小話 飲み会
「じゃあ行くよ……用意、始めっ!」
私が掛け声と同時に手を離すと、二者が腕に力を入れて力での押し合いが始まった。
片方はアンで、片方はルッカだ。
握り合った手はまだどちらにも傾いていない。互いの力は拮抗しているように見える。
「まだ本気じゃないでしょ」
アンが口角を上げてルッカに言うと、ルッカも軽く笑う。
「そっちも」
二人ともまだ余力があるらしい。
「じゃあそろそろ本気出すっ!」
アンが笑みを消して力を更に込めると、ルッカも本気になったようだ。
机がミシミシと音を立てている。壊れないかな。
壊したら食堂の人に怒られるし弁償しないといけなくなるわ。
アンもルッカも100Kg越える荷物を涼しい顔で持ち上げるからなぁ……。
「ヤマトもやる?」
「無理に決まってるだろ……腕へし折られるわ」
ヤマトと勝負を見守っていると、少しずつルッカが押し始めた。
アンの表情に焦りが混ざる。
ルッカもかなり本気のようで、額に汗が滲んで頬が赤くなっている。
「ーーーっ!!」
だんっ!!
勝敗が付いた。
「わぁ!悔しいーっ!」
アンが机に突っ伏した。
「いい勝負だったよ。ルッカ相手にあんな粘れる人初めて見たよ」
アンの背中をぽんぽんと叩いて健闘を称える。
「私は凄い悔しいんだけど!」
これまで負けたことが無かったらしい。
アンが顔を上げてルッカを悔しげに睨むと、ルッカがにやりと笑った。
「わりと強かったと思うけど?」
「その上から目線!腹が立つわ!」
◇◇
そんなことがあった日の夜。
「酒場行こう!」
「……どうしたの急に」
夕食後、部屋でヴァルドの髪を編んで遊んでいるとアンが急に思いついたように言った。
「ルッカに負けたのやっぱ悔しかったし、ちょっと憂さ晴らしに行きたいと思って」
「私はいいから行っておいでよ」
「ミオリも行こうよぉ。一緒に飲もうよ」
「お酒は一杯までにしろって言われててさ」
「えー。そんなの守らなくていいじゃない。ヴァルドも行こう?」
「そうだな」
「え、行くの?」
「久々に樽酒でも空にするか」
「ほら、ヴァルドも行くって。ミオリも行こう!」
「うーん……じゃあ一杯だけ付き合うよ」
まぁそんなに遅くならなければいいかな。
「やったね。何から飲もうかなぁ」
「飲み過ぎないでよ」
3人で部屋を出て廊下を歩いていると後ろから呼ばれた。
「ミオリ、3人でどこ行くの?」
ルッカが扉を開けてこちらを見ている。
前からなんだけど、私が廊下を通ると察知するのはどういう能力なんだろう。
「酒場よ!女だけで行くから来ないでね!」
「はぁ!?」
アンが元気に答えるとルッカが驚きの声を上げる。
「ヴァルドも飲みたいって言うからちょっと行ってくるよ。大丈夫、私は一杯だけにするから」
笑顔で言うとルッカが大変複雑そうな表情をしている。
「………遅くならないでね」
「うん。じゃあ行って来るね」
◇◇
だぁんっ!!
「よしっ!私の勝ちよ!賭け金よこしなさい!」
「凄いぞ姉ちゃん!男相手に連勝してやがる!」
アンが憂さ晴らしに酒場で腕相撲大会を開いた。
ちゃっかり賭け金までせしめている。
「おかわり」
「なっ……15杯目だと!?あの身体のどこに消えてるんだ!魔法か!?」
その横のテーブルではヴァルドが本気で樽を空にする勢いでジョッキビールを浴びるように飲んでいる。
あなた達、悪い意味で目立ち過ぎだと思うの。
私は貴重な一杯の果実酒をちびちびと飲みながら好き勝手やっている2人を静かに見守っている。
これ3人で来た意味ないんじゃないかなぁ……。
◇◇
「やっぱりアンがいるとミオリが変な影響受けないか心配なんだけど……」
「飲みに行っただけだろ。それくらい許してやれば」
「わかってるから我慢して送り出したんだよ……けど今まで酒場なんて行こうとしたこと無かったのに……」
娘に不良の友達が出来たと嘆く父親みたいだったぞ、と翌朝ヤマトから聞いた。
「アンはいい子だよ。けどもう暫くは行かないから安心してね」
心配性な夫を安心させるように笑いかけた。
「時々ならいいけど、やっぱり酒場は心配だから」
ルッカが苦笑する。
好き放題やらかすアンとヴァルドを回収して酒場から帰るのは大変だった。
帰る頃には『剛腕のアン』『酒仙のヴァルド』という通り名まで付けられていたし、そのオマケで私まで『お守りのミオリ』という嬉しくない名が付いた。
昨夜の深酒のせいか2人はまだ寝ている。
……もう当分は行かないからなー!




