いったいこの乙女ゲー どうな て②
ゾンビになったギュンターを目の前にして――。
私は状況をなんとか整理しようと躍起になっていた。
どういうことだ。
この世界は架空のキャラクターとの恋愛を楽しむ恋愛SLGの世界だ。
間違っても、血と硝煙の匂いが香るホラーアクションゲームではない。
なのに……何故ゾンビなんかがいるのだ?
それに、不審な点はもうひとつある。
ギュンターは死に、そして今生ける屍として蘇った。
攻略対象キャラクターが死んだのだ。
事実上、ゲームの進行は不可能であろう。
それなのに――なんでこの世界は《バグ》で崩壊しないのだ?
このゲームにこんな隠しルートがあるとは聞いていない。
そもそもそんなことは想定したくもない。
ゾンビと恋愛しろとうのか?
人間の言葉も話せなくなったような、虫の知能しか持たない存在と?
これから始まるというのか? この学園で?
文字通りの肉食系腐男子との甘く切ないラブストーリーが……。
いやいや、ないないないない――。
私は頭を振ってその思いつきを否定した。
そんなの――始まる前からバッドエンドじゃないか。
とにかく、最悪にまずい状況なのは確かだった。
突如立ち上がったギュンターに、衛兵二人は掛ける言葉を忘れて固唾を飲んでいる。
殺せ、と命令しても、相手は貴族の息子、すぐには取り掛からないだろう。
ギュンターのゾンビは奇怪な歩調でゆっくり歩み寄ってくる。
既に私たちとの距離は二メートル程度に縮まっていた。
おまけに生ける屍と化したギュンターを見て、アンリエッタは考えることも逃げることも放棄して固まっている。
このままじゃ、ふたりとも喰われておしまいだ。
どうする……どうしよう! 誰か、誰か……!
アンリエッタの肩を抱く手に力を込め、私がぎゅっと目を閉じたのと、それは同時だった。
バキッ! という鈍い音が響き渡り、私は目を開けた。
ギュンターゾンビが、ホールの壁際まで弾き飛ばされる。
そして、そこにいた逆光で影そのものになった男を見て、私は悲鳴のような声を上げた。
「コンラッド……!」
「……もしあんたの言うことが嘘や間違いだったら、俺はこれの責任は取れないぜ、お嬢様」
コンラッドは振り向かないまま、ハイキックの体勢からゆっくりと足を下ろす。
「だが、その可能性はないらしいな。あの傷はどう見ても死んでる。なのに死体が……死体が動いてやがる……!」
そうだった! コンラッドは五人の攻略キャラクターの中では一番の武闘派、そして近接軍隊格闘のエキスパードだった!
つまり、こういう状況下では非常に頼りになる!
私はあまりにも眩しく尊い推しを飽くことなく見ていると、ううう、という犬のような唸り声を上げて、ギュンターゾンビが立ち上がった。
「おっと、そうだった。頭を潰さなきゃ死なないんだよな――」
そう言うと、コンラッドはあまりのことに固まっているの衛兵の手から弩を取り上げた。
そのまま、確かな足取りで、壁伝いに立ち上がろうとするギュンターに近づいた。
「俺は弩ってのはどうも苦手でね……でもこの距離だ。外しはしないさ。可哀想だが――仕方がないんだ、あばよ」
己に言い聞かせるように独り言ちたコンラッドは、そう言って弩を構えた。
その瞬間だった。
今まで固まっていたアンリエッタが飛び出し、コンラッドの足に飛びついた。
暴発した弩が目標を外れ、シャンデリアをかすって天井に突き刺さった。
「うおわっ!? ……な、なんだよお前!?」
「や、やめてください! 人を撃つなんてやめてください!」
「何バカ言ってんだ、アイツをよく見ろ! 首の血管を全部やられてんだぞ! アレで生きてるはずないだろうが!」
「だって……だって立って動いてるじゃないですか! 彼はちょっと混乱してるだけです! 離して!」
しまった……! 私は自分の迂闊さを呪った。
アンリエッタには昔、先の大戦で敵軍に村を焼かれ、家族を全て喪ったという設定がある。
彼女が治癒魔法に目覚めたのも、その能力を磨くためにリストランテ学院に入学したのも、全てその時の体験が理由なのだ。
目の前で人の命が失われるということ。
それは――彼女が人生で最も恐れる事態に他ならない。
