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Paradise  作者: 香澄るか
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手紙の相手

 ある日の朝、暁が家の郵便ポストを覗くと、一通の手紙が届いていた。


「手紙……?」


 無地の茶封筒に、宛名だけ書かれたそれを暁は不審に思いながら封を切った。


 中に入っている折りたたまれた便箋を開くと、漸く送り主の名を知り、僅かに目を瞠った。


「……上原清晴」


 名前を口にする語気が無意識に強くなる。その時、物音がしてハッとした。


「暁君……? どうしたの?」


「空、おはよう。いや、何でもねえよ」


 起きてきた空にそう言って、暁は手にしていたものを背に隠した。


「そう? じゃあ、朝ごはんの用意しているね」


「おう」


 全く異変を感じ取っていない空は、笑顔でそう言い残し、部屋の奥へ姿を消した。


 暁は完全に見えなくなったのを確認してから、もう一度手紙を広げた。


 そこには達筆な文字で、折り入って話があるので会う機会を貰いたいと書かれていた。


「今頃……何を」


 暁は手紙を握りつぶさないよう必死に自分を抑えながら、青く澄んだ天を仰いだ。


「——……大地さん、美羽さん」




・・・・・・




 登校した空は、海から両親と仲直りし、加瀬の家から揃って家へ戻ったという報告受け、望夢達と一緒に胸を撫で下ろした。


「良かった。じゃあ、お父さんとも解かり合えたんだね!」


「うん。将来のことは、卒業までの時間でじっくり考えればいいって。出来ることは協力してくれるっても、言って貰えた」


 海が笑顔で頷くと、飛鳥・望夢・紫の順で彼らも安堵の笑みと共に言葉を掛ける。


「良かったじゃん」


「海、良かったな」


「本当に。表情が凄く明るくなったしね」


 海は一緒に喜んでくれる仲間に満面の笑みと共にお礼の言葉を口にした。


「うん。みんな、騒がせてゴメンね。ありがとう」


「しゃあ! じゃあ今回こそパーッと明るく飲もうぜ~!!」


 飛鳥がパチンと指を鳴らして言うも、お酒みたいに言わないと、早速海に窘められてしまい笑いが起こった。


 その側で一緒に笑っていた空だったが、あることを思い出した。


「あ、今日は暁君のお店定休日なの! それに、夜は加瀬先生と苑ちゃんとで約束があって留守にするんだ」


「「「「マジか……」」」」


「うん。悪いけど別の所でもいいかな?」


「それならしょうがないって!」


「そうそう。暁さん達や加瀬には、笹森と海の件で、立て続けに世話になったしな」


「ゆっくりしてもらおう」


「うん!」


 笑顔になった空は放課後街へ繰り出した。


 知らないうちに、また新たな出来事が起こっているとも気付かず。




・・・・・・




 定休日で店を閉めた暁が空いた時間にやって来たのは、とある喫茶店だった。


「いらっしゃいませ。1名様ですか?」


「いや……約束を。先に中に連れが居る筈なんだ」


 そう言って辺りを見回してみた時、一番奥の壁を背にしたソファー席に座る人物を発見した。


「こっちだ」


 相手も気が付いて暁に手を上げたので、店員には下がって貰った。


「……お待たせしてすみません」


「いや、着いて10分と経っていないくらいだ。気にしないでくれ」


 そう言ったのは、30代後半くらいの仕立ての良いスーツに身を包んだ男性。


「失礼します」


 暁が席に着くと、男性はメニューに手を伸ばすが、暁はそれを制した。


「……上原清晴さん、俺は、あなたと長話をする気はありません」


 しかし、男性は暁の言葉に苦笑しながらも意外な言葉を口にした。


「あの子は……元気にしているか?」


「え……はい。元気で過ごしています。今年、高校に進学しました」


 驚いて思わず口にすると、暁の言葉に男性は目元を和ませた。


「そうか」


 それにどんな意味があるのかを暁は探ろうとした。


「用件は、空の様子を聞くためですか?」


「いや、えっと、……そうだが、まだある……」


「何ですか?」


「……うちの親父のことだ。あの人が、君の娘に……孫に、会いたがっている」


 暁の険しい顔を見てしまった男性は、少し伏し目がちにこう切り出した。


 それを聞いた暁も、間も置いて、低く応じる。


「どうして今になって?」


「……親父は今年で72なんだが、入院しているんだ。まあ大したことはなく、退院は近いんだが……それでもウチは元々長寿の家系ではない。口は達者だが、年々確実に、食も細くなっている。そんな親父が、最近特に、あの子はどうしているだろうか……? って、俺に零すんだ。——……親父にとっての心残りは、多分もう、美羽の娘のことだけなんだろうと思う」


 それを聞いて、暁もテーブルに視線を落とす。


「……あいつは、自分に祖父が居ることを知りません」


「ああ、そうなんだろう……。美羽が出て行った時、そして、あの子を引き取ることを放棄した時から、我々は赤の他人と変わらない……」


「……会うだけですか?」


「え?」


「引き取るとか、そういう話ではないですよね」


「あ……それは……。だがっ、君に恋人がいるとか、結婚するという話が近くあるのなら、俺と妻の間には子供が居ないから、引き取っても……っ」


「——勘違いしないでください。俺が今訊いたのは、確認の為です」


 男性がそう言ったのと、暁がテーブルの上をガンと叩いたのは同時だったように思う。


 静かな曲調の音楽がゆったりと流れる店内では、その物騒な音は人目を引いた。


 しかし、暁はそんなことはお構いなしに、真っ向から目の前の男性を見据えた。


「もし都合よく、親父殿の為に空のことを引き取る気でもあるのなら、俺はこの願いを聞き入れる気は無いからです。今となっては、空は俺の娘です。空が望めば別ですが、俺から手放す気は全くありません」


「いや、悪かった。そういうわけじゃなかったんだ……。どちらかというと、君はまだ若いしこれからのこともあるから、今更だが俺に返せることがあるのならと……そう、思って言ったんだ。……君がそこまで、美羽の娘を大切に思ってくれていることに、心から感謝している。俺が言うのもなんだが……あの子は良い人に育てて貰えた。……良かった」


「……いえ」


「簡単には信じて貰えないだろうが、俺も、あの子と美羽のことは時折思い出していた。……美羽は、俺にとって自慢の姉だったから」


「……空は、美羽さんによく似ていますよ」


「え、本当か?」


「はい。って、言っても……、俺は美羽さんの顔は写真でしか見たこと無かったですが。あなたの方が、わかるかもしれませんね」


 そう言って、暁がテーブルに置いて見せたのは一枚の写真。


「これっ、美羽……?」


「空ですよ」


 暁が声を掛けると、男性は心底驚いた顔でそっと写真を手に取る。


「驚いた……。本当に、よく似ているじゃないか」


「ええ。それが、今の16歳になった空です」


「……そうなのか」


 ふと、男性の顔が再び綻ぶ。


 それを見止めた暁が静かに言葉を発した。


「少し時間を貰うと思いますが、空には俺から伝えます」


「え? いいのか……?」


「空が少しでも望むかもしれない可能性があるなら、俺が勝手に機会を潰すわけにはいきませんから」


「……仁倉君、本当にありがとう」


 男性は、暁にテーブルに頭が付きそうなほど深く頭を下げた。



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