3-8.森の奥へ2
重い空気が辺りに立ち込め、頭と身体の中を何かに引っ掻き回されているような気分の悪さがずっと続く。
全員が気分の悪さに耐えているのでミオリが行ってから誰も話していない。
「ルッカ、少し後退しよう」
暫くして調査団のメンバーの1人のリオンが言った。
それに首を横に振る。
「ミオリが戻るまで俺はここにいる。他の人は後退してくれていいから」
「けど…」
遠くで爆音が響いた。
息を呑んで森の奥を全員が見つめる。
「………っ!」
ミオリが何かと遭遇して応戦している音だ。
心臓を何かに掴まれたような強い焦燥感に襲われる。
今すぐ駆け出して行きたいのに、身体がこれ以上進むことを拒否している。
嫌だ。
どうして行けないんだ。
無事でいてと祈るしか出来ないなんて。
この森は奥へ行く程に簡単に人の命を飲み込む。
ミオリ……。
身体の不調より心の方がよほど苦しい。
「……信じて待とう」
リオンが俺の横に腰を下ろす。
「……後退しないの」
「魔力も持たない女に戦わせて安全圏に行けるほど神経太くないんだよ」
「……さっき行こうとしてなかったか?」
「俺より魔力多いお前の方がしんどいだろうと思ったんだよ」
「……そっか。悪い」
「おう……早く戻って来るといいな」
俺は黙って頷いた。
◇◇
現場のミオリでーす。
えーと、ただ今ひたすら沢を登っております。
これ帰りの方が危ないし大変そうですよ。
手元の水晶はだいぶ赤色が強くなったんですが、まだこれといった物は何も見つけられておりません。
雨は止みましたが既に全身が濡れているのでちょっと寒いですね。
濡れたマントが重いので置いて来ました。安い物じゃないので帰りに拾いたいと思います。
あと転んで擦りむいた箇所がちょっと痛いです。
何か見つかったら報告しますね。
ではスタジオにお返しします〜。
……1人実況寂しいわ。
黙々と進んでいると、問題が発生した。
高さ3メートルくらいの岩壁を登る必要が出て来てしまった。
滝と言う程の水量ではないけど、水はこの上から流れ落ちて来ている。
水晶はかなり赤く、この上だと言っている気がする。
……登ったら降りなきゃいけないのが嫌だなぁ。
一応荷物にロープもあるから大丈夫だろうけどさ。
仕方なく岩の窪みに手と足を掛けて登り始める。
垂直ではないので登りはまだいいのよ。
滑らないよう慎重に身体を上げて行き岩壁から頭を出した時、先の光景に驚いて言葉を失った。
黄金色の大きなドラゴンがいた。
沢の横の開けた場所に眠っているのか翼を畳み、頭を地に下ろして目を閉じている。
頭を上げればもっと巨大に見えるだろう。
身体の表面の鱗は稲穂のような優しい黄金色だ。
……逃げた方がいいよね?
どう見ても私の剣や魔力石で応戦出来る相手では無さそうだし。
降りるのはどっかにロープ引っ掛けないと危ないんだけどな……。
魔素の原因はわからないけど、ドラゴンいましたって報告で許して貰えるかな。
静かに再び岩を降りようとした時、ドラゴンが目を開けた。
……ヤバい。目が合ってしまった。
猫の目を巨大にしたような瞳孔が縦長の金色の目が私を捉えている。
早く逃げなきゃと思うのに足が動かないのはどうしてだろう。
静かに私を見るその目に知性があるように思えるからだろうか。
ーーーこのような場所に珍しいな。何用だ、小さき者よ。
ドラゴンがゆっくりと頭を上げる。
パクパクと喋っている訳ではない。頭に直接語り掛けてくるような不思議な声が聞こえた。
「魔素が異常発生して困っているので調べに来ました」
正直にそのまま言う。
ーーーなるほど。力を全く持たぬが故にここに来れるのだな。小さき者の中でも珍しい。
「あ、はい……魔力ないんで」
ーーーしかしそれ程非力ならば危険だろうに。
「そこは道具と根性で頑張りました」
私の答えを聞いてドラゴンの目が楽しそうに光った気がした。
ーーーこの場所は昔から力が溜まりやすい。私には心地良いので時折ここへ静養に来るのだ。
このドラゴン普通に話してくれて親切だな。
「今回は妙に早く溜まってしまって困ってるんです。原因とかご存知ないですか?」
ーーー穴が少し広がっているようだな。
「穴?」
ーーー悠久の時の流れの中で、時折世界には穴が開く。穴の周りは力の溜まり方が変化しやすい。
……時間が経つと穴が開くの?まさかの老朽化?
「……その穴って塞ぐことって出来ますか?」
ーーー創造神の力を借りれば可能だろう。
「……知り合いに神様いないんですけど、力を借りるってどうやるんでしょう?」
ーーー質問が多いな小さき者よ。全ての答えを他者に求めるのは愚かなことだ。考えよ。
「……すいません」
後は森の人達と相談かなぁ。
岩に足を掛けているのが辛くなって来たので一度上がり切ってしまうか。
雰囲気的にいきなり攻撃はされないみたいだし。
よいしょっと登り切ると水晶を確認した。
真っ赤になっているのでたぶんここがゴールなんだろうな。
どれくらい進んで来たのかわからないけど疲れたな……。
雲が厚いので太陽の位置がいまいちわからない。
数メートル先にドラゴンがいるけど、私は近くの木にもたれて座り込んだ。
ーーー逃げないのか小さき者。
「あ、はい。ちょっと疲れてるんで攻撃とかしないで貰えるんなら休みたいです。あと私の名前、ミオリです」
水に濡れた身体でずっと沢登りをしてたのでかなり体力を消耗してしまっている。
ーーー珍しい者もいるものだな。
ドラゴンがそう言うと私の周りを温かい風が包み、濡れた髪や服が瞬く間に乾いた。
……なんて親切なんだ。
「ご親切にありがとうございます。ドラゴンさん」
ーーーヴァルドだ。
「ありがとうございます。ヴァルド」
ヴァルドの太くて長い尻尾がゆったり揺れる。
機嫌が良さそうに見えるのは気のせいかな。
……眠くなって来た。
思っていたより疲れているようで、身体が温もると睡魔がやって来た。
「すいません……ちょっとだけ休みます。何か来たら教えて貰えると助かります……」
抗えない強烈な眠気に負け、私はその場に転がって眠ることにした。
ーーー非力なわりに豪胆だな……。
ヴァルドの声を遠のく意識の端で聞いた。




