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はるかな物語3「青春の光と影」  作者: 東久保 亜鈴
3/16

(3)

悠美の葬儀がすんでから2カ月ほど過ぎたあたりから、少しずつ、春彦と佳奈は平常を取り戻していた。

特に、佳奈は、悠美のことを思い出すと、すぐに泣きべそをかき、春彦に慰めと『いつまでも泣くんじゃない』と諭され、泣きべそをかく回数も減ってきた。

春彦は、もともと人前では、感情を見せないほうなので、あまりわからなかったが、唯一、口数が減っていて、気付いた佳奈は一生懸命春彦にまとわりついて、春彦を喋らそうと話しかけていた。

そんな二人だったので、お互いにお互いを励ますことで、だんだんと前を向いて歩きだしていた。

「早いね。

 悠美姉の四九日もあっという間だったね。

 悠美姉、天国で寂しくないかしら。」

いつもの様に、佳奈と春彦が連れ添って学校からの帰り道で、ぽそっと、佳奈が言った。

「ああ、それは、たぶん大丈夫。

 悠美ちゃんの大好きだった人が、一足先に天国にいるから。」

「えっ?

 それって、だれ?」

「うーん、だれだろう。」

春彦は『しまった』という顔をして、ごまかすように言った。

佳奈は、春彦の父親の春繁は亡くなったのではなく海外に単身赴任しているとしか聞いていなかった。

そして、悠美が春繁に恋い焦がれていたことも佳奈は知らなかった。

「ねえ、だれのこと?

 私が知っている人?

 ねえ、春、意地悪しないで、教えて。」

佳奈がじれながら、春彦にまとわりついた。

春彦は、困った顔をしながら佳奈に説明した。

「うーん、たぶん、佳奈は知らないよ。

 母さんの方の親戚の人だから。」

「本当?」

佳奈は、疑い深く尋ねた。

「本当だよ、本当。」

春彦が言い切ったので、佳奈はしぶしぶと引き下がった。

「ならば、いいけど…。

 ねえ、春。」

「ん?」

「今度、悠美姉のお墓参りに連れてって。

 悠美姉がいないのに、悠美姉の家にお線香あげに行くのも気が引けるし。」

「光ちゃん、いるじゃない。」

「でも、おじさんとおばさんが、寂しそうだから…。」

「そうだね…。

 電車で1時間もかからないところだから、今度、連れて行ってやるよ。」

「うん、お願いね。」

佳奈は、少し笑顔になって言った。

「そうそう、春は、高校、どこにするか決めた?」

「ああ、俺の頭で行けるような学校って限られてるしなぁ。」

「えー、でも、春って、学力、まあまあじゃない。

 私立とかも狙えるんじゃないの?」

「いや、母さんに負担を掛けたくないから、公立だよ」

「じゃあ、もう決めているんだ。

 どこの高校にするの?」

「うん、西高に決めている。」

「あら、春も西高狙いなんだ。」

「あれ、佳奈もか?」

「うん、あそこなら、家から近いし、進学率もいいから。

 それに、木乃美たちも考えているみたいなの。」

「ふーん、そうなんだ。」

「倍率は、例年、3倍くらいだったわ。

 何とかなるわよ。」

「佳奈なら、心配ないだろう。

 ドジさえしなければ。」

「なんですとー!」

佳奈は、春彦を叩くふりをした。

そう言いながら佳奈は、高校をいろいろと考えていないわけではなかったが、まだ、中学2年だということと、どこに行きたいという強い希望はなかった。

ただ、春彦と同じ学校に進みたくて、この機に乗じて聞き出すのに成功し、あたかも前から決めていたようなそぶりを見せていただけだった。

(春が、西高かぁ。

 あそこなら、頑張ればなんとかなるわ。

 よーし、決めたわ。

 早速、木乃美達に報告しなくっちゃ。

 みんなも、どうするか迷っていたから、みんなも一緒ならいいな)

佳奈は、思わずこぶしを握っていた。

「佳奈?

 どうした?」

独り笑いする佳奈を見て、春彦は不思議な顔をする。

「ううん、なんでもないわ。」

佳奈は、慌ててかぶりを振ってごまかした。

「さてさて、これからボチボチ受験勉強か。

 嫌だなぁ。」

「でも、春なら、油断しなければというのと、後は、内申ね。」

「ああ、でも、俺、悪いことしてないよ。」

「当たり前でしょ。

 私が目を光らせているんだから。」

「でもさ、こうやって、一緒に帰ると、不純異性交遊とか…。」

「不純異性…。」

佳奈は、いきなり顔を赤くし、それをごまかすように春彦に食って掛かった。

「大丈夫。

 春とは幼馴染で、私が監視役だって、先生方、みんな知っているもん。」

「え?

