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決闘

 和也と亜里沙は工場跡地に急ぐ。そういえば昔の剣豪宮本武蔵も決闘に遅れる常習犯だったと聞いたことがある。対決に遅れて行くことはそれだけでメリットがあるのかもしれない。

 河原沿いの工場跡地に着く。結構広い工場で野球場が2面ぐらい入りそうだ。入口には学校と同じ横開きの大きな金属製の正門がある。今は錆びついていて、すでに開いている。

「ここから入れるのか?」

「そうだよ。もう来てるみたいだね」

 和也が工場の方に目をむける。確かに中から人の気配がする。

 工場は学校の体育館ぐらいの大きさで、むき出しの鉄骨とプレハブの壁でできている。そしてそれがいかにも廃工場と言った感じで朽ちている。

 そこの大きな入り口はすでに開いており、中に人がいるようだ。

 和也が入る。やつらはいた。

「こら、遅いじゃねえか、そっちから呼び出しといて遅れるとはどういうことだ」

 阿部が吠える。そして阿部の両隣りには番場と加藤が控えている。

 和也はやはり怖気づく。強くなったとはいえ、これまでいじめられた記憶がよみがえるのだ。

 すると何故か亜里沙が前に出てくる。そして阿部たちを指さしながら言う。

「ふん、のされるとも知らないでいい度胸だな。いいか、これで最後だぞ。お前たちが負けたら二度と和也をいじめないと誓え」

 亜里沙の登場に一瞬ひるんだ阿部だが、所詮、小学生のたわごとと笑いながら言う。「負けるわけがねえだろ、ボコボコにしてやる」

 そう言うといきなり阿部が和也に飛び掛かって来る。

 一瞬、ひるんだ和也だったが、やはり今までとは違うのがわかる。阿部の動きはまるでスローモーションのようだ。阿部はボクシングで言うところのストレートを撃ってくるも、和也は軽くいなし、下から軽く蹴り上げた。軽くしたはずだったが、その結果がありえなかった。

 阿部は上方に3m以上も飛ばされる。

 思わず和也から言葉が漏れる。「うそだろ」

 そして阿部はそのまま背中からコンクリートの地面に激突する。背中を抑えながら苦痛にうめいている。

 あまりの衝撃に一瞬驚いていた番場は、気を取り直すように左右に首を振る。そして一気に向かって来る。デブの番場の攻撃は基本はタックルだ。うおーと叫び声を上げながら和也を掴もうとするが、和也は素早く横に避けて、番場の尻に回し蹴りを食らわす。自身の重量による加速がその蹴りによって数倍になり、番場は高速でそのまま床に激突する。さすがにこの威力は強烈で、番場はそのままピクリとも動けなくなる。気絶したのだ。

 この光景を見て加藤はほぼ戦意喪失なのだが、それでもボスの阿部の手前、立ち向かわざるを得ない。顔を見ると冷や汗をかいているのがわかる。加藤は180㎝近い長身を屈みこむようにして、ゆっくりと和也との間合いを詰めていく。和也は完全に自信に満ちていた。そして仁王立ちで迎え撃つ。

 加藤は動きのない和也を掴もうとゆっくりと手を伸ばす。和也はその動きを無視するかのように往復ビンタを加藤の両頬に食らわす。パンパンと言うビンタのたびに加藤の顔が大きくゆがむ。和也はその威力に驚く。なんという力なのだろう、実に恐ろしい力だ。結局、加藤はあまりの痛みに泣き出す始末だ。図体はでかいが所詮は中学生だ。腫れてきた頬を両手で触りながらおんおん泣いている。これでは和也がいじめっこではないか。

