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Paradise  作者: 香澄るか
9/42

青宝高校体育祭


 時間が経つのはあっという間で、体育祭当日を迎えた。


「第56回、青宝高校体育祭を開会致します」


 校長の開会宣言と共に、体育祭は幕を開けた。



 この日、全校生徒が集結する場で珍しくも注目を集めたのは空だった。


「え? 小鳥遊さん……? いつもと違うから一瞬誰だか分らなかった!」


「可愛いね、その髪型!」


「自分でやったの?」


 いつもは降ろしっぱなしの空も、この日は髪を緩く巻き、動きやすいようアップにして纏めていた。


「あ、ありがとう……! 体育祭だから、動きやすいように今日はちょっと変えてみたんだ……!」


 普段は挨拶くらいのクラスメートや他のクラスの生徒にも、会うたびに話しかけられたり、可愛いと褒めて貰え、空は頑張って良かったと照れながらも嬉しく思った。


「空」


 名前を呼ばれて振り返ると、ジャージ姿の望夢達が立っていた。普段の体育の授業は男女別なのでジャージ姿をちゃんと見るのは新鮮だった。


「望夢君、みんな、おはよう!」


「空のその髪、苑さんにやってもらったのか?」


 いつもと違う空の姿に望夢たちも興味津々の目を向ける。


「うん! 体育祭だからって! でも最近は教えてもらいながら自分でも挑戦してて、やってみると楽しくなってきたから、これからはもっと、アレンジしてみようかなって思っているんだ!」


