強くなったよ」
「ああ、あれか、別にあれは単なるおまじないだ。で、強くなったのか?」
「そうだよ。世界最強になったよ」
「じゃあ、よかったな」
和也は少し考えてから話す。「そうなんだけどさ」
「なんだ、まだ不満があるのか?」
「何か、違う気がするんだ」浮浪者はぼーとしながら和也の話を待つ。「これはチートっていうかいんちきだよ」
「チートって何だ?」
「ゲームで細工してありえないほど強くなったりすること」
「だってお前が強くなりたいっていったんだろ」
「そうなんだけど、なんか違うっていうか」
「ふーん、で、どうしたいんだ」
「元に戻してよ」
浮浪者は目を丸くする。「え、いいのか、またいじめられるぞ」
「そうだけど、それも仕方ないって言うか、言葉にするのは難しいんだけど」
「お前の話はよくわからんな。弱くなってもいいってことだぞ。強くなってよかっただろ」
「それはそうだけど、本当の強さじゃないっていうか」
「そりゃそうだ。チートだもんな」
「そうなんだ。でもさ、上田道場ってところに行って色々教えてもらったりして、弱くても強くなれる気がしたんだ」
「よくわからないな」
「ああいう強さじゃなくってさ、もっと大事なものがある気がする」
「ふーん、わかったよ。じゃあもうチートは止めにするんだな」
和也は浮浪者をじっと見る。
「やっぱり困るだろ」
和也は決心する。「いや、やっぱりチートは止める」
「いいのか」
和也はうなずく。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
浮浪者は和也の頭にふたたびデコピンをかます。
「いて!」
「はい、終了。元に戻ったぞ」
和也はその違いにあまり気が付かない。身体を動かしたりするが、どう違っているのだろうか。
「お前、学校はいいのか?」
和也ははっとする。「そうだ。学校いかなきゃ」
そういってハウスを後にしようとして、ビニールの入り口を上げて振り返る。そしてその時何かに気づく。
「また、来ていい?」
「だから、そんなに来てもらうと困るんだよ。俺は世捨て人だからな」
「美味しいものもってくるよ」和也はにやりと笑う。
浮浪者は相変わらず、茫然と和也を見ている。「遅刻するぞ」
「じゃあね」
そう言って外に出て行く。
土手を上がりながら、和也は思わず笑顔になる。
浮浪者の段ボールの宝箱の中に、金メダルがあるのに気づいていた。
了