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はるかな物語3「青春の光と影」  作者: 東久保 亜鈴
9/16

(9)

夏休みに入ると、春彦は頻繁に春吉とキクの家に上がり込んでひたすら、ベースの練習をしていた。

春吉とキクの家は、畑に囲まれていて大きな音でベースを弾いたり、ステレオをかけても隣近所に迷惑を掛けることもなかった。

なので、春彦は、ステレオで音楽を流し、まるで、そのグループとセッションをするようにベースを弾きまくっていた。

春吉もキクも、春彦が来るともろ手を挙げて喜び、春彦の好きなようにさせてくれて、しかも、いつも、キクの手料理を山もりで振る舞ってくれていた。

その春吉とキクの家に行かない時、だいたい、週の半分は、軽音部で練習していた。

「あんた、勉強、大丈夫なの?

 夏季講習は?」

舞は、あまりに夢中な春彦を呆れて見ていた。

「うん、ちゃんと行くよ。」

「夏休みの宿題は?」

「最後の日に24時間あれば、何とかなると思うよ。」

「駄目じゃない、

 『ワニとシャンプー』になっちゃうわよ。

 毎日天気と日記はつけなくちゃ。」

春彦は、ベースの手を止め、舞を見あげた。

「母さん、それって小学生じゃん。

 高校生は、そんなのありません。

 それに、『ワニとシャンプー』って…」

「え?

 じゃあ、工作は?」

「母さん!」

舞は、ペロっと舌を出した。

「そう言えば、この前、おじいちゃんから家(自宅)から向うの家(立花家)に行く電車の定期券1か月分渡されたよ。

 電車代も大変だろうって。」

「てーいーきー?

 定期券だって?

 まっ、いいか。

 お前が行って食費も掛かるだろうに、交通費までもかね。

 頑張って、お金使わせて、あの爺に吠え面かかせてやんなさい。」

「なんて言い方…。」

そういう会話があった次から、春吉とキクの家に行く時に持って行かされるお土産の量が増えたのには、春彦は思わず苦笑いした。


そんなある日、いつものように春吉とキクの家でベースの練習をしていた春彦は、休憩がてら、春繁の部屋の片隅にあるフォークギターが気になり、ベースを置いて、ギターケースを開けてみた。

中には、やはり、よく手入れをされているフォークギターが眠っていた。

ボディは赤茶色で黒のネック、ヘッドはボディと同じ赤茶色で金色のペグ、ピックガードに鳥と花模様がちりばめられていた。

(うわー、フォークギターもこう見るときれいだな。)

そう思いながら春彦はフォークギターをケースから取り出し、自分の足の上に置いてみると、フォークギターは、まるで、やっと自分の出番かといわんばかりに日の光で輝いて見えた。

エレキベースと違いボディに厚みがあるが、思った以上に軽かった。

(父さん、フォークギターも上手かったのかな。)

弦を触るとさすがにさびていた。

また、ネックが反らないように弦が緩めてあり、その錆びた弦でチューニングをしようとすると、切れるのは目に見えていた。

(そう言えば、おじいちゃん、フォークギターも新しい弦を買っておいてくれたんだっけ)

春彦は、春吉の言ったことを想いだし、ベースの弦が入っていた袋を持ち出すと、春吉の言った通り、袋の中には新品のフォークギターの弦が6本入っていた。

「そうそう、フォークギターの教本も棚にあったっけ。」

そう言うと春繁の本棚からフォークギターの教本を持ち出し、それを読みながら、弦を変えチューニングをしてみた。

そして、チューニングを終え、春彦は、弦を弾いてみる。

ジャラーン。

ベースと違い、金属的でいろいろな音階が混じった音がした。

(へえ、フォークギターも結構好きかも。)

そう思いながら、ふとギターケースの小物入れの中にカセットテープがあるのが目に入った。

(あれ?

 何のテープだろう。)

春彦は何気なく、そのテープをつかみ上げる。

レーベルには、手書きで春繁と舞の通っていた大学の学園祭の名前が書いてあった。

「ひょっとして、父さんの演奏でも録音されているのかな。」

好奇心に駆られ、春彦は自分のウォークマンを取り出し、テープを変えてギターの中に眠っていたテープを聞いてみた。

聞き始めた直後、声量のある女性の発声練習の声が聞え、その迫力だけで、春彦は思わず圧倒された。

(オペラ歌手?

 それとも声楽家?)

そう思うほどに、何オクターブも高く上がっていく声に圧倒されていた。

「おっ、舞、今日は絶好調だな。」

「いやだ、繁さん、からかわないでよ。」

そういう男女の会話が聞こえた。

(え?

 舞さん?

 繁さん?

 って、父さん、母さん?)

