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Paradise  作者: 香澄るか
7/42

自覚


海に連絡した後の飛鳥は何とも不思議な気分を味わっていた。


「にいちゃん、みて! かわいい?」


「は? ——ああ……」


 花冠をして、いつの間にか目の前まで来ていた幼い妹の呼び声にハッとし慌てて頷く。


「おねえちゃん、かわいいって!」


「うん! 可愛いよ!」


「ほんとー? やったぁー!」


 無邪気に喜ぶ花奈の視線の先には、飛鳥よりもずっと花奈の姉妹らしく見える空がいる。


 近頃学校では2人でも話したり一緒に居ることが増えたが、休日にこうして他のメンバー抜で居ると何とも不思議な感じだ。しかも、自分の妹や弟まで一緒にいる。


 今までの自分なら、こんな状況は天地がひっくり返ってもあり得なかったと飛鳥は思う。




 ――飛鳥は、昔から女性が嫌いだ。


 そう感じるようになった最初のキッカケは、実の母だった。


『おい、いい加減にしろよ!』


 いつもはへらへら笑っている父親が怖い顔をして怒鳴るのは、決まって母親相手だった。


『何よ。アタシは母親なのよ? 貰って当たり前じゃない』


『それはお前の小遣いじゃない! こいつらの成長に必要な金だ!!』


『……煩いわね。子供産んだこともないくせに、偉そうに説教しないでくれない?』



 飛鳥の母親は、所謂ネグレクトというやつだった。母親なのに子育ては父親に押し付け、毎夜呑み歩くは、昔からの仲間か何だかわからない連中と、いい歳をして遊び呆ける。そのくせ、口だけは達者で、父親が突かれたくない言葉ばかり投げる。終には、生活に欠かせない子ども手当まで奪おうとした。


 自分は兎も角、まだ何も出来ない、解らない幼い兄弟には母親は必要だというのに。家を空けるばかりでろくに姿を見せない母親を、飛鳥は心底嫌悪した。


 その後、母親は出て行った。今は何処で何をしているのかも知らない。知りたくもない。幸せになんてなっていないことを毎日呪うように願うばかりだ。


 小学生の頃には既に女性に対し疑念を抱くようになってしまった飛鳥だったが、決定打は中学の時。


『立谷君、立谷くんってかっこいいよね』


 同じクラスに、ゾッとするほど甘ったるい高い声で、毎回飛鳥を呼ぶ一人の少女が居た。


 彼女は当時、学年一の美少女と騒がれていたらしい(後々海から聞いた)のだが、飛鳥は彼女のことが苦手だった。


 あの作った様な声で名前を呼ばれるたびに、うぜえ。馴れ馴れしく、勝手に名前を呼ぶなと思った。


『あ! ちょっと、立谷君!!』


 話すのも煩わしくて毎度毎度無視をしていたら、面倒なことをしてくれた。


『おい、立谷!! お前、梨々香ちゃんが話しかけているのに無視すんじゃねえ!!』


 ある日、少女のファンとかいう男子生徒達が飛鳥を囲んで少女への態度を改めるよう訴えたのだ。


『チッ。邪魔だ。消えろ』


『……なっ、梨々香ちゃんはお前の態度で傷ついているんだぞ!?』


『そうだ! あまり調子に乗るなよ?』


『てめーらこそ調子に乗るなよ? こんなことしてタダで済むと思ってんのか?』


 男子生徒達を楯にし、当の本人は傷つくどころか澄ました顔をしている。


 お前らの目は節穴か?良く見てみろよ。一ミリも傷ついてねーぞ。


 大方、プライドを傷つけられた腹いせに男子生徒を使って総攻撃というところだろう。内心高笑いしていると思ってもいい。別に痛くもかゆくもなかったが、この事件を機に飛鳥の女嫌いは頂点へ達したのだった。




