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ハドリーのいない日

本日2回目の更新です

 

「あれ?」


 その日、いつものように登校しようと朝風呂を済ませ着替えて女子寮の門を出ると。


「いない…」


 いつもそこに立って待っているハドリーがいなかった。

(どうしよう?)

 一緒に登校することは別に約束しているわけではない。

 ただ、毎日当然のようにリリアナを待っていたハドリー。こんなことは初めてだった。


「リリアナ・ニーフルさん?」


 男子寮まで行ってみようか思案していると、不意に声を掛けられる。

 視線を向けると、そこにいたのは何度か遠目で見たことがある男子寮の寮母だった。


「はい…?」

「ああよかった。入れ違いにならなくて。ディゼスタンスさんだけど、今日は学園をお休みすることになったわ。」

「何かあったんですか…?」


 リリアナが休むことはあっても、ハドリーが休むことなんて初めてだ。


「心配しないで。体調が悪いみたいで今は自室で休ませているわ。ディゼスタンスさんたら顔を真っ赤にしてふらふらしているのに、ここであなたが待っているからって登校しようとしていたのよ。」


 そんな状態では出かけられるわけがないと止めるのが大変だったと寮母が溜息を吐く。

 心なしかその顔が冷え冷えとして見える。


「結局私が伝えてくるからと散々説得してなんとか自室に押し込めたの」

「それは…ご迷惑をおかけしました」


 リリアナは寮母への申し訳なさで頭を下げる。ハドリーが心配だが、男子寮は管理している寮母以外の女人立ち入り禁止なのでお見舞いに行くことはできない。

 それにしても、寮母さんにわざわざこちらまで来てもらうだなんて…

 おまけにさっきから寮母がリリアナを見る目が冷たい気がするのだ。彼女はリリアナの顔をじっと見つめ、それから口を開く。


「気にしないで。あなた、とっても…」


 寮母が何かを言いかけたそのとき、


「あら、リリアナじゃない!この時間にまだここにいるなんて珍しいわね。おまけにディゼスタンス様はどうしたの?」


 通りがかりに馬車からリリアナに声をかけてきたのは王都の自宅から学園に通っているマリエだった。

 結局そのままリリアナはマリエの馬車に乗せてもらい登校することになった。


「あの、本当にありがとうございました!ハドリーのことよろしくお願いします。」


 最後にもう一度お礼を言うと、寮母は何も言わずに頷き返した。

 彼女はリリアナを乗せて去っていく馬車を見送りながら、言いかけた言葉を飲み込んだまま踵を返す。


 あなた、とっても…


(愛されてるわね~~リリアナさんっ!!!)


 リリアナは知らない。冷たく感じた寮母は実はこのとき、気を抜くとニヤニヤしてしまいそうになる顔を引き締めるのに必死だったことを。


 リリアナは知らない。

 寮母さんの心の内も、寮母さんとハドリーの間で合った攻防も。

 攻防の末、ハドリーがそこまで夢中になるリリアナを一目見たくて寮母がわざわざ伝言に来るに至ったことも…。


「ねえマリエ。私、男子寮の寮母さんに嫌われてるのかな…」

「え?!どうして?そんなことないでしょ」


 *************




(やっぱり、なにかがおかしい…)


 学園入学から初めてハドリーのいない一日を過ごしていたリリアナは困惑していた。


 朝、マリエの馬車に乗せてもらって登校したところまではよかった。

 だが、それからずっと妙な違和感がある。


「いつも一緒にいるディゼスタンス様がいないから寂しくてそう感じるだけなんじゃないの?」


 午前中は不安がるリリアナをそんな風に笑っていたマリエも、お昼を過ぎた今では微妙な顔をしていた。


「…確かに、何か様子がおかしいわ」

「やっぱりそうよね?なんだか、妙な視線を感じるのよ…」


 視線を感じる。それはあからさまにこちらを見ているわけではないが、授業の合間、廊下を移動中、休み時間に教室から出た時、お昼に食堂にいる間…

 ふと視線を感じそちらを見ると、さも今視線を逸らしたというような雰囲気を感じる。

 そして。


(そのどれもが獣人の男子生徒なのよね…)


 マリエは「珍しく一人だから気になるのかしら?」としきりに首を傾げているが、リリアナはどんどん不安になっていく。もちろん、考えていることは一つ。


 自分の匂いかもしれない……。


 一度そう思ってしまうと、そこから思考が離れていかない。マリエにも生返事ばかりで心配されるがもはやそれどころではない。そして、気にすれば気にするほど神経が過敏になり冷や汗まで出てくる。もしかするとさっきまでは大丈夫だったかもしれないけれど、こんなに嫌な汗をかいてしまったとなれば今は本当に匂っているかもしれない。


