アホの勇者とアホの魔王の狭間で常識人ポジションを維持する回復魔導師〜初手ラスボスは予想外です〜
私は回復魔導師ミラフィル。
魔王討伐の為に王国中から集めた選りすぐりの人員の1人だ。
そして隣で唸りながらカニの身を取るのに四苦八苦しているのは異世界より召喚した勇者セイゴ。
力は強いのだが絶妙に癖が強く、過去に記された転移勇者達の記録を必死に読み込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「そうだ!出すんじゃなくて蟹の殻を燃やせばいいのか。ファイヤー!」
いやなに俺って天才!みたいな顔してんの。嫌な予感しかしないんだけど?
「あづい!手燃えちゃった。ミラフィルさんヒールくださいっ、あ゛あ゛かっカニが燃え尽きてる。そんな、この世は酷いや魔王許さねえ!」
まあそうなりますよねぇ。
というか魔王とばっちりすぎるでしょ。
私は額に青筋を浮かべながら彼の掌にヒールをかける。
「セイゴさんは魔力がSSSランクなのですから扱いには気をつけてくださいね。」
本来ならば大魔獣だって簡単に倒せる力を非っっ常ーにしょうもないことに使うので毎回自滅している。
私がヒールをかける原因第一位は敵の攻撃じゃなくて自分で怪我しちゃった☆なのが地味に腹立つ。
「カニ……ヒールで治せない?」
「いや無理でしょ。」
私が彼と行動を共にするようになったのは2週間前のこと。
魔王があまりにも強すぎて、1パーティだと心配だということで4人の勇者が同時に召喚された。
そして全国の冒険者ギルドから王宮に招集されたトップクラスの実力を持つ数名が自由に4人のうちの誰かを選び魔王討伐を目指すという流れだ。
もちろん旅の途中で仲間を増やすことも推奨されているから最初のパーティの人数に偏りが出ても問題ないとされている。
1人目は根暗そうな少年。
彼には大いなる精霊達がついていて、彼の周りだけもふもふワンダーランド空間が生まれていた。
常に俯いているが可愛い精霊達を見て笑顔を浮かべている様子は年相応で好感が持てる。
しかし彼自身人間と組むことを拒否しているらしくもふもふな仲間達と旅がしたいそうだ。
2人目は20代後半くらいのお兄さん。
異世界転移について詳しいらしく、魔法や攻撃の力を易々と使いこなしていた。
爽やかな笑顔とその力に女性の冒険者が群がっている。
彼は困った笑みを浮かべているが、治癒能力共に精神感知能力が鍛えられている私からしてみれば満更でもない感がヒシヒシと伝わってきてついジト目で見てしまう。
3人目は独特の衣装を着た若くかわいい女の子。確か過去の資料にはJKの制服と書かれていたはずだ。
彼女の能力は詳しくはわからないが私の女の感が魅了の力なのではないかと告げている。
お兄さんとは逆に男性達が皆彼女を持て囃していた。
「よくわからないけど、頑張りますぅ。」
彼女の弱々しい声に彼らの士気は爆上がり。
性格悪そうだなと思っていたけどこれはこれでアリかもしれない。
本人が戦わなくても心理掌握と戦術を磨けば名将になる可能性がある。
けれどその力を発揮するには他の女性がいるべきではないだろうから私は入れない。
もう、帰ろっかな。
いやそこそこ人いるしさ、私1人いなくても誰も気づかないでしょ。
なんかこのメンツの誰とも旅できる気がしないというか?
別に収入に困ってるわけでもなければ名声も要らないし。
いや、魔王討伐の経歴は正直欲しいけど。
「よし、皆のもの旅の仲間は決まったな。それではそれぞれの部屋に最低限必要なものを用意したから取っていきなさい。ワシの国からなんとしてでも討伐者を出すためじゃ、金は惜しまぬ。」
王様が威厳のある姿で語る。
が、1人忘れてますよ!王様最近ボケが加速してる気がするんだよね。
早く王太子様に即位してもらった方がいいんじゃないかな。
「すみません!遅れましたっ。」
バン、と音がして大きな扉が木っ端微塵になる。
現れたのは10代後半くらいのごく普通の男。人懐っこそうな笑顔を浮かべているがそれ以外に特筆する特徴は……いやちょっとまって、なんで頭血まみれなの。
というか肩にスライムくっついてるんですけどなにこれ。
ズズズって音するよ?食べられてるよ?