春彦は、ビックリして少しの会話でも聞き逃さないように聞き入った。

「ほんとは、人前で歌うのなんて嫌なんだからね。」

「まあ、そう言わずに。

 今回だけだから。

 一回でも舞と一緒にステージに立ちたかったんだから。」

「もう。

 じゃあ、終わったら、いつもの居酒屋で飲み放題の食べ放題だからね。

 えっとー、手羽でしょ、モツ煮でしょ、そうそう、サザエやハマグリの焼いたのもいいな。」

「はいはい、何でもOKだから。

 今日は、俺以外にもスポンサーがたくさんついているから。」

「そうだよ、舞ちゃん。

 今日はお願いね。」

「楽しんで行こう。」

そういう楽しそうな声が、次から次と聞こえた後、場面が切り替わった。

いきなり野外で大勢の人のざわつく声が入っていた。

録音されているのは、まさに、大学祭でのライブ演奏だった。

最初に司会者と思われる人が曲紹介をし、万雷の拍手の中、曲が始まった。

曲は、ディープパープルのHighway Starだった。

いつもレコードで聞いているHighway Starと違い、ライブ独特の迫力があり、特にベースに迫力があり、ギターやドラム、キーボードをぐいぐい引っ張っているようだった。

(ベース以外は、うちのメンバーの方が上手いかな。

 しっかし、このベースは凄い。

 ううん、凄まじい)

そのベースの音に春彦はいつしか酔いしれていた。

そして、曲が終わると、司会者がメンバー紹介をし始めた。

「……

 そして、ベースは、4回生の立花春繁―!」

(やっぱり、父さんだ。)

そして、呼ばれると一段と凄い拍手や歓声が耳に飛び込んできた。

春彦は、テープを聞きながら、鳥肌が立っていた。

「次の。曲は、リッチー&レインボーの『KILL THE KING』ですが、ボーカルは特別参加、我らの舞姫。

3回生の南雲舞ちゃんです!」

(え?)

春彦は、一瞬、聞き取れなかったが、母の名前が呼ばれた気がした。

そして、曲が始まると、先程の曲と同様に迫力あるベースがぐいぐい引っ張り始めると、それに負けないくらい声量のある、また、迫力のある女性の声で歌が聞えた。

その歌声は、低音から高音まで何オクターブも駆け上がったり、駆け下りたり、自由自在でベースのリズムに乗って激しかった。

錆びの「KILL THE KING」では、ハスキーな重低音で声色まで変えていた。

(すごい、すごい。

 これって、母さん?

 たしか、おばあちゃんが言ってたっけ。

 母さん、英語の歌も上手かったって。)

すると、テープから録音を担当していた人が漏らした声が聞えた。

「すごい。

 演奏に歌に。

それより、ボーカルがあんなにベースにくっ付いて、二人とも楽しそう…」

その声を聞いて春彦は、歌と演奏が若かりし頃の父と母であることを確信した。

曲が終わり、次もやはりディープパープルのBURNが続いた。

それも、圧倒的な迫力で観客の興奮する声が良く聞こえていた。

そして曲終わった後、万雷の拍手と歓声の中、司会者が割って入った。

「さて、ここで趣向を変えてみたいと思います。

 用意、いいかな?」

その声の後、今度は、フォークギターの伴奏が始まった。

そして、その伴奏に乗って、また、舞と思われるのびやかで明るい声が聞えてきた。

(すごい、これって、アバのDANCING QUEENじゃないか。

 これを、ギターと歌だけで。

 しかも、すごくかっこいい……。)

春彦は、もはや身動きも取れずに聞き入っていた。

そして、DANCING QUEENが終わり、続けざまに、同じく、アバのEagleが始まった。

その澄んだ歌声と、それを引き出しているギターの音色、眼のあたりにしていないが、舞と春繁の楽しそうな顔が目に浮かび、いつしか、春彦の目から熱い涙がこぼれていた。

テープは60分テープで、折り返して延べ40分くらいが学園祭の演奏だった。

それが終り、すこしの沈黙の後、全く違う録音が聞えてきた。

おそらく春繁が余っているところに、違う録音を足したと思われた。

それは、どこかの部屋のようだった。

「ねえ、舞ちゃん。

 この曲、好きなんだけど、嫌い。」

「え?

 ああ、そうね。

 この曲、もともとは反戦の歌なのよ。」

「え?

 反戦?」

「うーん、そうね。

 人間同士で争ってはいけませんていう歌なのよ。」

「ふーん、そうなんだ。

 じゃあ、いい歌なのね。

 でも、私、前半は嫌い。

 後半は大好きなの。

 風になって、お花のにおいを運んでくるとか。」

「そうね、悠美はそういうの好きだからね。

「うん。」

(え?

 悠美?)

春彦は思わず耳を疑った。

「じゃあ、僕が伴奏してあげるから、舞に歌ってもらおう。」

「うん。」

悠美の嬉しそうな声が聞えた。

その後、舞が歌った曲は、後半の部分に覚えがあった。

(あ、これ、悠美ちゃんがよく僕や佳奈たちに歌って聞かせてくれた曲だ。

 こういう曲だったんだ。)