 みんな?

 先生も?」

「ええ、そうよ。

 こう見えても、私たち、先生受けが良いんだから。」

佳奈と、木乃美たちは、成績や授業態度もさることながら、率先して先生の手伝いをしたりしていたので、教師たちから、受けが良く、可愛がられていた。

「あちゃー。」

春彦は、そう言って、顔を押さえた。

確かに中学生の男女がいつも一緒だと目立つし、何か言われてもおかしくはなかったが、まるで二卵性の双子のように扱われていた。

「こらー、なんで、あちゃーなのよ。

 いいでしょ。」

佳奈は不満げに春彦を睨みつけた。

「はいはい。」

(どうせ、そういう相手(女性)もいないし、考えてもいないからいいけど)

春彦は、心の中で思った。

「でも、本当に早いわ。

 1年生の時に春が転校してきて、2年になると悠美姉でしょ。

 バタバタしている間に、あっという間に2年生も終わっちゃうみたい。」

佳奈にしてみれば、喜怒哀楽が激しい2年間だったことは確かなことだった。

そして、次は進学のことと、本当に目が回るような気がしていた。

「まあ、そうだよな。」

「春ったら、何をのんびりした声を出してるの。

 一番大変だったのは、春じゃない。

 転校してきて、同じクラスならよかったのに、別のクラスで誰も知り合いがいなくて、たいへんだったんじゃない?」

「まあな、小学校の低学年で転校して、いくらそれまでこっちに住んでいたからって、知り合いは佳奈と木乃美くらいだったもんな。」

「“くらい”ってなによ、“くらい”って。

 私たちがいたから心強かったでしょ。」

「まあな、転校初日の昼休みに、いきなりクラスに来て『はるー!』だもんな。」

春彦は手を口の前に当て、思い出し笑いをした。

春彦が今の中学に転校してきたのは、1年生の2学期の半ばだった。

その頃、クラスはだいたい人間関係が出来上がっていて、転校生の春彦を見る目はよそ者としか映っていなかった。

その中、転校初日の昼休みに、佳奈と木乃美が春彦の教室にやって来て、いきなり名前を呼んだのだから、否が応でも注目を浴びることになった。

ただ、そのクラスには、佳奈と木乃美が通っていた小学校の同級生も大勢いたせいか、二人を通して、すぐにクラスに馴染めたのは確かなことだった。

そして、福山俊介の存在も、春彦にとっては大きかった。

佳奈たちが教室から出て言ったあと、すぐに春彦に声を掛けたのが俊介だった。

「おい、立花。

 お前、菅井や相沢と仲いいのか?」

「ああ、幼馴染だよ。

 それに、小学校低学年まで、こっちに住んでいたんだから。」

「え?

 じゃあ、立花って、小学校1年の時、4組だったか?」

「ああ、確かそうだよ。」

「そっか、道理で何となくあったことがあると思ったんだ。

 俺のこと、覚えてるか?」

「え?」

「てめえ、忘れたのかよ。

 教室で、よくチャンバラごっこして先生に廊下に立たされたじゃないか。」

「え?

 じゃあ、お前、俊介か?」

「ああ、そうだよ。

 久し振りだな。」

こうして、春彦は小学校の時の友人の俊介と再会することが出来た。

その俊介のおかげで、佳奈が自分で春彦の世話を焼こうと狙っていたのを後目に、何不自由のない学校生活をスタートすることが出来た。

「そうよ、この狭い土地で、他所から入ってきた人って、受け入れられるまでたいへんなんだから。」

佳奈が言うように、都会と違い、土地柄的にそこで生まれ育った人間関係が強いので、他所から入ってくると馴染むまで大変だった。

でも逆に、馴染むと住みやすい土地でもあった。

「でもさ、俺、もともと、この土地の人間だったんだぜ。」

「うーん、でも、5年も離れていたからね。」

「まあ、そうか。

 でも、今じゃ、みんな思い出してくれたみたいだよ。」

「そうね。

 ねぇ、春、お腹空かない?」

「ああ、そうだね。

 いつものところで、鯛焼き食べて行こうか。」

「賛成!」

佳奈は、『待っていました!』と言わんばかりに、満面の笑みを受かべて答えた。

その時、ズキッと春彦は頭痛に襲われる。

「痛っ!」

春彦は、佳奈に聞こえないくらいの声を上げた。

「?

