悪役令嬢:ダムネーション①
「は……はじめましてご機嫌麗しゅう! あの、私、アンリエッタ・リュカと申します! 以後お見知りおかれましゅよう!」
あぁ――やっぱり美少女だ。
それに内なるオーラが凄い。
ちょっと噛んでるのがまた、それっぽい。
輝くような銀髪の、子犬のような目をした少女。
彼女を前にした私は他人事のように思った。
彼女こそこの乙女ゲ《琥珀のエルミタージュ》の主人公、アンリエッタ・リュカ(CV:○○)十六歳。イメージカラーは白。ゲーム内での通称は《無垢なる光》――である。
アンリエッタは貴族ではない。
王国でもド田舎である東方の平民である。
だが非常に稀に発現する白の治癒魔法の才能があり、特例中の特例でこのリストランテ学院に入学し、癒し手になる修業をすることになる――。
それが《琥珀のエルミタージュ》のメインストーリーである。
だが、平民は平民。
大貴族の令嬢であるエレーナにおいそれと口が聞ける身分ではないのだ。
そこをエレーナに非礼だ無礼だ田舎者だ曲者だとビシバシやられ、シュンと落ち込む……。
プレイヤーに対し、早くもエレーナがこのゲームのジョーカーであることを印象づけるシーン。
それがこのファーストコンタクトなのだ。
悪役令嬢として、ここは彼女が少しでも傷つくようなことを言わなければならない。
でも、この生まれたての柴犬のような美少女に暴言を吐くというのは、私が想定していた以上に難しいことだった。
事前に用意していた「ですわ」てんこ盛りの嫌味の数々は、その不思議な銀灰色の瞳に見つめられた時点で蒸発してしまっていたのだ。
しばらく考えて、私はとりあえず眉間に皺を寄せた。
顎をクイッと上げて、腕を組み、なるべく低い声で言った。
「おう……田舎侍め」
ポカーン、と音が聞こえそうな表情でアンリエッタは私を見た。
私は内心ドッキドキであった。
アンリエッタはあまりに常軌を逸した挨拶に戸惑いまくっているようだ。
早くどっか行け! とありったけの眼力とともに睨みつけると、やっとアンリエッタはそそくさと走っていった。
……ヤバイよ。こんなん三年も続けるなんて無理すぎだよ。
目の前の光景は絵に描いたように華やかなのがまた腹立たしかった。
私の心はストレスのあまり、鉛色を通り越して濃い黒になりつつあった。
くそっ、なんの悩みも苦しみもわだかまりもなく青春を謳歌しやがって。
入学式後のレセプション会場を、着飾った貴公子・令嬢がまるで揚羽蝶のようにふわふわ漂うのを眺めていると、だんだん腹が立ってきた。
「妬ましい――」
私は誰にも訊かれないよう、念仏のような小さな小さな声で呪詛を吐いた。
くそっくそっ、妬ましい。
随分華やかで楽しそうだなお前らは。
その影で私がこれから如何に真っ黒に堕ちてゆくか。
お前らにも見せてやりたいところだクソガキめらが。
なんの苦労も知らないボンボンのくせに。
親のカネで吸う青春汁はそんなに甘いのか。
その影で私は真っ黒になってるというのに。
クソックソッ、憎い憎い憎い……!
