青き日の二人
少しばかり、過去編が続きますがお付き合い下さい。
「なあ、お前の父ちゃん、マジで社長なのかよ?」
転校してから暫く経った頃、海は、放課後上級生に呼び出された。
「……そうだけど」
「ふーん……だったらお前、金持っているよな? 出せよ」
「は……? 無いよ。俺が稼いでいるわけじゃないんだから」
「そんなことは関係ねえんだよ。親からでも何でもとってこいや」
無茶苦茶だ。
何故、親しくも無いこいつらに俺が、ましてや両親が働いて得た金を渡さないといけないのか。
「嫌だね」
海がきっぱりそう言い切ると、グループのリーダーらしき少年が顎で指示し、あっという間に囲まれた。そして、少年に胸倉をつかみ上げる。
「ふざけんじゃねーよ。俺に逆らったらどうなるかわかってねえのか?」
「嫌かどうかは関係ねえ。やれよ」
続けざまに言われ、海の中で限界突破しそうだった時だった。
「ふざけんじゃねーはお前らなんだよ!!」
声と共に、リーダーの少年が倒れ込んだ。
何が起きたかと思ったら、倒れた背後に1人立っているのを見付けた。
「お前は……」
背は自分とそんな変わらない。つんつんの短髪に鋭い目。力強い目がこちらを真っ直ぐ見ている。
「お前……っ、立谷!?」
リーダーの少年が身体を起き上がらせようとしながら、首だけ捻って声を上げた。
——そう、そこに居るのは、同じクラスの立谷飛鳥だった。
「お前ら、歳だけ喰ってダセーんだよ」
「何だとコラ!?」
「だから、ダセーって言ってんだよ!!」
そう言ったのを合図に、彼は瞬く間に彼らを伸してしまった。
「……ありがとう」
「別に。たまたま通りかかったらあいつらの声が聴こえてムカついたから」
「そう。……でも、ありがとう」
その後暫くして、海と飛鳥は職員室に呼ばれた。リーダー少年が親へ告げ口をしたようで、どうやら親が乗り込んだらしい。
「……飛鳥君、これは本当に君がやったことなのかい?」
「ああ。俺がやった」
「どうして、「俺の所為です」
間髪入れずに海が言うと、校長たちは海へ注目した。
「鳴瀬君……?」
「この上級生が、仲間と寄ってたかって、俺をカツアゲしてきたんですよ。それを目撃した立谷君が助けてくれました」
「……なっ、カツアゲ!?」
「証拠ならあります。彼らの会話は録音してあるんで」
「何……っ!?」
背後でリーダーの少年が驚愕しているのを感じながら、海はズボンのポケットから取り出したボイスレコーダーを目の前に見せた。
実は、海にとってこういったことは初めてのケースではなかったので、念のために携帯してあったのだ。まさか、活用する羽目になるとは思わなかったが。
「何なら、ウチの父親にこれを聞いてもらおうと思っています」
「そ、それは……っ」
「止めろ。余計な真似すんな」
そう言って、海を止めたのは意外にも飛鳥だった。
「立谷……?」
「別に、一日二日くらい、自宅謹慎なり何なりやってやるよ」
そう言い置いて職員室を出て行く飛鳥を海は慌てて追いかけた。
「た、立谷……っ!!」
「やせ我慢してんじゃねーよ」
「え?」
立ち止まった飛鳥が突然言った言葉に首を傾げると、今度はこちらに振り返り、真っ直ぐ海を見ながら言った。
「親父の力になんて、ホントは頼りたくないんだろう」
「な……っ」
こんなことを言われたのは初めてだった。
当時、父親が会社社長だと聞くと、皆、羨ましい悩みなんて無いという目で自分を見ていた。その為、当の本人の悩みが、そこであることなど、誰しも気付くはずなかった。
「どうして……?」
「お前、転校初日にあの先公に親父のこと言われて、すっげ嫌な顔してたじゃねーか」
「……やっぱ、立谷にはバレていたんだな」
あの時の視線はやはり、気のせいではなかった。彼には自分の奥底の心が見透かされていたのだ。
