いったいこの乙女ゲー どうな て①
「なんなんだアイツ、魔物なのか!? 人間を食い殺してる……!」
「わかりません! でもギュンターを取り戻さないと……!」
「ぎ、ギュンター……!?」
「南のアイスバイン子爵の令息よ! 彼がいないとこの世界が――!」
そこまで言いかけた途端だった。
勢いよくホールの扉を開ける音が響いた。
雪崩込んできたのは、この学園を守る衛兵たちだ。
「な、なんだこいつは……!?」
それはまさに――この世の地獄。
ギュンターは今やピクリとも動かず、恐ろしげな音を立てて『それ』に喰われ続けている。
常軌を逸した血みどろの殺戮に、衛兵たちは恐れ慄き、立ちすくんだ。
「お、おい貴様! 正気か、何をやっている!? 今すぐアイスバイン卿から離れろ!!」
『それ』に怒鳴りつける衛兵隊長の声は頼りなく聞こえた。
結局しばらく待っても、『それ』は衛兵隊長の意に従うつもりはなさそうだった。
業を煮やした衛兵隊長が「構わん! 撃て!」と令すると、衛兵たちは弩を構えた。
一斉に弩が放たれ、『それ』の全身の至る所に次々と矢が突き刺さる。
『それ』はくぐもった声を上げて痙攣し、上半身を仰け反らせた。
――が、それだけだった。
数秒動きを止めた『それ』は、むくりと上半身を前に戻し――。
血混じりのよだれを吹き散らして、衛兵たちに向かって雄叫びを上げた。
「弩が効かないのか!?」
コンラッドの大声に、衛兵たちが息を呑んだ瞬間だった。
『それ』が座った姿勢から、まるでバネ仕掛けのように跳ねた。
驚異的な跳躍力で衛兵隊長の足元に縋りついた『それ』は、思い切りふくらはぎに噛み付いた。
「ぎゃああああ! こいつ!! ぐっ……! こいつ……離せっ!!」
衛兵隊長はめちゃくちゃに足を動かし、剣を抜き放って何度も『それ』に斬りつける。
だが、いくら切られても突き刺されても、『それ』は隊長の足に噛み付いたまま離さない。
「くそっ! くそぉっ……! おっ、おいお前ら、何をやっとる! 殺せ! コイツを殺すんだ!」
隊長は悲鳴に近い声で命令したが、今は衛兵たちは惨劇を傍観する観客でしかなかった。
悲鳴を上げる隊長を見ながら、おろおろと動き回るばかりだ。
この光景は見たことがある――。
妙に冷静になった私の脳裏に、とある光景が浮かんだ。
突如発狂したように理性を失う人間。
そしてそれに生きたまま喰われる被害者。
急所を撃っても死なず、唯一の対処法は脳を破壊することだけ。
親しかった人間の分別さえつかず。
ただ肉を食らうことしか頭になくなった生ける屍。
それは――それはまるで。
思わず、私がコンラッドの腕の中から体を離した。
「頭よ! 頭を狙って!!」
突然響き渡った女の怒声に、衛兵たちがぎょっとこちらを振り返る。
「おっ、おい!」と肩を掴むコンラッドにも構わず、私はありったけの声と気迫で命令した。
「そいつの弱点は頭! 頭を撃ち抜けば死ぬはずよ! 早くしなさいっ!!」
私はよほど凄い表情をしていたのだろう。
衛兵たちはその声に、弾かれたように弩に矢を装填し――。
そして一斉に『それ』の頭に向かって弩を構える。
咄嗟に顔を背けた私の耳に、バシャッ! という、聞くに堪えない音が聞こえた。
おそるおそる、顔を前に戻す。
そこには、鼻から上が綺麗に吹き飛んだ『それ』が、大理石の床に大の字になって倒れていた。
「ぐ……!」
「隊長! ご無事ですか!?」
「これが無事に見えるか、無能共め……! 早く止血帯を持ってこい! 残りはアイスバイン卿を手当しろ!!」
言うが早いか、足を手酷く負傷した衛兵隊長が怒鳴りつけた。
衛兵たちは三人がかりで隊長を抱え、外に運び出してゆく。
残された二人の衛兵は、床に転がったままのギュンターを手当しようと傍らにしゃがみ込む。
思わず駆け出そうとした私を、コンラッドが腕を掴んで引き止めた。