「そうか。いいじゃん、すごく似合ってるし。別の髪型も見てみたい」


「ありがとう。そう言って貰えて嬉しい! みんなも、今日はいつもと感じ違うね! 何だか一層気合が入っていてカッコいい!」


 空は、自分同様髪型を変え、ジャージを着崩し、一段とキメてきている彼らを上から下まで見つめた。


「今日は特別だからな。よしお互い、気合入ったな! どうせやるなら勝とうぜ!」


「うん! ……あっ! そうだった。みんなコレ、よかったら」


「何だ?」


 思い出した様に空がジャージのポケットから取り出したのは、4人分の青色の手編みアンクル。


 よく見ると、それぞれ違う色の刺繍糸で名前を入れてある。


「青は団カラーだけど、名前はみんなのイメージカラー。ずっと練習漬けで今日はピークだと思うから、ケガしないようにお守り代わりにと思って」


 望夢は黒、紫は紫色、飛鳥はオレンジ、海は水色だった。4人は受け取ると驚きの表情を並べた。


「マジか」


「スゲー」


「カッコいいね」


「空ちゃん、ありがとう」


「私、頑張っているみんなに声掛けしか出来なくて、他に何かないかって思っていたの。それでも、このくらいしか出来ないけど……!」


 お礼の言葉に照れながらそう言うと、4人とも直ぐ足にそれをつけてくれた。


「お前の分は?」


「私は無いよ。そんな激しい競技出ないし」


「……はぁ。らしいけど。……ったく。空、お前がくれた物と比べたらショボいけど。ん」


 望夢は苦笑交じりに首にかけていたネックレスを外すと、空に渡してきた。


「え……っ? いや……っ、そんな大事なモノ、勿体なくて受け取れない!」


「何を……。良いから、後ろ向け! 早く!」


「えぇ……っ?」


 くるりと後ろを向かされ混乱している間に、それは望夢によって空の首に収まった。


「それ、お前のお守り代わりにつけとけ」


「……いいの? 汚したりしたら……っ」


「別にいい」


 そう言って、望夢は心配する空の頭を軽く撫でた。


「あ、ありがとう。全力で死守します……っ!」


「おい、お前が護られなくてどうする。今、いいって言ったばっかだろうが」


「空、お前って奴は本当に……!」


「あはは。空ちゃん面白いね」


「流石」


 みんなに笑われる中で、空はドキドキしながらも、自分の首にかかったネックレスを手に持ち愛おしく見つめる。


 好きな人からのお守り。コレがあるだけで、勇気と力が湧いてくる気がした。




・・・・・・




<<続いては、プログラム6番の借りもの競争です>>


 順調に進行し、次の競技を報せる放送がグラウンド中に響き渡る。


 借りもの競争の選手である空は、とうとう来た出番に、緊張の面持ちでスタートラインに立った。


「位置について、用意……スタート!!!」


 合図と共に一斉に出場者が走り出し、地面に並べられた借りものが書かれたカードを捲る。


「嘘……っ、校歌をマイクで大合唱とか……最悪!!」


「誰か、傘を持っていませんか~!?」


「校長とスキップとか……マジか!? 校長、校長先生~……っ!!」


 みんな続々と借りものを探している中、空の借りものは……


「え……っ?」


 ——あなたの好きな人


 カードには大きな字で好きな人と書かれていた。こんなものもお題になるの!?と、空は内心激しく動揺していた。


 みんなに迷惑をかけるわけには勿論いかないが、これは難関だった。


「空……?」


 こっちの視線に気が付いた望夢は、こちらの状況を知るわけもなく、ただ心配そうな表情を浮かべている。


 答えを出せずに一人焦っていたその時。


「空!!」


 名前を呼ぶ声にハッとなった。振り向いた先の観客席には暁と苑が居た。


「あ、暁君……!」


 空は暁を見付けた瞬間閃ていて、カードを持つ手に力を込め、暁の方へ走り出した。


「暁君、ごめん。お願い協力して……っ!」


「当たり前だろう」


 カードを見たのにそう言って笑ってくれる暁に空は心の底から感謝した。


<<青団3位でゴールです!!>>


 躊躇したぶん順位は下がってしまったが、ビリを免れゴールテープを切ることができ、空はホッと胸を撫で下ろした。


「暁君、本当にありがとう!」


「俺の方こそ、嬉しかったよ」


「え……?」


「まさか、お前の、娘の体育祭に出られるなんて思わないだろ?」


「暁君……」


 優しい笑みを浮かべて頭をポンポンとしてくれる暁の温かさに涙が出てきそうだった。


「空ちゃん、暁、お疲れ」


「苑ちゃん!」


 元々ゴール付近に居た苑は、暁と空の元へ駆けつけてくれた。


「親子の勇姿、確り撮っておいたからね」


「苑ちゃん、ありがとう!」


 カメラを片手ににっこり笑う苑に空も笑顔でお礼を伝えた。