 思考はどんどん悪循環に陥っていく。

 本当に自分の匂いのせいなのかは確かめようがないが、リリアナにはもう、そうに違いないように思えた。


「大丈夫?リリアナ、顔が真っ青よ…?」


 結局耐えられなくなったリリアナは午後の授業の途中で早退することにした。




 寮に帰るためにマリエと別れ一人で廊下を歩いていると、さっきまでよりも強く視線を感じる気がした。早く、早く帰りたい‥‥。はしたないと思われない範囲でできるだけ急いで歩いていく。自分の匂いと視線が気になって歩きながらどんどん顔が俯く。


 焦りで頭の中が真っ白になって来た頃、急に強い力で肩をつかまれた。

 顔を上げた先には一人の女子生徒。早く早くと夢中で歩いているうちに学園の裏門まであと少しという場所にある人気のない裏庭まできていて、リリアナとその女子生徒の他に周りには誰一人いなかった。


 突然のことに、何が何だか分からない。ただ良くない事態だということは理解できた。

 相手の普通じゃない雰囲気と怒りを含んだような表情にリリアナの顔がさっと強張る。

 それはいつもハドリーの隣にいる時に強い視線を送ってくる女子生徒だった。










「嘘でしょう……」


 思わず声に出して呟く。リリアナは呆然としていた。

 例の女子生徒に強い力で腕を引かれ連れて来られたのは、今ではもう使われていない旧校舎の方。そこは裏門の脇にある庭園を通り抜け校舎の裏に回ると誰でも簡単に来られる場所ではあるが、数年のうちに改修工事が入る予定であり、そのため最近では手入れがあまりされていなく、ほとんど人が来ることはない。


 リリアナはそんな寂れた旧校舎側の、さらに寂れた古い倉庫の中にいた。

 閉じ込められた、と気付いたときには遅かった。


 リリアナは、どこかで引け目を感じていた。幼馴染の立場に甘えてハドリーを独占している自覚があったからだ。自分がいなければハドリーにはすぐにいい人ができるだろう。もしかしたらそんなハドリーの相手は、自分のこの中途半端な状況をよく思っていないあの子やその子かもしれない。自分は、自分以外の恋する乙女の、本来叶うはずだった幸せを邪魔しているのかもしれない。そんな風に考えることもあった。


(ただ、これは駄目だ。これはない)



 ぐるりと倉庫の中を見回す。整理されていないせいでかなり埃っぽくじめじめしている。放り込まれるときに使われた引き戸は外から鍵をかけられたのか、少しガタつくばかりでリリアナの力で無理やり開けるのは難しそうである。中に残されているのは、もう使わなくなったことで置き去りにされていった物だろうか。リリアナの背丈より一段高い位置に小さな窓があるが、出入りできるほどの大きさはない。上に乗っても壊れることのなさそうな木箱を見つけ、なんとか窓の外を覗いてみた。


 しんとしている。だからこの場所だったのだろうが、人の気配は一切ない。

 外に向かって試しに大きな声を出して見るが虚しく響いて終わりだった。



 とにかく、一度冷静になろう。

 リリアナは木箱から降り、静かにそこに座る。


 自力で出ることが難しそうであるわけだから、誰かに助けを求めるしかない。

 明日には朝の登校に姿を現さないリリアナに、ハドリーがきっと気づいてくれるだろう。

 だけど、ハドリーが明日も学園を休みだった場合はどうなるだろうか。


 運よくこちらに誰かが来る確率はどれくらいあるのだろうか?リリアナは旧校舎側に来るのはこれが初めてだ。もしかすると本当に全く誰も来ないのではないか。


 考えついてぞっとする。こんな場所で一晩を過ごすことになるのか…?


 もはやリリアナは半泣きである。今日はなんて厄日なのか。

 朝から寮母に嫌われている疑惑に怯え、原因不明の獣人男子生徒の視線に怯え、自分の匂いは大丈夫なのか気にして怯え、今こうして恋敵の女子生徒の仕打ちに震えている。

 おまけに、今日は一度もハドリーに会っていない。


 いつも登下校もお昼ご飯も一緒に過ごしている。休みの日もハドリーは欠かさずリリアナに会いに来る。珍しく別に過ごす予定があっても、一日に一度はハドリーの顔を見ている気がする。優しいハドリー。大好きなハドリー。




 考えれば考えるほど、リリアナは寂しくなってしまった。

 ハドリーに会いたい。




 ついにリリアナは、滲み出てくる涙を止めることができなくなってしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] うわ…最低だな… 酷い虐めだわ… 閉じ込めるとか… 暗所恐怖症とかならどうするつもりだ!(笑)
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