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いなくなったリリアナは

 

 数年出していなかった熱を出し、朝からリリアナを迎えに行くのを断念せざるを得なかったハドリーは、寝込む羽目になったその日の昼過ぎ。驚異の回復力ですっかり元気になっていた。


「びっくりだわ。あれだけ具合が悪そうだったのにたった数時間でこんなに顔色が良くなるってある…?」

「一日中寝込んでいたら一度もリリアナの顔を見ずに今日が終わってしまうでしょう」


 愛の力なの…?と呆れかえる寮母に朝の礼を言って学園に向かうために準備をする。

 そろそろ授業は終わる。今更向かう必要など一切なかったが、ハドリーは下校だけでもリリアナと時間を共にするつもり満々だった。もはや執念である。


「ハドリー・ディゼスタンス様!」


 だが、門を出たところでその足は止められた。


「君は確か、リリアナの…?」

「マリエ・ユーネリアです!無作法をお許しください!リリアナが…!」


 血相を変えて駆け寄ってきたのはマリエだった。次に続く言葉に、


「リリアナがいなくなってしまったの…!」


 一瞬で血の気が引いた。






 マリエの話を聞いたハドリーは、自分が病み上がりであることも忘れて学園に向かっていた。走りながら先ほど聞いた話を反芻していく。今日は朝から周囲の様子が何かおかしかったこと。昼過ぎにはリリアナが体調を崩してしまい、早退していったこと。心配になったマリエが早めに学園を出てリリアナを見舞いに行ったところ、寮には帰ってきていないと言われたこと…。何かがあったのではないかと嫌な予感がし、ハドリーに伝えにきてくれたこと。


 ハドリーはずっとリリアナを意識し、その隣にいたことで、リリアナの匂いを他より敏感に感じ取ることができるようになっていた。他の獣人では気づかないくらいの些細な匂いでも、リリアナのものならば意識すれば嗅ぎ取れるのだ。だからすぐに分かった。少なくともリリアナは学園の敷地内にいる。


 校門をくぐり、一度足を止める。気を付けなければ分からない程度だが、まだ匂いをたどれる。それに…いつもよりほんの少しだけ、匂いが強い気がする。リリアナ自身は知る由もないが、実は匂いは僅かにだが彼女の感情に左右されている。感情の高ぶりによっていつもより匂い立つように感じるのだ。汗をかくからだろうか。


(こっちか…)


 おかげでなんとかリリアナがいるだろう方向が分かる。いつも程度の匂いの強さであればこの時点で場所まで探すのは難しかったかもしれない。ただ、それで分かることがもう一つ。――おそらくリリアナに何かがあったのだ。


 湧き上がる焦燥を必死に抑え、ハドリーは冷静になれと自分に言い聞かせる。

 そうでなければ分からなくなる。


「ハドリー様?」


 裏庭の脇を通り抜け、一度も来たことがない旧校舎側に足を踏み入れた時だった。

 かけられた声に振り向いて、ハドリーは思わず眉を寄せた。


「今日はハドリー様はお休みだと伺ったのですが…もう大丈夫ですの?」

「…どうして」

「朝からお姿が見えませんでしたので、教師の方に…」

「君は、リリアナと知り合いか?」

「え?い、いいえ、ニーフル子爵令嬢ですわよね?存じておりますが、お話したことはあり」

「ではどうして君からリリアナの匂いがするんだ?」

「え…?」


 目の前の女子生徒からは、リリアナの匂いがした。友人として関わりのあるマリエよりも強いくらいだ。直接接触したのは間違いなかった。


「に、匂い?なんのことですの?」

「何か知っているのか?リリアナに何をした!?」

「え?きゃあっ!」


 ハドリーはとぼけようとする女子生徒の肩を強くつかみ激しく揺さぶる。

 優しく穏やかな普段のハドリーはこんなことは絶対にしない。だが、リリアナに何かあったのかとその余裕は一ミリもなくなっていた。


(このあたりにいるのは間違いないんだ。ただ、一帯から匂いがするせいではっきり分からない)


