夜闇を彷徨うもの
それはある日のことだ。
スタスタ。
スタスタ。
帰り道を一人歩いていた。
スタスタ。
スタスタ。
月明かりを背に。
懐中電灯を持っていたのだが生憎の電池切れだ。
目が慣れれば月明かりでも歩ける。
そう思い僕は徒歩で帰宅していた。
最終電車は無い。
僅か一駅の距離だから歩いて帰れなくないのが救いだ。
だが徒歩で一時間掛かるのは考えものだ。
自転車の購入を考えた方が良いだろうか?
まあ良いだろう。
そこは追々考えれば。
「遅くなった」
上司である課長に帰宅間際仕事を押し付けられた。
自分の仕事を。
あの無能が。
「今度雑巾の搾り汁をお茶に混入してやろう」
などと可愛らしい仕返しを考えて帰宅していた。
スタスタ。
スタスタ。
何の音もしない。
周囲を見渡せば生い茂る木々。
近道で公園を突っ切っているからだろう。
草や土の香りがする。
雨上がりのムワッとした濃厚なお陽さまの匂い。
それが鼻腔を擽る。
スタスタ。
スタスタ。
そんな時だ。
奇妙な違和感がした。
些細な違和感。
だが何かわからない。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
何だろう?
スタスタ。
スタスタ。
思わず僕は歩みを止める。
何故かは分からない。
スタスタ。
唯の足音か。
そう思った瞬間だった。
奇妙な感覚に襲われた。
だけどそれが何か分からない。
「……まあ~~気のせいか」
僕は自分に言い聞かせるように話した。
そうしなければ此の言いようのない不安感を解消できないからだ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
後少しだ。
後少し。
後少しで言いようのない……。
不安は解消される。
自分でも理解できない言いようのない不安。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
言いようのない漠然とした不安。
何が原因か分からない奇妙な不安。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
不味い。
不味い。
多分だが間違いではない。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
問題が有る。
この事を。
僕が気がついたという事。
それを知られて良いのか?
それが判断出来ない。
気が付かれたら終わりかも知れない。
終わりではないかも知れない。
だが試す気にもなれない。
なれるはずがない。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
気づかないでくれ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
気が遠くなるような時間を過ごしたと思う。
物凄く長い。
とてつもなく長い時間を過ごした気がした。
眼前に我が家がある。
その事に僕は気が緩みそうになる。
だが気を引き締めなくてはならない。
僕が気がついてるということを悟られてはいけない。
悟られた瞬間何が起こるかわからない。
分かるのはナニカがいるということ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
そのまま僕は歩きながら玄関の鍵を取り出す。
アパートの一階。
今日ほどこのことに感謝したことはない。
何しろ歩く速度を変えなくて良いから。
階段を登るという歩くのとは違う動作をしなくて良いから。
そのまま歩みを止めず直ぐに玄関の鍵を開ける。
そのまま素早く玄関の中に入り込んだ。
そして僕は息を潜め耳を済ませた。
スタスタ。
スタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
足音が遠ざかる。
足音が。
僕を追っていた足音が。
不気味な足音が。
僕がこの不気味な足音に気がついて無いと思ったんだろう。
そのまま足音が遠ざかって行く。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタ。
スタスタと。