家庭訪問と立谷兄妹
空の学費問題も無事に解決し、家庭訪問の日を迎えた。
「初めまして。空さんの担任の加瀬司です」
「どうも。養父の仁倉暁です。空がお世話になっています」
緊張の面持ちの空を他所に、リビングダイニングのソファー席で向かい合った2人は、和やかな雰囲気で挨拶を交わした。
「先生、コーヒー良かったらどうぞ」
「ありがとう」
空が目の前に淹れたてのコーヒーを置くと、強面の顔から笑みが零れた。
暁は普段着より少し気を遣ったような格好で、加瀬はというと黒のスーツ姿に髪もしっかり整えてある。いつも見る雰囲気とはまるで違って新鮮だった。
「——何て言うか……、空ちゃんの先生って、暁と雰囲気似てんね」
そう言ったのは、テーブル席から2人の様子を眺めている苑。
『邪魔しないから、お願い、担任の顔拝ませて!』と言われたので、少し離れた位置から様子を見守ってもらうことになったのだ。
「うん。私も最初に思ったの。年齢も確か一緒だよ」
「へー」
話を聞いてますます興味を抱いた苑がそう呟くのをよそに加瀬が口を開く。
「後日、高羽達から聞きしました。空さんの通学に問題がなくなったこと」
すると、暁は座ったままの状態で両膝に手をつき頭を下げた。
「はい。その節は、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。空は今後も学校に通わせるので、引き続き宜しくお願いします」
「よかったです。入学当初は心配されていた高羽達も、空さんのお陰か真面目に通学していますし、空さん自身も、彼らの支えもありクラスに少しずつ馴染んできています。5人は、一緒に居ることで互いに良い影響を受け合っていると感じています。なので未熟ながら、これからも見守っていきたいと思います」
「ありがとうございます。先生になら、安心して空を任せられます。よろしくお願いします」
それから暫くは、馬が合ったらしい加瀬と暁、そこに苑も加わり、大人の男同士楽しく談笑していた。
空は、自分に望夢たちという新しくいい出逢いがあったように、暁たちにとってもいい出逢いが訪れたのを感じ、その光景を嬉しく思いながら笑顔で見守っていた。
「先生、今日はありがとうございました。先生の言葉、嬉しかったです」
「こちらこそ。そんなこと言ってくれるのはお前くらいだ。お前はうちの貴重な生徒だからな、これからもよろしく頼んだぞ」
「はい。へへ」
一足先に外へ出た空と加瀬が話しているところへ、後を追って暁たちが見送りにやって来た。
「今日はありがとうございました。加瀬先生、良かったら今度俺らと一杯どうですか?」
「先生、絶対呑むでしょ?」
なんて、暁と苑が言うことに加瀬も笑顔で応じた。
「良いですね。酒とタバコは一生抜けません。是非」
「気を付けて!」
去っていく加瀬の車を見送りながら、暁の手が空の肩に乗る。
「——お前の先生、良い人だな」
「うん! 最初は怖いかと思っていたけど、実際はすごく生徒思いな先生。私、加瀬先生のクラスで良かったよ!」
「いいな、俺もあんな先生が良かったな~」
他人には警戒する苑も珍しく気に入ったようで、そんなことを言っていた。空は改めて、加瀬にはすごい力があるように感じた。
・・・・・・
その後、お店の買い出しがてら3人でお昼を食べに行くことになったのだが、空達は街中で意外な人物と遭遇した。
「……飛鳥君?」
人目を引く明るい金髪に、吊り上がった鋭い目。見たことがある人物と思ったら、小学生くらいの小さい少年少女を連れて歩く飛鳥を発見した。
「あ? こ、小鳥……っ!?」
飛鳥は睨み調子で振り返ったが、その先に居た人物が空だったことにとても驚いていた。
「……あの、飛鳥君、その子達って……?」
「君の隠し子か何か?」
空の声に被せて来たのは苑だった。
「ば……っ、違うだろどう考えても!! 俺の弟と妹だよ……っ!!」
顔を真っ赤にしながら否定する飛鳥を見て苑が人の悪い笑みを浮かべる。
「何だー、詰まらないな」
「おい!! あっ、小鳥、信じるなよ? 違うぞ? 絶対信じるなよ……っ!?」
「だ、大丈夫! 解かっているから……っ!!」
目が合ったとたん必死に弁明する飛鳥を見ていると、空もなんだか必死になって頷いてしまった。
そんなことをしていると、飛鳥の弟と妹がこちらをじっと見つめていることに気が付いた。
「こんにちは」
かわいくて口元が自然と緩んでしまう。ドキドキしつつ笑顔で挨拶をしてみると、予想もしない言葉が返ってきた。
「——おねえちゃんは、飛鳥にぃちゃんのともだち?」