「——わぁ! おねえちゃんもすごくかわいい!」


「や、私は……っ」


 過去へと意識を飛ばしていた飛鳥が二度目にハッとした時、目の前にあったのは、花奈とお揃いの花冠をした空の姿だった。


「あ、おにいちゃんみて! おねえちゃんもカンムリしたの! かわいいでしょ!」


「え……っ? あ、飛鳥君!? えっと、見ないで……っ! これはね、調子にのってしまったの……っ!」


「だいじょうぶだよ! おねえちゃんとってもかわいい! おヒメサマみたいだよ!」


「そんなこと……っ。恥ずかしいなぁ……っ」


 空はこんなことに慣れないのか、言葉通り、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


 そんな様子を見ていると、自然と声に出ていた。


「いいんじゃね。似合う」


「え?」


「いや、え……っと」


 空が目を丸くしてこっちを見ているが、自分でも口から出た言葉に驚いた。


 けれどそれ以上に驚いていたのは、最悪なタイミングで現れたこの3人だった。


「「「は?」」」


「……(ヤベェ)」




・・・・・・




 【耳を疑う】という言葉は、まさに今用いるべきだと思う。


 数秒前、公園に辿り着いた望夢達は、足を踏み入れた瞬間確かに声を聴いた。



『いいんじゃね。似合う』



 本当に、目の前の男から出た言葉だろうかと、全員がそう思った。自分達が知っている飛鳥は、女子に対して口が裂けてもそんなことは言わないからだ。


 望夢達は驚きのあまり直ぐ言葉を発することを躊躇ったが、事の重大さを全く理解できない花奈が無自覚に追い打ちをかける。


「ほら、おにいちゃんもかわいいって!」


「か、かわ……っ?」


「そうは言ってねぇ……っ!!」


 間接的にも言葉の偉力によって赤面する空を見た途端、飛鳥は自分の言動を冷静に振り返って瞬時に回収作業へ移ったが、時既に遅かった。


「何言ってんの。『いい』って言ったのは、同じ意でしょ」


「海……っ!! 黙ってろ!!」


「おにぃ、かおまっか! あはは! トマトみて~!!」


「翔、うるせえ……っ!! 黙ってろ!!」


 飛鳥は確実に声を聞いた者達によって四方八方から揶揄われ、顔を真っ赤にして酷く動揺した。


 ―面白くねえ。良く分からないが、その光景に、望夢はそんな感情を抱いた。


「あ、た、高羽君!」


「‥‥よう」


 気恥ずかしそうにしながら近づいてくる空に、望夢は心とは裏腹に笑顔を見せる。


「みんなもう家庭訪問はすんだの?」


「ああ。飛鳥が最後だ」


「そっか。驚いたけど、休みの日にもみんなに会えて嬉しいな」


「……そう言えば、何気初だな」


 言いながら、望夢は空を見た。


 白いレースのワンピースに髪は緩く巻いて、サイドを少し後ろに編み込んでいる。


 花冠が加わると花奈の言う通り、確かに……


「お姫様、だな」


「え……っ?」


 無意識に手が伸びて、空の髪に触れる。


「良いじゃん」


「な……っ」


 空は何が起こっているのか把握できていない表情で、それが何だか可笑しく、同時に嬉しくもあった。


 さっきまで靄がかかったように面白くなかったのに、今、彼女の目に自分だけが映っている。そのことに堪らなく安心と愉しさ、歓びを得たように感じる。


 この気持ちは、何なのか自分自身へ問いかける。


「……意外。髪とか巻くのか」


「あ……えっと……、休みの日は基本、家へ来た苑ちゃんに遊ばれていて……」


「ああ、成程ね‥‥」


 瞬間的に、苑が空の髪を梳かしている姿が浮かんで苦微笑を浮かべた。


「そういえば……苑さんって、美容師か何かなのか?」


「うーうん。苑ちゃんはカメラマン」


「カ……っ? ……あの人って、マジで何なの?」


「あはは!」


 苑の不適な笑みを思い出しながら驚く望夢を見て、空が笑い声を上げる。


 その笑顔を見ると、嬉しくなって、自然とつられて笑みがこぼれた。


「……やっぱり、お前、笑っているほうがいいな」


「え? そ、そうかな?」


「ああ」


 ――違う。自分が、彼女が笑うと幸福レベルで嬉しいのだ。


「高羽君」


「望夢。……いい加減、俺のことは名前で呼べよ、空」


 望夢が真っ直ぐ見つめながら告げると、空は目を丸くしながらこちらを見返した。


「……高羽君、今……空って」


「良いから、早くしろ」


 照れ隠しも含め急かすように言うと、空は漸く、名前を口にした。


「……の、望夢君!」


 前に、紫に突きつけられた言葉を思い出す。


 

『望夢が空ちゃんをあだ名で呼んでいるのは、予防線かと思っているけど違う? 空ちゃんを好きにならないための』



 親友の勘とは、下手な占いより怖いと望夢は実感した。


「ははは……」


 思わず、乾いた笑みが零れた。


 何故、今まで普通にしていられたのか分からないほど、一気に感情の波が押し寄せてくる。


「た……望夢君? どうしたの……?」


「……何でもねえ」



 ――お前が、好きだ。



 漸く、気付けた。でも、この気持ちは伝えてはいけない。



『望夢、私、望夢が好き。付き合って欲しいの』


『……悪い。安梨沙、俺はお前とは……付き合えない』


『どうしてお願い、断らないで。望夢……っ』


『……ゴメン。本当に、ゴメンな』


『……私、諦めないから……っ!!』


『安梨沙……、あ『嫌だ!! 聴きたくない!!』


『安梨沙……っ!!』



 キキィ―――ッ!!!ドォン!!!