 阿部は座り込んだままで和也を睨むように見ている。「いったい、どうなってるんだ」

 和也が答える。「良くわからないけど、とにかくこうなってる」

 阿部は訳が分からないというように首を左右に振る。和也が言う。

「とにかくもう僕に構わないでくれるか、それともういじめはやめてくれ」

 阿部は下を向く。「ああ、わかったよ」

「それと僕以外の人間をいじめるのもやめてくれ」

 阿部は和也を見て言う。「いじめてるつもりはない」

 和也が驚く。「あれでいじめてるつもりがないって言うのか?」

「いや、そうじゃないな。なんかいじめてるやつらを敵みたいに思ってるところがある。敵だから攻撃する感覚だな」

「意味が分からない」

「仲間じゃないし、同じ人種じゃない。異物扱いと思ってるんだ」

 和也は初めていじめてる人間の本音を聞いた気がする。いいようのない寂しさを覚える。「じゃあ、いじめられてる人間の気持ちを考えたことがあるのか?」

「ない、だって異物だ」

 あまりの話に和也は言葉がない。そうなのか、いじめてる人間にいじめられてる人間の痛みは通じないのか。

「言ってる意味はさっぱりわからないけど、とにかくこれからいじめはやめろよ」

 和也はもう話すことはないと阿部たちを置いてそこから出て行く。


 和也は亜里沙と川沿いの遊歩道を歩く。日が沈んで夕焼け空になっている。先程まで吹いていた風は止んでいた。

 和也は言いようのないむなしさを感じていた。こんなことだといじめは無くならないのかもしれない。亜里沙が心配そうに和也を見ている。その亜里沙に話しかける。

「亜里沙、いじめって無くならないのかな」

「うーん、そうかもしれないね。いじめられてる方が強くなるしかないかも」

「でもみんなが僕みたいな力を持てないだろ」

「そうだね。でもカズがいじめられることは無くなったし、カズの中学ではいじめは無くなるだろ?」

「そうだね」

「それでよしとしようよ。じゃあ、カズ、明日は祝勝会だ」

「祝勝会?」

「明日になればわかるよ」

 亜里沙はそういうとどんどん歩いて行く。


 そして翌日になり、夕方から祝勝会をするという亜里沙についていく。どこに行くのかと聞くと地区の文化センターに行くと言う。

「ここなの?」

 文化センターは地域の催しをやったり、図書施設もある場所だ。和也も本を借りにくることがある。

「ここで祝勝会をするのか?」

「そうだよ」

 すると入口のところに知った顔がいた。昨日公園でいじめられていた愛奈という少女だ。

 亜里沙が愛奈に話しかける。「お待たせ」

 愛奈はにっこりと微笑む。なるほど亜里沙とはいい関係になれたようだ。

 センターに入ると、何故かいい匂いがする。

「あれ、カレーの匂いがする」

 そして入口には看板があった。『こども食堂』

「こども食堂?」

「そうだよ。ご飯が食べられるんだ。それで愛奈も誘った」

「ごはんってお金がないぞ」

「大丈夫。ここはただだよ。ボランティアでやってくれてるんだ」

「へーそうなんだ。そんな食堂があるんだ」

「月に一回やってるみたい」

「愛奈ちゃんも来たことがあるの?」

 和也が話しかけると愛奈は少し躊躇しながら答える。「ううん、初めて、亜里沙ちゃんに誘ってもらった」

 元気いっぱいに亜里沙が「レッツゴー」と言ってどんどん中に入って行く。

 亜里沙はいつの間にこんなところを見つけたのだろうか。これまでそんな話をしたことも無かった。ちょっとびっくりする。

 催し物などをやる一階の会場で、テーブルに座って子供たちがカレーを食べていた。奥の方に給仕をしている3人の大人がいて、満面の笑みで迎えてくれた。

 その中の髭面で50歳ぐらいの男の人が和也たちに話しかける。

「いらっしゃい。さあ、食べて食べて」

 和也があいさつする。「こんばんは、お世話になります」

「うん、あ、そうそう、よかったらこの名簿に名前とかを書いてくれるかな」

 そういうと表みたいな紙を出してくる。

「いやだったらいいんだけど、参考にしたいから。もちろん悪用もしないし、学校に連絡もしない」

 和也は名簿に名前と住所、それに歳を書く。

 食堂には20人ぐらいの子供たちが食事をしていた。みんな嬉しそうな顔で談笑しながらカレーを食べている。

 ひげのおじさんが言う。「カレーとサラダも用意したよ。あとでデザートもあるからね」

「ありがとうございます」

 もう一人の男性、こちらは30歳ぐらいと若い、カレーをよそってくれる。そのいい匂いで和也のお腹が鳴った。男の人が笑顔で言う。「おいしそうだろ、腕によりをかけて作ったからね」

 髭面のおじさんがその若い人を紹介する。「この人はコックさんなんだ。駅前の定食屋さんってわかるかな。そこで仕事してる」

 なるほど駅前に定食屋があるのは知っていた。和也は行ったことは無いが、美味しいと評判の店だ。その定食屋の人はサラダも付けて和也に渡す。

 和也たちはテーブルに座ってカレーを食べ始める。一口食べてそのおいしさに驚く。

「うまい!」思わず口に出してしまった。

 おじさんたちは笑顔だ。

 亜里沙と愛奈も夢中で食べている。

 カレーを顔中に付けた亜里沙が話す。「あんまりいいものを食べてない子供に、美味しいものを食べさせようとやってるらしいよ」

 和也たちは夕食はインスタントやコンビニのお菓子などで済ませることが多い。昼は給食があるが、夕食は貧弱になる。愛奈がここにいるということは、彼女も同じような境遇なのか。