目からコールタールのような怨念が吹き出してドレスに垂れるかと思った。
憎悪の視線で睨みつけていると、不意に何者かに背中をどつかれ、私は前につんのめった。
「あ痛ッ」
不機嫌だったために、思わず下品な言葉が出た。
「ん……? ぶつかったか?」
ええ、ぶつかりましたとも。それも物凄く強く。
極めて不機嫌に振り返った私は、思わず、あっ、と声にならない声を上げた。
しばらく、その美貌に見とれて何も言えなかった。
全てを飲み込むような赤の目に。
しっかりと通った鼻筋。
意思の強そうな眉。
短く切りそろえられた赤髪。
がっしりと組み上がった体躯。
この場にはそぐわない、深紅の礼装の軍服。
進化だ。
人類の進化の極地だった。
はるか昔、人類の祖先がアフリカの母なる森を二足歩行で出で。
火を用いることを覚え。
石器を創り出し。
土器を生み出し。
火薬を発明し。
絶えざる争いと流転、殺戮と虐殺の果てにたどり着いた進化。
その人類の進化の全てと万物流転のせめぎ合いの中に生まれた一滴の奇跡が――この存在に詰まっていた。
「おあフッ」
思わず、間抜けな言葉が出た。
ラントイェーガー伯の一人息子、コンラッド・アルブレヒト・ラントイェーガー。
いきなりの最推しの登場――である。
「すまない、ぶつかったな」
「あぁーっ! あぁーっ、いや! いぃーんです! 全然いぃーんです!!」
急激に上昇した血圧の影響か、私は奇妙な声を上げながら、ユサユサと5センチくらい繰り返し飛び跳ねた。
「なんならもう一回ぶつかってこいよと! もっとドンと来いよってなもんで! どうですもう一度おぶつかりになられては!? さぁ来て! さぁさぁ!!」
「お、おい……! 声が大きい……!」
推しの顔と推しの声でそう言われて、私は脳みそのごく片隅に貴族令嬢としての冷静さを取り戻した。
「あらいやだ」と枕詞のように言って、私はニヤつく右頬をペシペシと叩きながら言った。
「ご機嫌麗しゅう。私、リヴレ公爵が令嬢、エレーナ・シャルロッテ・フォン・リヴレでございます。貴方様は――ラントイェーガー伯が令息、コンラッド様でございますね?」
「ん? どこかで自己紹介したかな」
「リセマラしたから何度も――いえいえ、いえいえ違いますの。デュフフ」
思わず言わなくても良いことを口走りつつ、私は実に尊い『推し』の経歴を脳裏に呼び起こした。
コンラッド・アルブレヒト・ラントイェーガー(CV:○○)。ゲーム開始時はエレーナと同じ十八歳で、イメージカラーは赤、ゲーム内での通称は《紅蓮の闘士》。
貴族と言っても、先の大戦で大活躍した武闘派貴族・ラントイェーガー家は、他のやんごとない血筋の貴族と違って叩き上げの一族だ。
本人は軍人としての出世を望み学院への入学を考えていなかったが、父の強い意向によりリストランテ学院に入学。
親の権威を笠に着た優男や高慢ちきな男が多い学院においては珍しい、熱血で飾らない、骨ばった男である。
“推し”は腕まくりした軍服のまま、私が『避難』していた階段の手すりに肘をかけ、低い声で話しかけてきた。
「さっきから見ていたが、あんたもこういうの苦手なんだろう? 俺もこういう華々しいのは苦手でね。こういう場での口の利き方ひとつ覚えてないからな――」
「まぁ。でもそうでしょうね。貴方は軍人としての出世を望むお方ですもの。本当ならこんな社交場でちやほやされるよりも独りで剣を振り回している方がよほどお好きですものね」
「――本当に自己紹介したことないか?」
「うッ……!? そ、そう、そうなんじゃないかと思っただけですわ!」
「ホントに?」
「ホントですわ。本ッ当にホントですわ」
ぅおほほほほ……と空々しい笑いを返すと、コンラッドはカラカラと愉快そうに笑った。
おっ、この無骨が服を着て歩いているような男が笑うとは珍しい。
私の珍妙な受け答えは、彼のかなりレアな反応を引き出したのだった。
「面白いな、アンタ。あのリヴレ公爵の娘だからっていうからびっくりしたんだが――なんかイメージと違って話しやすいよ」
「そ、そう? よく言われますのよ。もっと貴族令嬢としての自覚をお持ちなさいって母に……」
「母、母か。母ちゃんの言うことは聞いといた方がいいぜ。俺にはいないから……」
彼は少しだけ寂しそうな顔をした。
もちろんこの表情の理由も知っている。
彼は早くに母を亡くしたせいで、母の愛情というものに飢えているのである。
少ししんみりとした空気が流れた瞬間、スン、と鼻を鳴らして、コンラッドは私を見た。
「なぁ――もしよかったら、ここ抜け出してもっと話しないか?」
――それは突然のフラグであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こんなスプラッタでめちゃくちゃな小説を気に入っていただければ幸いです。
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