背中合わせの2人
翌朝、登校すると海は変わらない様子で教室に居た。
その隣には普段通り、飛鳥の姿もある。
「海君、飛鳥君、おはよう」
「おう!」
「空ちゃんおはよう」
笑顔の二人。何ら変わらない。でも、これは【彼】の犠牲のもとにある……
どうにかしたい。
そう思っている時、飛鳥の携帯が鳴った。
「雅哉かよ」
その名に、思わず海を見てしまう。彼は顔を強張らせている。
心配しながら様子を見守っていると、話していた飛鳥がふいに海を振り返った。
「海、お前も来るだろ?」
「え……?」
「雅哉が放課後遊ぼうぜって」
「いや……俺は関係ないし。飛鳥だけ、行ってきなよ」
「は? お前行かねえなら、俺だって行かねえよ」
「……飛鳥」
「雅哉悪い。パス。ん? そう。―じゃあ、またな」
電話を切った飛鳥は、何事もなかったようにまた話し始める。
「海、そういえばお前、あれから親から連絡ねえのか?」
「え、ああ……、先生の所には時々あるみたいだけど」
「そっか。何かあったら言えよ。絶対」
「……うん」
飛鳥は父親とのことを言っているはずなのに、海には、何だか別の意味も含まれている様に感じた。
きっと、隠しているという自覚があるから、後ろめたさに駆られるのだろう。
「ちょっと外すね」
トイレに立つふりで席を立とうとしたその時、海の背中に向かって飛鳥が声を掛けた。
「俺はマジで言ってるからな」
「はいはい」
一瞬動揺が露わになりそうになって、背を向けながら、そう返すのが精一杯だった。
「……はぁ」
海は教室を出た直後、思わず手で自分の顔を覆いながら、深く息を吐いた。
・・・・・・
「……クソぅ」
「飛鳥君?」
2人だけなった途端、頭を抱える様子を見せる飛鳥に、空は驚いた。
でも、先ほどの感じで、彼なりに何かを察しているのは分かったので見守っていると、やがて静かな声で溜息交じりに打ち明けた。
「昔から……俺は、考えるよりいつも感情が先走っちまう。そのせいで、海はいつの間にか、どんどん敏くなって、俺よりも先回りして考えて動くようになった。あいつが弱さを見せられないのは、俺が頼りないせいだ……」
「そんなことない。海君は、飛鳥君のこと失いたくないほど大切だから……、臆病になっているんだよ」
「え……? 空、お前……やっぱ、何か知ってんのか?」
今朝からタイミングを見計らっていた空は、飛鳥の表情を見た時、決心した。動くなら今しかないと。
「——……実は、飛鳥君に、話したいことがあるの」
・・・・・・
放課後、歩いていた海の肩を誰かが後ろから掴んだ。
「……龍崎」
ふり返った目の前に立っていたのは雅哉だった。
そういえば、今歩いているところは真龍があるエリアだと今頃思い出す。
「誘ったんだけど、飛鳥の奴、お前が来ねえなら自分も行かねえってよ」
「……そう」
「そう、じゃねーよ。……お前、やっぱり邪魔してんだろう」
「邪魔なんてしていない。俺は、行けばいいって言った。飛鳥の意志でしょ」
「ああ?」
雅哉は明らかに不快感を露わにして海の胸倉をつかみ上げた。
「調子に乗るなよ? 俺は昔から、お前のする、その人を見下したような目が大嫌いだったんだよ!! 苛つくぜ、寄生虫のくせに!!」
再びそのワードを聞いたとき、海の中で何かが弾けた気がした。
「龍崎……」
「何だよ?」
海が何かを決めた様に硬く拳を握り、強く雅哉を睨み返した時だった。
「ま、さ、やあああーー!!!」
「「え……?」」
突然声が聴こえて来たかと思ったら、どこからか現れた飛鳥が、漫画でしかお目にかからないような、助走高い飛びげりを雅哉へ喰らわせた。
雅哉は勿論ふっ飛ばされ、地面に力なく伸びる。
雅哉と目の前に立つ飛鳥を見比べながら困惑している海の元へ、飛鳥の後ろからやってきた空が駆け寄る。
「海君大丈夫?」
「空ちゃん……どうして飛鳥と一緒に……?」
「ごめんね! やっぱり……私は見過ごすことなんて出来なかったや!」
