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Paradise  作者: 香澄るか
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有馬 悠


「頼む! 応援団に入ってくれ!!」


 時間の流れは早く、季節が変わったある日の朝、空が登校し教室に入るとそんな声が聴こえて来た。


 何だろうと思っていると、視線の先には、望夢・紫・飛鳥・海の4人と3年の先輩たちの姿があった。


「空ちゃん、おはよう」


 邪魔しないようにそっと席に着こうとしたが、先に気が付いた紫に挨拶された。


「あ、おはよう。邪魔しちゃってごめんね……」


「全然そんなことないから大丈夫だよ」


 いつもと変わらない優しい笑顔にホッとし、空は聞いてみることにした。


「先輩と何の話をしているの?」


「もう直ぐ体育祭だから、俺達4人に応援団に入ってくれって」


「応援団……?」


「各クラス4~5名選抜して造る応援専門のグループ。いわゆる、団の顔だね」


「へぇ~凄い! みんな、入るの?」


「簡単に言うなよ。そんな楽しいもんじゃねーんだぞ」


 そう言うのは、口をへの字にする飛鳥。


「そうなの……?」


 応援団というものが良く分らない空の頭にハテナマークが並ぶ。


 そんな空に、丁寧に教えてくれたのは海だった。


「応援はね、体育祭のメインに近い催しで、演舞する応援団のメンバーは注目の的になるんだ。だから、毎年参加者は他の生徒と比じゃないほどの練習を強いられる。去年やった先輩たちの話だと、結構大変みたいでさ」


「そ、そうなんだ。なんか、気軽に言っちゃってごめんね!」


「大丈夫。空ちゃんは何も悪くないよ」


「そうそう。決めるのは俺らだから、お前は気にしないで良い」


「望夢君」


 気が付けば隣に立っていた望夢にポンと頭に手を置かれながら微笑まれる。


 先輩達との話はいいのかと思っていると、予鈴が鳴り、先輩たちが教室へ戻り始めた。


「お前ら、まだ時間はあるから考えといて! 出来れば前向きに!」


「お前らが参加するとしないとじゃ大違いだからよ!」


「よろしくな!」


 先輩たちが居なくなった方を見ながら、飛鳥が大きく溜息を吐く。


「あーあ。面倒臭いことになったぜー」


「選ばれるのは名誉な事だけどね」


「有難迷惑とはこの事だろ」


「飛鳥、絶対に先輩の前では言うなよ」


「ヘイヘイ」


 海に指摘されながらも、飛鳥は気怠そうな顔を隠そうとしない。


「な、気晴らしに今日どっか寄ろうぜ!」


「俺らはいいけど、空、大丈夫か?」


 飛鳥の提案に、望夢が空の方をみて確認を取る。


「大丈夫!」


 空は大きく頷くも、何だか視線を感じて顔を動かすと、飛鳥がジッと何か言いたげな目で見ていた。


「飛鳥君どうしたの?」


「……望夢、いつの間に小鳥の呼び方変えたんだよ」


「別にいいだろ。そんなこと」


 ちょっとドキッとしている空の隣で、望夢がなんてことない表情で答える。


「飛鳥も呼びたいなら素直に言いなよ」


「はぁっ?」


 海の言葉に飛鳥は顔を赤くして目に見えて動揺する。


「ほら、言ってみな」


「い、言えるか!」


「え……?」


 強めに否定されたのを聞いて空がショックを受けた顔になると、今度、それをみた飛鳥が珍しく狼狽する。


「お、おい……っ、小鳥、そんな顔するなよ」


「もう飛鳥、空ちゃんショック受けちゃったよ? 照れている場合じゃないって」


「海は黙ってろ……っ!」


「じゃあ、さんはい」


「……っ、そ……空!」


 こうなったら自棄だと顔を真っ赤にしながら名前を呼んだ。


「飛鳥君……今、名前を……っ」


「き、聞いただろ……っ。これで良いだろうが……っ!!」


「うん!嬉しい……っ! これからぜひ名前でお願いします!」


 一度きりのつもりが、空の反応は予想以上だった。


 期待のこもった目に飛鳥は必死に抵抗を試みる。


「……え? これから? ……マジ? 冗談だよな……っ?」


 だが、空はこの機を逃がすまいとするように大きく意気込んで訴えた。


「マジです!!」


「え……っ!?」


 空の思わぬ反応を見て呆気にとられる飛鳥を見ながら、望夢、紫、海の3人は愉快そうに口元を緩ませた。


「決まりだな」


「ははは。空ちゃん最高だねぇ」


「飛鳥、お前の負けだよ」


 仕方が無いので、観念した飛鳥は空を前に、苦笑交じりに頷いた。


「解かったよ。空」


「うん!」


 空はこれで全員が自分を名前で呼んでくれるようになって、嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。




