侵入、師との再会
「…自己紹介が遅れたな。私の名はダリル。ダリル=ファーランだ。こんなナリだか、一応この教会の責任者になっている」
ダリルと名乗る男は、俺に値踏みするかのような視線を向けながら言った。
しかし教会の責任者だと…? 随分物騒だな。
「…ご丁寧にありがとうございます。私はアリア=ブライト。ブライト公爵家の娘です。
幼少の頃から母よりアラン=ハイドの活躍を聞かされており、学園への入学を機に此処を訪れた次第です」
「ほう…ブライト侯爵家の。それはまた殊勝な心がけですな」
「……」
相変わらずのこちらを射殺すかのごとき眼光でこちらを見ながら、ダリルは続ける。
「…それでは、この蜘蛛糸のこともご存知で?」
「ええ、アラン=ハイドが重宝していた手袋型の武器…
あらゆる汚れを受け付けないアラクネの糸から作られた純白の暗殺具です。
魔王城での大立ち回りの後でも血痕1つ残らなかったとか…」
「…ほう、よく勉強されていますね」
その後も、前世の俺…アラン=ハイドのことなど、まあ当たり障りのない話題で会話を続けた。
過去の自分についてを語るというのは中々気恥しいものがあったが、顔には出ていなかったと思う。
「…申し訳ありません、そろそろお暇を…」
「おお、引き留めてしまい申し訳ない。汝に加護のあらんことを」
申し訳程度に首にかけていた十字架を握り込み、俺に祝福の言葉を送るダリル。正直、似合わないったら無い。
俺は寒気に遅刻近いものを感じながらも、ダリルに一礼をし、ピューリ教会を後にした。
「…さて」
教会を訪れたその日の夜遅く、俺は再びピューリ教会の前に立っていた。
身につけているのは真っ黒のフード付きローブ。勿論この幼女体型を誤魔化すことは不可能なので、怪しさはかなり残るが…顔を見られるよりはいい。
万一俺が盗みを働いたことが知れたら、家名に泥を塗ることになる。恩ある両親のためにも、それは絶対に避けなければはらない。
慎重に教会の扉に手をかける。
すると、なんの抵抗もなくすんなりと開いた。
(…鍵すら掛けていない…?
魔術的な防護措置がとられているのならまだしも、そういったものも無しにこの無防備さ…)
『誘い込まれている』…そんな予感がしながらも、俺は音を立てずに侵入し、扉を閉める。
『視力強化』の魔法を自身に掛け、暗視能力・マジックトラップの可視化能力を手に入れ、ゆっくりとターゲットに近づいていく。
(…マジックトラップも無し、か。いよいよきな臭い。何かしらあるはずなんだ…警戒を怠るなよ…)
そう自分に言い聞かせつつ蜘蛛糸の元へと向かうも、遂ぞ何かしらの罠も無いまま、たどり着いてしまった。
そのかつての我が相棒が収められているガラス箱にも、昼間と同じくそういった罠は仕掛けられていなかった。
俺はそのまま蜘蛛糸を手に取り、それをマジマジと見つめる。
(…間違いない、蜘蛛糸だ。偽物ということもない…
どういう事だ…? まさか本当にこんな無防備な状態で放置されているのか?)
俺としては盗みやすいことこの上ないからそれはそれで良いのだが…何か納得いかないな。
仮にも人の遺品なんだからもう少し丁寧に扱って欲しいものだが。
…そんなことを考えていると、なんの前触れもなく、微かに空気が揺れる感覚に襲われた。
「…ッ!?」
反射的に横に跳ぶと、数瞬遅れて今まで立っていた場所に3本のナイフがつき立った。
久々に感じた「死」の気配に全身に悪寒が走るが、即座に蜘蛛糸を両手に装着し、戦闘態勢をとる。
(…俺が一切の殺気を悟ることが出来なかった…となると、やはり…!)