そう言って、空は尻餅をついている海に手を貸す。
気付けば、飛鳥が雅哉の上に馬乗りになって胸倉をつかみ上げていた。
「あ……あ、すかぁあ……っ?」
動けない雅哉は首だけなんとか動かし、飛鳥を下から見上げる。その顔は蒼白に染まり、心なしか声は震えていた。
「てめえ……よくも海を!!」
「いやっ、違う……っ。バッタリ会って、くだらない話をしていただけだってぇ……っ!」
「誤魔化されねえぞ、このクズ野郎!! 全部もう知ってんだよ!! さっき海に言ったことも、この耳で確かに聴いていたんだ。許さねえ!!」
「飛鳥……っ、悪かったって、ま、待ってくれ……!!」
「待つかーー!!」
そのまま雅哉は、飛鳥にサンドバッグのようにボロボロにされた。漸く解放された時には、半ベソ状態のうえ顔は原型を留めていなかった。
「……痛ぇっ!!」
「ふざけんな!! 痛ぇのはてめえじゃねえ、お前に散々やられてきた海の方なんだよ!!」
「あ、飛鳥……っ! もう、いいから、十分だよ!」
周りも何事かと注目し始めた気配を察し、慌てて海が後ろから止めに入るが、いつもとは違い飛鳥は海の腕を払いのけ、逆に海を睨み付けた。
「うるせえ!! 俺は……、お前にも腹が立ってんだよ!!」
「飛鳥……っ」
海は思わずそれ以上何も言う事が出来なくなり立ち尽くす。その間に、飛鳥はまた雅哉を振り返ると、彼の身体を揺さぶりながら言い放つ。
「いいか!! 海はな、本当は、空手の全国大会で優勝したこともあるほど強えんだぞ!!」
「ぜ……全国っ!?」
「——でも、力を持っていても、お前みたいな卑怯な真似は絶対にしない。だから、お前は今まで無事でいられたんだ。それに、勘違いしている様だけどな、俺がこいつと今も一緒に居るのは、俺自身が海のそんなところを尊敬していて、一緒に居て楽しいからだよ!! ……解かったら、もう二度と俺らの前にそのツラ見せんな!!」
「わ、わかった……っ!! わかったから!!」
命からがら逃げだす雅哉を、飛鳥はまだ怒りが収まらない様子で睨みながら見送っていた。
その背中に向かって、海が、静かにか細い声を投げかける。
「……飛鳥、隠していて……ごめん。それに、ああ言ってくれたけど、俺……もし飛鳥達が来なかったら、あいつのこと殴るところだった……っ」
「馬鹿野郎……似合わない面してんじゃねーよ」
そう口にしながら、飛鳥は海に近づいて行くと、腕を回して抱き留めた。
どちらも、多くは語らなかった。ただ、2人の心がやっと向かい合ったのだと、側でみていた空は胸が熱くなった。
「——ここ、懐かしいな」
「うん……卒業してからは近づくことすらなかったもんね」
そう言う2人が立っている場所は、2人の母校である小学校だった。
グラウンドを見つめる海の脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。
『みんな、注目! 今日からこのクラスの仲間になります。鳴瀬海君です!』
自分は、4年生の時に転校生としてこの学校にやって来た。クラスメートたちは、転校生が珍しいわけでもないはずなのに、何故か、こぞって海を興味津々に眺めていた印象があった。
『席は、えーっと、立谷君の隣ね』
担任がそう言うので自分の席の方を見れば、つんつんの短い髪に鋭い目をした少年の姿を捉えた。彼が、【立谷】か。
隣の席の人間くらいは覚えておこうと名前をインプットしながら歩き出した時、後ろから担任が言った。
『鳴瀬君のお父さんは、有名な会社の社長さんなんだって! すごいよね!』
多分、担任なりの輪に入るためのキッカケづくりだったんだろうけれど、それは海にとっては余計な一言だった。
心なしか不快な感情が表に出ていた時、立谷と目が合った。 彼は何も言わなかったが、彼の目が海の心を見透かしているようで落ち着かなかった。
それが、腐れ縁となる立谷飛鳥との最初の出逢いだった。