・・・・・・




 その放課後、5人はファミレスに来た。学校から一番近いファミレスは定番の溜り場になりつつあった。


「暑い! かき氷食いてー!」


 外と室内の温度差に、滴る汗を拭いながら飛鳥が堪らずと言ったように声を上げた。それを聞いて、隣の海が宥めながら、メニューを手にする。


「はいはい。頼んでやるから」


 続けて「メロンな」と言う飛鳥に、「知ってる」と涼しい顔で返答する海。2人の絶妙なやり取りが、何だかすごく解かり合っている様で微笑ましくて、空は盗み聞いて笑ってしまう。


 いいなあ。ほっこりする。


「なに、どうした?」


 空が笑っていることに気が付いて不思議そうな顔をする飛鳥に、すぐ彼をからかおうとする望夢が答える。


「お前の顔が変だから面白えんだってよ」


「は?」


「ち、違うよ……っ! 私、そんなこと言ってないからね……っ!?」


「お……おう。大丈夫だ」


「もう、望夢君!!」


「あははは!」


 飛鳥に大慌てで否定し望夢を睨むと、肩を揺らしながら、可笑しそうに笑っていた。望夢のこんな笑顔は珍しい。と言うよりは、初めてに近いと思った。ここ最近は特に、雰囲気が一段柔らかく変わったようにも思う。


