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Paradise  作者: 香澄るか
35/42

祖父と叔父の存在


 その晩、暁は今度、苑と共に居酒屋へやって来た。


 黒いシックな外観で苑と暁が外呑みの時に良く行く店だ。


 店に入ると先に入っていると連絡があった加瀬が待っていた。今日は、以前からの約束の3人飲みを果す日だった。


「こんばんは」


「先生、こんばんは」


「お待たせしてすみません」


「いえいえ。そんな経ってませんから」


 2人が頭を下げつつ加瀬と向かい合うかたちで席へ着くと、彼は何ともなさそうに口元に笑みを浮かべた。


「先生何か頼まれましたか?」


「まだです」


「注文しましょう。何にします?」


 そう言って、苑がさくさくとメニュー片手に注文する。品物がテーブルに到着するのを待つ間、暁は今日の出来事を話そうと思った。


「実は、今日の昼間、空の叔父と会ってきたんです」


「叔父……? 小鳥遊には、親族がちゃんと居たんですか? ……ってきり、……もう居ないのかと思っていました」


 暁の話に、当然だが、加瀬は酷く驚いた顔をしていた。


「そう思われますよね……お話ししていなくて申し訳ありません。確かに父親側はもう居ませんが、母親側の親族は居るには居て、今日会ったのは、母親の弟なんです」


「そうでしたか。……その、会った用件と言うのは?」


 苑には予め叔父と会ったことを話してあった。加瀬はそを察した様子で、暁を真っ直ぐ見て次の言葉を待っている。


「……空の祖父が、空に会いたいと言っていると。出来れば、2人を会わせてほしいと頼まれました」


「小鳥遊……空さんは、祖父や叔父の存在は知っているんですか?」


「いいえ、知りません。……空の両親は駆け落ち同然で結婚しました。空の母、美羽さん自身、絶縁したつもりで居たんだと思います。父親の大地さんがまだ生きていた頃から疎遠だったようで、俺が空を引き取ることを決めて、承諾を得に行った後も、全くとあちらから様子を訪ねてくることもありませんでした」


「そうでしたか……。返事はもうすでに?」


 察するには十分過ぎたのだろう。心配そうに加瀬が訊ねて来る。


「取り敢えず、空に伝えると返事しました。もし、空が会いたいと望めば、何らかの場を設けるつもりで」


「けど、そうしたら向こうが、父親が退院したら快気祝いをすることになっているから、会うのはその時はどうかって、すかさず提案したらしいんですよね。——絶対、最初からそのつもりで動いていたんだって。汚え」


 暁の言葉の後にそう吐いたのは、これまで黙って聞いていた苑だった。頬杖を付きながら暁を見るその顔からは、今回の件に納得がいっていない様子がありありと伺える。


 暁もそれは分かっているようで苦笑しながら彼を見返す。


「それだけ、あっちが空に会いたいと思っているってことだろ。俺だって、最初から承諾する気でいたわけじゃない。もし、空に対する関心もなく、ただ父親の為だけに空を利用する気でいるのを感じたら話も聞かずにとっとと帰るつもりだった。……けど、あの叔父は、真っ先に空の様子を訊ねた。だから賭けてみようと思って空の写真を見せたら、案の定、すごく嬉しそうに笑っていた。それ見たら、しょうがねーだろう」


「成程……。それで、暁さんはその叔父のことを信じてみようと思ったんですね」


「はい」


 加瀬に返事をした暁が分かってくれたかと苑を振り向くと、溜息後に、無理矢理納得した顔で彼は暁の肩をつかむなり言った。


「その代わり、空ちゃんのこと絶対に手放すなよ! いいな!?」


「言われなくても放すかよ。空はもう俺の娘だ」


 彼の最大の不安要素がそこだったと分かった暁は、大丈夫だという思いを込め、はっきりと真っ直ぐ見て答えた。すると、漸く苑に笑顔が浮かんだ。


 そんな二人を見て、加瀬も安堵の笑を浮かべると、今度は暁が加瀬に向き直った。


「空に自分の祖父や叔父たちの存在を明かせば、驚くのは勿論、少なからず動揺すると思うんです。関係性が複雑ですし……それに、俺は当日一緒には行くわけにはいかないので、そのことで色々悩ませるかもしれません。今の空には頼もしい仲間が側に付いているので特別心配はしていませんが、もしあいつが先生を頼って来た時は、どうかよろしくお願いします」