曲が終わり、いつしか、テープも終わり、静寂が戻っていた。

春彦は、放心した様に、身じろぎひとつせずに宙を見ていた。

どの位、そうしていたのか春彦には、わからなかった。

「春彦ちゃん、どうしたの?」

キクの声が聞こえた。

「音楽の音がしなくなったから、如何したのかと思って。」

春彦は、キクの方に振り返った。

「ま、春彦ちゃん、どうしたの。」

春彦の顔は、涙に濡れ、眼は真っ赤に充血していた。

「ねえ、おばあちゃん…。

 なんで…。

 なんで、父さん、死んじゃったんだろう。

 それに、悠美ちゃんまで」

キクは一瞬、強張ったが、春彦に笑顔を見せながら近づき、そっと、春彦の手をとって、撫でた。

「そうね、何でかしらね。

 でもね、短かったけど、一生懸命生きたわよ。

 舞さんと笑顔を絶やさずにね。

 だから、春彦ちゃんも、舞さんと笑顔を絶やさないようにね。」

優しいキクのセリフに春彦は肩を震わせて頷くだけだった。


その日から、春彦は、より春吉とキクの家に入りびたり、半分はベースの練習、半分はフォークギターの練習に明け暮れていた。

「あんた、それなら爺のところに泊って、合宿みたいにすればいいじゃない。」

舞は、毎日のように出かけ、夜遅くに帰って来る春彦に呆れていった。

「だめだめ、枕が変わると寝られないたちだし、自分の布団がいいの。」

春彦は、そう言い返していたが、実のところは、舞を一人にしたくなかった。

春繁がいなくなって、ずっと二人で頑張ってきたのに、少しの間でも一人にはしたくなかった。

「まあ、いいわ。

 お前の好きなようにしなさい。」

舞は、そんな春彦の気持ちがわかっているのか、春彦にはわからなかったが、いつも笑顔で送り出し、また、迎え入れていた。


そして、夏休みが終わるころには、曲のコピー演奏ではなく、アレンジの入った独創的な演奏をするようになり、それが詩音たちにはオリジナルより良く聞こえ、驚き、喜ばせていた。


「ねえ、春。

 ちゃんと、夏休みの課題やってある?

 数学に、英語、結構ボリュームあったでしょう?

 それに、読書で2冊。

 感想文も書くのよ。」

佳奈は心配そうに春彦の顔を覗き込んでいった。

その日は夏休み最期の登校日で、いつものように帰りに公園のベンチで鯛焼きを食べていた。

「暑い日に鯛焼きも、美味しいよね。

 冷たいお茶によく合うから。」

「でも、普通、夏は鯛焼きの代わりにかき氷だろうに。

 あの店だけだよ、このくそ熱いのに、鯛焼きなんて。」

春彦は、あきれ顔で言ったが、しっかり、鯛焼きを頬張ってベースをつま弾いていた。

「いいじゃないの。

 食べたいっていう人が多いんだから。

 それより、宿題は?」

「佳奈……。」

春彦は、すがるような目で佳奈を見た。

佳奈は小さなため息をつくと、諦めたように春彦の顔を見た。

「仕方ないな。

 でも、読書感想文はだめよ。

 今からでも、ちゃんと読んで書きなさいよ。

 あとは、ノート貸してあげるから。」

「ははー、佳奈大明神様。」

春彦は、手を合わせて、大げさに拝むようなジェスチャーをしながら何度も頭を下げた。

「もう。」

佳奈は、笑っていた。

春彦は、そんな佳奈の笑顔が青空に良く似合ってるなと、つくづく思った。


2学期が始まり、相変らず、春彦は社会部と軽音部の二股で忙しかった。

「ねえ、慶子。

 春に、週1回でいいっていったの?」

「うん。

 立花君、あんなに楽しそうにベースやっているし、こっちは文化祭の出品、だいたい決めて、そんなに立花君の手を借りなくてもいいかなって思って。

 それに文化祭で詩音君たちとコンサートやるんでしょ。

 文化祭、今月末だし、たいへんだと思って。」

昼休み、佳奈たちグループはお弁当を食べながら話していた。

「そうだね。

 ベースやり始めてから、ほんとうに、立花、生き生きしているもんね。」

「そうよ、それに、社会部でも手を抜かず、ちゃんと出てきてくれて、いろいろとやってくれたのよ。」

慶子が感心して言った。

「それは、当たり前。」

木乃美は、甘やかさないのでといわんばかの顔をした。

「うん。

 京子の言うように、最近の春ったら生き生きして、明るいのよ。

 それにベースを楽しそうに弾いている姿ったら……。」

佳奈は、木乃美達の視線を感じた。

「ん?

 姿ったら、なにかな?

 かな~。」

木乃美は、ニヤニヤしながら加奈をからかった。

他の三人も、同じようにニヤニヤしながら口々に、「なにかな~」とからかって言った。

「もう。」

佳奈は、顔を赤らめて、そっぽを向いた。

(かっこいいんだから。)

心の中でそう呟き、そっぽを向きながら笑みをこぼした。


「なあ、まだ、バンド名決めてなかったよな。」

詩音が唐突に言った。

「軽音部1号、2号でいいんじゃない。」

岸田が興味なさそうに呟いた。

「おおーい、俺達だけじゃないんだぜ。」

近田が笑って言った。

「それより、確かに2年生はうちらだけだもんな。

 1年は、もう、バンド名つけているみたいだよ。」

「え?

 なんていうの?」

「HSオールスターズだって。」

「HS?」

「うん、ハイスクールの略だって。」

「ださ。」

恩田がぼそっと言った。

「じゃあ、さ。

 キング・ツェッペリンて言うのはどう?」

小久保が言った。

「それなら、キング・パープルだってありじゃん。」

「うーん、デモクリトスにエピクロスか…。

 ピンク・エピクロスなんてどう?」

「オリエンタル・イエス!」

「スコーピオン・デス・ロックは?」

「だったら、ウェスタン・ラリアートがいい。」

「おい、成美、いつのまにかプロレスになってるよ。

「ねえねえ、ビートルってカブトムシでしょ?

 クワガタはなんて言うの?」

「ねえ、オタちゃん。

 うちら、J-POP系でしょ。

 何て名前にするのよ。」

秀美が噛みつくよう青田に言った。

「え?

 うちらのバンド名?

 もう、決まっているよ!」

「え?