極め付けは背後のゴーストが彼から正気を吸い取っており、進行形でごりごりと体力が削られているのだ。
HPバーというものは資料でしか見たことなかったけどこれは便利ね。回復魔導師としてはとても興味がある。
つか総HP999999999でよかったね!?多分普通の体力なら城着く前におしまいだったよ。
口をポカーンと開ける一同を前に4人目の彼は気まずそうに頭をかく。
「もしかしてみんなパーティ決まっちゃった感じですか?」
「すまない、わしの落ち度じゃ。」
ほんとだよ。いくらパーティの偏りがあっていいと言っても、4人のうち2人がメンバーなしはちょっとまずいでしょ。
周りがざわざわとしだす。
「いやああれが勇者はちょっと……。」
「私あんなのと旅なんて嫌。先にリョージさん選んでよかった。」
彼をみていつの間にかみんなザワザワし出す。余り物でしかも異様な登場を彼に誰も近づきたくないようだ。
王様は少し考えながらあたりを見回し、私を見た瞬間あっ、と声を上げた。
「そこに1人でぽつんと立っているのは回復魔導師ミラフィルじゃな!
是非彼の治療をして欲しい。そして君が良ければ彼のパーティメンバーになってやってくれぬか?」
なーんで私の名前と役職は完璧に記憶しとるんじゃい。
というか王の頼みなんて一般人の私に断れるわけないよね?
良ければもなにもないよね、よくないとか言ったら打ち首でしょこんなの。
王様の顔からは私に押し付けようという気持ちがはちゃめちゃに伝わってくる。
周りの人間は私を憐れむものや、馬鹿にしたように嘲笑うものなど反応は様々だ。
「勿論でございますとも。」
私は渋々と彼の元へ行きヒールを唱える。
浄化の力でゴーストは消滅し、体力がみるみるうちに回復してゆく。
……体力多すぎてめっちゃ時間かかるんですけど。
HPバーちょこっとずつしか動いてないから私すごい周りに無能晒してるように見えるじゃん!違うんですぅ普通の人なら指パッチンひとつで全回復できるんですぅ。
ちなみに指パッチン自体にはなんの意味もなくただかっこいいからやっている。
最初音鳴らなさすぎて死ぬほど練習した。治癒魔法より頑張った。
ぜぇぜぇと肩で息をしながらなんとか治療を終える。
あたりを見るともうみんな解散して旅に出てしまったようだ。
王座を見ると王様ももう飽きて帰ったらしい。
今から魔王軍に履歴書おくってもいいかな?
「ありがとう、ミラフィルさん……だよね。本当に助かった。君のその力なら魔王もイチコロだね!」
「魔王にヒールかけたらイチコロになるのこっちなんですけど。」
「はっ、確かに。」
あっアホだこいつ。
化け物じみた体力に扉を破壊できるほど強靭な肉体を持っているが、なに一つとして生かせなさそうなこの頭。
本当に、ほんっっっとうに不本意だけど折角の力が無駄に、いやそれどころか彼の場合自分の力に殺されてしまうかもしれない。
本当は国王が帰っているのを見た瞬間にこんなところ出て行ってやろうと思ったけど、
この力を失うのは国にとってあまりにも不利益すぎる。何よりも彼の気配はとても純粋で隣にいて心地よいのだ。
まあ理由はなんにも考えてないアホだからなんですけど。
それなら、
「貴方みたいな人が1人で旅に出たら魔王に辿り着く前に自滅しそうなので私がパーティメンバーになりますよ。」
「ほ、ほんとに!?ミラフィルさんってすごくいい人なんですね。」
「いや、まあ、召喚魔法にもコストかかってるんで国家プロジェクトを易々と潰すわけにもいきませんし……。」
「一緒に魔王倒そうな!」
駄目だ全然聞いてない。
私の手を取りブンブンと振り回すというダイナミックな握手をした彼は嬉しそうに笑ってそのまま手を離した。
「「あ。」」
離した勢いが強すぎて王宮の天井をぶち抜き宙を舞う私。
「あはは〜鳥さんみたーい。」
完全に死んだ目をしたまま王都の端まで吹き飛ばされた私は数時間後涙目になって追いかけてきた犯人ことセイゴさんに助け出されたのだった。
そして今に至る。
