かわいい招待状
「紫君!」
清次郎と揃って会場に戻ってくると、紫が入り口付近で待ってくれていた。
「空ちゃん、おかえり」
「ただいま! 待っていてくれてありがとう」
「いっぱい話は出来た?」
「うん。今日は本当に来られて良かった」
空がそう言うと、隣に立つ清次郎の目元が嬉しそうに細められた。
そんな二人を見て紫も安堵の笑みを零すが、すぐあることを思い出しハッとする。
「そうだ、さっき暁さんから連絡あって。あと少しで迎えに来るって」
「あ、本当? ……あ、えっと……会ってはいかれませんよね?」
空がちらりと清次郎を見上げると、彼は苦微笑交じりに首を横に振った。
「すまない。君に気を遣わせてはいけないのに」
「いいえ……」
その後、車が到着するまでの間3人で談笑していると、携帯を気にしていた紫に肩を叩かれた。
「空ちゃん、車着いたみたい」
「あ、うん」
部屋の外が丁度駐車場だったので窓から覗いてみると、確かに暁の車が停まっていた。
「待たせるといけない。ほら、行きなさい」
「はい。……あの、今日は、本当に呼んでいただきありがとうございました。これからも、お身体に気を付けて、お元気で」
清次郎に背中を押された空は、彼を振り返り丁寧に頭を下げると笑った。
清次郎は、胸が締め付けられそうな想いになりながら、空に向かって小さく手を振った。
自分は、彼女を自ら手放したのだ。悲しむ権利など、名残惜しむ権利などない。
『長い間お世話になりました。お父様、どうか……お元気で』
娘と同じ顔をした少女を見送りながら、涙が一筋頬を伝うのを必死で気が付かないふりをした。
「暁君!」
空が外へ駆け出すと、暁は車から降りて彼女を迎えた。
「空、お帰り」
「ただいま。あのね、清次郎さんと沢山話をしたの。お母さんのことも聞けたよ。……私、今日ここに来られて良かったよ」
空が暁の胸に飛び込みながらそう言うと、笑顔の空を見て、暁は安堵の笑みを浮かべた。
「そうか」
一緒に出て来た紫も、暁の視線を受け取ると一つ頷いた。
それは、嘘偽りがないという証拠。暁は心の内で、良かったと、改めて安堵した。
「じゃあ、帰るか。紫も、ついでに送って行く。乗れ」
「良いんですか? ありがとうございます。——あ、そ、空ちゃん」
何かを見付けた紫が上を見ながら指を差している。
何だろうと同じ方向を見てみると、建物の二階から清晴がこちらを見ていた。
「清晴さん……」
彼は、空、そして暁と目が合うと一度身を翻すが、途中で足を止め、また顔を出すと、何か言いたそうにしながらも、無言で懐から何かを取り出し、そっとそれをこちらへ向かって手放した。
それは風に乗り、緩くひらりと舞い降りて空の手元へやってきた。
茶色い封筒に入ったそれを開けてみると、中身は一枚ずつの手紙と写真だった。
『ハルへ
元気? 私達に新しい、小さな家族が増えました。娘の空です。子供が好きなハルに、いつか会わせたいな。とってもかわいいです。私はこの子のために強い母になります。見守っていてね。また手紙書きます。 美羽』
そんな手紙と一緒に入っていた写真は、美羽が赤ちゃんの空を、とても大事そうに、愛おしそうに見つめて笑っている写真。
「これ……っ」
思わず空は顔を上げるが、その時には既に清晴の姿はなかった。
「ありがとうございます……っ」
空は、涙が零れ落ちない様拭いながら、小さくお礼を言った。
それを側で聞いていた暁は空の頭をそっと撫でながら、先ほどまで清晴が立っていた方を暫くじっと見つめていた。
・・・・・・
快気祝いから1週間程経った頃のことだった。
「清晴はいるか!?」
「え、あの、旦那様……っ?」
清晴の部屋に清次郎が部下を押しのけ入って来た。
「何? 親父、どうかしたのか?」
何だか様子がおかしいので訊ねると、震えた声で何かを突き出してきた。
「これ……読んでみろ!」
「え? 何だよ?」
清次郎が机に置いたのは、一通の、何だかとてもかわいらしい絵柄の手紙。
宛名が、上原清次郎様・清晴様・美晴様とあった。
誰が一体こんな手紙をと裏返してみると、差出人の名前は小鳥遊空と書かれていて目を見開いた。
「親父、これ、空さんから……?」
「い、いいから、早く読みなさい!」
「……ああ」
酷く動揺している父親を見ていたら何故だか自分まで緊張してきた。
既に清次郎が読んだ後の様だったが、慎重に封を開け手紙を取り出すと、そこにはこう書かれてあった。
『先日はありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせて、本当に嬉しかったです。実は、来週24日が私の誕生日なのですが、暁君が誕生パーティーを催してくれることになって、先日のお礼を兼ね、皆様をご招待できればと思っています!もし良ろしければ是非お越しください』
「え!?」
思わず手紙を床に落としそうになって、清次郎に子供の時以来、頭を叩かれそうになった。
「どうだ……っ、驚きだろう?」
父が何故これほど動揺しているのかがやっと解った。
「……ああ。俺らがまさか呼ばれるなんて……しかも、美晴も合わせて三人で」
「美晴は何と言うだろう……というより、これは……良いのだろうか。仁倉君は納得しているのか……」
「確かに。問題はそこ……ですね」
会ったときに思った限り、空は恐らく美羽に似てとても心根が優しいのだと思う。
そのため、今回自分達と会ったことで、何かしら情が生まれてしまったのかもしれない。
嬉しくはあるが、これは喜んでも構わない事なのだろうか?
『暁君は、自分の想いよりもまず、どんなときも私の気持ちを最優先してくれる人なんです。例え、自分は快く思っていない人でも、私が会いたいと言えば、背中をおして送り出してくれる』
清次郎の頭の中では、あの日聞いた暁の話が思い浮かんだ。
「……清晴、電話をかけてくれ」
「え? 電話って……もしかして」
清晴が清次郎に確認をすると、考えていたのは同じ人物で間違いなかったようで頷きが一つ返ってきた。
「至急、頼む」