「みたことないかお~。もしかして、にぃのカノジョ?」
「えっ!?」
「「違う!」」
思わず声を上げ驚く空より先に否定したのは、飛鳥と苑。
「お前らっ、くだらねーこと言ってんじゃねーよ……っ!!」
「そうだよー。君たち、どう考えてもこのお姉ちゃんは君のお兄さんには勿体ないでしょ?」
飛鳥とは対照的に苑が子供相手にも目線を合わせながら黒い笑顔で諭していると、背後から鉄拳が落ちてきた。
「——お前も、子供相手にマジになるな。馬鹿」
「……痛いんだけどー」
「痛くしたからな」
サラッと言う暁は、苑から飛鳥に視線を移す。
「悪かったな」
「いや、別に……」
「お前、こんな小さい弟妹がいたのか」
「はい。——おい、自分で挨拶できるよな?」
飛鳥が背中をポンと叩いて促すと、二人は小さく頷いてゆっくりと口を開いた。
「飛鳥にぃのおとーとの、翔です!」
「いもーとの、花奈です!」
「か、可愛い……っ!!」
空は、初めて目の当たりにする小さな天使たちに歓喜の思いを抑えられなかった。
「「わ……っ」」
つい抱きしめると、最初は驚いていたものの、だんだん恥ずかしさと嬉しさのようなものがまじりあった顔をして空の服をきゅっと掴んでいた。
「マジで癒しの集結」
カシャっとシャッター音がしたと思ったら、やっぱり正体は苑だった。
「……あの、何を撮ってるんすか?」
「あ、ごめん。俺の職業病だから。悪いようにはしないから許してよ」
「別にいいっすけど……、職業病って?」
不思議そうにする飛鳥に、苑に代わって暁が答える。
「こいつ、これでもカメラマンだから」
「え、カメラマン? マジ? スゲー……っ」
「普通ですよ。でも、何か記念行事の時とかは是非。ウチを宜しく」
「おい、ガキ相手に営業するな」
何処からともなく名刺を出してきた苑に暁が釘をさす。
「ケチ」
「馬鹿」
「いえ、あの、一応貰っておきます。……ありがとうございます」
ちょっとした火花が散る場を飛鳥が名刺を受け取り収めたとき、未だに空の腕に包まれていた翔と花奈の2人が声を上げた。
「ねえ、にーに、オレおなかすいた!」
「はなも、なにかたべたい」
「は? ……っても、まだ家庭訪問終わってないんじゃねー?ったく……しゃーねえ、マックにでも行くか」
溜息交じりにそう言う飛鳥を、暁が引き止める。
「そういうことなら一緒にどうだ? 奢るぞ」
「え? いや、大丈夫ですから……っ!」
慌てて首を大きく横へ振って断ろうとする飛鳥だったが、その肩を掴んで暁が強制的に連れていく。
「何、気を遣ってんだよ。いいから行くぞ」
「いや、でも……っ!」
「飛鳥君、私もっと翔君と花奈ちゃんと居たいな。駄目かな?」
本気でそう思った空が駄目押しで願い出ると漸く飛鳥が頷いた。
「……解かったよ!」
・・・・・・
「「いただきます!!」」
カフェレストランに入った空達。目の前には可愛く声を揃えて手を合わせる翔と花奈の2人が、お子様ランチを前に目をキラキラ輝かせている。
「天使が2人……!!」
目を輝かせていると言えば、この空も例外ではなかった。その天使2人にずっと目を奪われているあまり他がおろそかになる空に代わって、苦笑交じりに飛鳥が彼女のコップに水を注いでやる。
「お前は少し落ち着け」
「あ、ありがとう。飛鳥君……!」
「ん。零すなよ」
飛鳥は気が付いていないが、それを見た暁たちの目がふっと細められる。
「……あの、ホントに、すみません。マックとか適当なとこで良かったのに」
暫くして、感じ取った視線を勘違いした飛鳥が居直って2人頭を下げた。対して、暁と苑は笑顔で首を横に振って見せた。
「それだといつもと変わらないんじゃねーのか?」
「けど、こいつらどうせ味の違いなんて分かんねーし」
「美味そうに食ってくれるだけで十分だ」
「そうそう。たまには俺らもカッコつけたいのよ」
最終的にはコーヒーを飲みながら余裕の笑みを浮かべる2人を前に、飛鳥は完全降伏し、一度兄弟達を見てから改まって頭を下げた。今度は笑顔で。
「ありがとうございます。ご馳走様です」
「へー。実はキミって、意外と堅い子なんだね?」
「な、何だよ。堅いって……っ!」
「褒め言葉だよ」
戸惑う飛鳥に肩肘をつきながら苑がにこりと微笑みかけて言うと、さらっと褒められたことが予想外だったのか、顔を照れくさそうに赤く染めていた。
「い、意味分かんねえ……っ」
飛鳥はそれ以降暁と苑を見ないようにしていたが、2人は飛鳥と兄妹達に温かい眼差しを向けていた。
それは空も同じで、飛鳥の人柄や、それを自分の身近な人が理解していることにも心が温まった。