 何?」

秀美が意外そうな顔をした。

「ブルーボーイズ!」

「それ、あかん。

 うち、女やもん。」

「ねえ、詩音も立花も笑っていないで、考えてーな。」

夏美もしびれを切らして詩音にかみついた。

そうこう1時間近く、あーでもないこーでもないを続け、皆、へとへとになったころ、やっと、バンド名決まった。

青田達のバンド名は『ヘビー・チョコレート』。

これは、ほぼ、秀美がごり押しした様なものだった。

一方、詩音たちのバンド名は『ピンク・シオン・トルネード・バンド』。

詩音は、当然、猛反対したが、詩音を除いた全員が笑い転げて決めた洒落の利いた名前だった。

「なんで、P.S.T.Bなの?

 GFRYFの方がかっこいいじゃん。」

詩音は多数決で決まった名前だが、まだ、了承できていなかった。

「GFRYF?」

春彦が、何の略だかわからない顔をした。

「ギブソン、フェンダー、リッケンバッカー、ローランドにヤマハ、フェンダー。

 皆の持っている楽器のメーカーだよ。」

「それって、意味ないじゃない。

 いわゆる、無意味ってやつじゃない」

横から夏美が口を挟んだ。

「ぶーぶー。」

最期まで、詩音は抵抗したが、最終的に、しぶしぶ了解した。

「さあ、バンド名が決まったら、後は曲目と演奏順を決めなくちゃ。」

「夏美、なんか仕切ってない?」

「だって、詩音。

 他の3年生たち、逃げちゃったし、うちらで決めて行かなくちゃ。」

もともと軽音部の3年生は、演奏するよりも、アイドルグループのコンサートに行ってペンライトを振り回すのが主流だった。

それが、詩音たちが入って来て、ばりばり演奏するようになってからは部室に寄り付かなくなっていた。

「でも、最近、部員増えたね。」

以前は、青田グループと詩音グループの中がぎすぎすしていて、誰も近寄らなかったが、最近、2つグループの壁がなくなってからは、いつも楽しそうな和気あいあいとした部になり、自然と部員が増えてきていた。

