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予選

 和也が上田道場で場長に勝ったことや、阿部たちを倒したことが何故か学校中の話題となっていた。今や情報はネットで拡散する。

 すると和也の噂を聞いた学校中のいじめられっ子たちが、和也の周りに集まるようになった。これは太田が学校中に情報を拡散したこともある。そんなわけで学校にいる間は和也の周りにそういった中学生がうろちょろするようになる。そしてそれなりのコミュニティが出来上がっていく。いわゆるいじめられっこ隊のようになった。

 そうはいっても和也がリーダーになれるわけもなく。単なる番犬代わりといったところだろうか。それでもそんな仲間が増えて和也にとっては居場所が出来た。お互いのいじめの話をするだけで、気分がまぎれるし安心感も出る。みんな同じなんだといった連帯感である。おかげでこの中学に表立ったいじめは無くなってきた。


 そしてフルコンタクトの全国大会が始まる。

 予選と本選が土日の二日間で行われる。和也は上田の推薦もあり、予選から出場することとなった。大会側がいかに無差別級とはいえ、中学生の出場に難色を示したため道場枠ではなく、一般参加枠の予選からの出場である。上田は和也が稀に見る有望選手であると大会側に熱心に説明して、参加資格を勝ち取った。

 和也は遠地で大会が行われると旅費が困ると思っていたら、多摩地区の会場だった。

 予選は32人参加のトーナメント方式で土曜日に行われる。そこで勝った上位2名が本選に進めることになる。翌日の日曜日に本選があり、そこも32人で戦うことになる。

 大会が始まるまでは約1カ月の期間があったので、和也もルールや戦い方について十分に学習した。上田から言われて、これまでの人間離れした動きは見せないようにしている。それこそ話題どころか、化け物扱いされる恐れがある。


 上田と道場の木村に連れられて、和也と亜里沙が会場入りする。

 会場は多摩地区最大の体育館で、世界的な競技大会でも使用される。学校の体育館の2倍はあろうかという巨大な建物は見るだけで圧倒された。

 応援には愛奈も来ていた。愛奈は和也が賞金をくれるという話を母親にしたのだが、信じてもらえなかった。どうして見ず知らずの人間に300万もの大金を渡すのか、意味が分からないと一蹴されたそうだ。それもあるが母親は土曜日も仕事に出ているらしい。よって愛奈だけが応援に参加している。

 さらに太田を中心としたいじめられっこ隊も数名が応援に来ていた。和也にとってここまで応援されること自体、初めての経験だった。なんだかこそばゆいような不思議な感覚だった。

 控室には上田道場の関係者と和也、亜里沙がいた。ここには他の参加者もいて、この中学生は何しに来ているんだといった顔をされている。

 上田が和也に話す。

「予選だからそれほど大した選手はいないはずだ。藤本君なら楽勝だよ」

 先ほどから緊張気味で顔が青ざめている和也には、そう言われてもどこか上の空だ。亜里沙がそんな和也に言う。

「いいか、みんないじめっ子と思ってぶちのめせばいいんだ」

 和也がそんな亜里沙を呆然と見る。

「こりゃ駄目だな。完全に舞い上がってる」亜里沙は和也の顔を両手で挟んで顔を近づけて叫ぶ。「カズ、しっかりしろ!」

 はっとして和也が我に返る。亜里沙をみて言う。「亜里沙か」

 こいつ半分気を失ってやがるな、亜里沙は再度、和也に言う。

「カズ、ぶちのめせ」

 和也はうなずく。

 上田は笑顔だ。この妹がいれば和也は大丈夫だと思っている。

「じゃあ、トーナメント表をもらってくる」そういって上田は控室を後にする。

 残った道場の木村が言う。「藤本はうちの栗本とやっても圧勝するぐらいだから、全く心配はないぞ。賞金をもらっていこうな」

 上田道場のエースは栗本さんだ。彼は明日の選手枠で出場する。練習試合をしたこともあるが、いずれも和也の圧勝に終わっていた。和也に太刀打ちできる選手はいないのだ。

 亜里沙が話す。「愛奈のお母さんは和也が賞金をあげることを信じてないんだってさ。今日は愛奈しか来ていないみたい」

「普通そうだよ。そんな大金見たことないもの。ましてや人にポンとあげるなんて信じないよ。だけど本当に優勝できたらいいな」

 亜里沙は弱腰な和也に怒る。「また、そんなこといって300万はカズのものだ」

 あまりに大声で叫ぶので他の参加者から笑いが起きる。まあ、普通はそう思うだろう、何せどこから見ても貧弱な中学生である。実際道着が似合っていない。どちらかというと道着に着られている感じだ。