『安梨沙―――!!!』



 自分には、誰かを好きになる資格なんて無いから……。




・・・・・・




「ただいまー」


 空が帰宅すると、家でくつろいでいた暁と苑に出迎えられた。


「「おかえり」」


「今日はありがとう。お陰で楽しく過ごせたよ」


「そっか。そら良かった。チビ達は大人しくなったか?」


 別れ際の様子を思い出しているのか、笑みを浮かべる暁に訊ねられ、空も笑いながら頷いた。


「うん。あの後望夢君達とも合流して沢山遊んでいたから、十分満足したみたい」


「あ、やっぱり合流したか」


「うん! 休日にみんなと会えるのは新鮮だったし、凄く楽しかったよ!」


 思い出してまた嬉しくなって笑顔を浮かべる空だったが、ずっと会話を聞いていた苑が口を開いたことで状況が一変する。


「……空ちゃん今、高羽君のこと、名前で呼んだ?」


「へ? ……あっ、うん……!」


「どうしたの? ……何かあったりした?」


「え? 別に……。その……、高羽君がいい加減名前で呼べって言って……。それに、私のことも空って呼んでくれるようになったから」


「ふーん。そうなんだ?」


「……うん。何か変かな……っ?」


 笑顔のはずなのに緊張する苑の空気に戸惑っていると、突如暁が苑の側頭部目掛け拳骨をかました。


「痛いんですけど……っ!?」


「痛くしたからな」


 暁はサラッと言い返した。そして、空に向き直ると言った。


「こいつの事は気にしなくていいぞ」


「え? あ、わかった」


「ちょ、空ちゃん納得するのが早くない?」


「「あははは」」


 暁のお陰で空気が和やかに戻り一安心する空だったが、彼女が見ていない所で2人は意味深な視線を交わしていた。









「——暁、いいの?」


 苑がじっともの言いたげな目で訊ねて来るのを、暁は涼しい顔で受け止める。


「何が?」


「何って、空ちゃんの話の感じだと、この先、ただのオトモダチじゃなくなる可能性があるだろ!」


「だからって、俺らが口出すのは違うだろ。もし仮に関係性が変わっても、高羽達はちゃんとしているし、信用できる連中だろ?」


「解かってはいるけど……、あの空ちゃんに、彼氏とかっ……彼氏とか!!」


 苦悶の表情を浮かべる苑に、暁は苦笑しながら言葉を返す。


「……お前は、どこぞの親戚のオヤジか?」


 すると、こちらへ向き直った苑が、徐に片膝を着きながら暁の胸倉をつかんで訴えた。


「お前が物わかり良すぎるんだって! 世の中のパパ達は、地獄の苦しみを味わっているというのに……っ!!」


「パパってお前な……。——だってよ、大地さんに代わって俺はあいつを幸せにしてやらないといけねえから。俺が反対しちまったら……、空は気を遣ってずっと独身でいることになるし。そんなことにでもなったら、大地さん達に合わす顔がねえ」


「は? 結婚のはなし? 展開早過ぎだろ。馬鹿か、マジ止めろお前」


「こっちの台詞だ。……てか、仮定の話でとやかく言ったって埒明かねえ」


 マジな目で言うな。そう言って軽く鳩尾辺りを小突いてやるも、苑も軽く握った拳を言葉と共につき返してくる。


「時間の問題だと思うけど?」


「だとしても、空の好きにすればいい」


「……そっか。でも、俺的には、高羽少年には何だか影がある気がして……この先、面倒なことにならないかちょっと心配だけどね」


「それなら、そんなときこその俺達だろう。‥もし空が沈んで帰ってきたりした時にも、笑顔になれる居場所で在り続ける」


 ニッと笑う暁がそう言えば、漸く気が晴れたように苑からも笑みがこぼれた。


「だな」


 まさかこの日、望夢が空への恋心をハッキリと自覚したことなど知りもしない2人は、当たらずも遠からずのタイミングでこんな会話をしていたのだった。



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