 暁と苑と一端別れ、取り敢えず午前の出番が終わった空は、一人給水場へ向かった。



「——なあ、今一緒に走っていたのが、前に言っていた養父?」


「きゃあ!」


 背後から聴こえた突然の声に、思わず声をあげて振り返った。


「有馬君……っ?」


 予想外の人物がそこに居ることに、頭が追いつかなくて声が震える。


 一方、有馬はその様子に、フンと鼻で笑う。


「俺が居たら悪いか? 俺の従妹が青宝にたまたま居てよ、折角だから見に来ただけだ」


「……そう。じゃあ……私は行くね!」


「待てよ」


 その場を立ち去ろうとした時、腕を強く掴まれ無理矢理有馬の方を向かされた。


「なに……っ?」


「髪、そんなの初めて見たんだけど。お前も変わったな」


 じっと見たあと、空の髪に触れながら有馬は静かに零す。


 周りから同じような事を沢山言われたが、こんなに答えるのに躊躇や恐怖を感じたことはなかった。


「私、もう行かなきゃ……っ。な、放して!」


「お前暴れるなよ‥っ。俺が変質者みてーだろうが!」


「だって……え!? 痛い……っ」


 居心地が悪くなった空が彼の腕から逃れようとしていると、髪が有馬の着ていたシャツのボタンに絡まってしまった。


「馬鹿かお前は。……解いてやるから、もう動くなよ?」


「早く……っ」


「文句言いやがって、良い度胸だな?」


「……痛い」


「我慢しろ。あ、離れるなって。取れねえだろうが本当に……っ!」


 逃げるように離れようとする空を引寄せて有馬が空の髪を解くのに格闘していた時だった。


「そいつに触るな!」


 有馬の手を掴み上げる一つの手が現れた。


「望夢君!」


 空は望夢を見た途端少しほっとした。その後ろからは、続々と足音が近づいてくる。


「望夢、空ちゃん居た? ……って、えっ?」


「お前、誰だよ?」


「空ちゃん……っ」


 望夢の後ろからやって来たのは、やっぱり紫・飛鳥・海の3人だった。


 当然、状況が呑み込めない3人はこの光景に驚く。そんな彼らに、有馬はフッと不適な笑みを浮かべながら言う。


「見て分らねえ? 取り込み中」


「あ? 何ふざけたことを! ……ん? 髪?」


 有馬の言葉に苛立った飛鳥がずかずかと歩み寄るが、2人の間に見えるモノに気が付き立ち止まる。


「言っておくけど、被害者は俺だからな」


「被害者って……っ。それなら私だって……っ!」


「お前、本当に、会わない間に言うようになったな?」


「だって……有馬君が手を放してくれないからでしょう!」


「こっちは直ぐ放してやるつもりだったのに暴れたのはお前だろ。……だから、離れるな!」


 話しながら自分から距離を置こうとする空の頭を、有馬がグッと引寄せ直す。


「……お前ら、知り合いか?」


 2人の会話を聞いていた望夢が険しい顔をしながら訊ねると、有馬が不適に笑った。


「ああ。切っても切れない関係っていうやつ」


「あ?」


「止めて……っ。変な言い方しないで!」


「嘘は言ってねえだろう。現にこうして二度目の再会を果たしているわけだしよ。……それに、お前ら中の誰とも付き合っていないんだから、俺がどうこうしようが勝手だろう」


「な……っ!? お前、さっきから何を言ってんだ!!」


 今度こそ飛鳥が有馬に掴み掛かろうとしたタイミングで空の髪が解け、自由になった空は飛鳥を止めに入った。


「飛鳥君……っ!!」


「空……退け!」


「退かないよ……っ! 今飛鳥君が何かしたら、有馬君の思う壺だから!」


「それ、どういう意味だよ……?」


 空の言っている意味が分からない飛鳥が困惑している間に、有馬は踵を返して立ち去ろうとする。


「おい、待てよ!」


「じゃあな、小鳥遊。また会おうぜ」


 望夢が呼び止めるも、有馬は不敵な笑みを残し去っていった。


「空、あいつとはどういう関係だ?」


「有馬悠君っていって、彼は中学の同級生なの……」


「あいつと何かあったのか?」


 様子がおかしいのが気になった望夢が訊ねると、空は重く口を開いた。


「有馬君は…昔から私が大事にしているものを奪っていくの……っ」


「ゆっくりでいい。……俺達に話してくれるか?」


 有馬に対して余程気を張っていたのか、涙を流す空の背中を、望夢は優しく摩る。



「みんなと出会う前の私は凄く臆病で、自分から誰かと関わる勇気が持てなかった。その所為で中学ではイジメにもあって、孤独だった私に良く話しかけてくれたのがあの有馬君だった。だから有馬君を信じていたのに……。2年の時、初めて出来た女の友達の子が突然何も言わずに転校してしまったことがあって、何故だろうと思っていたら、裏で有馬君が彼女を酷く傷つけていたこと、それが原因で転校したことが分かったの。その次は、私に優しく接してくれていた先生がクビになって……それも、有馬君が何かしたみたいで……っ」