 上田が戻って来る。ところが顔色が悪い。

 その様子を見た木村が聞く。「どうかしましたか?」

「うん、これを見てくれ」そう言ってトーナメント表を渡す。

 表を見た木村が絶句する。「え、まさかこの人?」

「ああ、どうもそうらしい。主催者に確認したんだが、一般参加で出てきたそうだ」

 和也が聞く。「誰ですか?」

 木村がトーナメント表を和也に見せて指さす。

「このイーゴリ・マカチェフという選手なんだけど、アメリカのUFCチャンピオンだった人なんだ」

「UFCってなんですか?」

 これには上田が答える。「アメリカで行われている総合格闘技だよ。格闘技では最も人気がある。フルコンタクトといえばそうなんだけど、若干ルールも異なる。それにイーゴリは3年前に引退したはずなんだ。それが何故出てきたのか。主催者側は何か言ってましたか?」

「どうやら来年に行われる世界大会に出場したいらしいんだ」

「世界大会なんてあるんですか?」

「そうだな。藤本君にもちゃんと説明しとかないとな。今回からフルコンタクトの大会にスポンサーが付いたんだ。それで賞金も出るようになった。ゲームやネットの配信コンテンツを提供しているサイバーダンクって会社があるんだけど」

 亜里沙が叫ぶ。「知ってる。競馬のゲームが人気だ」

「そうそう、そのサイバーダンク社がスポンサーになって大会をネット配信してるんだ。フルコンタクトを世界的な人気イベントにしていきたいらしい」

「じゃあこの大会も配信されるんですか?」

「もちろんだよ。知らなかった?」

「僕たちスマホとか持ってないんで、よく知りませんでした」

「そうか、世界配信されるんだ。ただ、知名度はまだ低いからこれからだと思うけど」

 和也は世界配信というワードに余計に緊張している。世界の人が見ていると思うとそれだけで緊張してしまうのだ。

 上田が話を続ける。「それでその世界大会だと賞金が1000万円になるんだ」

「わお!」亜里沙がびっくりする。

「当然、今回優勝すれば世界大会への参加資格を得ることになる」

「ちょっと待ってください。そのイーゴリさんはUFCに出ればいいじゃないですか、なんでここに出るんですか?」

「それなんだけど、実はUFCは出禁になってるんだ」

「出禁?」

「そう、けっこう乱暴な人で怒り出すと見境が付かないんだな。大会関係者を半殺しの目に合わせたとかで、資格をはく奪されたんだ」

「まじですか?」

「まじ」

「そんな動く殺人マシンみたいな人間を出場させていいんですか?」

「そうなんだけど、さっきも言ったようにサイバーダンク社は話題が欲しいんだよ。それであえて目をつぶったみたいだな」

「カズなら大丈夫だよ。ぶちのめせ」亜里沙がまたもや無責任なことを言う。

「ああ、そういう意味なら予選ではイーゴリとは当らない。予選の組が違うからね」

 和也は少しほっとする。

「ただ、間違いなく本選には出てくるだろうから、いずれは当たることになるな」

 和也は困惑しているが、亜里沙の鼻息は荒い。ぶちのめせと息巻いている。

 

 そして予選が始まる。和也の相手は20代後半のいかにも格闘技をやっていますと言った猛者だった。がっちりとした体格で身長も180㎝はあるだろう。和也は160㎝しかない。

 和也を見るなり手を広げる。「嘘だろ、なんで子供が出てるんだ」

 和也が答える。「参加のOKはもらってます」

 猛者が不敵に笑う。「怪我してもしらないぞ」

 これで緊張気味だった和也の闘志に火が付く。「大丈夫です」

 和也を見て、審判も主催者に確認を取っている。さすがに無差別級とはいえ、中学生が出たことはない。そして競技が始まる。

「はじめ」審判が手をあげる。

 猛者はいきなり飛び掛かって来る。相手は単なる中学生だと思っている。秒殺だとでも考えているのだろう。ただ、和也にはフォークダンスをしようとしているようにしか見えない。猛者はキックを決めようと前蹴りをする。和也がそれをあっさりとかわしながら、正拳突きを胸の辺りにさく裂させる。ただ、強さの加減は練習で掴んでいる。これまでの強烈な突きではない。ただ猛者はもんどりうって後ろ向きに倒れる。それで頭も打ったようで、そのまま起き上がることは無かった。

