4-21.令嬢の替え玉3
街を出た馬車はガタゴトと街道を順調に進む。
明るい夏の日差しの中、広大な土地に広がる青い草原を窓から眺める。
……馬車3日は辛いな。
馬車はよく揺れる。この世界には緩衝装置を作った人はまだ居ないようだ。
私に作れる脳みそがあったらいいんだけどね。残念ながら仕組みとか一切知らないわ。
侯爵家の豪華な馬車にはしっかりした上等なクッションが敷かれているし、乗り合い馬車とかに比べればマシなんだろうけれど。
早めに仕事を終えたいので雇われのならず者とかさくっと出て来てくれないだろうか。
「早く会いたいな……」
「恋人待ってるみたいな台詞になってるわよ」
ため息を吐いて呟くとアンが突っ込みを入れる。
馬車の中が暑いとアンが愚痴を漏らすとヴァルドが魔法で涼しくしてくれた。
あまり甘やかされると不便な生活に戻った時が怖いな。
ヴァルドとずっと一緒にいたいってなっちゃいそうだわ。
「街からしっかり離れたら出て来るんじゃない?この辺は身を隠せる場所もないし。気長に待ちましょ」
「そうだね」
日が高く登った頃、一度目の休憩が入った。
3日走り続ける馬の為に休憩はまめに必要らしい。
御者のおじさんが魔法でバケツに水を入れて馬に飲ませる。
水を自在に出せるってやっぱり便利で羨ましいな。
「どう?馬で移動って疲れる?」
鞍から降りて来るルッカとヤマトは軽く汗ばんでいる。
揺れるけど涼しい車内にいることが少し申し訳ない気持ちになった。
「乗馬は問題ないけど日差しが暑いね」
「大丈夫?熱中症にならないかな?」
「風が吹くとわりと涼しいからそこまででは無さそうだけどな」
そのまま木陰で昼食をとることになった。
昼食は侯爵家の料理人が作ってくれたサンドイッチや冷製スープだ。
昼頃に溶けることを見越して凍らせてあったらしく、スープはまだ冷たい。素晴らしいな。
夏だしすぐ腐る食べ物は持てないのでこれより後の食事は街以外では携帯食料になる。
「暑さで気分が悪くなったり目眩があったりしたらすぐ言ってくださいね」
昼食が入ったバスケットを手渡しながら本物の騎士2人に声を掛けた。
熱中症になったら怖いしね。
「今のところは大丈夫だ」
「そっちは大丈夫?揺れるし疲れてない?」
「平気です。ありがとうございます」
二十代ほどの騎士はジュストさんとルシアンさんという。
黒っぽい茶髪のジュストさんが硬派系で、明るい茶髪のルシアンさんはややチャラい系だ。
しかしチャラ系と見せかけて相手と距離を詰め情報を引き出す話術が巧みなので油断ならない人だと思う。
「みんな可愛いし一緒に旅が出来るの役得だな。ミオリはお嬢様のお気に入りのお茶飲んだことある?」
「2日前にいただきました」
「凄いよねあれ。飲むと喉乾くお茶って初めてだったよ」
「そうですね」
確かにひたすら甘くてお茶飲んだのに水を下さいと言いたくなる飲み物だった。
「あっちの彼がパートナーってほんと?」
「あ、はい。夫です」
「そっか。もう結婚してるんだね、残念だ」
「社交辞令ありがとうございます」
にこにこと笑顔で思っていなさそうなことを言うルシアンさんに笑顔で返す。
「手強いね。旦那さん色男だから?」
「ルッカが美男なのは事実ですが、私のガードが固いというよりはアンやヴァルドを差し置いて私がモテるわけがないという現実を理解しているだけですよ」
「……なんかごめんね。そんなことないよ、ミオリも可愛いよ」
「ありがとうございます」
「信じてないねその笑顔」
互いに張り付けた笑顔で言い合う私達の会話を聞いていたジュストさんがぽつりと言う。
「……派手なタイプではないが、野花のような可愛さがある。人を安心させる十分な魅力だ」
「ありがとうございます……」
ヤバい。ちょっとキュンとした!
硬派系の褒め言葉は威力があるわ。顔が少し熱くなった。
「えぇ…。俺が褒めても信じないのにジュストだと照れるんだね。俺と扱い違わない?」
「嘘つかなさそうなタイプと嘘で出来てそうなタイプの違いというか」
「それ酷くないかなぁ」
ルシアンが残念そうに呟くが、それすら嘘っぽいと感じてしまうのだから仕方ない。
正直者ですいません。
◇◇
街を出発してから半日ほど経過した夕刻、街道の脇に雑木林が見えて来た。
盗賊とか何者かが身を潜めるならここですよ、と言わんばかりの場所である。
「なんであんなわかりやすい場所があるのかな?」
「ここら辺は盗賊とかが滅多に出ない場所らしいわよ。半日行けば街があるから、出たら直ぐに討伐隊がやって来るもの」
「じゃあ待ち人がいる可能性はもっと高いね」
「そうね」
そのまま進んで行くと案の定ぞろぞろと武器を手にしたガラの悪い連中が出て来て周囲を囲んだ。
前に6人、後ろに5人、左右に2人ずつ。左右の男達はボウガンを手にしている。
「馬車の中身を渡して貰おうか」
前方の男の1人がにやにやと笑いながら言う。
前後に護衛がいても数の差があるので余裕だと思っているのだろう。
待っていたよ。小物感がすごくて好感すら持ててしまうわ。
いやごめん嘘。好感はないわ。
「侯爵家の馬車だとわかっているのか」
「知ってるさ。お嬢様が乗ってるんだろ?それを渡せと言ってんだよ」
「目的は」
「さあな。今から死ぬ奴に説明してもな」
男が手を上げるとボウガンを持つ男達が狙いを定めて構えた。護衛は生かしておく気がないらしい。
ギャアッと複数の悲鳴が上がる。
左右にいた男達の肩や胸に矢が刺さっていた。
何処かに潜んでいる隠し戦力の不意打ちだった。
「なんだっ!?」
「侯爵家がお前達のような者に対抗出来ない筈がないだろう。死にたくなければ降伏せよ」
「うるせぇっ!やっちまえ!!」
男が怒鳴り、他の連中も武器を振り上げ駆け出す。開戦だ。
ではこちらも行きましょう。
スカートの腰紐を解いてさっと取り払うと座席の下の剣を掴んで飛び出した。