「「ごちそうさまでした!」」
満腹になり店を出た直後、空と手を繋いでいた翔と花奈が同時に振り返った。
「……ねえ、もうかえっちゃうの?」
「おねえちゃん、ウチであそぼー」
「え?」
「何言ってんだ。帰るぞ」
答えるより早く、飛鳥が2人に言った。
しかし、空を気に入った2人はなかなか空の手を放そうとしない。
「え~! イヤだ!」
「花奈もイヤだ。もっとおねえちゃんといる!」
「は……っ? おい、花奈、お前まで何言って……っ」
きっと見るからに大人しい花奈が駄々をこねるのは珍しい光景なのだろう。
狼狽する飛鳥を見て空も驚く。
すると、黙っていた大人2人がこの場を見兼ねて口を開いた。
「空、お前はこの子達と一緒に居てやれ」
「何かあればいつでも連絡していいから」
「え……? 暁君、苑ちゃん、いいの?」
「買い物は俺と苑で行く。気にするな」
「いや、これ以上迷惑は……っ」
咄嗟に飛鳥が口を挟んだが、2人が笑顔で何らかの圧をかけてくるので、それ以上の抵抗は不可能だった。
「……なんか、邪魔ばかりして悪いな」
「え? いや、そんな事ないよ! むしろ私の方が2人を手放せなくなっちゃって……ごめんね? はは」
「ありがとうな」
珍しくテンションがダダ下がりの飛鳥を何とか明るくしたくて笑って見せると、飛鳥の表情に漸く笑顔が戻った。
・・・・・・
「あれ、飛鳥は?」
時を同じくする頃、家庭訪問ですることがない望夢と紫は街中で集合していた。
どうせならみんなで遊ぶかと海経由で飛鳥も誘ったが、来るはずは無かった。遅れて1人で現れた海が、スマホの画面を見ながら答える。
「翔と花奈の面倒をみないといけないみたいで無理だって」
「あーそっか。……そう言えば、小学校は振替だったか」
「チビ2人が家にいたらろくに話も出来ないからって、朝陽さんに纏めて追い出されたらしい」
「飛鳥もああ見えて結構良い兄貴だよな」
「だよね。本人は何故か強く否定するけど」
「照れ臭いんだよ」
なんて3人で和やかに話しながら歩いていると、紫がある一点に目を留めた。
「望夢、あれって」
「なに?」
紫と同じ方向を見ると、そこにはやたらと目立つ、若い男性2人の姿があった。
「暁さん、苑さん!」
「何だ、お前らか」
「今日は何か、イケメン日和だね」
望夢たちが呼び止めると、同時に降り返った2人は何故かおかしそうに笑っていた。
「え、あの……? ってか、あいつ、一緒ですか?」
この2人がいるということは空も居る筈と思ったが、暁と苑は顔を見合わせると驚くことを口にした。
「……いや、空はお前らのツレと一緒だ」
「そうそう。あの子、立谷飛鳥君」
「「「え?」」」
状況が把握できない3人に説明してくれたのは苑だった。
「偶然会ってさ、ちょうどお昼だったしさっきまで立谷兄妹も一緒にランチしていたんだけど、ツインズが空ちゃんを偉く気に入って手放さなくなってさ。この通り、俺らは寂しく男同士で買い出しだよ」
「電話してみれば? きっとまだ一緒にいると思うぞ」
「そうですか……」
暁と苑の背中を見送りながら、望夢達は暫くその場に立ち尽くした。
「えっと……、電話してみる?」
「まだ家には帰ってないはずだけど……どうする? 望夢」
「は? 何で俺を見るんだよ?」
いちいち自分を気にしながら話す2人を訝しみ聞き返せば、意味深な表情で顔を見合わせる。
「「それは……ねえ?」」
「ったく、何なんだよ!」
「じゃあ聞くけど、望夢は気になってない? あの2人のこと」
「別に……」
気になる?何が?あの飛鳥と小鳥だぞ?
確かに最近は2人、よく一緒に居ると思う。根っからの女嫌いの筈の飛鳥が、珍しく小鳥には心を許し、たまに世話を焼いている様子が目につく。小鳥の方も、最初は萎縮していたわりに、飛鳥の本質を知ってからは心を開きよく懐いていると思う。
でも、それ以外に何かあるか?どうにかなると、そう言いたいのか。
望夢が不意に視線を動かすと、まだ紫と海が詮索するような目でこちらを見ていたので煩わしかった。その時、海のスマホが1件のメッセージを報せた。
「——ねえ望夢、飛鳥から来たよ。 <今、小鳥と居る> って」
「何処だ?」
わかってはいたことなのに、いざ聞かされると何故か落ち着かなくなるが、ここは意地でも平静を装った。
「案外近かったよ。この先の星の花公園」
「そっか」
「行く?」
「飛鳥に、一応連絡しとけ」
「了解」
望夢の言葉を肯定と受け取った海はスマホを操作し、紫は先に歩き出した望夢の後を追って来る。
公園へ向かう道中、望夢の頭に空の笑顔が過った。