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Paradise  作者: 香澄るか
32/42

並ぶ影と誓い

 そんなある日、学校へ向かった海は信じられないものを目撃してしまった。


【鳴瀬海は男が好き】


 黒板にチョークででかでかと書かれた文字に身体が震えた。


「——海、そんなところで立ち止まって、何やってんだ?」


 ハッとして振り向けば、不思議そうに見ている飛鳥が居た。


「飛鳥……っ」


「……おい、これは誰がやった?」


 黒板の文字がようやく目に入った飛鳥が声を低くしてクラス中を見回す。


 しかし、全員何も答えない。それどころか、海のことを何かしら思っているような白い目で見ている。


 この空気に耐えられなかった。


「海……っ!!」


 教室を飛び出した海を後ろから飛鳥が追って来る。


「逃げて何処へ行く気だよ!!」


「分かんないよ!! ……でも、あそこにはもう居られないでしょ」


 飛鳥の足が速かったのが誤算であっという間に腕を掴まれてしまった。


 海はもうどうにでもなれと思って言い返したが、手を離した飛鳥は周りこんで、正面に立つと言い放った。


「居場所はいくらでもある!! 俺が作ってやる!! 逃げんな海!!」


「……飛鳥」


「俺を信じろ。友達(ダチ)だろう」


「……うん」


 単純だとは自分でも思うけれど、飛鳥に友達と言われた瞬間、何よりも強いものを得た気になれたのだ。


 海は、その後、大人しく飛鳥と一緒に再び教室へ戻った。








 驚くべきことが発覚したのは、その翌日。


 飛鳥のお陰もあって、周りの態度も緩和されつつあった時だった。


 階段を上がりきってすぐの空き教室の前を通ろうとしていた時、会話が聴こえて来た。


「——あ~あ、思ったよりも盛り上がらなかったな。鳴瀬の噂」


「あいつ女顔だし、いっつも飛鳥にくっついているから信じる奴もっと出ると思ったのにな」


「詰まんねえよなー。な、次は何する? 雅哉」


「……そうだなあ。何をしてやろうかな~!」


 最後に聞いたその声に耳を疑った。


「あ……鳴瀬」


 グループの1人が海に気付いて少し顔を青くする。


 ゆっくり一歩前へ踏み出して教室の中へ入って行く海が鋭く見たのは、机の上で片膝を立てている男子生徒。


「——龍崎……お前の仕業だったのか……?」


 同じクラスで、何より、飛鳥を通じて親しくしていた筈の生徒、龍崎雅哉だった。


「よう、鳴瀬」


「何で……!」


 こちらが怒っているのをまるで面白がっているかのように、彼は笑う。


「俺はお前が気に入らなかった。それなのに、飛鳥が良く構うから、仕方なく仲良くしてやっていただけだ」


「何……?」


「目障りなんだよ。女みてえな顔して、いっつも、飛鳥の後を付いてまわってよ。——気持ち悪りい」


「……それが、お前の本心か」


「ああ。漸く口に出せて清々したぜ」


「……そうか」


 海は、一度目を閉じ、これまで3人で過ごしたことを思い浮かべる。そして、僅かに胸を刺す痛みを打ち消し、その思い出を心の中で黒く塗りつぶすと、ゆっくり目を開いた。


「お前の気持ちは良く分ったよ。俺を嫌いならそれでもいい。ただ、ああいう噂は止めてくれ。この顔は母親に似ただけだし、一緒に居るからと言って、飛鳥やお前達をそんな風に見たことは一度だってない。純粋に、友達だと思っていた」