「おい、何をするつもりだよ!」
「ダメよ! 彼に近づいてはダメ……! あれは他人に感染するの!!」
「な、何を言って……」
コンラッドが異様な目で私を見た。
「コンラッド、私の考えてる通りなら、噛まれた人間もすぐにあれと同じになるのよ! ギュンターはもうすぐ歩き出すわ!」
「何を言ってるんだ! 人間が魔物になんかなりっこない! それにどう見てもあいつはもう死んだ! エレーナ、落ち着けよ!」
「違う違う! コンラッド、私の話を――!」
「み、皆さん! 私に任せてください!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
それは混乱のるつぼとなったホールに、神の声のように響き渡ったように聞こえた。
はっと振り返ると、輝くようなプラチナブロンドの少女が、意を決したようにこちらに走ってくる。
私は背筋が凍りついた。
「わっ、私ならまだなんとかできるかも知れません! 彼を治療します!」
アンリエッタ・リュカ――。
この惨劇のせいですっかり忘れていた。
彼女には非常に稀な治癒魔法――光の魔法の才能がある。
彼女なりに役に立とうと、意志あってこの場に踏みとどまっていたに違いない。
まずい。他ならぬプレイヤーキャラクターが死んでしまったら――。
そうなれば、何があってもこの世界は一環の終わりだ。
「アンリエッタ――!」
「あ、アンリエッタって!?」
「コンラッド、この手を離して! お願いよ!!」
必死に訴えると、コンラッドは戸惑いながらも私の腕を掴む手を離した。
ハイヒールが血で滑らないように気をつけながら、私は駆け出した。
そして半ば飛びかかるようにして、アンリエッタを背後から抱き止めた。
「アンリエッタ、ダメよ! ギュンターに近づいてはいけないわ!」
アンリエッタは背後の私を見て、ぎょっとした表情を浮かべた。
「あ、あなたはさっきの……!?」
「アンリエッタ……アンリエッタ・リュカよね? そうでしょ?」
「え、えぇ、そうですけど……」
「私はエレーナ・シャルロッテ・フォン・リヴレ。あなたには強い治癒魔法の才能があるのは知ってる。でも今は彼に近づいてはダメなのよ、わかる?」
「ど、どうして私の治癒魔法のことを……!?」
「今はそんな事はどうでもいいわ。お願い、私の話を聞いて!」
私がそう言った瞬間だった。
視界の端で、もぞり、となにかが蠢き、私は首だけで後ろを振り返った。
ギュンターの遺体が動いている。
足が――腕が、動き始めている。
「あ、ほら! 彼は生きてます! よかった、すぐに治療しないと!」
一途さの塊となったアンリエッタはそう言ったが――反対に私は戦慄に息を呑んだ。
どう見ても致死量の出血があったのに――。
ギュンターはずるりと俯せになり、それからゆっくりと立ち上がる。
『それ』はもう、私の知るギュンターではなかった。
癖の強い金髪を血と脂に汚して。
食い千切られた喉笛からは、ヒューヒューと奇怪な音が鳴っている。
傷口から露出している首の骨。
白く濁った目と、中途半端に開かれた口。
紫色に腫れ上がったまま、だらりと垂れ下がった舌。
噛まれた箇所から顔まで、罅のように浮き出た黒い血管。
「え――?」
異変を察知したアンリエッタが、青ざめた。
震える肩を抱きしめながら、私は確信していた。
やはり間違いはない。
それはこの世界――乙女ゲームの対極の世界に住まう存在。
恋と琥珀色に染め上げられたこの学園には――おそらく最もそぐわないもの。
こいつは……ゾンビだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
こんな変な作品ではありますがよろしくお付き合いください。
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