「なあ、夏美。」

「なあに、成美。」

「1年生のバンドメンバーや新しい2年のバンドメンバーに言われたんだけど、今回は、コンサート、裏方に回りたいって言ってたよ。」

「なにー!」

近田の話を聞いて、辰巳は目を吊り上げて、そのバンドメンバーを一堂に集めた。

「あんたら、折角のチャンスでしょ。

 何曲もやれとは言わないから、せめて1曲ぐらいみんなの前で演奏しなさいよ。

 絶対に楽しいから。」

コンサートを行うのは視聴覚教室で、演劇部だの他の部活との兼ね合いで、最終日の最期の時間枠を軽音部に当てられていた。

夏美に叱咤激励され、新しい2年生のメンバーと1年生のメンバー合わせ、3つのバンドが前半の1時間を使うことになった。

当然、後半の1時間は詩音と青田のバンドが半分ずつ使うことになった。

「なあ、詩音。

 俺達先でいいか?」

青田が演奏順について詩音に尋ねた。

「いいけど。

 まさか、時間をたくさん使って、俺達の分の時間を少なくしようとたくらんでいるとか?」

詩音は、ふざけて言うと、青田を真面目な顔で答えた。

「そんなことするかい。

 それより、俺達もゆっくり詩音のバンドの演奏を聞きたいかだよ。」

そう言うと、青田のバンド仲間全員頷いて見せた。

確かに、春彦が加わり演奏が上手くなっていくに連れ、詩音のバンドのクオリティが半端じゃないほど高まってきているのを、周りのメンバーがよく分かっていた。

唯一、わかっていない春彦を除いてだが。

「で、曲は何にする?」

「今更か?」

「ばか、当然今まで練習してきた曲の中から決めるのよ。」

夏美が呆れたように詩音に言った。

「じゃあ、はいはい!」

そう言って詩音は大げさに手を上げて見せた。

夏美は呆れたように手で顔を覆いながら詩音を指さした。

「うちらのバンドさ、もともとは70年代から80年代のロックの全盛時代の曲が好きで集まったんじゃん。

 だからさ、それを復活、いや、単に演奏するだけじゃなく、俺達の感性でさ、新しい曲としてアレンジするって、どう?」

「今更か。」

小久保が呆れていった。

「もうやってるって。」

「そのために集まったんだろう。

何考えてるんだよ。」

町田や近田もいまさら言うなという顔をした。

「詩音は、どこか外れているんだよね。」

夏美が苦笑いをした。

「あっ、そう…。

 まあ、いいや。

 で、俺が考えた曲と曲順。」

そう言って詩音は頭をかきながら、ノートを広げて見せた。

「おお。」

一同が、今度は感心した様に声を上げ、ノートを覗き込んだ。

「最初にさ、タイムスリップするよって、『タイムマシン、お願い』でしょ。

 次に、夏美のなく力ある『五本木心中』と『ラッセゾン』で観客のハートを鷲掴み。

 それで、一気にツェッペリンと〆のパープルまで畳みかけるっていうの。」

「いいじゃん。」

「さすが、詩音。」

皆が賛成しているが、当の本人の顔は冴えなかった。

「詩音?」

「うん。

 でもね、ツェッペリンに入る前に、1曲後半へのターニングポイントとして、バラッドみたいなのを挟み込みたいんだよね。」

「あっ、それいいかも。」

夏美たちが同調する。

「でも、その曲が思いつかないんだよな。

 スティングの『Fragile』みたいなやつ。」

「うーん」

それから、詩音たちはその1曲が決まらないという、何かすっきりしない感じだったが、ともかく他の曲の精度を上げていった。

そんな詩音の憂鬱を知らずに、曲目や詩音たちのバンドのクオリティの高さが前評判となり、噂となって全校中に広まり、いつしか今回の学園祭の目玉となっていた。

教師の中にも、自分たちの若かりし頃に聞いていた曲ということで、評判になっていた。


学園祭の本番1週間前となっても、その1曲が見つからない状態だった。

「あのさ。

 明日明後日と土日じゃん。今回練習休みに押してさ、各自でこれはと思うバラッドを考えて週明けに、持ち寄って、歌って決めようよ。」

詩音が苦肉の策として提案した。

「え?

 練習しないの?」

春彦はびっくりして詩音を見た。

「だって、他の曲は、もう、完璧!というほどじゃん。

 だから、まだ決まっていないバラッドの方が大事だよ。」

「……。」


春彦は日曜日にいつものように春吉とキクの家で練習していた。

ベースの練習が一段落し、フォークギターをいじりながら詩音に言われた宿題のことを考えていた。

(うーん、バラッドかぁ。

 何にしよう……。)

そう思っていると、ふと、フォークギターを見て、何かを思いついた。

(ま、どうせ駄目だろうけど、一度だけお披露目してみるか。)

そして、その日、春吉とキクの家から帰る時、片手のエレキベース、片手にフォークギターと大荷物を持って春彦は家に帰ってきた。

「あら?

 今日は、おまけがついてきたじゃないの。」

舞は、春彦の荷物を見て言った。

「それに、それって、あの人のフォークギターじゃないの?」

「うん、ねえ、かあさん、このフォークギター、学園祭の時に使いたいんだ。

 ちょっとだけ、お願い。」

春彦は、舞のお気に入りフォークギターだったので、低姿勢でお願いしてみた。

「まっ、仕方ないわね。

 少しは、弾けるようになったの?」

「うん、少しだけ。」

春彦は嬉しそうにうなずいた。

「そのギターケースにカセットテープが入っていたでしょ。」

「うん。」

「そのテープ、聞いた?」

「うん。」

春彦は力強く頷いた。

「なら、いいわよ。

 でも、ギター傷付けないようにね。

 それに、そのギターは、あくまでも『貸し』だからね。」

「はい。」

(そっか、あのテープ聞いたんだね)

舞は、部屋に引き上げていく春彦の背中を見ながら、何とも言えない顔をした。


「わっ!

 春、どうしたの?

 なんて格好してるの?」

次の日の朝、いつもの駅で佳奈は春彦を見て驚いた。

春彦は背中にエレキベースを括り付け、右手にフォークギターケース、左手に教科書などの勉強道具が入っている鞄を持っていた。

「何、その右手のものは?

 それも、ギター?」

「うん、フォークギター。

 今日の部活で使うんだ。」

「なんか、その恰好、壮絶ね。

 ねえ、何か持ってあげようか?」

春彦は、考えこんだ。

「じゃあ、ベース持てる?」

「重い?」

「重い。」

「……。」

それから、学校まで、佳奈はふぅふぅ言いながら、春彦のベースを抱きかかえて歩いた。

「ねえ。

 お礼は、いつものだかね。」

佳奈は、息を切らせて春彦の教室までベースを運び終えて言った。

「サンキュー、佳奈。

 本当に助かったよ。

 いつもの倍でいいからね。」

「やった!

 忘れないでよ。」

佳奈は小さくガッツポーズをした。


その日の放課後、部室に行くと皆、春彦の荷物に注目した。

「春彦、それ、フォークギター?」

「ああ、そうだよ。

 今日のバラッド用に持ってきたんだ。」

「なんだ、フォークギターなら部室にも置いてあるのに。」

小久保の一言に春彦は凍り付いた。

「え?

 部室にあるの?」

「あらら。

 今朝、菅井が重たそうに春彦のベースを運んできていたじゃん。

 可哀想に。

 それって、無駄足ってこと?」

詩音は、朝の様子を見ていたので、からかって言った。

「……。」

(でも、あの曲は、これじゃないとな。)

春彦は、まいったなと思いながら、理由付けをしていた。

「さあ、じゃあ、宿題の発表と行くか。

 夏美から出いいかな。」

詩音は、話題を切り替え夏美にせっついた。

「いいわよ。

 じゃあ、私から。」

そう言って順番に各自用意したバラッドを歌って言った。

そして、春彦の番が来た。

「この曲、何て曲で、誰の曲だか知らないんだ。」

「え?

