訪れた小さな奇跡
上原家に手紙を送った日から時は経ち、空の誕生日当日となった。
定休日を利用し、暁の店を会場にして、店内は風船や様々な飾りや花で賑やかに彩られた。
これは、苑や望夢達5人、今回同じく招待した桃加や月菜、そして梨々香が朝早く集まってやってくれたもの。
カランと店のドアが開く音でハッとすると、現れたのは、望夢が押す車椅子に乗った少女。望夢の従兄妹で、今となっては空の友達の安梨沙だった。
「空、今日は招待してくれてありがとう」
「安梨沙ちゃん、待っていたよ!」
望夢が近くまで、親の車に乗って来ていた安梨沙を迎えに行っていたのだ。
「大事な日まで望夢借りちゃってごめんね。でも、お父さんとお母さんが付いて来たら、流石に楽しめないと思って……っ!」
「こちらこそ、無理言ってごめんね! でも、安梨沙ちゃんが来てくれて嬉しい!」
「あたしも。空の誕生日を一緒に祝えるなんて、嬉しいよ。えへへ」
二人は最初出会った時以上に、すっかり仲良くなっていた。
望夢に聞いていたものの、実際目の当たりにすると、紫は驚きを隠せない様子だった。
「ホントに、二人は仲良くなっちゃったの……?」
「ああ……あの通り」
耳うちに望夢が苦笑で返すと、紫はその顔を見て噴出した。
「まさか、安梨沙ちゃんに嫉妬する日が来るなんてね? 人生は分らないね」
「……はぁ。生きてりゃ何が起こるか分かんねえって言うけどよ、もう恐ぇよ」
「あはははは!」
空は最近知ったが、紫は結構笑い上戸のようで良く笑う。
もう盛大に笑われた方がいいと諦め、空と安梨沙が笑いあっている姿を見つめていると、その背後で時計を気にする暁に気が付いた。
「暁さん? どうかしましたか?」
「……ああ。ちょっとな」
暁は、何故かはっきりと答えようとせず、何かあるのか?と思った。
その時、店のドアが割と勢いよく開いた。
「遅くなってすみません……!!」
現れたのは、意外も意外な、あの上原清次郎と、清晴だった。
「え、お二人とも、来てくださったんですか……っ?」
空は凄く驚いている様子だったが、暁の顔を盗み見ると、ホッと息を吐きながら安心したように小さく笑っていた。
「すまない……ハッキリと返事をせずに。正直……行くべきか迷っていた。結局、美晴を一緒に連れて行くことは出来なかったし……」
「それでも来てくれたんですよね? それだけで、すごく嬉しいです!」
空が思わず二人に駆け寄り微笑むと、二人は顔を見合わせ、そして空に向き直ると言った。
「やっぱり……、君の父親仁倉君はすごい男だな」
「え……? 暁君ですか?」
どうして暁が出るのだろうと振り返ると、清次郎が暁を見つめる空に言葉を続けた。
「実は、君から手紙を貰ったとき、一度仁倉君に連絡した。君の気持ちとは別に、彼が認めているのかも確認するべきだと……。すると、彼は我々にこう言った。
『俺自身の感情なんてどうだっていいですから。あなた方が当日来てくれるなら、間違いなく空は喜びます。笑顔になるんです。逆に、あなた方がこなければ、納得はするでしょうが、空はきっと心の内では悲しみます。うじうじ悩まれているのなら、俺からこれだけ言っておきます。空が生まれた日に、悲しい記憶を残すような真似だけは止めて欲しいです』―と。それで、足踏みは止めて、決心した」
「暁君……っ」
空は、暁が自分の為にそこまで言ってくれているとは思っておらず、驚きで彼を見つめる。
すると、暁は空に優しく微笑みながら言った。
「俺にとって、お前が生まれた日は何よりも特別だ。お前が幸せに、笑顔になるなら、どんなことだってする。前にもそう言っただろう?」
「うん……っ」
暁の温かい気持ちが伝わって来て、空の目には涙が溢れた。
「それに、こないだの、美羽さんの手紙と写真をいただいたお礼がまだでしたしね」
「え……っ」
暁が自分の方を見てそう言うのを、清晴は驚きながら聞いた。
「早くに母親を亡くした空にとって、あれは母の愛を実感するとても大事な宝物です。写真を見て、空は泣いて喜んでいました。本当に、ありがとうございます」
「……俺は、当時側に居られないことが多くて、姉には何も力になってやれなかった。せめてこのくらいはと、自分に今できることをしたかっただけだよ」
「それでも、あれは美羽さんの弟であるあなたしか出来ない贈り物です。俺にはどう頑張っても与えられないモノだった。あの日、空のことを一番笑顔に出来たのは、紛れもないあなたの贈り物です」
「仁倉君……」
暁の言葉に胸を熱くしていると、空がこちらを見て微笑んだ。
その笑顔を見て、懐かしく、大好きだった人の姿を思いだす。
『ハル』
「もっと早く、こうしていれば良かった……。でも……俺は、俺達は幸せ者だな。——なあ、親父」
「ああ、本当に」
清晴の隣に立ち、一緒の方向を見つめる清次郎は目頭を押さえながら頷いた。
☆
眼の前の光景を見つめる暁は、大地と美羽、懐かしい人たちの姿を思い浮かべ笑みを浮かべた。
大地さん、美羽さん、何処からか見ているか?
俺がしたことはもしかしたらあなた達が望んだものではないかもしれないけど、空が笑っているなら、俺は少なくとも、間違ってないと思っている。
この先もきっと、色んなことが待っていて、空は沢山の人間と出逢っていくと思う。
だけど、俺はどんな時も空の一番の味方として側で見守っていくから、どうか二人も、俺らのことこれからも温かく見ていて欲しい。
「俺も、もちろん入っているよな?」
「……は?」
心の中で語り掛けていたはずなのに、いつの間にか隣に立っていた苑が言った言葉に耳を疑った。
「すげえ驚いた顔」
「……そりゃそうだろう」
「お前のことだから、この光景を見ながら、大地さん達に語り掛けていたんじゃないかと思って。俺達のこと、これからも見守っていて欲しいとか何とか」
「マジで良く分ったな」
「分らないとでも? どれだけの付き合いだと思ってんだか」
「そうだよな。……お前も、俺達と一緒に、今まで歩んできてくれたんだもな」
「……暁」
「俺は、一人じゃ無かったからここまで来られた。言ってこなかったけど、お前にだって心から感謝している。これからも、俺達のことよろしく頼むな」
「そんなこと、当然だろう」
暁の言葉に、苑は彼の肩に腕を回し、満面の笑顔を浮かべた。