「分かりました。そういうことなら、任せて下さい」


 加瀬も、暁を少しでも安心させるため、確りと目を見て頷いた。


 すると、話が纏まったタイミングで頼んだ飲み物が運ばれてきた。それぞれの前に置かれると、先に手に取った苑が晴れやかな顔でジョッキを持ち上げて言う。


「じゃあ、呑みましょう呑みましょう!」


「ったく……お前は」


 暁は呆れたような口調で言いながらも笑みを浮かべてジョッキを持ち上げる。その様子を内心良かったと思いながら加瀬も続き、3人は顔を見合わせるとジョッキを近付けカツんと鳴らした。


「「「乾杯」」」


 


・・・・・・




 暫くして上原清晴から再び、今度は電話で連絡を貰った暁は週末空を誘った。


「空、今日出掛けられるか?」


「うん」


 暁と二人だけで外出するのは凄く久しぶりで、起きて来た時にそう言われた空は心が躍った。少し前に買っていたお気に入りのワンピースを着て車に乗り込んだが、暁が空を連れ向かったのは予想外の場所だった。


「……暁君、ここ、お父さんとお母さんの……?」


 そう、到着したのは、二人が眠る場所だった。立ち寄って買った花を供えながら暁が静かに言う。


「ああ。他にも行先はあるけど、先ずここに寄って、ちょっと二人に報告しておきたいことがあってな」


「報告……?」


 一体何だろうと思っていると、少し神妙な顔つきになった暁は空の方をみるなり告げた。


「……実はな、少し前に美羽さんの弟で、空の叔父にあたる人から手紙をもらって会ったんだ。それで、お前の実の爺さんが孫に……空に会いたがっているから、会わせてほしいって頼まれた」


「え……っと、待って? 私に……お爺ちゃんと、叔父さんが居たの……?」


 初めて知ることに空は驚いて、瞳を揺らしながら暁を見返す。すると暁は空の前に頭を下げた。


「……黙っていてごめんな。大地さんの家族は空も知っている通りもう居ないけど、美羽さんの、お前の母さんの家族はちゃんと居たんだ。お前の爺さん名は上原清次郎、叔父は清晴って人だ。……でも、空を引き取って以来、俺もあちらと会うのは6年振りだった」


「……そっか。暁君は悪くないよ。お父さんが生きていた時から内緒にしていたことでしょ? 暁君が話せないのも仕方ないよ」


 首を振って笑って見せるも、暁は他にも何か言いたそうな顔で空を見て、躊躇う様子を見せた後漸くこう言った。


「……再来週、美羽さんの実家で、体調崩して入院していた爺さんの快気祝いをするそうなんだ。会うのはその日はどうかと言われたんだけど、どうする?」


「私が決めてもいいの……?」


「当たり前だろう。行くのはお前なんだ」


「……? 暁君は?」


 不思議に思いつつ訊ねると予想外の返事が返ってきた。


「俺は行かない。招待されていないからな」


「え、どうしてっ?」


 驚く空に、暁は煙草の火を着けながらさも当然のように笑みを浮かべて言う。


「俺はお前の親ではあるけど、美羽さんの実家とは無関係だろ? それに、堅苦しい場は性に合わねーしいいんだよ」


「けど……っ」


 理論上はそうかもしれないけれど、暁は、本当の親族に代わって自分を6年間も育ててくれた人物だ。それなのに、彼だけを招待しないのには釈然としなかった。


 それでも、暁から放たれる空気から、これ以上は絶対に応えてくれないのが分かったので、追及は諦めるしかなかった。


「心配しなくてもちゃんと送迎はしてやる。そういうことだから、まあ、お前はゆっくり考えて決めろ」


 暁は空の視線に気づくとそう言って笑いながらぽんと頭を撫でて来た。


 空は、両親が眠る前で手を合わせながら二人に心の中で語り掛けた。



 お父さん、お母さん、どうして暁君は呼ばれないの? お父さん達の間になにがあったの?


 私は、本当に一人でお爺ちゃんに会ってもいいのかな……?