 春?

 どうしたの?」

佳奈は、声は聞こえなかったが、春彦の態度が気になり、顔を覗き込んだ。

「ん?

 いや、何でもないよ。

 さあ、早く行こう。」

春彦は頭痛が一瞬で治まったので気にすることなく、佳奈に笑顔を向けていった。

佳奈は、春彦の笑顔を見て安心した顔をした。

(何か、最近、変な頭痛がするな)

佳奈のにこやかな笑顔を見ながら、春彦は心の中で呟く。

そして、駆け足の様に、冬が去り、春になって、二人は3年生に進級した。


中学3年に進級したある日、佳奈は京子から思いもよらない話を聞いた。

「ねえ、最近、立花、なんか変だって、知ってた?」

「え?

 春が?

 なんで?」

「なんかねー、たまにボーっとしたりするし、怖いくらい無表情な時があるんだって。」

「えー、うそー。

 だって、全然変わったそぶり、ないわよ。」

「それは、佳奈と居る時だけじゃない?

 特に何かある訳でもないし、普段は、普通に話したりしているんだけど、たまに、人が変わったようになるんだって。

 まだ、噂程度だけどね。」

「ほんと?

 受験勉強で疲れているのかな。」

「えー、まだ、そんなときじゃないでしょ。

 だいたい、夏休みが終わってから慌て始めるのが普通よ。」

佳奈は呆れた顔をして京子を眺めた。

京子は、小さなころから弓道を習っていて、明るく活発なタイプだった。

いつも、ウェーブのかかったくせ毛をポニーテールで前髪ごと束ね、おでこを出していた。

それが、尚更、活発な女の子に見せていた。

佳奈も、肩の少し下くらいまで伸びたまっすぐな髪をポニーテールにしていたが、前髪は下ろしていた。

佳奈は、性格は明るい方だが、どちらかというと小顔で色白だったため、京子と並ぶと、おとなしい印象だった。

「それは、京子だけじゃない?

 私立とかいいところを目指している子は、中2から頑張ってるわよ。

 私たち、公立組でも、西高あたりだと、もう、頑張っておかないと。」

「あら、じゃあ、佳奈は、もう受験勉強始めているの?」

京子は、信じられないというような顔をした。

「うん、だって、みんなと一緒に西高に行きたいでしょ。」

『みんな』という言葉は使ったが、本当は春彦とだということは、内緒のことだった。

ただ、他の友人とも一緒に行きたいというのは本当のことでもあった。

「そうだね、せっかくだから、5人とも同じ高校に行きたいもんね。

 では、私も、ポチポチと頑張りますか。」

「うん。」

「え?

 私も頑張るよ。

 ところで、何に?」

佳奈と京子が話している中に、木乃美が後ろから割り込んできた。

木乃美は、トレードマークの黒縁のメガネをかけ、少しぼさぼさになった黒髪を背中の真ん中程まで伸ばしていた。

見た目、どちらかというと一風変わった文学少女のようだった。

「まあ、木乃美ったら。

 受験勉強、頑張ろうねって京子と話していたのよ。

 それより、また、髪がぼさぼさ。

 ちゃんとブラッシングしなくっちゃ。

 悠美姉にも言われていたじゃない。

 折角の美人が台無しよ。」

佳奈は、そういいながら木乃美の髪を撫でていた。

木乃美はメガネを外し、身支度を整えれば、美人の部類に入ることを佳奈は知っていた。

「うへー、受験勉強の話かぁ。」

木乃美は、あからさまに嫌な顔をした。

「そう言えば、木乃美は、私立の女子高だったんじゃない?

 木乃美の成績ならどこにでも行けそうだし。」

佳奈も京子も成績は悪い方ではなかったが、木乃美は学年トップクラスの成績の才女だった。

そんな木乃美を京子が不思議そうな顔をして尋ねた。

「最初は、そんな話を親がしていたんだけど、佳奈が西高に行くっていうから、両親を説得して西高に変えたのよ。

 それに、あそこは、ランク的にそんなに悪くないし、進学率も高いから両親も納得したの。」

「でも、ふーん、やっぱり、佳奈か。」

「まあまあ、そう言わないで。

 みんなで一緒の高校に行きましょう。」

佳奈は、木乃美の腕に自分の腕を絡めて言った。

「ねえ、木乃美。

 最近、立花の噂、知ってる?」

京子は話を換えて木乃美に尋ねた。

「ああ、あの噂?