 亜里沙が話す。「愛奈はお母さんが夜も働いていて、晩御飯はうちと似たようなものみたい」

 愛奈が悲しそうな顔をする。「うちはパパがいないの。それでママは昼はパートで、夜も働いている」

「そうなんだ」

「ママと一緒にご飯が食べたい」

 シングルマザーというやつなのか、あまり突っ込んだ話は聞けないな。

 すると亜里沙が替わりに愛奈のことを話す。「お父さんが借金を作っていなくなったみたいだよ。それを愛奈のママが肩代わりしてるんだって」

「借金?」

「えーと300万円だっけ?」

 愛奈がうなずく。「多分それぐらい」

「それは大変だな」

 まさに気が遠くなるぐらいの大金だ。和也が見たことがあるのはせいぜい数万円ぐらいで、それもごくたまにだ。新札の一万円の人物が誰なのかもよくわかっていない。

 さらに亜里沙が話す。「ママは昼はスーパーのレジ打ちで、夜はお店で働いているんだって」

 なるほどな。夜はそういうお店ということか。ただ、かわいそうだけど和也にはどうしようもない話だ。そういう意味だと和也の家も似たようなものかもしれない。確かに借金はないけど、生活もぎりぎりで、父に何かあったら、それこそどうしようもない。昔、父が病気になった時には、食べるものもないぐらい追い込まれた経験がある。

 あまりのおいしさにカレーはあっと言う間に空になった。スプーンで最後の一滴まで食べ尽くす。ほんとは皿まで舐めたいぐらいだ。

 その様子を見た髭のおじさんが和也たちに言う。「お代わりもあるよ」

 和也が一目散に皿を持って行く。

 おじさんが皿にカレーのお代わりをよそう。

「おじさんは上田って言ってね。この近くで空手道場をやってるんだ」

「ああ、知ってます。商店街の先にありますよね」

「そう、よく知ってるね。私がやってる空手はフルコンタクトって言って寸止めじゃないんだ。子供にも教えてるから興味があれば来たらいいよ」

「寸止めって?」

「今の空手は怪我をしないように型で判断するものが多い。直接殴ったり蹴ったりしないんだ。それを寸止めって言う。でもうちの道場は直接撃つんだ。少し痛いけどね。それが本当の空手だと思ってる」

 和也の後ろで皿を持って待っていた亜里沙が言う。

「おじさん、カズは桁違いに強いんだよ」

 上田さんは驚く。「へーそうなんだ。じゃあぜひ一度来てほしいね」そう言って和也にカレーを渡す。

「でもうちはお金に余裕がないから無理ですよ」

 上田は笑顔で答える。「そうか。でも才能があるなら支援も出来るよ。それに大会に出られればお金も出るしね」

 大会もあるのか。

 すると亜里沙が質問する。「どのくらい稼げるの?」

 上田さんは笑いながら「大会にもよるけど、世界大会だったら1000万円ぐらいは出るよ」

 和也は目を丸くする。「まじですか?」

「うん、だけどよほど強くないと無理だな。だって世界一だからね」

 亜里沙が懲りずに言う。「カズは世界一強いよ」

 上田さんは本気にはしていないようで、「そう、じゃあぜひ道場に遊びに来てよ」笑いながら言う。

 亜里沙が和也に話す。「カズ、行ってみようよ。1千万だよ」

 上田さんは亜里沙の皿にもおかわりをよそいながら言う。「そこまでの賞金じゃないけど、日本選手権もあるんだよ。そこで優勝なら300万円だよ」

 和也がその金額に反応する。先ほど愛奈が言っていた借金の額だ。つまりもしその大会で優勝できれば愛奈の家の借金は無くなる。

 亜里沙が聞く。「カズがその大会に出れる?」

 上田さんは困った顔になる。「うーん、難しいな。もし本当に強かったら出られるんだけどね。一応中学生も参加資格はあることはある。無差別級だからね。でもまず無理だよ。うちの道場にも参加枠があって、一人は出られるんだけど、出るのは今一番強い人間だからね」

「じゃあ、カズの方が強かったら出れる?」

「そうだね。強かったら出られるよ。まあ、とにかく一回来てみなさい」上田さんは笑顔だ。

「わかった。行く」亜里沙が勝手に話を進めている。

 席に戻ってカレーを食べる。和也はなんだか味わえない。

「亜里沙、無理だと思うよ。格闘技なんてやったことないし、大人と戦うんだろ、絶対勝てないよ」

「カズはまたそんなこと言って、やってみないとわからないだろ。それにカズは自分が思ってる以上に強いんだよ」

 愛奈が二人の話に加わって来る。「何の話なの?」

 亜里沙が答える。「空手の大会があって、それに出ると300万円もらえるんだって」

「え、そうなの」愛奈がびっくりする。

「いや、違うだろ亜里沙。説明が足りないよ。優勝すると300万円だよ。それも全国大会なんだって」

「なんだ。そうか」愛奈はがっかりする。

「大丈夫だってカズは世界一強いんだから」スプーンを振り回しながら亜里沙は興奮状態だ。

 子ども食堂は食事が出るのもあるけど、それだけじゃなく、なんだか心も満たされる気がした。


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