・・・・・・




 週明け、学校へ登校した空は4人に暁から聞かされた話を打ち明けた。


 屋上に固まりながら、当然だが、4人は一様に難しい顔をした。


「空の爺さんか……」


「正直、どんな人たちなのか、会ってみたい気持ちはあるの。お母さんの話も、もしかしたら聞けるのかもしれないし……。でも、招待されたのが私だけってところが引っかかって……」


「何か理由があるってことか?」


 そう訊く望夢に、空は暫く考えて小さく頷く。


「……多分。でも、暁君に訊いてもはぐらかされる感じで……あれ以上は踏み込めなかった」


 空のそう口にする表情が曇っていくのを見て、4人は心配そうに顔を突き合わせる。


「これまで……全く連絡取ってなかったのかな?」


 海の問いかけにも空は小さく頷いた。


「うん。お父さんが生きていた時も話すら聞いたこともなかったし、暁君も詳しく聞かなかったうえに、私を引きとるときに顔を合わせたきり、会うのは6年振りだったらしくて」


「なるほど……」


「苑さんなら何か知っていないかな?」


 紫が閃いた顔で聞くも、空は厳しい顔で首を横に振った。


「……苑ちゃんは、暁君が言わないことは聞いても絶対に教えてくれないの」


 確かに、空の退学云々の時も電話でそう言っていたことを思い出す。自分達が同じような立場でも、きっと簡単には知っていたところで話さないだろう。


「ま、そうだよね……。うーん……」


 振り出しに戻って悶々した時間が流れそうになるかと思われたとき、ずっと黙っていた飛鳥がさらりとこんな言葉を放った。


「……でもさ、何があるかは、行ってみりゃ分かるんじゃねえか?」


「「「「あ、それもそうか……」」」」


 飛鳥の言葉に、空達は面喰った表情で揃って間抜けな声を発した。


 確かに、聞いて駄目なら、自分で確かめるしか他はない。そしてこれはまたとないチャンスだと気付く。途端に心が決まった空の様子に気付いた望夢は良かったと思いつつ飛鳥には揶揄する笑みを浮かべた。


「飛鳥お前、100回に1回くらいは役に立つこと言うじゃねえか」


「100回に1回って、おい! ……望夢、マジでやられねえと分かんねえか? あ?」


 相も変わらず喧嘩モード一直線の二人を、呆れ顔の海が止めにかかる。


「ちょっと2人とも、今はそんな場合じゃないでしょう。もう」


 その様子を半ば不安な顔で見守っていると紫があることを訊ねて来た。


「1つ確認したいんだけど、招待されているのって上原清次郎ってお爺さんの快気祝い?」


「え……っ、うん! 紫君……どうして?」


 驚いている空を前に、紫はやっぱりそうかと前置きして説明した。


「すごい偶然だけど、清次郎さんが入院してたのってウチの病院でさ、その快気祝いに親父が招待されたんだよ。本当は一番上の兄貴がその日同席するはずだったんだけど、結婚式の準備とかで都合が合わなくなったから、俺が今回代理で出席するように言われていてさ。聞いた日付けに覚えがあったからもしかしてって」


「本当に!? けど……あの、紺さんは?」


 紫はとても大人びているが久遠家の三男で、彼の上には紺というもう1人の兄が居る。橙の誕生日会で会ったことがある空は、印象深い紫の兄をしっかり覚えていた。


 彼の言葉を疑問に思いながら待っていると、紫はサラッと言い切った。


「親父曰く、あいつは場にそぐわないって」


「え? あははっ。そうなんだ?」


 確かに、紺はどこか久遠家では異端というのか、飛びぬけた個性を放っていた。何だか思い出すと悪いと思いつつ笑ってしまった。


 その間に、紫は空の笑顔に安心したように微笑む。そして空がこちらの視線に気づくとその笑みを深めながら言った。


「最初は、知らないお爺さんの家なんて退屈だし断ろうかと思っていたんだけど、そういうことなら親父に出席するって返事するよ。そうしたら、空ちゃん心細くないし、暁さんも少しは安心できるんじゃないかな?」


「紫君、本当にありがとう!」


 空は嬉しい偶然と紫の気遣いに感謝した。すると、2人で笑い合っている場面を目撃した望夢と飛鳥に


「「あ、おい、2人だけで何こそこそ話してんだ!!」」


 と、言い合いを中断し、矛先を向けられたのは言うまでもない。


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