 わたしも、その話を聞いたわ。

 春彦の幽体離脱でしょ。

 そんなこと、あるわけないじゃない。」

木乃美は、佳奈と小学校に上がる前に知り合い、その後小学校6年間同じクラスだったこともあり、とても仲が良く、気心知れた仲だった。

しかも、中学でもずっと同じクラスだったので、クラス替えで心細くなることはなかった。

木乃美も悠美から妹と呼ばれ、佳奈と春彦と三人、可愛がられていたので、木乃美も自然に春彦を「春」と呼ぶように、木乃美も苗字ではなく「春彦」と名前で呼んでいた。

「ええ?

 なに、その幽体離脱って。」

佳奈には、おかしそうに聞いた。

「何かね、たまに、春彦から白い影が抜け出して、その後、しばらくは、春彦が無表情で蝋人形の様になって気味が悪いって噂よ。」

「えー、そうなの?」

「そう、何だか、鼻から『ぶわー』って白い煙が吹き出すんだって。」

木乃美は、鼻から煙が出るジャスチヤ―を大げさにして見せた。

「何それ。

 単に、鼻血ブーじゃない。」

「え?

 鼻血ブー?」

佳奈は京子の言った「鼻血ブー」の意味が分からず聞き返した。

「ん?

 たまにお父さんがそう言うのよ。

 何だか、昔の漫画で、鳥が興奮してそう言いながら鼻血を噴き出すんだって。」

「えー、変なの。

 でも、鼻血じゃないんでしょ。」

「こら、佳奈。

 まじめに取らなくていいから。」

木乃美は、脱線していく話を押しとどめた。

「エクトプラズムってやつよ。」

「え?

 えくとぷらずま?」

「もういいわ。」

木乃美は呆れた顔で言い、その横で、京子はおかしそうにお腹を抱えていた。

「もう、佳奈ったら。」

「ともかく、魂が抜け出し、抜け殻状態になることよ。」

「じゃあ、京子の言っている噂と同じなんだ。

 春、疲れているのかな…。」

「……。」

木乃美は、佳奈のセリフを聞いて目を丸くした。

「佳奈は、なんでも好意的にとるのね。

 春彦、実は悪霊に憑りつかれているのかもよ。」

「いやだ、変なこと言わないで。」

佳奈は、怒った顔を木乃美に向けた。

「じゃあ、今から、こっそりと春彦の様子でも見に行く?

 まだ、昼休み時間が残ってるから。」

木乃美は興味津々と言わんばかりに二人を誘った。

「うん、行く。

 佳奈は?」

京子も興味がわいたのか、二つ返事で答えた。

「えー、どうしようかな。」

「心配じゃないの?」

「心配だけど、様子を見に行くって、なんか…。」

「いいじゃないの、行こう行こう。」

「ちょっと、木乃美。」

佳奈は、様子を見に行きたい反面、もし、そういう春彦に出くわしたらと思うと、つい、躊躇していたが、木乃美に引きずられるようについて行った。

春彦のいるクラスに着くと、春彦は、机に座って、ぼんやりと外を眺めていた。

三人は、廊下側の窓からこっそりと、様子を窺う。

「ボーっとしているけど、特に変わってないじゃない。」

「そうね、いつもの春彦だ。」

京子と木乃美がそう言い合っていたが、佳奈は、何か引っ掛かるものがあった。

(あんな春、見たことないな。

 なんか、とても遠いところを見ているみたい。

 まるで、遠いところに行っちゃうみたいな。)

急に佳奈は、春彦がいなくなってしまうのではと、怖くなった。

「え?

 佳奈?」

「どこいくの」

京子と木乃美が驚くのを後目に、急に佳奈は足早に教室に入って、春彦の傍に立った。

佳奈の気配で、春彦は、佳奈の方へ振り向いた。

「?

 佳奈か、どうしたの?」

「え?