もみ合っているうちに、ギュンターゾンビが立ち上がり、物凄い咆哮を上げた。
ひいい!! と情けない声を上げ、衛兵たちは装備を捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
「おっ、おい! 近づくな! 殺されちまうぞ!」
「ねぇ、どうか落ち着いて! 私が治癒魔法で貴方を治療します! 治療させてください!」
「バカやめろ! アレが生きてる人間の目か! お前も癒し手のタマゴならわかるだろうが!」
「死なせない……もう誰も私の目の前で死なせません! 私は……私はそのためにここにきたんです!」
一途さの塊になったアンリエッタが、右手を真っ直ぐにギュンターに向ける。
その手から治癒魔法の白い光が迸り――ギュンターを包み込んだ、その途端だった。
「ギャアアアアアアアア!!」
耳をつんざく悲鳴がギュンターゾンビから発せらる。
アンリエッタだけでなく、その場にいた全員がぎょっと目を見張った。
「ちっ、治癒魔法が……!?」
ギュンターゾンビの顔面は――崩壊していた。
まるで真正面から火炎放射を浴びせられたかのように焼けただれ、煙を上げて沸騰する血液がボタボタと床に滴る。
じゅう、と恐ろしげな音を立てて、治癒魔法を喰らった部分の皮膚がズルリと顔の骨から腐り落ちた。
「なるほど……不死のものに治癒魔法は逆効果ってわけか。これでわかったかお嬢ちゃん。アイツはもう死んでるってことだ!」
コンラッドが言い聞かせるように言うと、アンリエッタはわなわなと唇を震えさせた。
顔面の肉が消失した『それ』には、もうあの眉目秀麗だったギュンターの面影はどこにもなかった。
両手を伸ばし、よだれを垂らしながらよろよろと歩き回る――正真正銘の生ける死体だった。
もうどうしようもない。
私は震える手で、衛兵が捨てていった弩を取った。
シャアアアアア! とギュンターゾンビが咆哮し。
二人に飛びかかろうと両手を伸ばした瞬間。
私はギュンターに向けて弩の引き金を引いた。
思ったより、ずっと軽い反動があった。
パシュッ! という音とともに、ギュンターの頭が強く揺れた。
額に突き刺さった弩はギュンターゾンビの頭蓋骨を貫通した。
ギュンターはまるでアッパーカットを喰らったかのように仰け反り――。
そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
ゆっくりと、コンラッドがこっちを見る。
とりあえず、二人は無事なようだった。
詰めていた息を盛大に吐き出すと、面白いぐらいに全身から力が抜け、私の手から弩がこぼれ落ちた。
あぁ……私は今、攻略対象の一人を殺した――。
絶望感と虚脱感に包まれたまま、血まみれになったシャンデリアを見上げる。
動けないでいる私に、コンラッドが歩み寄ってきた。
「助かった、ありがとうな。俺の一発より正確だったぜ」
それは私が初めて見る――ひどく疲れたようなコンラッドの表情だった。
目だけでそれに答えると、コンラッドは踵を返し、床にへたり込んでいるアンリエッタに歩み寄った。
アンリエッタは、しばらくぼうっとギュンターの遺体を見下ろしていた。
やがてアンリエッタは、血に塗れたギュンターの手を、ゆっくりと取った。
真っ白い、小さな手が、流された血で赤黒く汚れてゆく。
「助けてあげられなくて、ごめんなさい……」
ぽつり、と、アンリエッタが言った。
掛ける言葉が見つからないというように、コンラッドはアンリエッタから目を背けた。
なんだこれは。
私は既に何回繰り返したかわからない言葉を繰り返した。
この世界は乙女ゲームの世界じゃなかったのか。
なんでゾンビが出てくるのだ。
しかも――しかもそれを、私が手にかけた。
本来ならとっくに崩壊しているはずの世界が――こうして続いているのは何故なのだろう。
私は――一体どんな運命に巻き込まれたというのか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなスプラッタでめちゃくちゃな小説を気に入っていただければ幸いです。
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