「ってことで、お前は何もするな。別にこんなのは初めてじゃねーし、慣れっこなんだからよ」
「……じゃあ、俺も。俺だって、お前と一緒に謹慎する」
「——は?」
・・・・・・
「……なあ、お前ホントに俺と謹慎すんの?」
「うん」
確認してくる飛鳥に、海ははっきり頷いた。
そして、自宅謹慎となったことを親に言わなければならない為、家へ帰った。
「海?」
父親は忙しく留守がちの為、家には理解ある母親しか居ない筈だったのだが、帰ってすぐ聴こえて来た男物の渋い重い声に思わず肩が跳ねた。
「……お爺様」
滅多に顔を見せない、会長をしている父方の祖父が家を訪ねて来ていたのだ。
どうして、よりのもよってこの日に……。
海は、自分の運のなさを呪いたくなった。
「学校はどうした。まだ終わる時間には早かろう」
「海、学校で何かあったの?」
母親に心配そうに促され、今は言いたくなかったが、海は意を決して告げた。
「……ちょっと上級生と揉めてしまって、今日から2日、学校を休むことになりました」
「え……っ?」
「お母さん、ごめんね」
「なんと情けないことよ」
吐き捨てるように言ったのは、他でもない祖父だった。
「……お爺様、すみません」
「情けないのは顔だけじゃなく中身までとは……」
「……す「おい、ジジイ!!」
「じ……っ?」
何処からか聞こえて来た声に驚いていると、姿を現したのはまさかの人物だった。
「立谷!?」
「よう。勝手に入ったぜ」
「……どうして」
今居る場所は庭先なので、門を開ければ入ってはこれるが、彼が後を追って来た事が驚きだった。
一体何故か混乱するなか、飛鳥は歩み寄って来ると唐突にこう言った。
「謝んな!!」
「え……」
「お前は何も悪くねーんだから、一言だって謝るな!!」
「立谷……」
驚いていると、今度は祖父の前に立って、飛鳥は頭を下げた。
「謝るなら俺の方だ。俺がこいつに絡んでいる奴ら伸した。鳴瀬は、責任感じて俺に合わせただけだ」
「……そうか」
「けど、ジジイも、こいつに謝れよ」
「お前……っ、このワシを……っ」
「くそジジイの方が良かったかよ?」
「なっ!?」
呆気に取られているような、この時の祖父は、何とも形容しがたい表情をしていた。
一瞬、怒り狂う祖父が思い浮かんだだけに心配だったが、それを他所に、祖父は飛鳥を前に声を上げて笑い始めた。
「わっははははは!! 面白い奴よ!!」
「え……」
「お前、ウチの道場に来んか?」
「どうじょう……?」
「あ、お爺様は空手の道場で師範をしていて……」
怪訝な顔をする飛鳥を見て慌てて説明すると、飛鳥は海の肩を掴んで予想外の提案をした。
「ふーん。まあ、こいつと一緒なら入ってやってもいいぜ!」
「え!?」
「……海もだと?」
声を聴いたら顔を見るのも恐ろしくなった。海は飛鳥の方だけ見て、抗議する。
「おい、何言ってんだよ!?」
「言われっぱなしで良いのかよ、お前」
「え?」
「顔なんか関係ねえだろうが。謝る必要もねえことで無駄に頭下げるくらいなら、そんなこと言わせねえくらい強くなってやれよ」
「立谷……」
またも、初めての感覚だった。自分のことで誰かからここまで言って貰ったのも、このチャンスを逃したくないと思えたのも。
気が付けば自分から祖父を振り向いていた。
「お爺様……俺にも、ご指導いただけますか?」
祖父はかつて見たこと無い程、驚いた顔で自分を見ていた。
その日を境に、飛鳥は祖父の道場に本当に通い始めた。そしてそれを機に、2人の関係にも変化が芽生えた。
「海、一緒に帰ろうぜ!」
「ああ」
「え……2人いつの間に?」
クラスメートのそんな声を聴いた飛鳥は、海を引寄せ肩を組むと笑った。
「友達だ」
海もそれを聴いて嬉しくて笑う。2人の今に続く友情はここから始まったのだ。