肉食系腐男子(ゾンビ)スクール!①
と、そのとき。
数人が走ってくる音が聞こえ、私とコンラッドはホールの入り口の方を振り返った。
先程の倍、十人ほどの衛兵を引き連れてやってきた長身の女性は、ホールに入ってくるなり、床一面にぶちまけられた血糊を見て、ウッと呻いて顔を背けた。
「うッ……! な、なんですの、これは……!」
「ミセス・メランコリア……!」
アンリエッタが大声で言った。
ミセス・メランコリア――このリストランテ学院の理事長である女性。
そして、エレーナほどでもないが、彼女はゲーム的にはかなり厄介な人物であった。
「死体が3つも! 穢らわしい……! 衛兵たち! さっさと死体を片付けなさい! ……ミス・リヴレ、ミスター・ラントイェーガー! これは一体どういうことですの!?」
ミセス・メランコリアは、入ってくるなり『大丈夫か』の一言もなく、私たちを叱責するような口調で詰問した。
「ここは王国の兵士でさえ私の許可なくては入ることのできない学問のための聖域です! それがこんなに血で穢れて……あなた方、今までにここで何をしていたのか説明してもらいますよ!」
「おいおい、いきなり入ってきて何なんだ?」
コンラッドは気色ばんでミセス・メランコリアに詰め寄った。
「まさか俺たちがこれをやったって言いたいのか? あんた、そこの腰抜け衛兵に連れてこられたんだろう? だったら事のあらましぐらい聞いてないのかよ」
ミセス・メランコリアは、キッ、と音の出る勢いでコンラッドを睨みつけた。
「ミスター・ラントイェーガー、貴方は負傷したミスター・アイスバインを蹴り飛ばしたと聞きました。そして彼は頭部に弩を撃ち込まれて死んでいる。他の犠牲者はともかく、そこのミスター・アイスバインの遺体については、貴方以外に誰を疑うと言うんです?」
私はミセス・メランコリアの顔を凝視した。
まさか――彼女はコンラッドを殺人犯だと疑っているのか。
「あぁ、蹴り飛ばしたさ。だがアイツは――もう死んでいた。死んでいたのに動いたんだ」
「死んでるのに動いた? はっ、この学院に入るつもりならもっとマシな嘘をつける頭脳が望ましいですね。死体がどうして動くと言うんです! あの会場に死霊術師でもいたのですか!」
「この野郎、あんた、どうあっても俺を犯人にしたいらしいな……!!」
「み、ミセス・メランコリア! 私から説明します! コンラッドも落ち着いて!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
途端に、彼女は如何にも猜疑心の強そうな目で私を見下ろしてきた。
「私も証言します! アイスバイン卿ギュンター様は彼に蹴り飛ばされた時点で既に致命傷を負っておられました! そして立ち上がって、私たちを襲おうとした……コンラッドが私たちを助けてくれたんです!」
「貴方までそんな嘘を仰るのですね! 見損ないましたよ、ミス・リヴレ! 犯人を隠匿するつもりですか!」
「う、嘘じゃありません! 私も見ました!」
そう言ってミセス・メランコリアの袖に縋ったのはアンリエッタである。
「理事長! 私は治癒魔法で彼を治療しようとしました! ですが彼は……!」
そこまで言いかけた途端だった。
血に塗れた手で袖を掴むアンリエッタを一瞥したミセス・メランコリアは、アンリエッタの頬を思い切り張り飛ばした。
「平民の分際で調子に乗るのはおよしなさい! 穢らわしい手で触らないで!」
出た。ゲームをプレイしている最中に、彼女から繰り返される平民差別。
アンリエッタは叩かれた頬を押さえ、虚ろな目で俯いた。
ミセス・メランコリアは、私たちを交互に見つめ、汚物を見るかのように顔を歪めた。
「全く、今年の入学生はろくでなしばかりね、忌々しい……! 衛兵、彼ら三人を拘束なさい!」
ヒステリックな号令に、衛兵たちは迷ったように顔を見合わせたが――それだけだった。
やがて私たちは後ろ手に拘束されてしまった。
「離せよ……!」ともがくコンラッドの反抗も虚しく、私たちは衛兵に荒々しく膝裏を蹴られ、床に跪かせられた。
私たちを文字通り見下しながら、ミセス・メランコリアは死刑宣告のように告げた。