 お前が作ったの?」

「いや、父さんと母さんが歌っていた曲で、誰のかと聞いたんだが、母さんはわからないって。」

「親父さんは?」

「あっ、春彦の父さん、海外だっけ。」

小久保が思い出したように付け足した。

「ああ、だから聞けていないんだよ。」

「ふーん。

 で、それで、そのフォークギター?」

詩音が不思議そうに言った。

「なあ、そのフォークギターもすごくないか?」

恩田がまじまじと春彦の持つフォークギターを見て言った。

「それって、ハミングバードじゃん。

 お前んちって、有名楽器の博物館……。」

「それより、歌ってみ!」

詩音が待ちきれないとばかりに春彦をせっついた。

「あとさ、俺、歌下手だから勘弁してな。」

「ああ、わかった。」

それから、春彦はフォークギターを弾きながら歌い始めた。

春彦が歌い終わると詩音たちは一同、頷き合った。

「春彦で決まりだな。」

「ああ、悪くない。」

「歌は、確かにうまくないけど、ハートに来るからな。」

「全く、立花にはいろいろと驚かされることばっかりだな。」

「……。」

夏美は涙ぐみながら頷いた。

「どこかで聞いたことがあるような気がするけど……。

 まあ、いいか。

 春彦、じゃあ、今日から両方とも仕上げていこうな。」

詩音は、思い出そうとしていたが、あきらめたようだった。

「えー、まじかよ。

 俺、歌うのいやだな。」

「つべこべ言うな。」

夏美は、涙を拭きながら春彦の頭を突いた。

「はいはい、わかりました。」

春彦は、皆に良いと言われ嬉しい反面、自分が歌うのかと思うと複雑な気分になっていた。


「今日は、ベースちゃんはおやすみ?」

佳奈が、いつもの公園のベンチで鯛焼きを頬張りながら言った。

春彦は、社会部の部活の日だったので、フォークギターだけ持ってきていた。

「そのギター、使うの?」

「ああ、俺のソロパートで。」

「え?

 春が歌うの?」

佳奈は、ビックリした顔をして、すぐに笑い出した。

「春って、歌、上手かったっけ?」

「下手なの知ってるだろ。

 詩音たちが、歌えってさ。

 なんか、笑いものになりそう。」

「ほんと、春が歌うなんて、いままで、想像したこともなかったわ。」

佳奈は、コロコロと笑っていた。

「ひでぇな。

 でも、そうだよな。」

春彦は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「でも、そんなことないよ。

 私は、ちゃんと聞いていてあげるから。

 で、何を歌うの?」

「うーん。

 それは、当日のお楽しみということで。」

「えー、教えてくれないの?

 けちんぼ。

 ねえ、教えてよー。」

佳奈は駄々っ子の様に、春彦のブラウスの袖をつかんで振り回した。

「内緒!」

「けちー!」

(佳奈だから、当日まで内緒にしたいんだよ。)

春彦はそう思いながら、佳奈にあっかんベーと舌を出した。

「だけど、ベースちゃんもきれいだけど、そのギター君もきれいね。

 胴体のところに、素敵な模様があるじゃない。

 すごくきれい。」

佳奈が指さしたのは、春彦のフォークギターのピックガードに描かれていいるきれいな花の中と色鮮やかな鳥の模様だった。

「ああ、これってハミングバードなんだって。」

「ふーん……。」

佳奈は、わかったような、わかっていないような声を出した。

「ねえ、ところで、何を歌うの?」

「べー。」

「けち!!」


そうして、いよいよ西高の学園祭が開幕した。

西高の学園祭は2日間で、軽音部のコンサートは最終日だった。

1日目は、春彦は社会部として、展示品の説明をしていた。

「おー、春彦ったら、まじめに社会部やってるじゃん。」

佳奈と木乃美は、手芸部で実演や手芸教室をやっていた。

その休憩時間に、そって、社会部を覗きに来ていた。

「本当、ちゃんと説明してるみたいね。」

佳奈が、感心した顔をして展示室の中を覗いていると、慶子の声が聞えた。

「立花君、もう、いいわよ。

 代わるから、練習に入って来て。」

「おっ、いいの?

 さんきゅー、慶子!」

そう言うと春彦は足早に展示室を出てきた。

そこで、佳奈たちにぶつかりそうになった。

「きゃっ。」

「こら、春彦!

 どこに目をつけてるの!」

「あっ、ごめん、ごめん。

 後で手芸部覗きに行くから簡便な。」

そういって、春彦は二人に手を振って、軽音部の部室の方に足早に歩いて行った。

「まったく、もう。

 何が『覗く』よ。

 それじゃ、覗き魔じゃないの。

 変態!!」

木乃美が春彦の後姿に向かって大きな声で悪態をついた。

「木乃美ったら。」

佳奈は、そんな木乃美を笑ってみていた。

すると、そこに慶子が出てきた。

「何か騒がしいと思ったら、木乃美か。」

「木乃美かぁ、じゃないわよ。

 春彦の奴、うちらにぶつかりそうになって、謝りもせずに、『ほな、さいなら~』だって。」

「木乃美ったら、一応、ごめんごめんて言ってたじゃないの。」

佳奈は、そういうと、慶子の方を見た。

「ねえ、慶子。

 春は、もういいの?」

「うん。

 立花君、朝から一生懸命説明したりしてくれていたのよ。

 でもね、見えないところで、これ。」

慶子はそう言いながら、右手の指を腿の近くで器用に動かして見せた。

「あっ、ベースの練習?」

「そう、エア・ベースやってるのよ。」

そう言いながら慶子は楽しそうに笑った。

「だからね、明日のために、解放してあげたの。

 明日、佳奈も木乃美も見に行くでしょ?

 軽音部のコンサート。」

「ええ、慶子もいけるの?」

「もちろんよ。」

「でも、慶子も、随分と春彦に甘くなったこと。」

「そっ、そんなことないって!」

慶子は、少し恥ずかしそうに打ち消した。

「佳奈、たいへんよ。

 ライバルがいっぱい!」

「え?

 いっぱい?」

佳奈は、木乃美の言うことに思わず聞き返した。

「え?