 目の当たりにしたハドリーの怒りに顔を蒼白にしている女子生徒には何も聞けそうにない。もう、しらみつぶしに探すか…。そう考えていたその時。


 黙り込み固まるばかりだった女子生徒が、勢いよくハドリーの胸に飛び込んできた。


「―――!?やめてくれ!」


 引き離そうとしたその瞬間、今までにない程強い匂いを感じた。





 ***************





 その時リリアナはそう遠くない場所にいた。


 閉じ込められてから、しばらく時間が経っていた。泣き疲れてしまったリリアナは静かに座り込み、ハドリーのことを考えていた。そして決めていた。

 次に会ったら、ハドリーに、好きだって伝えよう。


 叶わないからなんだというのだ。

 ハドリーがリリアナを大事にしていることはリリアナだってわかっていた。その庇護の下から出ていくのは怖さもある。だけどいつかは2人共誰かと結婚するだろう。そのとき、自分はハドリーを祝福できるのか?

 できない。そう思った。こんな気持ちを隠したままでは、好きな人の幸せを願うことすらできないのだ。


 だから、ハドリーと今までのように一緒にいられなくなるとしても。

 まずは自分の気持ちを大事にしてあげよう。いつか来るハドリーの幸せの日に、悲しい嘘をつかなくていいように。


 リリアナがそんな風に考えていると、不意に外から音がするのを感じた。

 はっとして外に意識を集中させる。―――男女の話す声がかすかに聞こえる。


(まさか…)


 恐る恐る木箱の上に立つ。窓の外をそっと覗くと。


(ハドリー?)


 少し遠い上に木の枝で姿が遮られる位置にいて見えづらいが、それは確かに後ろ姿のハドリーだった。


(…来てくれた)


 自分はここにいる、と大きな声を出そうとして、

 枝が死角になって姿が見えない位置にいたらしい、一人の女子生徒がハドリーの腕の中に飛び込む瞬間を見てしまった。

 瞬間、リリアナの頭はかっと熱くなり、次に血の気が引いていくのを感じる。


(嫌!!!!!)



 見たくない光景に動揺し、喉が詰まり、一気に涙がせりあがってくる。

 ――しかし、次の瞬間、およそ人間の動きか?と疑問に思うほどの素早さでハドリーの首がぐりんっ!とこちらに振り向いた。


(えっ!?)


 思わず身をかがめ隠れる。あまりに驚きすぎて、好きな人の抱擁シーンを見てしまったという衝撃は吹き飛んでしまった。

 人の首とは、あんな勢いで回るものなのか?


 それにいくらこちらからも見える位置とは言え、遠目で、おまけにリリアナは小さな窓から目だけがのぞく程度のもの。なのに、目まで合った気がするような。


 ハドリーのことばかり考えていたから、こちらに気づいてほしいという自分の願望が見せた錯覚だったのかしら、とリリアナが現実逃避し始めたその時、倉庫の扉が一気に引きあけられた。


「見つけた!リリアナ!―――っ!?」



 本当に来てくれた、錯覚じゃなかった!と喜んだのも束の間。リリアナの感情は忙しい。今度はまた血の気が引く番だった。




 ハドリーは…腕で鼻と口を庇うように覆うとものすごく顔を顰めてうめくような声をあげた。そしてポツリとつぶやきを零す。


「こ、これは…久々にやばい」






 リリアナの思考は無になった。

 その冷えた心を占めるのはもちろん、幼いあの日の絶望である。





ブクマ、評価、感想までありがとうございます!

読んでくださる皆様に感謝です。


(ハドリーはセーフですか…?笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤバいという言葉の多様性が招くすれ違い…!
[一言] うんこれは盛大な勘違いだ そりゃこれはやばいと言うよな
[一言] ギリギリセーフじゃないっすか?(笑)
感想一覧
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