「皆さんもう魔王直属の眷属とか倒して成果あげてるっぽいですよ。
カニをもう一度取りに行くのもいいですけどそろそろ私たちも何かしないとまずいんじゃないですかね。」
「ちょく……ぞく?」
この人転移前どうやって生きてたんだろ。
「魔王軍の中でもすごく偉い人たちです。」
「なるほど!それは倒さなきゃだね。」
「あと私たち2人じゃ心許ないので仲間も増やしたいですね。」
私だけでは彼のストッパーになれないので出来ればインテリ系が欲しい。
「そういえば王宮に行くまでにすごく強そうな人がいて一回戦ったんだけど、引き分けちゃったんだよね。うう、思い出したらもう一度戦いたくなってきた。」
「それはすごい!場所はわかりますか?今すぐ仲間になってもらいましょう。」
「うん!」
インテリ系の夢は潰えたが彼と互角に戦えるなら相当な力の持ち主のはずだ。
魔王はあまりにも強い、強力な仲間は大歓迎よ。
「ここだ!」
いつの間にか身に付けたらしい彼の転移魔法ですぐに目的地に着いた。
薄暗い森、漂う瘴気。息が詰まりそうなほどの黒い魔力。一歩歩くだけで並の冒険者ならデバフまみれで倒れてしまうだろう。
そんな場所。
ここは、
って、ここ魔王城じゃん!!!!!!
なんでスタート地点からほぼ直でラスト地点まで来ちゃうの?まだ私たちには早いって。
というか本当に戦った人そこにいたの?何かの間違いじゃないの。
確認するとしてもまずは隠れて潜入……
「たのもー。」
あかん、完全に正面の扉叩いちゃった。
道場破り的な掛け声かけちゃった。
「あっありがとうございます。先日ぶりです。」
なんか門番の悪魔普通に開けてくれてるんだけどなにあれ。
なんか談笑してる。いや盛り上がらないでよ。
うわー手招きしてる。行きたくないよぉ。
「いらっしゃいませ。どうぞ主はこちらです。ゆっくりしていってくださいね。」
「はい!」 「はぁ、どうも。」
デバフだらけの空気の場所で元気いっぱいにお返事できて偉いねぇ。……はぁ。
長い廊下を通り、案内された場所は王宮の広間のような場所だった。
中心の王座に座っているのは勿論魔王。見た目はツノと羽が生えただけの人間なのに、
強大で邪悪な気配が彼は只者ではないと嫌でも思い知らせてくる。
主ってさっきの悪魔が言ってた時点でなんとなく予想ついてたけどさぁ。
そして彼を見たセイゴさんはにぱっと笑って大きく手を振る。
「久しぶりだな!マオー。」
いやマオーて。
気づけ、それさっきカニの恨みをなすり付けてた魔王と同一人物よ。
イントネーション違うだけでわからなくなるもんなの?
「おうよ、我が友セイゴ。お主使い魔のゴーストとスライムはどうした?」
めっちゃ仲良さそうじゃない??
というか前回訪問した時すでにアレ付いてたんだ。
スライム達を倒さずにくっつけたままだから魔王もセイゴさんが人間側だって気づかなかったのかなぁ。
んなわけあるか!
スライムですらセイゴさんは敵だって気づいて弱々しい攻撃してたんですけど。
「いやあどっかいっちゃって。」
「スライムに見放されるとはお前強いのにアホよのぉ。」
はっはっはと笑う二人。
いやお前ら二人ともアホだよ。
類は友を呼ぶってこういうことか。
けど彼が私がヒールをかけた時にスライム達ともども浄化したことに気づいてなかったのは幸運かもしれない。
ここで正体がバレれば私たちは確実に死ぬ。
「ところでそなた何をしに来た?」
「いやあそれがね、魔……」
「どりゃあ!!!」
あっっっぶな。今、魔王討伐って言おうとしたわね。
渾身の蹴りが間に合ってよかったわ。
「ええっと今強いメンバーを集めて旅をしていまして。それでこの子があなたの事を言ったものですから。」
冷や汗をかきながら慌てて説明する。
「そこの女何者だ?強いメンバーと言うからにはそれ相応の実力があるのか。」
「うん、この人は回復魔導師の中で最高の力をもつ人なんだ。魔王だってイチコロなんだぜ!」
この人2週間前同じ会話で突っ込んだ時確かに。って言ってたのに忘れちゃったの!?