「……知るかよ。うぜえ。——つーか、お前飛鳥と離れろよ」


「え?」


「当たり前だろうが。俺は、飛鳥とはちゃーんと、友達なんだからよ。周りを嫌いな奴にうろつかれたら迷惑なんだよ」


「……悪いけど、それは断る」


「あ?」


「俺も、飛鳥とは友達だし、お前に言われたからと言って離れる気は無い」


「後から入って来たくせに生意気なんだよ」


 そう言った雅哉が机から下り歩み寄って来る。何かと思った次の瞬間、お腹辺りに拳を入れられた。


「う……っ」


 思わず屈みこんで雅哉を見上げると、鋭く睨み付けらていた。


「良いから、消えろよ」


「嫌だ。俺は、飛鳥とこれからも一緒に居る」


 初めて、心から信頼できる、そう思える相手だったんだ。はいそうですかと、何も知らない奴の言うことを聞けるか。


 海は断固として拒否した。すると、その度に、雅哉は殴って来た。


「お、おい、雅哉……そろそろ」


「そうだぜ。それ以上は……っ」


 周りが止めると漸く手を止め、座り込む海と同じ目線になると、胸倉を掴んで言った。


「どうしても消えないっつーなら、俺はこれからもお前を殴る。覚悟しろよ」


「……っ」


「飛鳥にでも泣きつくか? それこそ、女みてえだな」


「……そんな真似、しない」


 元からそんなつもりはなかったが、雅哉の言葉でますます心が固まった。


 理不尽に居場所(だいじな)友達(もの)を奪われるくらいなら、意地でも、自分は耐え抜いてみせると。




・・・・・・




「——……言わなかったのは、飛鳥に遠慮したっていうより、俺の中の変なプライドがそうさせていたんだ。あいつの言う通りにしたら、例えどうにかなっても、龍崎に負けたような、何かを失うような気持に襲われて……」



 並んで校庭のベンチに腰掛けるなか、海が今に意識を戻し、ふと隣を見たら、飛鳥はまた恐い顔をしていた。


 音を立てながら拳を握った手を、苛つきをぶつけるかのように、片方の掌に叩き合せる。


「雅哉の野郎……あと100発ぶん殴っときゃよかったぜ」


「100発もぶん殴ったら、あいつ跡形もないよ。もう充分だって」


 海は笑うが、飛鳥は表情を崩そうとしなかった。


「俺も見る目無かったぜ……クソッ」


「いや……龍崎は、あれでもお前に対しては、きっと真面目に付き合っていたんじゃないかな。だから、飛鳥も真っ直ぐに信用したんだと思うし。俺も、飛鳥のそういうところに、ずっと救われてきたんだから」


「海……。——つーか、今思いだしたけどよ……あいつ、転校してきた直ぐの時、一瞬お前のこと女だと思ってたぜ。ついでに、ホレそうになりかけてた」


「はあ……っ?」


 思わぬ話に、海は思わず身を引いて驚く。


 飛鳥は、それを見て苦笑気味に言葉を続ける。


「……いや、マジ。仲間達にそれで一時揶揄われたし。……ってことは、あいつ、海本人にそのことがバレたくなくて、あんな態度に出てたのかもしれねえな」


「嘘だろう……っ? な……っ、もう、何なんだよ!?」


 そんな話、マジじゃない方がありがたいっての。


 海はかつてない程のボリュームで声を上げながら、自らの膝を拳で叩いた。


 くだらない理由で酷い目に遭ったことよりも、あの雅哉に一瞬でも邪な目で見られたことの方が、身の毛がよだち我慢ならなかった。


「……だ、大丈夫……じゃねーな……うん……っ」


 流石の飛鳥も気の毒で返す言葉に困っていると、自分の中でなんとか感情を処理した海が、重い息と共に顔を上げる。


「……まあでも、やっぱり……清々したよ。お前が俺の分も、けちょんけちょんにしてくれたからさ」


「当たり前だ。お前は俺の相棒なんだからな! お前がやられた分は、俺が倍やり返してやる。これからだって、ずっとそうだ!」


「これから……」


「ああ。ジジイになったって、死ぬまでダチだ。だから、俺を信じていろよ。これからも、一生」


「……はあ、一生か。長いな。俺は、死ぬまでお前の面倒見るのか」


 わざとらしく溜息を吐きながら言って見せると、飛鳥は正面に回り込んで怒る様に言った。


「は? 面倒見るってなんだよ? 俺だってみてやるんだよ! お互い様だっつうの!!」


 【お互いさま】その言葉が、海の心に強く浸透した。


 少し前に、加瀬が言っていた言葉を思い出し、腑に落ちた。


「お互いさま……」


「おう!! それから、お前がまた何かへこたれた時は俺が何度でもケツ叩いてやるし、逃げる気でいたら追いかけて連れ戻すからな!! 覚悟しとけ!!」


 そう言うと、飛鳥は、海の肩を掴んで空いた方の手を前に拳を握る。なので、海はそれを見て、思わず笑みを浮かべながら、同じように前に出した拳を、飛鳥の方に合わせて言うのだった。


「お手柔らかに」


 



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