 今は揶揄われていたわけだけれど、自分と一緒に居るのが楽しいと思ってくれているのだろうかと思うと、それでも嬉しくなる。


「空ちゃん、空ちゃんもかき氷食べる?」


「あ、うん! 食べたい!」


 纏めて注文してくれるという海の言葉に甘えて笑顔で応えた。飛鳥達が頼んでいるのを見ると自分もつられて凄く食べたくなってしまった。


「お前何味にするの?」


「私は……うーん、イチゴかなー」


 望夢が空の持っているメニューを覗き込みながら訊いてくるので、何気なく答え顔を上げると望夢の顔が思いの外近くにあってドキッとした。


「ふーん。やっぱ女子はイチゴか。俺は……よし、ハワイアンブルーにしよう」


 睫毛長い。本当に、綺麗な顔だな……。


 無意識に、目を細めて笑う望夢をつい見つめていた。


 すると、視線がこちらへ動いて目が合った。


「空、どうした?」


 その瞬間、今までにない、心臓を掴まれたような感覚に襲われた。


「え……あ、何でもない」


「そう?」


 不思議そうにする望夢とは対照的に、空の心臓は激しく鳴っていた。


 何か、凄く変。ドキドキする……。



「——……ふぅ。あー! 生き返ったぜー!!」


 その後、かき氷を完食し暫く寛いだ5人は店を出て歩き出した。


「どうする? このまま、続けてどっか行くか?」


「まあまだ時間あるけど、どこ?」


 まだ物足りなさそうな飛鳥の言葉で4人は行先を相談し始めるが、先ほどから何だか落ち着かない空は、これ以上長居できる気がしなかった。


「あ、ごめん……っ。私は今日はここまでで帰るね……!」


 申し訳ないけど、心臓がこれ以上は持たない気がすると思い断ると、4人が一斉にこっちを見た。


「マジで?」


「うん……っ」


「かき氷食べ過ぎたか?」


「飛鳥じゃないから。でも、空ちゃん大丈夫?」


「海君ありがとう。大丈夫」


「そっか。じゃあ、また明日ね」


「うん、また明日」


「バイバイ空ちゃん」


「紫君、バイバイ」


 みんなに手を振ってゆっくり歩き出す。すると、後ろから声がした。


「空、気を付けて帰れよ!」


 振り返らなくても、この声はわかる。この声が名前を呼んでくれると、魔法が掛かった様にその方を見ずにはいられなくなる。


「うん……! ありがとう、望夢君!」


 今作れる精一杯の笑顔で空は笑った。望夢も微笑んでいるのが見えると、胸が締め付けられる感じがした。


 漸く気が付いたこと、誰かじゃなく、【彼】が笑ってくれるのを見るのが、自分は嬉しく、そんな時に一緒に居られることに幸せを感じるのだと。


「……私、望夢君が好きなんだ」


 純粋に育った恋の花が咲いた瞬間だった。


 しかし、それを邪魔する黒い魔の手が忍び寄ろうとしていた。



「有馬、どうした?」


 立ち止まって、一点にある方を見つめる少年。


 その少年の口元に、怪しい笑みが浮かんだ。


「……見つけた」




・・・・・・




「じゃあ、この後は各自練習に移れ。サボらずちゃんと参加しろよ」


「「「はーい」」」


 空の通う青宝学園では体育祭準備期間がスタートした。


 今日も、終わりのHRが終了すると、各自予定が入っている者は練習に参加する。


「空!」


「……望夢君、今から練習だよね?」


 恋心を自覚した日から望夢と話すのに緊張する。


 でも、嫌な緊張感ではなく、心地がいいドキドキ。初めての感覚だった。


「ああ。お前、何時に終わる?」


「今日は全体応援だけなので、多分だけど、17時半ごろだと思う」


「そっか……。じゃあ、俺らは多分18時過ぎるから、待たずに帰っていいぞ」


「え? あ……うん。分かった」


 今日も、駄目かー……。


 応援団に参加を決めた望夢達4人は聞いていた通り、練習期間が始まってから寄り道する時間さえないほど忙しくなった。


 最初は先に終わった空が教室で時間を潰しながら待っていたが、練習が本格化すると遅くまで残ることが多くなり、次第に帰りはバラバラになってきた。


「暗くならないうちに、気を付けて帰れよ」


「うん。みんな、頑張ってね」


 残念だけど、頑張っている皆を応援しなきゃ。そう思って笑顔で言うと、飛鳥・海・紫も笑顔を返してくれた。


「おう」


「ありがとうね空ちゃん」


「また明日、学校でね」


「はい、また明日」


 みんなを見送った後、空の顔から笑顔が消えていく。


「はぁ……寂しいな」


 そう、空の心の中は穴が開いているようだった。


 いつの間にか彼らと居る日常が普通になっていたのだ。突然やってきた一人で過ごす日々に、前ほど気持ちが適応しなくなっている。


「慣れって……恐い」


 空は寂しくもどうしようもできない事はしょうがないと、自身の練習をどうにかこなし、解散後は一人着替えて下校した。



「ねえ、カラオケ行こうよ」


「いいね!」


 街を歩くと、目につくのは友人やカップルの楽しそうな姿ばかり。


「……はぁ」


 再び思わず大きなため息が零れた時、誰かとぶつかった。


「ご、ごめんなさい……っ!」


 慌てて謝った空だったが、目の前の相手を見た途端、時が止まった様に固まった。


「——え……」


「相変わらずだな、お前」


 高身長に痩せ形で、緩パーマがかかった黒い髪の男子学生が、空を見下ろして笑う。


「……有馬……君?」


「久しぶりだな、小鳥遊」


 彼は、空の中学の時の同級生、有馬悠(ありまはるか)だった。


「そんな顔しなくてもいいだろ。感動の再会なのに、もっと喜べよ」


 蒼白で強張った顔をする空を、有馬はクスッと笑いながら見つめている。


 空は、拳を握り、漸く声を絞り出した。


「……私は、出来ればもう会いたくなかった」


「ハッ。何それ酷くねー? 中学の頃、ぼっちだったお前の相手を散々してやったってのに。恩を仇で返すってこのことか? あ、飼い犬に手を噛まれるっていうべきかな?」


「……私は、有馬君の飼い犬じゃないし、所有物でもない。中学の頃、確かに有馬君が居てくれて助かったこともあったけど、私は……っ、有馬君のしたこと、未だに許せないから……っ!」


 そう言うと、有馬の纏う空気が一変し、目の色が冷たいものになる。


「へぇ……じゃあ、あいつらの中の誰かとでも付き合ってんのかよ? 昨日一緒に居た4人」


「え……っ」


 有馬の思わぬ言葉に目を見開くと、空の反応に、有馬の目が愉快そうに細められる。


「偶然見つけて驚いたよ。派手な連中に囲まれて、随分楽しそうだったな」


「私……もう昔とは違うから……っ!」


「あ?」


「何があっても、私からみんなと離れる気は無いし、有馬君にも奪わせない……っ!」


「……ふーん。まさか、この俺に向かって宣戦布告するとはね。面白いじゃん。いいぜ、やってみろよ」


 有馬は不敵な笑みを口元に浮かべ、空の耳元に顔を寄せると、低く囁くように告げた。




・・・・・・




「あ、悠。帰ったの? お帰り。ご飯食べる?」


 空と別れ帰宅した有馬は、家に居た予想外の人物に顔を顰めた。


「何であんたが居るの?」


 髪の長い、有馬と顔立ちがよく似た女性は、有馬の言葉を受け分かりやすくムッとする。


「ちょっと、あんたじゃなくてお姉ちゃんでしょうが! それに、わざわざ様子見に来てあげたのに、何その態度は!」


「頼んでないし。嫌ならさっさと旦那と子供のとこへ帰れよ」


「本当に、あんたってひねくれ者ね! それで彼女なんて出来るわけ?」


「お構いなく、30過ぎて結婚したあんたと違って困ってないから」


「っ、……あっそ!! あんた、お父さんが入院で家を空けているからって好勝手しないで、ちゃんとやることしなさいよ? これ以上心配させる真似したらあたしが許さないから!!」


「うるせえな。こんなときばっか姉貴面すんじゃねえよ!!」


「悠!?」


 姉の制止を振り切り、有馬は2階の自分の部屋に上ると、そのままベッドに転がった。


「クソ……っ!!」


 そして、ズボンのポケットからスマホを取りだすと、写真のフォルダを開きスクロールする。


「クソ!」


 指が止まったと同時に目に映るものに、有馬の顔が曇る。



『有馬君……っ』



 あいつらにはヘラヘラしていたくせに、俺の時は怯えた顔しやがって……!


「ムカつくんだよ!!」


 有馬は、湧き上がる怒りを抑えられず、衝動的にスマホを壁に向かって投げつけた。


 大きな音を立てながら壁に激突したスマホは力なく床に落ちていく。暗くなる直前まで画面に映っていたのは、穏やかな笑みを浮かべる一人の少女だった。







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