妄執
「初めまして」
看護師の案内で訪れた病室で、頭に包帯を巻いた彼女は私にそう言った。
命に別条は無いものの、怪我のせいで記憶が無くなっていると看護師は言っていたが、どうやら本当らしい。
意思疎通に不自由が無いのは不幸中の幸いだろう。
「貴女は私のお友達ですか?」
「すみません…何も覚えてなくて…」
それなりの年月を一緒に過ごし、同棲もしている恋人に初対面のような対応をされると、覚悟はしていても堪えるものがある。
感情の奔流を飲み込みつつ、無垢に染められた彼女に2度目の初めましてを言う為に、私は椅子を引き寄せた。
たとえ記憶を失っていようとも、彼女は私の大切な恋人だ。
その事実は変わらない。
彼女は私が守る。何があっても。
彼女の頭の包帯と敬語が取れ、無事に退院できて1ヶ月ほど経ったが、彼女の記憶は未だ失われたままだ。
帰ってきてから数日は笑顔だったのに、ここ最近はずっとなにかに怯えたような顔しか見せてくれなくなった。
ひょっとして記憶を取り戻す事が怖いのだろうか。
私が彼女を嫌いになる事なんて、何があろうとも絶対に有り得ないのに。
「…怖い…」
「…お外出たい…」
外には危険が沢山あるから、安全な場所にずっと居てほしいだけなんだ。
彼女は私が守る。