3-4.異変と負傷
いつものように羊を放牧して畜舎の清掃をしていると突然、大きな羊の鳴き声が外から響いた。
よく通るデカい声はリーダーの声だ。
リーダーが鳴いたということは魔物が現れたということだ。
慌てて外に飛び出す私と入れ違いに羊達がどんどん畜舎へ駆け込んで行く。
森の方へ視線をやると黒い狼の群れが森から駆け降りて来る。
黒狼は身体が大型バイク並みに大きいので恐ろしい光景だ。
時期がおかしい。餌の少ない冬は襲来することもあるが、いつもなら夏はやって来ない。
ドン!と空に爆音が響く。
グレゴさんが自警団に魔物襲来を知らせた合図だ。
「数が多いな……気を付けろよ」
「はい」
腰の剣を引き抜き、片手に魔力石を持つ。
自警団が来るまでこの場を守らなくてはいけない。
グレゴさんに続いて駆け出した。
魔力石を投げつけ爆発させ、狼が倒れるかバランスを崩した瞬間に首辺りを狙って斬り付ける。
ゴブリンより動きが遥かに速く、デカいので斬っても首は飛ばない。
グレゴさんの魔法と私の投石による爆発に逃げ出す個体がいない。
やっぱりおかしい。
魔物も野生動物と同じで本能はある。
爆音や目の前に広がる炎に逃げ出す個体が普段はいるものなのに。
ザンッ!!
数匹目の狼を斬った瞬間、その狼の陰になった死角から別の狼が襲い掛かって来た。
あ、ヤバい。
躱そうとしたけれど左腕に鋭い痛みが走った。
たぶん牙が掠って服と皮膚が裂けた。けれど今は構っていられない。
瞬時に鞄から石を取って投げ付ける。
電撃をくらって倒れる狼。
今のはちょっと危なかった……怖っ!
二の腕が熱く痛みを放っているけどまだ狼の襲来は止んでない。
大丈夫、動かせるから骨は無事だし肉も持ってかれてない。切れただけ。
今のでちょっと余計に息が上がってしまったし手も震えてるけど大丈夫、大丈夫!!
自分に必死に言い聞かせて再び狼を数匹斬ったところで自警団が到着した。
降り注ぐ魔法に狼が燃えていく。
何とかなった……。
安堵の溜め息をついて地面に膝をついた。
腕が痛いわ。ざっくり切れちゃってるし。
これ縫わないといけないレベルのやつだろうな。
「大丈夫か?悪かったなフォローしてやれなくて。すぐ診療所行って来い。1人で行けるか?」
グレゴさんが私の腕を見て申し訳なさそうに言う。
牧場での戦闘で怪我を負うのは初めてだ。
いつも危ない場面でグレゴさんが助けてくれていたからだ。
「大丈夫です。行って来ます」
グレゴさんは今の狼達の異常性を自警団の人達に説明しなければいけない。
傷の上を布で縛って診療所へと向かった。
「おはよー!まだ昼前だけど来ましたよ!」
「だからうるせぇって……うわーっ!!どうした!?」
ヤマトが私を見て驚愕の声を上げる。
左腕は自分の血だらけだし服も狼の返り血いっぱいだからね。
私もこんな奴が急に現れたら叫ぶわ。
「ちょっと仕事で怪我しちゃって。先生は?」
「ちょっとかそれ!?奥にいるから早く行けって!」
「腕以外は返り血だから大丈夫だよ」
「羊の世話が仕事じゃなかったのか!?」
「そうだよ。今日は狼が来たから戦闘になって」
「突っ込みたいことあり過ぎるけど早く手当てして貰って来い!」
診療所の奥で手当てを受けた。
「最近は怪我人が続くなぁ」
年配の医師がのんびり言った。
血塗れの服を脱いで治療用の服を着る。
麻酔なしで縫われるのかと恐怖でいっぱいだったのだけど、助かったことに痛みを軽減させる魔法があった。
いててっ!ちくちくする!って程度の痛みで縫って貰えた。
最後は回復呪文を掛けて終わりだ。
回復呪文は傷の治りは早くしてくれるようだけど、確かに身体が疲れるような感覚があった。
「ミオリ!」
治療室から出ると廊下でルッカが待っていた。
誰かが知らせてくれたらしい。
「怪我は?」
「腕だけ。もう縫って貰ったし大丈夫」
笑顔で応えるとこわばっていたルッカの顔に安堵が浮かぶ。
傷に響かないようにそっと抱き締めてくれた。
やっぱり世界で一番安心する場所だなぁ……。
戦闘や負傷で張りっぱなしだった緊張が抜けていくのを感じる。疲れたわ。
「……狼が変だった。魔素の件と絡んでそう」
「うん」
「……腕が痛い。怖かった」
「頑張ったね。心臓に悪いから転職しない?」
「羊好きだもん」
「……そっか。でも無茶しないで」
「しないよ。今日はちょっと失敗しただけ」
「ミオリが怪我すんの俺も怖いんだけど」
「もっと強くならないと駄目だね。また訓練してくれる?」
「……するけど本当は安全な所にいて欲しいよ」
ごめんね。羊も好きだしグレゴさんも好きなんだ。
仕事は変えたくない。
それより魔物の変化が気になる。
今のところ調査団の戻りを待つだけなのだけど、これで終わりではない気がする。
血塗れで驚かせたヤマトに挨拶をして帰ることにした。
「ごめん今日はお昼持って来れないから他の人に頼むね」
「大丈夫か?昼飯とかどうでもいいから羊の世話係があんなことになる理由教えて……」
何だか疲れているような顔で言う。
「森にはゴブリン以外も魔物いるって言ったでしょ?」
「そうだな」
「羊狙って狼とか熊の魔物もたまに来るから、それらを撃退するのも私の仕事なんだ」
「田舎のスローライフだと思ってた……」
この村でスローライフはたぶん難しい。
いつ魔物が出るかわからないのでみんな子供の頃から魔法や体術など身を守る方法を学ぶような暮らしをしている。
美しい見た目の森の人達は強く逞しいのだ。
仲間になりたければ自分も強く逞しくならないと。
そんな感じのことを説明するとヤマトは悲壮な顔をする。
「つまり俺はレベル1でいきなり中級くらいのヤバい森に来てしまったってことだな?」
「そう。私もだったけど。頑張ればなんとかなるよ」
「……なんとかなるのか?」
「まぁならなくてこんな風に怪我することもあるけど」
「やばいじゃねーか……」
呻いて頭を抱えていた。
一緒に頑張ろうね。