 試合会場は広いので4試合が同時に進行しているが、この和也の試合は圧倒的だった。場内でざわめきが起きる。あの小さな子供が大人を一瞬にして倒したのだから、当然といえば当然なのだが、一瞬だったため、何が起きたのかわからないといった声も多かった。

 亜里沙は当然といった顔で観客席から見ていた。愛奈は和也の試合を初めてみたので、あまりの強さに声も出ない。しばらくして亜里沙に聞く。

「今、何が起きたの?よく見えなかった」

「カズのメガトン突きが炸裂したんだ。あれで起き上がれる奴はいない」としたり顔で解説する。

「あれがメガトン突きっていうのか」愛奈は信じ切っている。

 戦い終わった和也が上田の所に行く。

「よし藤本君、今の感じで行こう」

「はい」和也はほっとしている。ようやく加減もわかってきた。試合でも練習と同じ感じで出来ている。

「ちょうどこれからイーゴリの試合があるから、見ておいた方が良い」

 和也が会場を見る。そして驚く。

「あの人がイーゴリですか?」

 上田はうなずく。

 会場に現れた男はまさに巨人とも言える大男だった。身長は2m以上はある。そして体格はまるでヘビー級のボクサーだ。いやそれ以上だ。

 場内が一気にざわめく。巨人の出現に驚く人間とイーゴリの正体を知っている人間たちの声である。

 観客席の亜里沙がイーゴリを見て嘆く。「あれターミネイターじゃん、反則だよ」

 愛奈もびっくりしている。「あの人とカズが戦うの?」

「いずれはそうなるだろうな」腕組をしながら亜里沙が言う。

 イーゴリの相手は普通の人間で180㎝ぐらいの選手だった。

 上田が言う。「彼はイーゴリのことを知らないんだろうな」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだよ。知ってたら戦おうなんて思わない」

 そして試合が始まる。上田が言ったことは誇張でもなんでもないことがわかる。

 イーゴリは猛然と飛び掛かるようにして蹴りを放つ。相手はあまりの早さに対応できていない。会場中に打撃音と相手の絶叫が響く。2mは吹っ飛ばされて、対戦相手は起き上がることが出来なかった。戦意喪失である。

 再び場内がざわめきに包まれ、その後歓声に変わる。

 イーゴリは王者の風格で当然と言った顔で会場を出て行く。


 以降のイーゴリの試合は行われなかった。対戦相手が軒並み棄権したのだ。当然の事だろう、何せ相手はUFCの元世界チャンピオンだ。

 一方、和也の試合は順調に行われていく。相手は和也を舐め切ったところから始まって結局はノックアウトされるといった具合だ。

 そして明日の決勝には和也とイーゴリが出場となった。これも既成路線である。


 上田たちと和也、亜里沙、愛奈が会場を後にする。明日はいよいよ本選が始まる。いやがおうにも力が入る。

 駅への道を歩いているとなにやら騒がしい。

 大勢の人間が集まっている。そしてその中心にいるのは例の巨人である。

 報道関係者が主に彼にインタビューしているようだ。やはり彼ほどの人間が参加すると色めき立つのがわかる。

 するとイーゴリがこちらを見ている。誰か知り合いでもいるのかと、和也は周囲をきょろきょろと見るも自分達しかいない。なんとそのイーゴリがこちらに向かってくる。和也はあせる。さらに上田はもっとあせっている。何事なのかと言った感じだ。亜里沙だけがファイティングポーズを取っている。こいつは闘う気なのか。

 イーゴリは和也のところまで来て話をし出す。闘う意思はないようだ。ただ、おそらく英語で何か言ったと思うが、何を言ってるのかは全く分からなかった。最後にバーイと言ったのだけはわかった。

 和也が上田にイーゴリが何を言ったか聞く。

「何を言ってたんですか?」

「いや、まったくわからなかった。英語は難しいな」上田も苦笑いだ。

 すると亜里沙が言う。「お前は全然実力を出してなかったなって言ったんだ」

「え、亜里沙は英語がわかるのか?」

「はあ、小学生にわかるわけがないだろ、感覚だよ感覚、なんかそんなことだと思った」

 和也はフーンと言った。ただ、そんな気はした。イーゴリは和也の実力に気が付いたのかもしれない。今回、和也は一度も本気で戦っていなかった。

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