 あ、いや……。

 ほら、明日のコンサートでうまく行けば、ファンが出来るかもって。」

「えー、春に?

 春が、きゃーきゃー言われるの?

 想像できないわ。」

そう言って、佳奈は楽しそうに笑った。

(この子は、ほんと、天然だわ……)

木乃美は、苦笑いしながら、心の中で思った。


翌日、春彦はいつもの駅で待ち合わせしていた。

「わっ!

 また、ベースとギター持って。

 なんか、ギター侍みたい。」

「それを言うなら、牛若丸と弁慶の弁慶だろう。」

「弁慶って、あの奪った刀とかを背中の籠にいれて背負っていた弁慶?」

「ああ。」

「ぷっ、本当だ。」

佳奈は、面白そうに吹き出した。

「はい、ベース持ってあげる。」

「え?

 いいの?」

「その代り……。」

「わかっているって、鯛焼きだろう。」

「ごめいさーん!!。」

「好きなのご馳走するよ。」

「えへへ、やった。」

佳奈は、春彦からエレキベースを受け取ると、大事そうに両手で抱きかかえ歩いていた。

「なあ、佳奈。

 今日、終わったら一緒に帰らないか?」

「いいけど、軽音部の打ち上げとかないの?」

「そっか、手芸部は打ち上げがあるんだ。」

「でも、後夜祭があるじゃない。

 それまでには終わるわよ。

 春は、後夜祭は?」

「うーん、考えていなかったな。

 じゃあ、ともかく後夜祭で落ち合おう。」

「うん、じゃあ、金ちゃんの銅像のところでいい?」

「オッケー。」

金ちゃんの銅像は、佳奈たちの校舎を出てすぐ花壇の中にある二宮尊徳似の銅像で、春彦と以外でも、佳奈のグループの待ち合わせに使われていた。

学校に着き、軽音部の部室まで、佳奈はベースを持っていった。

「おや?

 菅井ちゃんじゃない。

 また、春彦の荷物持ちさせられているの?」

「あ、矢田部君、おはよう。」

「詩音でいいよ。」

「皆さん、今日は頑張ってくださいね。

 絶対に観に行きますから。」

佳奈は、詩音をはじめほかのメンバーに声をかけ、ベースを春彦に渡した。

「じゃあ、春も頑張ってね。

楽しみにしてるからね。」

「おう、さんきゅー。」

そう言うと佳奈は手を振り、部室を出て言った。

「菅井さんて、いい子よね。」

夏美が、ニヤニヤしながら春彦に近づき、軽く肘鉄をした。

「ほんと、明るく良い娘だよな。」

「それに、可愛いし。」

「立花がいなければ、絶対にアタックしていたのに。」

春彦は、みんなに冷やかされていたが、すでに心はベースに向かっていた。

詩音たちは、そんな春彦の心を察して、苦笑いしていた。

(ベースが、佳奈のぬくもりで暖かい。

 まるで、佳奈みたい。

 良い日になるぞ、今日は!)

春彦のテンションは上がっていった。

軽音部では午前中、他のグループの最終調整の手伝いをしていた。

特に、新入部員で結成されたバンドについては、アドバイスをして、自信をつけさせていた。

午後になると青田たちのバンドの『ヘビー・チョコレート』と詩音たちのバンドの『ピンク・シオン・トルネード・バンド』が交互に本番に向けた音合わせを始め、全員のボルテージがドンドン上がっていった。


15時近くになり軽音部のコンサートに合わせ、観客が集まり始めてきた。

「佳奈、ぐずぐずしていると、いい席なくなっちゃうよ。」

「わかってるって!」

木乃美と佳奈は人垣を縫うように、視聴覚教室にたどり着き、真ん中当たりの席にたどり着いた。

「ねえ、木乃美、もっと前の方が良いんじゃないの?」

「ううん、この辺りの方が左右からの音が交差していいの。」

「そうなんだ。」

(木乃美は何でも知ってるんだ)

佳奈は、そう思い感心した。

「ねえ、だけど、先生も多くない?」

佳奈がそう言うと、木乃美は周りを見渡してみた。

「本当だ。

 結構、年配の先生も多いな。

 やっぱり、事前の噂、ほら、春彦たちのバンド、昔の曲をやるって、だから、それを楽しみにその頃ちょうど私たち位の先生が来てるみたいよ。」

「ふーん、そうなんだ。」

学生がほとんどだが、1~2割の割合いで教師や父兄が混じっていた。

学園祭のコンサートでは、珍しい現象だった。

「かーなちゃん。」

「きゃっ。」

佳奈は、いきなり後ろから抱きつかれ、小さな悲鳴を上げたが、すぐに誰だかわかった。

「舞さん、こんにちは。」

佳奈は後ろを振り向き抱きついた相手を見た。

「うーん、佳奈ちゃん、女子力、また上がったんじゃない?

 木乃美ちゃんも、お久し振り。

 まっ、木乃美ちゃんも可愛くなって。

 そうそう、この間は、うちのバカの面倒を見てもらって、お礼を言ていなかったわね。

 ありがとう。

 今度、佳奈ちゃんと我家に遊びに来てね。」

「あっ、舞さん。

 こんにちは。

 ご無沙汰してます。

 是非、遊びに行きますね。」

「舞さんも、春の演奏を聞きに来たんですね。」

「そうよ。

 あのこ、うちの人のベースやギターを持ち出して。

 下手な演奏したら、蹴りを入れてやろうと思って。」

「蹴りって。」

佳奈と木乃美は、思わず顔を見合わせ、そして、笑いだした。

「舞さん、変わってないわ。」

木乃美がそう言うと、舞は今度は木乃美を抱きしめた。

「そう?