「あなた方については今後、王都で取り調べが行われるでしょう。無論のこと、これらのことはあなた方のご実家にもお伝えせねばなりませんね。――それと……丁度いい、その平民は本日限りで学院から永久追放、入学許可そのものを取り消すこととします」
終わった……私はがっくりと項垂れた。
これで全てがおしまいだ。悪役令嬢、そして攻略キャラクター、プレイヤーキャラクターまで退場しては、もうストーリーを進めることは不可能だ。
《バグ》が世界をあっという間に飲み込んでしまうに違いない。
「さぁ衛兵! 彼らを拘束して外鍵のかかる地下室にでも連行なさい! 明日、この件についてすべての学生を集めて説明会を開きます! 学院としての葬儀については後々……」
ミセス・メランコリアがそう言いかけた、その途端だった。
ギャーッ! という遠い悲鳴が聞こえ、私たちはホールの外、学生寮がある辺りへ目をやった。
途端に、学生寮から一斉に学生たちが飛び出してきた。
我先にと逃げ惑う学生たちの顔には皆一様に恐怖の表情が浮かんでいる。
校舎へ逃げるもの、学外へ走るもの、学院の壁をよじ登ろうとするもの――。
その全てが、襲い来る恐怖からなんとか逃げおおせようとしているようだった。
「な、何が――!? 衛兵! 最低人数を残して学生寮に向かいなさい! 全く、衛兵隊長は何をやってるの……!」
その呟きに、私とコンラッドははっと顔を上げた。
「ミセス・メランコリア、衛兵隊長はどこへ?」
「衛兵隊長ですか? 足に傷を負ったとは聞いてますが、歩けないほどではなかったと聞いています。今、学生たちを学生寮の方に誘導させて……」
最悪だ。私は顔を歪めた。
その反応にミセス・メランコリアが不審そうに眉を上げた途端、ホールのステンドグラスが叩き割れる大音が響き渡った。
「な、何よ、あなたたちは……!?」
『それ』は三人いた。全員、先程ここにいた学生たちに違いなかった。豪華な誂の服は今やみな赤黒い染みに汚れ、口から鮮血混じりのよだれを垂らしている。
「……それが死んでから動く死体だよ、おばさん。よぉく見とけよ」
コンラッドが茶化すように呻く。
それを忌々しげに振り返ってから、ミセス・メランコリアは入ってきたそれぞれのゾンビの顔をゆっくりと睨みつけ、大声で言った。
「あ、あなたたち、理事長の前ですよ! そんな格好ではしたない! 場をわきまえなさい!」
あぁ、ダメだ――私は絶望に呻いた。
この期に及んでもミセス・メランコリアは、全く状況についてゆけていない。
「全く、あなた方はどいつもこいつも……! どれだけ私の手を煩わせるのですか! 衛兵隊の指示に従って行動なさい! 早く! さもなくば退学も有り得ますよ!」
「おい衛兵ども、どう思う? 理事長様は『あれ』だぜ。あんたたちも早く逃げたほうがいいんじゃないのか。おい、命あっての物種だろうが……!」
コンラッドのその一喝に、衛兵二人は訳のわからない悲鳴とともに逃げ出した。
「あっ、こら!」とミセス・メランコリアが後ろを振り返った瞬間、ゾンビの一団は一斉にミセス・メランコリアに殺到した。
「なっ!? あっ、あなたたち! くっ! この、やめ……ヒュ―――――――――――ッ!」
ムシッ、という身の毛のよだつ音とともに、ミセス・メランコリアの喉笛が食い千切られる。
何を叫ぼうとしたものか、ミセス・メランコリアの怒声は気道に空いた風穴から笛のような音を立てて霧散し、絶望と恐怖にミセス・メランコリアの表情が硬直した。
「エレーナ! 逃げるぞ!」
拘束が解けたコンラッドが、素早くアンリエッタを抱きかかえて走り出した。
ミセス・メランコリアが容赦なくゾンビたちに屠られる音を背後に聞きながら。
絶望に痛む胸を押さながら。
私はホールを飛び出した。
最悪だ。
もう学院は安全地帯ではなくなった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなスプラッタでめちゃくちゃな小説を気に入っていただければ幸いです。
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