9.やるせない気持ち
清掃の仕事が休みの日、私は他の1日限りの仕事もしてみることにした。
今日は宿屋の大掃除を手伝います。
春から秋にかけては冒険者が来るので営業している小さな宿だけど、冬はオフシーズンなので休みに入るらしい。
窓や床拭き、大きな鍋を洗って、シーツも洗った。
キッチンを片付けている時に足元をシャッ!と黒い虫が通っ……ぎゃあああああ!
……お皿を割ってすいませんでした。
一枚だけだよ!大量に割ったわけじゃないよ!
今日は平和に女性達と集会所で料理をします。
冬が近いので保存食をみんなで大量に作るらしい。
ジャム、甘露煮、干し肉、塩漬け野菜といったものが中心だ。
大量の果実を剥き、大量の木の実を剥き、大量の野菜を洗って刻み、血抜きは終わっているがまだ原型をとどめている鳥や兎をさば……吐き気がヤバい……。
ちょっとすいません手洗いに……。
生き物の命をいただくとはこういうことだ!
涙目で手もぶるぶる震えたけど兎を1匹捌くことが出来た。
「ミオリ、明日はお休みにしなさい」
村で仕事を始めて早数日、夕食の席でオリヴァーさんが言った。
大丈夫ですよ。
ちょっと今日は動物の解体が胃と精神に来て食欲が出ないだけですよ。
綺麗な顔のお姉様方が談笑しながらざくざく兎の首を落とす様子は夢に出そうな怖さだったけれど。
「顔色が悪いし、もう何日もずっと働いているでしょう。休みの日に他の仕事まで入れて」
ナタリーさんも心配そうにしている。
そんな酷い顔してるのかな。
ちなみに、働いて得たお金はまだ受け取って貰えていない。
今は貯めて自分の為に使いなさいと言われているのでコツコツ貯めている。
ちゃんと貯まったら受け取って貰いたいな。
お世話になっている2人に休めと言われたらそうするしかない。
「わかりました。明日は休みます」
何しようかなぁ。
風は少しあるけどいい天気の朝。
朝食や洗濯を済ませて村の中を散歩することにした。
「今日は休みなんだからゆっくり寝てていいのに。ミオリは働き者ね」
ナタリーさんの朝の言葉をふと思い出す。
違うんですよ。
自分の家じゃこんなに手伝いなんてしてなかった。
日曜はごろごろしてばかりだったし、食事だって片付けだって母が殆どしていた。
ここは他所の家だから。
知らない文化の知らない場所だから。
嫌われたら暮らしていけないから、あざとく頑張っているんです。
……言えないけど。
何となく気分が沈んでいる。
少し前に判明した悲しい事実だけど、たぶん私は魔力がない。
オリヴァーさんに教えて貰った初期魔法が何度やっても発動しなかったのだ。
様々な属性の初期魔法を試したけれど、結果は残念なものだった。
異世界で魔法無双の夢も破れたし、元の世界に帰る方法もわからないし、私は地道に働くしかないのだ。
渡り人でも強い魔法使いになった人がいるのに、何という不公平……!!
やけ食い!やけ食いしたい!
残念ながらカフェも屋台もない田舎である。
舗装されていない道を汚れたスニーカーで歩く。
雪が降るらしいので冬用のブーツもそろそろ買わないとな。
村外れの人がいない場所まで来ると、川の見える場所に立つ。
「わぁあああーーー!!」
意味もなく大声で叫ぶ。ついでに石も川に投げる。
アイス食べたい!アニメ観たい!声優さんの声が聴きたいーーーっ!
スマホぉおおおーーーっ!!
だぁあああーーーっ!!
魔法も使えないなんて、それもうただの丁寧な田舎暮らしだからぁああーーーっ!!
異世界7日目。
爆発する欲求と悲しみを投球に込めた。
いろんな大きさの石を投げまくった。