ジョークのつもりならここで言うのは最悪のタイミングなんですけど。
「そうか、イチコロか!我は回復系の魔法は使えぬからな。その最高の力、受けてみたいものだ。」
「あ、あはは。仰せのままに〜。」
魔王にこの力を使うなんて絶対駄目よ。こいつは他の魔物みたいにヒールじゃ浄化できないどころかそれこそ世界が滅んでしまうわ。
いや、でももし生半可なヒールしたら私嘘つきの弱いものとして殺されるんじゃない?
もうどうにでもなれ!
そして私によってヒールをかけられた魔王は、
肩こりとか筋肉痛とか今まで人間にかけられた呪いとかが全部吹き飛んで無敵になってしまった。
「おお、これはすごい。力ががみなぎるぞ!女、よくやった。」
「ミラフィルさんやっぱすごいや。よし、マオー勝負だ。」
2人の純粋な賞賛にちょっとだけ照れる。
体が軽くなり、絶好調な魔王にセイゴさんはノリノリで勝負を仕掛け、夜遅くなるまで戦っていた。
一応魔王と勇者の決戦……なのかな?
その後夜も遅いので泊まっていけと言われた私たちは大人しく夕食を頂くことにした。
そして、夕食中に行われた魔王のこの世界に対する熱意のこもった演説にいたく感激したセイゴさんは、
一年後、魔王の右腕として共に世界征服を成し遂げていた。
私のもといた国は真っ先に滅んで、もふもふワールドを形成していた少年以外はみんな元の世界に帰ったらしい。
なんで私が止めなかったんだって思うじゃん。
でもよく考えたら腹立つ魔族より腹立つ人間の方が多いことに気づいたよのね。
魔王の演説はみんなにこにことか、世界中の国が一つにまとまれば国同士の戦争は無くなるとかツッコミどころだらけだったけど、
あのクソ王様よりはなんか好感が持てた。
その感覚は割と正解だったようで、戦いの末人間と魔族はなんとか和解し、今では全員ではないけれどみんなそこそこ楽しそうに暮らしている。
今では私は魔王を治癒した奇跡の癒しの女神というあだ名がついているらしい。
正直そんな二つ名恥ずかしすぎて外に出れないので今はもっぱら魔王城に引きこもっている。
そんな事を思い出しながら、魔王城の一室でゆったりと紅茶を飲みながら今の世界を眺める。
しかしその空間をぶち破るようにドタドタした足音と共に勢いよくドアが蹴破られる。
「助けてくれミラフィル!セイゴが巨大ウォータースライダーとやらを作ったのだが水魔法を出しすぎて自分が溺れて息をしていないのだ!」
魔王が慌てて説明する。
濡れっぱなしのセイゴさんをそのまま引きずってきたせいで部屋はびしょ濡れだ。
「いつになったら加減覚えてくれるんですかぁぁぁ!」
一年経っても相変わらず力をぶっ放して自滅する勇者にヒールをかける。
あっ、魔王さん違います。喉にネギを巻くのは風邪の時ですってば。いやそこキュってしたら、セイゴさんやっと息できるようになったのにまた逆戻りですってば。ほらHPバーもう赤色じゃないですか!!
しょんぼりとした顔しても無駄ですからね。ほらネギ持って帰ってください!!!
後に世界中の人に和平の指導者と世界改革の勇者と呼ばれるようになったアホの勇者と魔王はいつまでもお互いの正体に気がつかないまま仲良く暮らしました。
一方私はどこでも2人にツッコむようになった結果、いつしか癒しの女神ではなくツッコミの女王と慕われるようになりました。……本当に慕ってるのかなこれ。
なろうで初めて書いた短編です!