 あっ、その…。」

佳奈は、一時の感情に駆られ春彦の傍に来ただけだったので、何を話していいのかわからずに、その場に立ち尽くしてしまった。

(どうしよう、なんていったらいいんだろう)

佳奈の頭は、パニック状態になっていた。

そこに、木乃美が近づいてきて、助け舟を出した。

「廊下で通りがかったら、春彦がボケっと外を眺めていたから、佳奈が、他の女のことを考えているんじゃないのかって心配になったのよ。」

「他の女!」

その一言で、佳奈の思考回路は一気に爆発した。

「こ、木乃美、変な言い方しないで!」

「えー、だって、私の春が、って」

「言ってないでしょ!

 木乃美ったら誤解を招くようなこと言わないで。」

佳奈は、真っ赤な顔をして木乃美を睨みつけた。

周りの女学生がそんな話を聞いて、クスクスと笑っていた。

「ああ、俺、今、女のこと考えてた。」

ぼそっと、春彦がそういうと、佳奈と木乃美はびっくりして、まじまじと春彦を見つめた。

「佳奈に英語の問題を聞こうかなって。」

春彦には珍しく悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「え?」

「え?」

佳奈と木乃美は、どう対処したらいいのかわからない状態になっていた。

「おれさ、過去進行形とか、何かよくわからなくて。

 なんで、過去が進行するんだろうって。

 あと、未来完了ってなに?

 もう、未来が終わっちゃうのか?

 な、おかしいだろう。

 だから、あとで、佳奈に教えてもらおうと思ってさ。」

「あっ、そ、そうなんだ。

 過去進行形ね。

 うん、わかった。

 あとで、教えてあげるね。

 もう昼休みおわっちゃうから。

木乃美、行こう。」

「う、うん。」

佳奈と木乃美は、スタスタと春彦の教室を出て言った。

「なにやってるの、ふたりとも。

 まるで、コントのようよ。」

教室を出ると、京子がお腹を抱えて笑っていた。

「ほら、お昼休み、終わっちゃうから、早く教室に行こう。」

佳奈は、ごまかすように言って木乃美と京子の手をひいて歩き出した。

「でも、春彦、いつもと変りなかったね。」

「うん。」

「よかったね。」

「うん」

3人は、笑いながら教室に戻っていった。

ただ、佳奈は、さっきの遠くを見つめる春彦の姿が、無性に寂しく見え、気になってならなかった。

春彦は、佳奈たちが教室を出ていったのを見送った後、また、窓の外を眺めていた。

その顔からは、表情というものがなくなっていた。


「また、足首痛いの?」

舞は、足を引きずってる春彦を見て、眉間にしわを寄せた。

「ああ、また、足捻じったみたいなんだ。」

「何やっているの。

 部活も、スポーツもやってないんでしょ。

 なのに、どうやったら捻じるのよ。」

「うーん、体育の時間かな。」

「ふーん。

 じゃあ、また、お医者さんに行っておいで。」

「わかった。」

春彦は、途中で転校してきたのと、何となく気が進まず、部活は帰宅部だった。

そして3年に上がる前から、足首に痛みを覚えるようになった。

それと同時に、頭痛にも襲われていた。

足首は病院でレントゲンを撮っても特におかしいところはなく、単に捻挫が長引いているのと成長痛が重なっているのだろうという医者の見立てで、シップとカルシウムの注射を打たれるだけだった。

それより、頭痛の方が春彦にとっては厄介で、突発的にズキッと痛みが走り、痛みはその一瞬で治まるのだが、その後はしばらく何にも興味がわかず、感情が冷淡になる感じだった。

頭痛については、たまであること、痛みが一瞬なことから舞には相談していなかった。

「じゃあ、病院に行ってくるね。」

「ああ、気を付けるんだよ。」

「はーい。」

舞は左足を少し引きずる様に歩いていく春彦の後姿を見送りながらつぶやいた。

「やっぱり、悠美のことが無意識のうちに尾を引いているのかな。

 痛いって言っている足は、悠美が切った方の足だし、エンパシーかしら」

やがて、受験勉強も佳境に入り、いつしか春彦は足のことを言わなくなっていた。


そして高校受験も終わり、春彦と佳奈は希望通りの高校に進学する。

春彦と佳奈は、悠美の詩の悲しみを無意識にお互いで励まし合い、乗り越えて行きます。

一方、春彦の身体に現れた変調。

頭痛が意味するものは何か。

そして、高校受験。

お互い同じ高校に受かり、かけがえのない時間を共有していきます。


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