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匂いが生んだすれ違い

 

 朝は早起きをして、一度軽くお風呂に入ってから登校する。

 それがリリアナの日課だ。


 いくら入浴が好きな国民性でも、朝夜2回お風呂に入る者は決して多くない。

 だけどリリアナの日課には理由があった。


 制服を着てカバンを持ち自室を後にする。


 学園の女子寮を出ると、門の前に黒い人影が見えた。

 黒い髪にふさふさの黒い耳と同じ色艶のしっぽをゆらゆら揺らして。

 目が合うと金色の瞳がぱっと輝く。


「ハドリー、おはよう」

「リリアナ!おはよう。よく眠れたみたいだね」


 ハドリーは入学当時から毎朝リリアナを迎えに来る。学園まで徒歩で数分の距離なのに、こうして並んで登校するのだ。男子寮と女子寮、それから学園の校舎は点で結ぶと正三角形になるような位置関係になっていて、わざわざ女子寮を回ると遠回りなのに。


 今は当然のように受け入れているけど、最初の頃は来なくていい、なぜ来るのかと抵抗していた。でもハドリーは譲らなかった。そして毎日体調や顔色を伺うような様子を見せるのである。どうしてだろう?と不思議に思っていたけど。

 ある日謎は唐突に解けた。

 それは入学して少し経った頃のこと。


「リリアナ、熱があるんじゃない?」

「いいえ、どうして?」

「いや、寝汗でも掻いて体が冷えたんじゃないのか?顔色が悪い気がする。休まないなら、せめてお風呂に入って温まってからじゃないと、本当に風邪をひくかも・・・・」


 リリアナは息をのんだ。その日はやっぱり体調が悪いかもと言って休んだ。ハドリーはホッとしていたように思う。

 油断していた。一瞬見えたハドリーの苦い表情で、どういうことか気が付いてショックでその後本当に少し熱が出た。朝入浴の日課の始まりでもある。


 ハドリーは毎朝、その日のリリアナの匂いが大丈夫かチェックしていたのだ。


 悲しいやら恥ずかしいやら一周回って腹が立つやら複雑だったが、学園には獣人の生徒も多数通っている。言わないだけで実は臭いと思われていたなんてことになれば目も当てられない。悩んだ挙句、気が付かなかったことにして、こうして今も甘んじて匂いのチェックを受け入れている。


「新入生歓迎パーティーのことだけど」

「ハドリーとは行かないわよ」

「返事が早いって…」


 優しいハドリーは他の獣人生徒がリリアナに近づくことがないよう、ガードしてくれているのだ。匂いがバレて傷つかないように、守ってくれている。しかしいつまでもそうやってハドリーに守ってもらえるわけではない。リリアナはこの匂いのせいで、獣人とは結婚できないと思うけど。ハドリーがずっと一緒にいるせいで人間の男子生徒も近づいてこない。


 リリアナは密かに決意していた。

 新入生歓迎パーティーでは絶対にハドリーに近づかない。

 そして獣人以外の男子生徒と仲良くなるのだと。




 そもそも新入生歓迎パーティーに限らず、学園で行われるパーティーにはいわゆるお見合いのような側面がある。恋人や婚約者がいる者は一緒に参加し、それ以外は出会いのきっかけがあることを期待するのだ。学園は男女共学ではあるが、教室や大体の授業は男女で別れている。男女の交流は決して制限されてはいないが、通う生徒のほとんどが貴族家出身の子息令嬢だということもあり、全くつながりのない異性の生徒ときっかけもなく仲を深めることは難しいのだ。


 ハドリーはかっこいい。獣人の女の子にも、人間の女の子にもとてもモテていることを知っている。


(ほら、今だって…)


 ちらりと遠くの通路へ目を向ける。数人の女子生徒達がいくつかのグループに分かれて談笑しているが、その中の何人かはリリアナに苦々しい視線を向けていた。ハドリーは気づいているのかいないのか。一際強い視線でリリアナを射抜いてくるのはことあるごとにハドリーに声をかけている女子生徒である。


 彼女たちは普段リリアナが近くにいることでハドリーと関りを持つことがなかなかできない。リリアナが他の生徒の嫉妬の視線を浴び慣れるくらいに、ハドリーは人気があるのだ。


 リリアナは自分のことを考える。平凡な茶色の髪にくすんだ緑色の瞳。平凡な顔におまけに匂いがきついときた。悲しくなってくる。もちろん全然モテない。最近は貴族同士でもめっきり恋愛結婚が増えてきているうえに、リリアナもハドリーも政略結婚が必要な家柄ではない。このままいけば互いに自分で相手を見つけることになるのだ。そろそろハドリーと離れなければリリアナに明るい未来はない。