続けて、今度は3方向、別々の場所からナイフが飛んでくる。
暗視能力が強化されているため、ナイフを投げてくる人影もバッチリ捉えてはいるが、背景に溶け込む黒いローブを身につけており、『身体強化』を自身に掛けているのかその動きは常人の速さを逸している。
俺も対抗して『身体強化』を掛け、ナイフに当たるまいと背後に跳ぶ。
それと同時に右腕を後ろに回し、誰も居ないはずの背後から飛んできたナイフをそちらの方向を見ることなく2本の指で掴み、返す手で人影に向け投げる。
しかし、やはりそのナイフは当たらず、互いに立ち止まり睨み合う構図になった。
「…やはり、中々やる。『隠刃』を躱すとはな」
「ただ単に前方からの攻撃に集中させて、壁に施した『鏡面化』でナイフを反射…あたかも虚空からナイフが現れたかのように錯覚させるだけの子供騙しだろう。
アンタもこれで殺せるなんて甘い考えは無かったはずだ」
「…フッ…まあ、そうだな」
そりゃそうだろう。なんせ……
「悪いな。ちょいと試して見たくなったんだよ。許せよアラン」
「…ッチ、やっぱ気づいてたかよ、師」
目の前の男はフードを外し、その見覚えのある顔を見せる。
そこには今朝顔を合わせた教会の責任者ダリル=ファーランの姿。
…かつての暗殺の師匠であった男だ。
俺もフードを外し、ダリルと面と向かい合う。
「当然だ。教会に入ってきた時点の歩き方ですぐに察したわ。儂の眼を舐めるな」
「相変わらずそうで安心したよ。てっきりもうくたばってんのかと」
「おいおい、死にかけのお前をスラムで拾ってやった恩人に何て口をききやがる」
「その後俺が何度死んだ方がマシな目にあったか忘れた訳じゃないだろうなおい」
そう、確かに俺はダリルに拾われた。
まあその後に待っていたのは地獄のような扱きだったが。
痛覚を麻痺させるためと言って鞭打ちなどの拷問じみたこともされたし、拾われた当時、現在の俺よりも小さかった頃に、毎日酷い筋肉痛に見舞われる程の鍛錬も強制された。
…まあ、それら全てが俺の力を引き出し、そしてあいつらとの出会いを作ってくれた。
一応、ダリルには感謝はしているつもりだ。本人には絶対言ってやらんが。
「…しかしまた、何だそのちんまい姿は。随分と可愛らしくなっちまって」
「知らねぇよ…死んだと思ったら赤子だった」
「へェ…『転生』」ってやつかね?」
「かもな…まったく、神様ってヤツの考えは分からないな」
「今じゃてめえがその神様扱いなんだがな」
「…で、これからどうするつもりだ、アランよ」
その後も軽口を叩き合いながらしばらく話していたが、ダリルが急に真面目な顔になり、そう言った。
「…どうするもこうするも、侯爵家なんて家に生まれてしまった以上、慎重に行動しなきゃマズい。
しかもその一人娘と来た。弟が出来るか養子でもとらない限りは俺が家督を継ぐだろうし…
…まあ暫くは大人しくしてるよ」
「…そうか」
ダリルは小さく息をつき、真っ直ぐとこちらを見据える。
「一応、お前は俺の後継者ってことになってたんだがなあ」
「…ま、それについては悪いと思ってるよ」
「どうだかな。ま、蜘蛛糸は持ってけ。元々お前のモンだ」
「随分とあっさりしてるな?」
「お前のモンをお前が持ってて何が悪いよ。そもそも、そんなクセの強い武器俺でも使えん。
サイズがどうなるか心配だったが…どうやらお前の魔力が既に馴染んだ様だな。ピッタリじゃねえか」
そう言われてみれば、確かに。
元々大人が使っていた手袋なのに今の俺の手にも馴染む。
「…ま、そういうことなら有難く貰ってく。チクったりしないだろうな?」
「おいおい、師匠を疑うのかよ。安心しろって」
「…そうか、助かる」
俺はそのままダリルに別れを告げ、夜の街に溶け込むように宿への帰途についた。
…その後、蜘蛛糸の紛失という事件が街で騒がれるが、真相は2人しか知らない。