「何だよそれ……有馬だっけ? 完全にイカれてるな」


「じゃあ、さっきのも……。飛鳥に自分を殴らせて騒動にして、空から引き離そうとしたとか……」


「あり得なくは無いね。それにしても、どうしてだろうね」


「空ちゃんに対する執着心みたいなものは感じるけど……、空ちゃん、何か思い当たることはない?」


「……分らない。ごめんなさい」


 全く心当たりがない空はただ首を横に振る事しか出来なかった。


 重たい空気が危うく支配しそうになったところを、望夢がそれを切り裂くように口を開いた。


「空、話してくれてありがとうな。これからは俺達が一緒に居る。さっきみたいに、何かあったら絶対に駆けつけてやる。 だから、もう泣かなくていい。 あいつが何を考えているかは分からねえけど、空は俺らが守るから。取り敢えず今は目の前のこと体育祭に集中しようぜ!」


「望夢君……。うん、そうだね。折角の体育祭だもんね!」


 空は望夢の言葉で気持ちを落ち着かせ、笑顔を取り戻した。


 それを見て、紫や海たちも安堵の笑みを浮かべ、調子を戻して行く。そんななか、問題は空の豪快に崩れた髪型だった。


「折角可愛かったのに崩れちゃったね。どうしよう」


「俺ら、やり方分らないし……」


「あ! それならさ、苑さんにここに来て貰おうぜ!」


「「「それだ!!」」」


 飛鳥から出たナイスアイデアにみんな目を輝かせた。




・・・・・・




 早速連絡をとった空達は、体育館前で暁たちと合流した。


「あらら、こりゃ大変だねぇ」


「折角してくれたのに……、ごめんなさい苑ちゃん」


 申し訳なさそうに顔を曇らせる空に苑は優しく笑いかける。


「髪型は何度でも直せばいいから大丈夫だよ」


「苑ちゃん……」


「任せなさい。今度はもっと可愛く、崩れにくい髪型にしようね」


「苑ちゃん、ありがとう……!」


「俺は姫の為ならどこへでも、何度でもはせ参じますから」


「ひ、姫……?」


 思わず吹き出す空に、苑はウィンクでもなげそうな優美で涼しい表情のまま告げる。


「憶えていないとは思うけど、空ちゃんが小さい頃、俺も暁と一緒に空ちゃんたちの家に遊びに行っては、こうやって髪を弄ってお姫様ごっこしたんだよ~」


「記憶にはあると思うけど……」


「シンデレラとかは、あれ、魔法でかわいいドレス姿に変身するでしょ? だから『苑ちゃん私にも魔法かけて~!』って。会うたび駆け寄ってお願いされて。可愛かったな!」


「う……っ、苑ちゃん、止めて! 恥ずかしい……っ!!」


 昔を思い出して高揚している苑とは対照的に、空は穴があったら入りたい状態だった。そんな二人を横目に暁はその頃を思い出し微笑み、望夢達は彼らの様子を見守りながら微笑ましく思った。


 そうこうしている間に修正が終わり、空は再び可愛い姿へと様変わりした。


「はい、出来ました」


「あ、ありがとう苑ちゃん」


 今度はポニーテールではなく編み込んでしっかり固めたお団子になった。


「似合う」


「暁君、ありがとう。それと……、心配かけてごめんね」


 暁に近寄って頭を下げるとそっと肩に手を置かれた。


「謝るな。それに、心配はしてない」


「え……?」


 予想外の言葉に驚く空に、暁は笑を浮かべ言った。


「お前は、こいつらと居れば、どんな時も強くそして、笑顔になれるだろ?」


「暁君……っ」


「「「「暁さん……」」」」


 この詞には、4人も驚かされた。


 その様子にまた笑みを零すと、見ているからなと言って、暁は苑と観客席に戻って行った。


「……カッコいいぜ。暁さんも、苑さんも」


「だね」


「流石だよね」


「でも、負けてられねえ」


 そう言って笑うと、望夢は空の手を取った。


「空、行くぞ」


「望夢君……」


「俺らも同じだ。俺らも、お前といれば勇気をもらえるし、笑顔になれる」


「望夢君、みんな……」


「いつも言ってるだろ? お前には、笑顔が似合うって」


「……うん!!」


 空は、みんなの力を借りて、本当に晴れやかな心を取り戻して笑顔になった。


 もう、大丈夫。




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