「おはようリリアナ。今日も相変わらずね」


 ハドリーと別れ教室に入った後。少し遅れて登校してきた数少ない友達であるマリエ・ユーネリア伯爵令嬢が、リリアナのところへ来るなり呆れた顔をした。


「どうせ新入生歓迎パーティーのことで悩んでいるんでしょ?そんな顔をしているくらいなら、ディゼスタンス様と一緒に行けばいいじゃない」

「おはよう。私、どんな顔してる?」

「今にも死んじゃいそう」


 マリエは大げさにため息をついて見せた。


「ハドリーと行くわけにはいかないわ」

「好きなのに?」

「好きだからよ」


 リリアナはこれで話は終わりだとでもいうようにさっさと授業の準備を始める。


 マリエには理解できない。

 リリアナはハドリー・ディゼスタンスを好きだと認めている。

 マリエから言わせると、ハドリー・ディゼスタンスだって明らかにリリアナに好意を寄せている。むしろ周りを牽制している。その証拠にリリアナには男子生徒は一切近寄れない有様である。


 2人はいつも一緒にいて、いつもお互いしか見ていない。


(なのにどうしてこの2人、こんなに拗らせてしまっているのかしら?)


 マリエはもちろん知らない。リリアナが自分の匂いを気にしていることを。

 そんなこと、いくら仲が良くたって言えるわけがないからだ。

「自分の体臭は獣人から嫌悪される匂いだから、決して結ばれることはないのよ」なんて、乙女として口に出すには重すぎる事実である。


 知っていれば笑い飛ばしてくれただろう。あなたが臭かったことなんてないわよと。

 マリエも人間で、本当のところ獣人の感じる匂いは分からない。だがもしそこまで嫌な匂いがしているのにあれだけ側にいるのなら、それこそ愛なんじゃないのか、と。











 一方、リリアナと別れて自分の教室に向かったハドリー。

 男女でクラスが別れていること。それが唯一の救いだとハドリーは心から思っていた。


「よおハドリー。お姫様からエスコートのお許しはもらえたのか?」

「聞かないでくれ」


 黒い耳をぺたんと伏せて肩を落とす姿にアルフォニーは同情した。

 ちなみにアルフォニーは虎の獣人で、婚約者は人間の女の子だ。


「あんなにいつも一緒にいて、どうして恋人じゃないのかが不思議なくらいなのに」

「……」


 ハドリーだってそう思っている。リリアナだって自分のことは嫌いじゃないはず。

 でも二人の関係を今より一歩進めることができない。もうずっと一緒にいるのに。


「何がそんなに難しいのか。さくっと告白しちまえよ」

「お前には分からない」


 実際それが難しいから困っているのだ。

 いつからかリリアナはハドリーに少し素っ気ない態度をとるようになった。その理由に心当たりはある。小さな頃の、自分の心ない一言のせいだ。あれからリリアナはほんの少しだけ変わったから。


 ハドリーは本当はすぐにでも告白したいと思っているけど、二人でいる時にそういう雰囲気を出すと必ずリリアナははぐらかす。強引に話してしまおうかと考えたこともあるが、そうするとリリアナは身を強張らせて緊張する。するとどうなるか。



 汗をかくのだ。


 汗をかくと当然匂いが強くなる。今のハドリーはあの匂いに耐えられる気がしない。



 アルフォニーを見る。こいつはいい奴だ。

 婚約者とは恋愛結婚になる予定で、彼女のことをとても愛しているのを知っている。だからきっと何を知ってもハドリーを応援し続けてくれるに違いない。


 だが、他の獣人はどうだろうか。ちらりと教室にいる生徒たちを見やる。

 学園の生徒の何割かは獣人であるし、その中には高位貴族の令息もいる。

 本能が廃れたとは言え獣人にとってやはり匂いは重要な要素であり、特に高位になると相手を判断する要素としてそれを重んじる傾向が強い。


 今はハドリーの必死の様子に知り合いでない者も生温かく見守ってくれているが、彼女の匂いに気付いたら話はきっと変わる。きっとハドリーがリリアナを望むのをよく思わない者が出てくるだろう。まだ婚約者じゃないのだからと、あからさまに2人の仲を引き裂こうとする者も出てくるかもしれない。婚約者でも何でもない今、高位貴族に権力を振りかざされたら終わる。


 リリアナと婚約できるまでは、絶対に他の獣人に気付かれないようにしなければ。


 ハドリーは匂いなんて関係ないと思っている。

 どんな匂いだろうと、自分はリリアナが好きだ。

 小さなころからずっと一緒にいた、リリアナという一人の女の子を好きになったのだ。

 匂いなんて、関係ない。ハドリーはずっとそう思っている。




 ……リリアナとハドリーは、すっかりすれ違ってしまっていた。




なんか書けば書くほどハドリーが変態くさいかな…と思えてきてるんですけど麻痺してきててよく分かりません…。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ匂いに敏感なのは仕方ないと言う事で…(笑)
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