 可愛いこと言って。

 あら?

 木乃美ちゃんも、立派に女子力が上がっていること。」

佳奈も木乃美も舞に抱きつかれても平気で、逆に小さい頃から抱きつかれると何か安心した気分になるので好きだった。

「ま…い…さん、息が…。」

木乃美は、舞の胸に顔を埋めた格好だった。

「あっ、ごめん。

 苦しかった。」

そう言って舞は木乃美を解放した。

「少しだけ……。」

木乃美は、息苦しさから解放されたが、反面、まだ、抱かれていたい気分だった。

(いつもの舞さんの香り、大好き)

木乃美は、こっそり思った。

そうこうしているうちに、視聴覚教室の客席の電灯が消え、ステージが明るくなった。

そして、軽音部のコンサートを開始するアナウンスが流れ、観客が一気に拍手と歓声を送り始めた。

「ねえ、木乃美。」

佳奈は、周りの声でかき消されないよう、大きな声で木乃美に話しかけた。

「なに、佳奈?」

木乃美も負けじと大声を出した。

「慶子や京子、久美も来ているかしら?」

「ああ、京子たち?

 少し離れているけど、あそこにいるわよ。」

佳奈たちから2列ほど離れたところに京子たち3人が座って歓声を上げていた。

京子が、佳奈たちに気が付いたのか、佳奈の方に向かって手を振った。

佳奈たちも手を振り返すと、京子が慶子たちを小突いて、佳奈たちに合図した。

そして、ステージの幕が開き、軽音部の1年生のバンドが1番手に上がって演奏を開始した。

あまりの観客の多さと熱気とで、明らかに緊張していたが、1曲終わると少し落ち着いたのか、また、ステージの袖で、詩音たちがいろいろと声援を送っていたせいか、後の曲はいい出来だった。

それから、次の1年生のバンド、新入部員の2年生、1年生の混成バンドなど、1つのバンドにつき15分の持ち分とバンドの入れ替わりの休憩時間の5分を足して、1時間があっという間に過ぎ、次に『ヘビー・チョコレート』の出番となった。

『ヘビー・チョコレート』は流行りのJ-ROCKを、完成度の高い演奏で観客を魅了していた。

舞台の横では、『ヘビー・チョコレート』の演奏を聞きながら、詩音たちが出番の準備をしていた。

「ひゅー、夏美。

 化粧、かっこいいね。」

詩音が夏美の化粧を見て言った。

夏美は、服装こそ学生服だが、赤いルージュにアイシャドウとで化粧をしっかりしていた。

その化粧は、派手ではなく、おしゃれに決まっていた。

「まあ、ありがとう。

 次は、詩音の番よ。」

そういうと、詩音の顔に自分の化粧道具で化粧を施していた。

「まったく、詩音は、化粧するとただでさえ見栄えのする顔なのに、そこいらのどんな女性よりもきれいなのよね。

 腹が立つ!」

そうぼやきながら、詩音の化粧を終わらせた。

「確かに……。」

化粧をした詩音は周りの誰もが息をのむくらいにきれいだった。

「ま、私の化粧の仕方がいいのが半分か。

 他に化粧してほしい人いる?」

夏美は他のメンバーの顔を見て言った。

詩音以外のメンバーは皆首を横に振った。

「春彦は?

 春彦なら、意外といいかも。」

夏美がそう言うと、春彦は慌ててかぶりを振った。

「ちぇっ、残念。」

夏美は口調からわかる様に、徐々に気分が高揚していた。

皆、それに触発されたのか、おのおの気持ちが昂っていった。

ステージでは『ヘビー・チョコレート』が最後の演奏を終え、アンコールに応えていた。

そして、幕が下がり、いよいよ『ピンク・シオン・トルネード・バンド』の出番となった。

「詩音、ごめん。

 アンコールで1曲やったから、詩音たちの時間が短くなった。」

青田達は興奮冷めやらぬ顔でステージから降りてきて、詩音たちに声をかけた。

結局、アンコール含め30分はやっていたので、メンバーの入れ替え等で、詩音たちの持ち時間は20分位となっていた。

「いいって、いいって。

 いいパフォーマンスだったじゃん。」

「うん、すごく良かったよ。」

詩音も夏美も明るく青田達に声をかけた。

「ありがとう。

 夏美たちも頑張ってね。」

秀美が夏美声をかけた。

「さあ、行こうぜ。」

「あっ、ちょっと待った。

 円陣組んで、儀式、儀式!」

そう言って詩音はメンバーを集め円陣を作り、真ん中に立った。

円陣にはいつの間にか、青田達や他の1,2年のバンドメンバーなどが集まり、大きな円になっていた。

「さあ、今年の軽音部コンサートの締めだよ。

 気合い入れていくよー。

 皆も応援してねー。

 じゃあ、行くぞー!

 軽音、ファイト!!」

「ファイト!!」

大勢で声を合わせ大声で気合を入れた。


「止まらない、止まらない」

「なんでも弾けそうだ」

「自分じゃないみたい」

メンバー皆、春彦の演奏に引っ張られ、観客のボルテージも否が応でも上がっていきます。

伝説のバンドの演奏の開始です。

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